No.354132

レッド・メモリアル Ep#.18「赤き記念碑」-2

ジュール連邦の国内が動乱する中、リー達はテロリストの脅迫によって、『レッド・メモリアル』という装置を手に入れようとします。そして、セリア達は、いよいよアリエルと出会う時がやってくるのでした。

2011-12-28 14:59:55 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:4890   閲覧ユーザー数:413

 

 セリア達はシリコン・テクニックスのビルの20階へと辿りつこうとしたが、エレベーターはその20階を通り過ぎてしまう。エレベーターには、20階に行く事ができるスイッチが用意されていなかった。

「リー達は、どのようにして、20階に行ったと思う?」

 セリア達は1つ上のフロアである21階に降り立ち、フェイリンにそのように尋ねた。

「さあ、分かんないけど、どうやら彼ら、金庫みたいな部屋に入っているみたい。とても頑丈な作りになっている」

 フェイリンはそう言った。セリア達がいるのは、一つ上のフロア。そこはモダンな作りのオフィスルームになっている。とても『ジュール連邦』にある建物とは思えない。ここにあるものは、全て世界の西側の世界のものだ。

「さて、どうしたものか」

 セリアは考える。床一枚を隔てた先にリーはいる。フェイリンは物体を透過してそれを見る事ができるが、セリアにはそれができない。カーペット張りになっているその下にリーがいるという。

「ねぇ、セリア、それで、あのリーという人を捕まえて、あなたはその後、一体どうするって言うの?」

 フェイリンは尋ねる。とても戸惑っているかのような表情を彼女は見せていた。

「わたしにできる事は、奴を軍に突き出す事くらいかしらね。そうすればわたしも収まりがつく。あいつが何をしようとしていたのか、私をどう利用しようとしていたのか、という事についても、全て聞き出す」

 そう言ってセリアは床に向かってしゃがみ、床下の様子を探ろうとした。

「床の厚さはどれくらいある?フェイリン?」

「本当は、あなたの娘さんの居所を突き止めたいんじゃあないの?」

 フェイリンが遮って質問をしてくる。だがセリアはそれを無視した。

「床の厚さは、どれくらいあるかって聞いたのよ、あなたの能力でそれは分かるでしょう?」

「多分、1メートルくらいはある。コンクリートだけじゃあなくって、その、金属みたいなのも見えるから、多分、金庫みたいになっていて…」

 フェイリンがそう言いかけた時、セリアは床のカーペットを剥がしにかかった。

「何をする気なの?」

「見た所、20階に降りる方法は何も無い。エレベーターだけしか行く事はできないようだけれども、そのエレベーターでも向かう事はできないようね。だったら、するべき事は一つしか無いのよ」

 そう言ってセリアは剥がしたカーペットの下に覗いた、コンクリートの床に向かって思い切り拳を振り下ろした。

 拳は床を砕く。大きくヒビを入れて、コンクリートの床を陥没させた。大きな振動が床を揺るがす。

 だが、セリアの拳の一撃ではそこまでしか陥没できない。深さは10cmほどだった。

「やれやれ、強化コンクリートね」

 そう言いつつ、セリアは手を振った。かなりの衝撃が拳に跳ね返って来て、彼女自身、手にダメージがある事が分かる。能力者ゆえ、彼女は自分の拳から繰り出される強大な力で、壁をも砕く事ができる自信はあった。だが、このコンクリートの床は、彼女が今まで繰り出してきた拳の与える感触の中でも、最も硬いものだ。

「セリア。あなたの拳でもこの床を掘れるとは到底思えないよ」

 フェイリンがそう言うのもつかの間、セリアは更に一撃、床に拳を繰り出し、床の陥没を深めるのだった。しかしそれでもまだ先は長そうだ。

 セリアは自分の拳が壊れそうになるのを感じた。だが、ここで諦めるわけにはいかない。

「フェイリン。あんたは、他に20階へと降りるところがないかを探してきなさいよ」

 フェイリンに向かって指示を出すなり、セリアは今度は左の拳を床にたたきつける。今度は左の拳にも痛みが広がった。

 

 シャーリは国会議事堂から続いてきた地下道を幾つも曲がり、迷路のような道を抜けていく。追手がやって来ないだろうか。国会議事堂の地下についてはいつ、軍の部隊が突入してもおかしくない状況だ。

 そうすれば、この地下水道が発見され、軍によって封鎖される事になる。お父様の計画によれば、国会議事堂に残った者達が、最大限に食い止めれば、あと数十分は持ちこたえられるはずだ。

 そしてその頃には、西側諸国がある決断を下すに違いない。その頃には《ボルベルブイリ》は混乱の渦中に陥るはずだ。

 その前に行動しなければならない。

「シャーリ、着いたよ」

 レーシーはそのように言って、水路の行き止まりの部分で止まった。彼女はそのまま歩いて行き、水路を閉ざしている鉄の巨大な扉の様なものの前に立つ。

 彼女が見上げると、その鉄の扉は重々しい音を立てつつ両側へと開いていく。ここは、入り口だった。

 だが、水路の行き止まりはレーシーの力を使わなければ開く事はできない。彼女が無線通信をした事により、鉄扉のロックを解除して開かせたのだ。今のところ、この力はレーシーしか使う事ができない。

 鉄扉のロックの先には、階段が続き、その先はこの不気味な空気さえ漂う、真っ暗な地下水道とは違う、殺風景な真っ白な廊下が伸びている。

 ようやく目的地にたどり着いた。シャーリは地下水道の下水に埋もれていたブーツを進めて、その真っ白な床に汚れた足跡を付けていく。

「レーシー。このビルに来るのは初めてでしょう?でも、あなたなら、セキュリティを全て解除できる。このビルはあなたを受け入れてくれる」

 シャーリはレーシーに向かってそのように言った。

「分かっているよ。今、解除コードを入力している所なんだから」

 するとレーシーは自分の額の部分を叩きながら、何かを考える仕草をして見せる。そうする事によって、彼女はこのビルのセキュリティシステムにアクセスする事ができるのだ。

「はい、できたよ。問題なし」

 レーシーはそのようにシャーリに言った。本当にセキュリティが解除されたのだろうか?あまりにもあっけなさすぎるような気がする。

 だが、お父様が言っていた。レーシーはこのビルの全てを支配できると。それが彼女に与えられている『能力』なのだ。

「シャーリも、近いうちにこれができるようになるから、感覚が分かるんじゃあないの?」

 レーシーが言ってくる。すると、シャーリはにやりとした。

「ええ、お父様からの贈り物を、早くわたしも手に入れたいものだわ。さて、あいつらは無事に例のものを入手できたのかしら?」

 シャーリはそのように言い、レーシーと部下を引き連れて、その殺風景な廊下を堂々と進みだした。

 シャーリは握りしめたままの携帯電話を再び通話にした。

「この赤いものが『レッド・メモリアル』か。ものの重要ささえ分からなければ、ただのガラスの板にしか見えないな」

 リーはケースの中に入れられた『レッド・メモリアル』というデバイスを見つめて言った。

 そこには一つだけではなく、正確に9つ入れられていた。精密機器を入れるためのクッション材の隙間にガラス板のようなそのデバイスが入れられている。

 タカフミはその『レッド・メモリアル』の一枚を手にとって掲げた。

「この中には、恐ろしいまでの技術が秘められている。それこそ、今までの人類が手にした事もないほどのな。ベロボグはこれを求めていたのか?」

 その時、タカフミの持っている携帯電話が鳴る。それは本来リーのものだった携帯電話だ。

「もしもし、ブツは手に入れたぜ。これを誰に渡せばいい?」

 相手はあのベロボグの娘だ。

(遣いの者をそっちによこしたから、そいつに渡しなさい。もし約束がこじれたような事があったりしたら、どんな事になるか、分かっているわね)

「ああ、分かっているさ」

 タカフミは金庫室の中で、銀色のケースの蓋を閉じながらそう答えた。そして自らがそのケースを持っていこうとする。

(あんた達はその20階で待っていること。決してどこにもいかないようにしなさい)

 女はそのように命じてくる。

「分かったぜ。こっちも急ぎの用事があるんだからな、早くしろよ」

 タカフミがそのように言った時に通話は切れたようだった。

「ふん。人遣いの荒い女だな。ベロボグの奴はきちんと教育って奴をしたのか、あんなんじゃあ、将来、ろくな大人に育たないぜ」

 タカフミは吐き捨てるかのようにそう言った。だがリーは、疑いの目でタカフミの方を見るのだった。

「そのスーツケースの中が良く見えなかった。確認させてほしい。それと、本当にそのデバイスだかをベロボグに渡すつもりなのか?」

 リーはそう言うと、タカフミは少し戸惑ったようだったが、スーツケースを開いてリーに中身を見せつけた。

「ベロボグに渡すつもりはないさ。これでいいか?」

 だが、開かれたスーツケースに向かってリーは視線を向け、すぐにそこにある疑問に気がつく。

「スーツケースの中には、そのデバイスを入れるところは10あるが、埋まっているのは9つまでだ。残り一つはどこにある?」

「お前には関係ないだろう?」

 タカフミはそう言うなりスーツケースを閉じてしまう。

「いいや、関係ある。ここまで来てしまったのだからな。疑いも無く、きちんと物事を片付けておきたい」

「組織の機密に触れる事になるぜ」

 タカフミはあくまで答えないつもりのようだったが、リーは食い下がらなかった。

「教えてもらおう。私にとっては、そのデバイスというものを手に入れるために戦争まで起こしているベロボグの理由がまだ分からない」

 そのリーの言葉にタカフミは躊躇しているようだった。いくら組織の工作員であるリーとてその機密に触れる事はできないのか。

 だが彼自身にしてみれば納得のいかない事だらけだ。

「ここにある空きは、すでに使われているんだよ。実験用って事さ。ベロボグは恐らく自分の娘の一人に、この『レッド・メモリアル』をすでに使わせている。生体と融合させる事によって、ベロボグはすでに『レッド・メモリアル」を使っているんだ」

「ベロボグ自身がか?」

 リーが尋ねる。

「いいや、奴自身じゃあない。だが、奴自身はどうやら自分の娘に対して脳に改造を施して、レッド・メモリアルの使用者のプロトタイプ1号を造ったようだな」

 タカフミがそこまで答えた時だった。エレベーターがこの階に到着した事を示す、軽いコール音が廊下の方から響いてきた。

「どうやら、来ちまったようだな。この世界の常識を変えるような技術をベロボグに渡してよいのかどうか」

 そう言いつつもタカフミはスーツケースを抱え、すでに行動に移そうとしているようだった。

「いいや、渡すべきではない」

 そう言い、リーはタカフミの腕を掴んで制止させた。

「いつから、お前は組織のトップになったんだ?」

「組織の利害は、世界の安定だろう?ベロボグがその技術を手に入れたら、この戦争以上に世界が混乱する危険性がある」

 リーははっきりと言った。そしてスーツケースへと手を伸ばそうとするが、その時、老化の向こう側から大柄なジュール系の男達が二人現れた。

 リーは思わず舌打ちし、スーツケースから手をひっこめた。

「それを渡してもらおう」

 男はタカフミ達とスーツケースを確認するなり、すぐにそのように言って来た。

「これを渡す事には抵抗があるんだぜ。少しは敬意を…」

 タカフミはそのように言いながら、スーツケースをゆっくりと渡そうとする。

「余計な事を言うな」

 大柄な男の一人はそのように言い、タカフミから乱暴にケースを奪った。

「おいおい、その中には精密機器が入っているんだぜ、丁寧に扱わないと、あのお嬢様が怒るぜ」

 タカフミはたどたどしいジュール語でそのように言ったが、男は鼻を鳴らしてスーツケースを手にした。

「いいか?俺達を追おうなどと考えるなよ。人質は、このケースの安全が確認されるまでは確保しておく」

 男はそのように言い付けるのだった。

 リーにとっては歯がゆい思いだった。人質さえいなければ、この男達からケースを奪い返す事もできると言うものを。

 男達が去っていこうとする。その後ろ姿を見ていた時、突然、エレベーターの方から何やら爆発するかのような衝撃がやってきて、思わずリー達はひるんだ。

「一体何だ?」

 

 セリアとフェイリンは、エレベーターの箱の上からその天井を突き破って、ようやく20階に降り立つ事が出来た。

「ちょっと、セリア!あたしもいるんだよ!」

 フェイリンはそのように言って来たが、セリアは構わなかった。

「あんたはそこにいなさい!できれば、バックアップしてね!」

 そう言って、自分の拳によって打ち砕いた天井の裏からセリアはまずエレベーターへと降り立った。そして、エレベーターから飛び出して、通路へと出る。

(フェイリン。あのリー・トルーマンとかいう人達は、通路の曲がり角の先にいる。多分、テロリストだと思うけど、そんな人達もいるから気をつけて)

 耳元でフェイリンの声が響く。彼女の透視能力のバックアップを受けて、セリアは素早く廊下を移動した。

 そして彼女はその先にいる者達を目の当たりにした。

 そこには、リーがいる。そして、見知らぬレッド系の男がいる。そして大柄なジュール人の男が二人いる。

 この状況はセリアにとって、まだ掴む事ができない。だが、目の前に自分を裏切ったリー・トルーマンがいるのは事実だった。

(これは、どういう事だ?)

 ジュール系の大男がそのように言った。

「セリアか。余計な所に来てくれたな」

 リーがそのように言った。

(これはどういう事だ?仲間が他にもいたという事か?話に聞いていないぞ)

 またもう一人のジュール人の男が口を開く。セリアはジュール語に堪能では無かったが、彼らが何かの取引をしようとしていたのは明らかだった。

 セリアはリーの方に向かって、一歩足を踏み出そうとする。

(おい、まて。お前は何者だ?こいつの仲間なのか)

 そう言ってセリアの肩を掴んでくる男の姿があった。セリアはすかさずその大男の腕を掴み返してそのまま転倒させる。

「あんたに用事は無いのよ。わたしに用があるのは、そっちの男だけ」

 そう言って、セリアは一歩足を踏み出す。

「おいおい、待て。人質が取られているんだ。人質の命がかかっている。俺達はこのスーツケースをそいつらに渡さなきゃあならないんだ」

 そう言ったのは、レッド系の男だった。彼は組織の人間だと、彼の仲間から聞かされていたが、セリアはこの状況を完全に把握していたわけではなかった。

「いいや、セリア。そのスーツケースを渡させちゃあならない。ベロボグの奴が、恐ろしい力を手に入れるかもしれないんだ」

 リーが言った。

「何を言っているのか、分からないわ!わたしに分かる事は、あんたがわたし達を裏切ったというだけ」

(おい!そのケースを渡せ!人質がどうなっても構わないのか!)

 ジュール人の男が言い放ってくる。すると、レッド系の男は恐る恐ると言った様子でスーツケースをジュール人の男の方へと渡してしまった。

(おい、早くするぞ!)

 ジュール人の男はそう言って仲間を起こし、その場から走り去ってしまおうとする。リーはその後を追おうとしたが、セリアがさせなかった。

「あんたは逃がさないわよ」

 彼女はそのように言うのだが、

「セリア。余計な事をしてくれたな。あのスーツケースには、もしかしたらこの戦争よりも危険な世界危機を招く機密が入っているのかもしれない。私達はそれを守るためにここまで来たんだ」

 リーは真剣な顔でそのように言って来た。彼の言っている言葉が真実であるのか分からない。

「あんたは軍を裏切ったのよ、どういう事か分かる?」

 セリアはリーの襟首を掴みあげる。

「いいや、分かっているさ。だが軍務などよりももっと大切な事がある。私はその為に動いていた。事の詳細を知れば、君も私に同意するだろう」

「その通りだ。だから、リーは離してもらうぞ」

 背後から聞こえてきた声に、セリアは目をそむけた。そこでは、リーと行動を共にしていたレッド系の男が、小型マシンガンを片手で持ってその銃口をセリアへと向けていた。

「あんた。何様のつもりよ。このリー・トルーマンと仲間なの?」

 セリアはその男に向かってそのように言ったが、

「例のスーツケースの中にあるデバイスがベロボグの手に渡れば、何が起こるか分からない。待ちうけているのは戦争よりも大規模な危機かもしれん。リーが軍を裏切った理由は確かにある」

 マシンガンの銃口をセリアへと近づけながら男は言ってくる。

「だが、あんたはスーツケースを奴らへと渡しただろう?」

 リーはそのように言うが、

「違う。人質がいたからやむを得ずにだ。あのスーツケースには発信機がついている。ベロボグの手に渡るよりも前に、奪い返すつもりでいた」

 タカフミはそう言って、セリアにマシンガンの銃口を向けている。

「何が何だか分からないけれども、あんたはそんなマシンガンでわたしを脅そうって言うの?随分とチャチな脅しじゃあない?」

 セリアは強気にそのように言って、リーの襟首を掴んだままだった。

「いいや、いくらあんたも『能力者』だったとしても、この至近距離からじゃあ弾をかわす事もできないだろう?まだ自分の娘に逢ってもいないあんたを撃つような真似はしたくないぜ」

「どういう事よ?」

 セリアは今度は攻撃的な目でリーを睨みつけた。

「言葉通りさ。俺達はあんたの娘を知っている。俺達と一緒に来れば、いずれは娘に逢う事もできるんだぜ」

 タカフミはそのように言った。マシンガンの先にある彼の顔は不敵なものであり、油断が無い。

「さあ、どうするんだ?早く行動しなければ、あのデバイスがベロボグの手に渡っちまうぜ」

 だがそのように言われても、セリアにとってはこの男を信用して良いのか、そうではないのか、今ではとても判断を下せなかった。

 アリエルがそのビルの地下へとバイクを走らせていった時、ビルの中は異様な静けさに包まれていた。《ボルベルブイリ》の街はどこも先日からの戒厳令により、市民の外出が禁止され、どこもかしこもひっそりと静まり返っている。

 このビルも同じようだった。しかも地下駐車場は異様にその音が反響する。アリエルのバイクが侵入していっただけで、激しい物音が聞こえてくるほどだった。

 父の命によれば、このビルでシャーリ達と合流する事になっている。そして彼女達の仕事を手伝う事が、アリエルに任せられた任務だった。

 今の自分ができる事はそれしかない。この世界的な危機を前にして、まだちっぽけな自分がどこまでできるのか分からない。だが、父の命令に従う事しかできない。

 それが今の自分にとってできる事のすべてだった。

 駐車場の一つにアリエルはバイクを停車させた。この駐車場は妙に清涼感に包まれている。バイクを停車させるという事だけでも、床を汚してしまわないかと心配になってしまうような清潔感だ。

 『ジュール連邦』の建物など、どこにいったとしても、薄汚れて、壁などひび割れているような状況になっている。だがこのビルはまだ建てられたばかりなのだろうか。真っ白な壁に包まれており、異様なほどの清潔感だ。

 アリエルが止めたバイクの他にも、2台の大型車が置かれていた。まるで銀行の金庫輸送車のような車まである。

 まだ警戒を解く事はできないでいた。アリエルはバイクから降り、ヘルメットを座席下へと置くと、周囲の様子に目を移らせながら建物の中へと入っていった。

 そして今度は父から渡されていた携帯電話を使う。

「着きました。これから私は何をすれば良いんですが?」

 すると父の方からはすぐに返答がやってきた。何やら風の激しい音が聞こえてくる。どこか風の強いところにいるのだろうか。

(アリエル。思ったよりも速かったな。そのビルの1階にシャーリ達が到着するはずだからそれまでロビーで待っていたまえ。シャーリ達は地下での仕事を終えた後に合流する手はずになっている)

「分かりました」

 アリエルは周囲を見渡す。シャーリの地下での仕事とは一体何だろう?だがそれは自分が知るべきことでは無いのだろう。

 アリエルは駐車場にあったエレベーターの方へと向かった。

 

 シャーリは地下の通路を進んでいく。そこは非常に大きなフロアになっており、シートがかぶせられたものが幾つも置いてある。

 それは人の体の大きさよりも大きなものであり、ずらりと地下フロアに並べられている。

 シャーリ達はそのシートがかぶせられた物体達に目配せをしながら、通路の中を進んで行く。

「シャーリ。これ、本当にお父様が全部用意させたの?」

 レーシーが周りの様子に興味心身な様子で言ってくる。

「あなたも計画についてはきちんと知っているでしょう?その通りよ。お父様が西側の軍需産業から買い寄せたものばかり。こいつらがいれば、『ジュール連邦』なんて簡単に滅ぼす事ができるわ」

 そう言いつつシャーリはシートがかぶさっているものの一つのシートを剥がした。するとそこには重厚な金属の塊のような物体が姿を見せる。

「まさか、どこの国よりも進んだ軍事技術が、『ジュール連邦』のしかも首都地下に隠されているなんて、誰も予想しないでしょうよ」

 シャーリの目の前に現れたのは兵器だった。それもただの兵器ではない。そこにいるのはロボット兵であり、心を持たない兵士だ。それがこの地下施設におよそ100台設置されている。

 シャーリはにやりとした。このロボット兵を、今、《ボルベルブイリ》の街に解き放ったらどうなるだろう?これはお父様の力を世の中に示す事ができる手段の一つだ。

「レーシー」

 シャーリはすぐ後ろにいるレーシーの名を呼んだ。

「すべき事は、分かっているわ」

 そのようにレーシーは答えた。彼女はどうやら、すでにこのロボット兵達との同期を始めたようである。

 レーシーが、自分の頭に埋め込まれているデバイスを操作する時、必ず彼女はこめかみのあたりを叩く。その仕草をしている時、彼女は自分自身の脳をそのままコンピュータに直結させている。

 それは、レーシーが機械と融合できる『能力者』というだけではない。父が生み出させた技術によって成せる業だった。

 やがてシャーリの目の前のロボット兵の、頭部に当たる部分、視覚センサーの部分が青い色に点灯した。

 それはあたかも人の眼が開いたかのようだった。やがてロボット兵は、まるで目覚めたばかりの動物であるかのように頭をきょろきょろと動かして、シャーリ達の顔を見てくる。

 明らかに彼は目の前の存在を認識している。

「こいつらの配置図をアップロードして、全機、この街に配備するようにしなさい」

 シャーリは面白いものを見るように、ロボット兵の顔を見つめながら、レーシーにそのように命じた。

「今、やっているところだよ」

 レーシーはそのように言い、こめかみの部分を叩くスピードを上げている。人間の脳がコンピュータと直結するとはどんな感覚なのだろうか、それはシャーリにも分からない事だった。だが、レーシーは今、この地下施設にいるロボット兵全てを動かそうとしている。

「はい、完了」

 レーシーがそう言ったのとほぼ同時に、地下施設にいるロボット兵達に動きがあった。シートが被さっていた彼らは、そのシートを自らほどき、その姿を一斉に現した。

 彼らはキャタピラに乗った自らの体を、その足となるキャタピラで動かしていき、やがては各々が異なる行動を始める。

「こいつら全部を操作できるの?あんたは?」

 そのようにシャーリはレーシーに向かって言うが、

「ほとんどは自動操縦できるようになっている。あたしは命令を下すだけだから、そんなに大変なことじゃあない」

 それを聞いてシャーリは周囲を見回した。ロボット兵達は、地下施設に設けられている通路を、各々が意志を持っているかのように移動していく。そして地下施設の通路のいくつかは地上に繋がっている。

 ロボット兵達は地上に向けて動き出している。戒厳令で人気の無いイースト・ボルベルブイリ・シティに向けて彼らは解き放たれたのだ。

 なかなか、壮観な光景だった。この兵士達は恐れも知らない。また慈悲も無い。お父様の計画がまた一つ足を進めたのだと思うと、シャーリは湧きあがってくる達成感を抑える事ができない。

「さあ、行くわよ。わたし達は、『レッド・メモリアル』を手に入れなきゃあならないわ」

 シャーリはそう言って部下達を先導した。

「何か動きがあったようだ」

 シリコン・テクニックスのビルを地上へと向かうエレベーターに乗りながら、タカフミは何かを感じ取ったようだった。

 例のテロリスト達が先にエレベーターに乗って地上まで行ってしまったため、リー、セリア、フェイリンそしてタカフミの4人は、一度エレベーターが登ってくるまで待っているしかなかった。

 そのため彼らは出遅れてしまっていた。

「まだ説明が終わっていないわよ」

 セリアがリー達の顔を見ないでそのように言った。

 天井には先程セリアが穴を開けて通って来た穴が開いたままだ。その上に潜んでいたフェイリンの身体を降ろしてやらなければならなかった。

「これから、どうするのよ」

 天井から降りてきたフェイリンはそう尋ねるが、セリアは構わなかった。

「あなた達を軍に突き出して、真相を突き止める。わたしにできる事はそれまでの事よ」

 セリアはそう言って、エレベーターの中でリーとタカフミに近づくが、

「だから、真相は今話しただろう?それに、軍に捕まっているような暇は無いんだ」

 リーはセリアには構わないといった様子だった。しかしながら、セリアが更に彼らに迫ったため、二人は銃を抜く。

「そんな脅しが通用するとでも?」

 セリアは銃口を向けられても動揺しない。逆に更に二人に迫るほどだった。

「まだ、前に撃った傷が治っていないだろう?だから、無理をするんじゃあない。それに、本気で私達がしている事の真相を突き止めたいならば、私達に…」

 リーがそのように言いかけた時、エレベーターは1階に到着した。

 エレベーターの扉が開く。扉の方に目をやったフェイリンは、その眼前にいた存在に思わず声を上げた。

「あれは何?」

 彼女が見たものは、エレベーターにいた全員が見た。シリコン・テクニックスのがらんとしたロビーに、先程はいなかったはずの、巨大な何か達がいた。

 それは金属でできた存在だったが、ただの人形では無かった。顔があった。彼らはその顔をエレベーターの中にいる者達へと向けるのだった。

 彼らは何かを確認しているようだった。その時間までは、ほんの1秒程度もかからなかった。

「伏せろ!」

 リーがそのように叫んだ。次の瞬間、そこにいたロボット達は、腕に付いていたガトリング砲を放ってきた。

 ロビーに激しい銃声が響き渡る。それは何かが崩れるかのような激しい音だった。

 ガトリング砲から放たれた銃弾は、リー達の頭上のすぐ上を通過していき、エレベーターの壁に次々に穴を開けた。

「何だ?何が起こった?」

 タカフミは突然起こった出来事に理解できない様子だった。

「エレベーターの扉を閉めろ!どこでもいい、地下だ。地下に行け!」

 そうリーが銃声の中で声を響かせる。セリアはリーの言う言葉に従うつもりではなかったが、素早くエレベーターの扉を閉じた。

 ロボットが放ってくる銃弾は、エレベーターの扉さえも貫通してきたが、エレベーターはきちんと機能した。銃弾はエレベーターの上部へと穴を開けていき、やがてその銃声も遠くに聞こえるようになる。

「何なのよ、あいつらは?」

 突発的な危機が過ぎ去った事を確認したセリアは、その身を起こした。銃撃は凄まじく、エレベーターの壁の破片を彼女らは浴びていた。

「あれは、タレス公国軍の、無人兵器だ。《プロタゴラス空軍基地》にあったやつだ」

 リーはセリアに向けていた銃を、今度は警戒の姿勢で構えながら、エレベーターの入り口から離れた。

「《プロタゴラス空軍基地》って。あの基地にいた、ロボット達が、どうしてこんな所に?」

 フェイリンがそう尋ねた時、エレベーターは地下へと到着した。地下2階に到着したエレベーターは、セリアがとっさにボタンを押す事ができた行き先だった。

 その階は、エレベーターを出てすぐの場所を廊下が横切っている。

 とても静かな様子だったが、どこからともなく、何かの機械音が聞こえてきていた。

 リーはゆっくりと、エレベーターから顔を覗かせ、廊下の両方面を見渡した。そして素早く確認を終えると顔をひっこめる。

「ロボット兵がいた。2体いる」

「なんで、西側の国の兵器がここにいるのよ」

 セリアが攻撃的な口調で尋ねる。

「さあな。考えられる事は一つ。まずあのロボット兵は、『グリーン・カバー』が開発をした。そしてここはベロボグの息のかかったビルだと言う事」

「ベロボグがあのロボット兵を手に入れて、この国に持ってきたっていう事?」

 セリアはリーの言葉にすかさずそのように返した。

「それしか考えられない。奴は二つの大国同士で戦争をさせているくらいだ。ロボット兵を輸入する事くらいできるんだろう」

 リーは銃を握り締めたまま、何かを待っているようだった。

「だが、参ったな。あのロボット兵は、ジュール連邦軍の兵士なんて比較にならないほどの強さを持っている。一台一台が戦車なみの戦闘力を持っているし、何しろ頭も良い。多分、今の攻撃は、私達を敵性戦闘員だとみなして攻撃したんだろう。銃を持っていたからな」

 そうは言いつつもリーは銃を手放す事を止めなかった。

「だが、ベロボグめ。こんなに大規模な事をしでかして、一体何をしたいってんだ?」

 タカフミは吐き捨てるかのようにそう言うのだった。

「このままでは、例の物を持っていかれたままになってしまうな。さて、どのように奴らを追跡するか?この事を予期してベロボグは、あのロボット兵をけしかけたのか?いや、それだけではないだろう…」

 アリエルは無機質な姿をしたビルの一階でシャーリを待った。

 戦争が始まって、首都に戒厳令が敷かれていると言うのはどうやら本当だった。アリエルはひっそりとしたビルの中でただ一人、シャーリの到着を待っている。

 このビルは何に使われるビルなのだろうか。まずホテルではない。フロントが無いからだ。だが、受付と思われるような場所はあったが、そこに人がいる様子はない。

 全てがひっそりと静まり返っており、更に外の通りからこのビルの中を伺う事はできないようになっていた。

 黒い色の壁紙やタイルで覆われているビルは、とても東側の国のビルとは思えないような趣きだった。これがモダンテイストと呼ばれるものなのだろうか。しかし一方で、まるで外界から秘密を隠しているかのようなビルだった。

 アリエルがそのだだっ広く、一人でいるにはあまりに不安なビルのロビーで待っていると、そこにシャーリが現れた。

 彼女はエレベーターでやって来て、アリエルにとっては妹に当たるレーシー、そして父の部下と思われる男達を数人連れていた。彼女らは武装をしている。シャーリなど剥き出しのショットガンを持っているくらいだった。

 しかし父から聞かされていた言葉を思い出す。何故、シャーリ達がそのような武器を持ってこの場へとやって来ているのかという事を。シャーリ達は父の目的を果たさんがために、そのような武装をしているのだ。

 だが、シャーリ達と共に、大型のエレベーターに乗ってきた奇怪な存在。アリエルはそれが目に付いた。思わず身構えてしまうかのように威圧感の有るような存在だ。

「アリエル。また、会えたわね。そして、どうやらお父様があなたを目覚めさせてくれたって言う話はすでに聴いているわよ」

 シャーリはそのように言いながらアリエルへと近づいてきた。彼女は剥き出しのショットガンを持ったまま、アリエルに何をするかと思えば、いきなり抱きついてくるではないか。

 そのような挨拶を交わす文化が世界のどこかにある事を、アリエルは知っていたが、まるで何かを確かめるかのように、シャーリはアリエルに抱きついてきた。

「あ、あの…」

 もちろん『ジュール連邦』ではそのような挨拶はしない。だからアリエルは戸惑ってしまうのだった。

「ふーん。まだ戸惑っているようね。まあ、一週間前はまだ甘かったあんたが、いきなり変わるなんて、無理な話のようね」

 そのように言いつつ、シャーリはアリエルを抱きしめるのを止めた。

 シャーリと最後に会ってから彼女に何があったのか分からないが、どことなくシャーリの顔には陰が差している。この数日の間に一体シャーリの間に何があったというのだろうか。相当な修羅場か何かを潜りぬけてきたかのようにも見える。

 もう一人、妹のレーシーの方はと言えば、まるで何の変化も無いようだが。

 そして、アリエルにはもう一つ、とても気になっている事があった。

「あの、あれは?」

 機械音、おそらくそれはキャタピラだろう、その音を響かせながら移動してくる大柄な身体。明らかにその身体は機械だというのに、その動きはまるで生命がそこにあり、生きているかのようだった。

 ロボットの存在はアリエルも知っている。東側の国ではまず用いられる事は無いが、西側の国では積極的に取り入れられている機会だ。

 だがここまで大柄であり、しかも両腕にガトリング砲まで仕込んでいるようなロボットを目の当たりにするのは、アリエルにとっても始めてだった。

 それがアリエルの方に向かってやってきたので、アリエルは思わず後ずさりをしてしまった。まるで得体の知れない怪物が自分の方へと迫ってくるかのような迫力だ。

 だが、シャーリはそんな怪物にも似た存在を頼もしげに見上げて言うのだった。

「これはお父様が用意してくださった、私達の兵よ。この前ではどんな軍隊もかなう事は無い。この場所を守るために、お父様があらかじめ用意してくれたの」

 アリエルはこのようなロボットの存在を見た事も無かった。まず『ジュール連邦』の軍隊が持っているようなものではない。間違いなく、西側の国からよこされたものであるに違いない。

「それはそうと、お父様から聞かされた、例のものだけれども」

 アリエルはその巨大な機械兵器の方は見ないで、シャーリに言った。

「今、この場所に届けられようとしている所なの。上手く行けばすぐにでも、あなたに直結する事でしょうね」

 そう言いながら、シャーリは自分のこめかみの部分を指差すのだった。それが何を意味しているのかはアリエルにも分かる。

「シャーリ。あなたもそうなの?あなたも、頭の中にその、コンピュータみたいなものが入っているの?」

 そのようにアリエルは尋ねる。答えはすでに父から聞いていたけれども、改めてアリエルは確認したかったのだ。

「そうよ。お父様の子のその頭には生体コンピュータが入っているの。一番いい例がレーシーね」

 シャーリはそう言い、レーシーを自分の前へと出すのだった。

「この子の頭の中にももちろん、生体コンピュータが入っていて脳に直結している。って言っても、コンピュータ自体はとても小さなもので、それこそ指先の大きさほどもないの。それを無線接続するハードウェアが必要になる。それが無いと、コンピュータは動かないし、私達の脳はただ普通の人間と同じように動いているしかない」

「それで、必要になるのが、『レッド・メモリアル』だと?」

 アリエルはそう尋ねた。

「その通り。お父様から聞かされている通りよ。それでね。このレーシーは実はすでに『レッド・メモリアル』を持っているのよ。この子、機械と融合する事ができる『能力』を持っているから、何かと都合がいいのよ。レーシー。アリエルに見せてあげなさい」

「はーい」

 するとレーシーは自分の手のひらを差し出した。

 するとそこからは、まるで浮かび上がってくるかのように、赤い棒状のものが姿を見せるのだった。それは丁度、コンピュータで使われているメモリーに近い姿をしている。

 アリエルが始めて目にするレッド・メモリアルとは、とても繊細そうなガラスの中に、何かが流れているかのようなものだった。その流れているものは、機械類の細かなチップか何かだろうか。絶え間なく動いている事が分かる。

「これが、『レッド・メモリアル』」

 そして父が何よりも欲しているものだ。何故かレーシーだけはそれをすでに持っている。

「この子はいわゆる試験体として選ばれたの。ちょうど都合のいい『能力』を持っている事だしね。だからこの子はいつでもコンピュータを使う事無く、ありとあらゆる所にアクセスできる。

 あのロボット兵だって操る事ができるし、このビルの制御をする事も出来てしまう。そしてそれだけじゃあない」

 シャーリは悠々とそのように述べる。やがて、彼女は自分の両手を広げて、まるでこの場にいる全ての者に言い聞かせるかのような口調で悠々と言うのだった。

「何故、お父様が私達を選んだか分かる?そしてわざわざ、多くの女に自分の子供を産ませたかという事も?

 それは、お父様が『能力者』を求めていたからよ。この『レッド・メモリアル』は人間をコンピュータ化できるだけでなく、『能力者』であるならば、その『能力』をも大幅に高める事ができるし、更に、自在に制御することだってできてしまう。

 『能力者』と人間の技術が融合するのよ。素晴らしい事だと思わない?」

 シャーリは熱弁した。だが、アリエルにとってはまだ不安だった。自分をコンピュータ化する事ができるといっても、それがどのような感覚なのか分からない。それに対して恐れを抱いているのだ。

「怖いかしら、アリエル。でも私は素晴らしい事だと思う。これでまた、お父様が望んでいる世界に一歩近づくのよ。もう少し、あと少しでそれが実現しようとしているの」

 シャーリは顔を近づけてアリエルに言って来た。どうやらシャーリは恐れというものを全く抱いていないようである。

 何かに陶酔してさえいるかのようだった。

「じゃあ、あの、ロボット達は何の為にいるの?」

 アリエルは、ビルの外へと出て行くロボット達の姿を指差して言った。ロボットはどうやらビルの外にも大勢いるらしく、隊列のようなものをなして外をうろついている。

 ロボット達はまだうろついているだけに過ぎないが、彼らは明らかに戦争の道具だった。何かが始まればすぐにでも、両腕に付けられた銃機関砲を撃ちだしそうな姿をしている。

「アリエル。この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》は、お父様の作る王国の一つとなるの。そのためには、古い時代のものなんていらない。徹底的に排除されなければならない。

 ここは一つの国になる。だから、外敵からそれを守るための防衛システムは必要になるでしょう?」

 シャーリの言った一つの国という言葉で、アリエルは思い出す。それは父が言っていた言葉だ。彼はこの地に一つの国を作るために活動をしている。しかしアリエルの中にはまだ疑問も会った。徹底的な排除の為ならば、本当に古い時代のものは全て排除されなければならない定めにあるのだろうか?

 ロボット達がビルの外に出て行く。戒厳令の影響で全く外には人がいない。しばらくは何事も起こらないでいて欲しい。アリエルはそう思っていた。

「遅いわね。そろそろ例のものが届くはずなのに」

 シャーリはそのように言って、周囲の様子を見まわしていた。

 また、何かが起ころうとしているのだろうか。

 リー達はロボット達の警備網を掻い潜り、何とかビルの地下から地上へと出る手段を探っていた。

 エレベーターから外の通路に出る事はできたものの、彼らが逃げ込む事が出来たのは狭い倉庫のような場所で、そこからはどこにも行く事ができない。行き止まりだった。

「一体どうするっていうのよ?この中で、あのロボット達がいなくなるのを待っているわけ?」

 セリアが皮肉っぽく言う。狭い地下の倉庫の中にいるなど彼女の性には合わないのだろう。リーはそう思っていた。

「あのロボット達の詳細なデータをダウンロードできないか?」

 リーはそのように尋ねた。尋ねた先はフェイリンとタカフミだった。

「あの、あたしの携帯端末の中にデータが残っていたと思いますけれども、つい2、3日前に、データが全部飛んじゃって」

 リーは顔をしかめた。組織のアジトに電磁波攻撃があった時の事だ。あの時、セリアとフェイリンも近くにいたせいだろう。

「じゃあ、再接続だ。もう一度、あのデータをダウンロードすればいい。『タレス公国軍』のデータからダウンロードすれば、あのロボット達のデータが手に入るだろう」

 そのようにタカフミはフェイリンに言うのだが、

「いいやタカフミ、軍ではない、軍が押収した『グリーン・カバー』の情報を検索するんだ。そして、その中にあのロボットの強制停止プログラムがあるはずだ」

「ええ、やってみる」

 そう言ってフェイリンは携帯端末を操作し始めた。

「おいおい、押収した証拠っていうのは、軍の機密の一つなんだぜ。それを携帯端末から侵入して入手するなんて、あんたにできるのか?」

 タカフミが不安そうにそう言うのだが、

「ええ、この端末は、あなた達の組織って言う所から貰ったものですから。多少、使い方に難はありますけれども、問題はありませんよ。軍のネットワークには簡単に繋げる事ができますから…」

 フェイリンは倉庫の中で器用に携帯端末を操作していき、次々と光学画面を展開させていった。

「その携帯端末には、そこまでのソフトは入っていないんだぜ。容量だって限られているんだ」

 タカフミは難を言うのだが、

 フェイリンは素早い手の動きを使って、どんどん空間の光学画面を操作していく。

「ええ、ですから、必要なソフトはどんどんダウンロードして、メモリの拡張ソフトもインストロールしながら侵入するんです」

 タカフミはそのフェイリンの動きに思わず目を奪われていた。リーも知っているが、タカフミもかなり腕ききのハッカーなのだが、そんな彼でも目を奪われてしまう事なのだ。

 こんな限られた状況下で、世界の反対側にある国の機密データにアクセスしようとしている。

 やがてフェイリンは一つの画面を発見するのだった。

「ありました。これです。このデータを無線で発信する事ができるようになれば、ロボットに強制停止命令をプログラムする事ができます」

「何?もう見つけたのか?本当に大丈夫なんだろうな?」

 タカフミが疑り深くフェイリンに向かって言った。

「ええ、それじゃあ見ていて下さいって」

 そう言うなり、フェイリンは倉庫の壁の一方向に向かって、携帯端末をかざして何やら暗号コードらしきものを入力する。それだけだった。

「これで、停止させる事ができました。ふう」

「おいおい、本当かよ」

 更にフェイリンはまた別の方向に向かって、携帯端末をかざして同じような操作をする。

「彼女の言う通りならば本当なんだろう。確認してみる」

 リーはそう言って、倉庫の扉を注意深く開いて、地下の通路の様子を見た。

「どうだ?」

「ロボット達は停止しているようだ。動いていない」

 即座にリーはその状況を確認して、通路の外へと出てみるのだった。

「問題無いようだ」

 先程は、姿を見たとたん、機関砲を発射してきたロボット達が今は何もしてこない。本当にその機能を停止させる事ができたのか。

 タカフミやセリアは恐る恐るといった様子で通路へと出たが、そこには、機関砲を備え付けた腕をだらんと下げて、沈黙したロボット兵の姿があるだけだった。

「確かに、完全に停止しているようね…」

 セリアはそう言ったものの、まだ警戒を払っていた。いくら沈黙しているとは言え、またすぐにでも動き出したら攻撃に遭う。

「あたしの実力をなめないでください。これでも軍で雇われていたくらいなんですよ。ロボット兵の弱点はあくまで機械であると言う事。プログラムで動いているというものなんですから、こちらから停止命令を出せば、簡単に止める事ができるんです」

 フェイリンは得意げにそのように言うのだった。

「ここから地上に出るの?またエレベーターを使って?あなたのそのプログラムはどの程度使う事ができるのよ」

 セリアがまだ油断もできないといった様子で、周りの者達に尋ねる。

「このプログラムは半径10mまで有効。あと、停止プログラムを書き込めるのは一回につき一体までで、それには1、2秒はかかるわ」

 そのフェイリンの言葉にリーは素早く状況を判断した。

「上のビルのロビーには、5、6体のロボット達がいた。それぞれに停止プログラムを書き込んでいくのでは、5、6体全てを停止させるまでには時間がかかり過ぎてしまう。あのロボットは戦車も同然だ。『能力者』である我々でも敵わないだろう」

「いや、その必要は無い」

 リーの言葉を遮ってタカフミが言う。

「どういう事だ?」

 タカフミは携帯端末を持っており、それに画面を表示させていた。

「例の『レッド・メモリアル』はこの地下階層を移動している。さっきの二人組の男達は、この地下を通って別の所へと向かおうとしているって言う事だ」

 タカフミが見ている画面は追跡装置の画面だ。その画面に表示されている赤いポイントがどんどん離れていっているのが分かる。

「地下道か何かがあるという事か?」

「それでしたらあたしの『能力』で…。えっと、この地下通路はそのまま、道路の下を通って、そのまま隣のビルへと通じているようですよ。黒塗りのビルです」

 フェイリンがじっと廊下の先の方を見つめて、そのように言うのだった。

「隣の、ビル、だと?」

 確認するかのようにタカフミが言った。

「タカフミ。彼女は透視能力者だ。彼女がこの先に通路が見えると言っている。恐らくさっきの連中はその方向へと向かって逃げたんじゃあないのか?」

 フェイリンの事を知らないタカフミにリーが言う。

「ああ、どうやらそのようだ」

「では後を追うぞ。あれがベロボグの手に渡る前に食い止めたい」

 そのように言って、リーは誰よりも先に走り出した。

 

「おかしな事になってる」

 肝心の物が到着するのを、隣のビルで待っているアリエルとシャーリ達。その中で、レーシーがぼそりと言った。

「どうしたの?レーシー?」

 シャーリが彼女に尋ねると、

「地下に配備されているロボットが突然二つ停止したの。停止した理由は、停止プログラムが書き込まれたからだって。あたし、そんな事していないのに」

 レーシーはそのように不快そうに言うものの、頭の中では何かの操作をしているらしい。

「この戒厳令の中でそんな事ができるような奴は、そうはいないわよね」

 シャーリがそのように言う中でも、レーシーは頭の中で生体コンピュータを使って操作を進めるのだった。

「ロボットが再起動したみたいだぞ!」

 タカフミが通路を歩きながら、自分達の背後で動き出すロボットの姿を見て言った。

「完全に停止させたんじゃあなかったのか」

 口々にそのように言われてフェイリンは戸惑ったそぶりを見せたが、

「そんな事言われたって。ただあたしは、あのロボットの機能を止めただけで!」

「じゃあなんで動き出している?」

「外部から再起動するように命令されたとしか思えません」

 フェイリンはそのように言って、再び電子パットを取り出したが、

「いや、また止める必要は無い。それよりも先を急がなければならない!」

 リーがそれを止めさせ、彼らは、地下通路の中を進んで行くのだった。

 

「ロボットを再起動したよ。壊されたわけじゃあなかったから、まだきちんと動く」

 レーシーはそう言って、どうやらロボットと回線を接続しているらしかった。しかしそんな事など、当のレーシー以外には理解できない事だった。

 ただ彼女は『レッド・メモリアル』を使って生体コンピュータを起動させる時、ちょうどそれが埋め込まれているこめかみの部分を指で叩く癖はある。

「誰がロボットを止めたりしたの?」

 シャーリがそう尋ねる。

「今、ロボットの方のカメラの映像に切り替えているところだから」

 レーシーがそのように言って少しの時間が経ってからだった。

「この通路、どこかな?知っているような気がするけれども。ロボットを止めた連中は、走ってどこかへと向かっているみたい。どこだろう?」

 レーシーはそう言いながら周囲をうろうろとし始めた。

 その時、アリエル達が待っているビルのホールのエレベーターが開き、そこからシャーリが遣いに出していた二人の男達が、銀色のケースを持って姿を現した。

「シャーリ様」

 そう言って男が銀色のケースをシャーリの方へと差し出してくる。

 シャーリは待っていたとばかりにその男達の方へと向かっていき、彼らから銀色のケースを受け取る。

「やっと来たわね。これで間違いないでしょうね」

「え、ええ。間違いありません」

 男は少し戸惑ったようだったが、シャーリはそのスーツケースの中をすぐに開いて中身を確認した。

 そしてそれを持ったまま、アリエルの方へとやってくる。

「届いたわアリエル。これが『レッド・メモリアル』よ」

そう言ってシャーリがスーツケースの中身をアリエルへと見せようとした時だった。

「分かった!ここの地下道だ!」

 レーシーは突然声を上げて、その場にいた者達を驚かせる。そして更にその矢先だった。再びエレベーターの扉が開き、その中から銃を構えた男が飛び出してくるのだった。

 すかさずシャーリの部下達はその男の方に向かって、持っていたマシンガンを向ける。

 何者がやってきたのか。シャーリはすぐに状況判断ができなかったが、そのエレベーターに乗ってきた四人の者達の内、一人の顔を見ただけで状況はすぐに理解できた。

 銃を構えている男をシャーリは知っている。彼女は憶する事無く、その男の方へと近づいていった。だが、シャーリが目指していたのはその男の方では無かった。

「ふーん。どこかで見た顔があったかと思えば、こんな所まで追って来ていたのね」

 エレベーターの中から出てきた金髪の女を見つめて、シャーリはそのように言うのだった。

(何を言っているのか分からないわ。リー。こいつらは一体?)

 その金髪の女は、仲間らしき男に向かってそのように言った。

 だがシャーリは、その仲間らしき男が答えるよりも前に、アリエルの方へと向き直った。

「シャーリ。その人達は一体?」

 アリエルはそのように言った。また得体の知らない者達が現れて、その出来事に彼女は戸惑ってしまう。

「アリエル、これを機にして紹介してあげるわ」

 そしてシャーリはその場で声高らかに言うのだった。

「あなたの本当のママが、わざわざここに来てくれたのよ」


 
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