No.351708

恋姫異聞録131 -点睛編ー

絶影さん

ようやく、一話めから目指し続けたことが出来ました

今回のイメージはZwei - Dragon
http://www.youtube.com/watch?v=Llu4m3wiuMs
三ページ目からは此方の歌と共にお楽しみ下さい

続きを表示

2011-12-24 03:51:10 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:9747   閲覧ユーザー数:7406

 

 

地面に叩きつけられた煙は辺を包み、男達の姿を隠す

 

「やるやないか沙和!」

 

「えへへー!凪ちゃんと華佗さんに教えてもらって頑張ったのー!」

 

煙の中から聞こえる遠ざかる声に、いつの間にか厳顔の跡を追いかけて来ていた魏延は、目の前で倒れる厳顔に駆け寄り

血で濡れる体を抱き上げ、今まで見たことがない厳顔の姿に顔は蒼白になっていた

 

「桔梗様っ!!しっかりして下さいっ!」

 

「・・・ぅ・・・ぁ」

 

か細く、微かに声を漏らす厳顔に魏延は顔を明るくする

今、後方へ退いて手当を、そう口にした時。魏延の真正面を包む煙が舞い上がる

 

「厳顔が何故、気弾を左右に避けず受けたか考え無かったのか?護るものが居るからだろう」

 

厳顔を抱える魏延の目の前に、煙を切り裂き現れたのは手刀を構える凪

遠ざかる声はブラフ。狙いは厳顔に止めを、そして同時に後方から身を案じて近づいた魏延の首を獲る事

 

統亞達との戦いで【煙=退却】と刷り込まれた魏延は目の前の煙幕に油断していた。武器を手放して厳顔を

抱きかかえたままでは躱すことが出来無い。「申し訳ありません、桔梗様」そう、心のなかで謝罪を口にして死を覚悟した

 

ガキィッ!

 

首を刎ねられた。そう目をつぶり、歯を食いしばって最後の時を覚悟した魏延の耳に届くのは

湿った己の首を切り飛ばす音などでも、無くした体から脳へと這い上がる激痛でも無く鈍い金属音

 

瞼を開ければ暗雲の中、眩いばかりの光を放つ銀の十字槍

 

凪の気を纏った手刀は騎馬に跨る翠の銀閃に阻まれ、魏延の首元で止まっていた

 

「翠っ!!」

 

魏延の呼びかけに翠は視線を向けず、槍で答える

止めた凪の手刀を軽く穂の腹で叩き、体を前のめりにさせた所で凪の頭部へ突きを放つ

 

今度は凪が死を覚悟する。体を流された、槍撃が早過ぎる、此のままでは頭を貫かれると

 

「チィッ!」

 

あたりに響く雷鳴。煙を切り裂き、秋蘭から放たれた矢が翠の首を狙い一直線に襲いかかる

 

「シッ」

 

「戻れ凪」

 

翠が短く息を吐き出すと同時に男の命令が耳に届いた凪は、即座に後方に飛のけば

目の前で己の首に襲いかかる剛弓を柄で思い切り叩き落とし、先ほどまで凪が居た場所へ槍を突き刺す流れるような動き

 

あと少し遅ければ、翠の槍が凪の頭を貫いていたことだろう

 

「ダメか。遠くから見てたけど御兄様はやっぱり凄いな。そんな武は初めてだよ」

 

突然現れた翠から流れだす覇気。流れる水のような武に凪は顔が引き締まる。手ごわく、油断など出来無い

気を抜けば、距離を取ったこの位置ですら容易く自分は討ち取られると

 

晴れる煙。初めて将として完成した男を前にする翠

 

背を向け立つ男。蒼天を切り取った様な外套に身を包み、魏の一文字が語る。此れより先は、死を持って迎えると

 

「その殺気。御父様が、あたしが危なかった時によく見せた殺気だ。気を抜けないな、それに・・・」

 

肩越しに向けられる視線に翠は銀閃を握り締める。無意識に力が入るのが解る

赤壁から此処へ向かう前、稟に言われた言葉を思い出す。「貴女は後悔しますよ」との言葉

 

冷たく、義妹ですら容易く命を奪うであろう氷塊のような瞳に翠は、一瞬だけ心が痛む

 

そう、痛むのは一瞬だけ。彼女は男の氷塊のような瞳を、炎の様な熱き瞳を持って見返したのだ

 

「負けないさ、御兄様は言ったよな。兄妹であろうと戦う時は容赦をするな。あれはあたしにも言った言葉だって」

 

馬騰の最後の言葉を口にすると、翠は銀閃を構え、息をゆっくり搾り出すように吐き出した

騎馬を魏延の前へ置きながら、背を向ける男に殺気を放ちつつ、凪達三人の微かな動きに穂先を揺らす

 

「・・・・・・」

 

翠の突然の登場に凪達は身構えるが、男は背を向けたまま動くことはなく

逆に翠が攻めて来るかと思えば、攻めること無く武器を構えたまま殺気をぶつけるだけ

 

「攻めてこないんか?」

 

「ああ、あたしは此のままゆっくりと待つだけさ。穴が埋まるのを」

 

翠の言葉に櫓で見ていた鳳は顔を歪ませる。アレが馬超か。何処まで此方を見た?どれだけ大きく成長したというんだ?と

 

「凄いよな、そっちの軍師はさ。木の上から見てよく解った。隘路を創りだしたのも、御兄さまの変化すら計算

してるんだろう。此方の士気をきっちり下げて」

 

少しだけ微笑む翠。騎馬の上で槍の穂先をチラつかせ、無言で凪達を威嚇していた

微かに動く穂先は凪達の機先を制し続け、凪達は動く事が出来ずに封じられていた

 

「穴も埋めた所で悪路じゃ此方の得意の騎馬が使えなくなる。結局は、魏の得意な歩兵での白兵戦に引きずり込まれるんだ

この細い道で兵を送り続ければ、少しずつ兵を減らされ、士気を下げられ、数が少なくても此方がやられる」

 

戦略を導き出し、口にする翠に鳳は言葉を無くす。全て見切られている。風が考えだした策が読まれている

遅れてこの場に現れたのは、何処かで状況を把握し、自分がすべきことを見極めてからこの場に姿を現したのだ

 

「今作っているのは見たところ方円の陣。此方の攻撃を受けて、即座に陣を変形させる迎撃陣形。迂闊には攻め入れない」

 

なんという将になったのだろう。稟の想像を超えた人物というのは此処までの者を言うのか

そう、鳳は前方に立つ翠の姿に心の中が不安の色に覆われていく

 

「けど、騎馬を取られても数は此方が上。なら士気を下げずに穴が埋まるのをゆっくり待てば良い。

此方は兵がまだまだ増える。曹操は今頃は呉と戦闘中。あたしの仕事は此処で一度、兄様を押さえる事。無理に攻めない事」

 

背後の厳顔達を見て、少しだけ悔しそうに苦笑いを浮かべる翠は、持ってきた弓を素早く構えて秋蘭に放つ

 

だが、秋蘭は襲い来る矢を絡め取り二射。腰の矢筒から素早く矢を一本取り出すと、絡めとった矢を使い倍にして返す

 

「やっぱりな」

 

返された矢を、己の槍で落とす翠は「解っていた、当然だ」と矢を返した秋蘭を見る

 

「ホントは桔梗に弓で抑えてもらうつもりだったんだけど、あたしはまだまだ見極めが甘いや」

 

そう言って、間に合わず助けられなかった後ろの厳顔に視線を移すと矢を投げ捨てた

 

同時に槍を回し、秋蘭の反撃の矢に合わせ、男の言葉により目標を翠へと変えた三人の攻撃を弾く

 

凪の拳を石突で、轟音を発して迫る螺旋槍には穂先で叩き、沙和の双剣を騎馬の腹を一つ蹴りして躱す

 

「くうぅっ!流石に重いッ!!」

 

更に合わせた秋蘭の本気の矢を、握り方を変えることで回転し、貫通力を増した矢を翠は歯を食いしばり下から

振り上げた槍で弾く

 

四人の攻撃を一人で受けきった翠を魏延は口を開け、眼を丸くして見つめていた

厳顔が手も足も出なかった三人の攻撃の嵐を槍一つで対処し、更に襲う四人目の秋蘭の矢を

翠は体制を崩しながらも防ぎきったのだ!

 

魏延は目の前の信じられぬ光景に、美しく流れるように振るう槍と姿に、ただ見惚れることしか出来なかった

 

「やばっ!」

 

見つめる魏延の耳に届くのは、翠の少しだけ焦る声

背を向けているとはいえ、男がこの隙を見逃すつなどあるわけがない

男は地面に転がる五胡将の剣を蹴り上げ手にすると、振り向きざまに翠へと投げ飛ばす

 

崩れる体制、槍も秋蘭の強烈な矢を弾いた事によって戻すことは出来無い

 

当たる!思わず歯を噛み締め、叫びそうになる魏延の思考を否定するかのように瞳に映るは黄金の光

光は翠に迫る剣をはじき飛ばし、振り上げた翠の銀閃に重なるように掲げられる

 

「此処に居るぞーっ!」

 

現れたのは銀の十字槍と対を成すかの様な金の三叉槍を構え、騎馬を操る蒲公英の姿

 

得手不得手が出来る事を嫌い、武器を使い捨てする韓遂が使わず、だが常に側に置いた義兄弟、馬騰の銀閃と対をなす槍

 

名を【金煌】

 

蒲公英がこれを手にし、戦場に現れた意味はただ一つ。もう一人の英雄、韓遂の意志を継ぐものは自分であると言うこと

 

「あぶないってばお姉様っ!」

 

「悪い悪い、助かったよ」

 

現れた蒲公英に凪達は表情を固く、だがその程度では我等の怒りを、熱を冷ます事など出来はしないと武器を構え拳を握る

 

「戻れ」

 

静かに、だが体に圧しかかる様な声を響かせる男に凪達は素直に従い、男の側で小さな陣を、三角陣を創りだす

 

「お兄様、変わっちゃったね。凄く怖い、定軍山の時よりも」

 

「ああ、気を抜くなよ」

 

「早く退いてね。蒲公英とお姉様じゃ何時までも持たないから」

 

男の変化に蒲公英はゾクリと身を震わせ、翠の覇気に守られながら武器を構える

そして、背後で厳顔を護るように抱きしめる魏延を見ずに声をかける。早く退いてくれと

 

魏延は己がこの場では唯の邪魔、足を引っ張る存在でしか無いと頷き、厳顔を抱え後方へと走りだす

 

「穿て」

 

立ち上がり、駆け出す姿に男は素早く反応を示す。剣の切っ先を背を向ける魏延に差せば、櫓の中心から矢を放つ秋蘭

 

二射、三射と放たれる強力な矢を翠は気合一閃、次々に弾く。だが、強烈な矢に崩れる体制、其れを逃す男ではない

 

「吶喊」

 

命令を与えられた三匹の獣は怒りのまま襲いかかり、武器を振るう

 

 

 

 

先に仕掛けたのは真桜。崩れた翠に襲いかかる螺旋槍

眼前に迫る回転する槍。だが、翠は一つも動じることはない

 

「そこっ!」

 

たった一撃。蒲公英が振るう三叉槍、金煌の柄への一撃で少しだけズレる真桜の螺旋槍

 

だがその一撃で、その一瞬で翠には十分。槍を戻し、体制を整え、繋がるように真桜の背後から攻撃を仕掛ける凪達に

迎撃の槍を、槍撃を、弾丸のように回転する突きを放つ

 

「アホな!?」

 

「くぅっ!真桜っ!」

 

「ダメなのーっ!!」」

 

翠の目の前には一直線に並ぶ凪達。蒲公英の一撃は敵の体制を崩し、連携で一気に敵を貫く槍に繋げる一撃

 

力を一瞬で溜め込み噛み締める歯を鳴らし、開けば口からは裂帛の気合いととも猿叫の様な声を上げ

眼光するどく、全霊を持って開放される雲耀の槍

 

「射射射射阿阿阿阿ああああああああああァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

回避不可!騎馬に乗る翠を攻撃するため、跳躍した三人は空中で身を躱すことも出来ず、武器を盾に構えるが

翠の一撃は一馬の宝剣、七星宝刀を容易く砕いた一撃

先頭の真桜はせめて、背後の二人はと槍をその身で受け止める覚悟を決めた

 

トンッ・・・

 

風切り音を立て、迫る槍に眼を瞑る沙和の背中を押す軽い音

振り向けば、男が宙を舞い、背後から沙和の背を足で押す姿

 

押されるままに、沙和は目の前の凪の体を掴み、凪も同様、真桜の体を掴めば崩れるように身体が沈み

間一髪で頭上を通り過ぎる弾丸の様な槍撃

 

「ははっ・・・」

 

驚き、乾いた笑いを浮かべるのは翠

目の前では腕を伸ばし切った先で、槍の穂先を鼻先に表情一つ変えず凍える様な眼光を送る男の姿

 

見切りを使い、槍の切っ先が届かぬギリギリを見極め、前進し仲間の体制を変えた男に翠は感嘆していた

これ程の男が自分の兄なのだ、並の胆力で出来る技ではない、風圧ですら自分の槍は生易しいものではないのだからと

 

急に前へ出た男の行動に素早く反応を示すのはやはり蒲公英

蒲公英は男へ攻撃するのではなく、翠の跨る騎馬の手綱を引き、翠の身体をずらす

 

男の肩越し、そして脇の下を通り過ぎ、襲い来る矢は先程まで翠が居た場所へ降り注ぐ

 

「チッ、馬超よりもよく見ている」

 

舌打ちをするのは秋蘭。隙を見て、男の意志を感じ取りながら矢を放つが、其れすら躱す馬超に

いや、馬超と連携を取る蒲公英に殺気を放つ。昭に対して私が居るように、馬超にはお前か?

ならば覚悟をせよ、貴様を先に潰すまでだと

 

横へズレた翠はフワリと地に着地する男へ無理な体制のまま槍を放つ

 

「真桜、全力で翠の胸元の装飾を狙え。凪、蒲公英へ気弾。沙和、俺の肩を使い飛べ」

 

男の指示に従い、真桜は螺旋槍を思い切り螺旋槍へ気を送り突き出せば、翠の槍撃の切っ先が寸分の狂いもなく

螺旋槍の先とぶつかり火花を散らす。更に凪の放つ気弾に蒲公英は驚き、防げば宙を飛ぶ沙和からの剣が

蒲公英の両肩を狙い、振るわれた

 

「このっ!!」

 

「お姉様、矢をお願いっ」

 

蒲公英の言葉に翠は螺旋槍を回転に合わせ、下へいなすと沙和ではなく蒲公英に襲い来る矢を弾き

蒲公英は上段から振り下ろされる双剣に三叉槍を縦にして隙間に通し、捻る

 

双剣を絡め取られ飛ばされれば、投げ出された先には男が立ち。沙和の身体を受け止めた

 

互いに一歩も引かぬ攻防を繰り広げ、弾けるように間合いを取る

 

息もつかぬ程に張り詰めた空気の中、蒲公英は背後に魏延の気配を感じなくなると騎馬の腹を足で叩き

弾けるように後ろへと下がる。同時に翠も蒲公英に襲いかかる秋蘭の矢を弾きつつ、後方へと騎馬を向けた

 

「お兄様はあの線から一歩も下がってない。これ以上は無理だよ」

 

「解ってる。あたしが矢を弾く、一気に退がるぞ」

 

時間を稼いだ二人はこれ以上は無理だと後方へ騎馬を走らせる。蒲公英は声を上げ、男の殺気に固まる兵を鼓舞して

穴を埋める兵達の場所へと退がらせる。急ぐ必要はない、前線をゆっくりでもいいから兵を広げて押し上げると

 

「追いかけてエエかっ!?隊長っ!!」

 

「命令をっ!」

 

「二人とも括り殺してやるのーっ!!」

 

怒りのままに武器を握り締める三人に、男は風圧で切れた頬から流れる血を親指で拭うと、口にし

一言「戻る」とだけ言い放ち、翠達に背を向け櫓へと足を向けた

凪達は男の言葉に鎖に繋がれた獣の様にそして背を護る様にして、翠へと身体を向けたまま後退する

 

男の目線の先は風。風は頷き、櫓の中心へ移動すると秋蘭の隣を手のひらで差して此方へどうぞと男を迎えた

 

「どうして攻撃をやめた?」

 

退いてくる蒲公英に向かい、魏延は厳顔を抱えたまま疑問を口にする

あの調子ならまだまだいけたはずだ。それどころか舞王は武が無い、あわよくば討てたかも知れないだろうと

 

「ううん、だめ。さっきの攻撃、お兄様は剣を投げただけしか攻撃に加わってない」

 

「どういう事だ?武がなければ加わるなど」

 

「多分アレは未完成なんじゃ無いかな?下手につついて完成されても厄介だしー。あのままで居てくれた方がまだ押さえられる」

 

未完成。アレで未完成なのか?ならば完成など一体どのようなモノなのだ?と想像がつかず

馬鹿を言うなと魏延は声を荒げ、足を早めた。早く厳顔を手立てしなければ、絶対に死なせないと唇を噛み締めて

 

「くそっ、申し訳ありません桔梗様」

 

「大丈夫。桔梗は助かるさ、簡単にくたばる様な人じゃないって焔耶が一番知ってるだろう?」

 

「うぅ・・・。どうしてこうも違う、お前と私はそれほど変わらないはずだ」

 

秋蘭の矢が収まり、騎馬を加速させ護るように魏延の隣に付けた翠に魏延は顔を歪め、曇らせる

 

何が違う?武も知もそれほど自分と変わらないはずだ。だが隣で騎馬を駆る翠は自分とは全てが違う様に見えてしまう

もし、自分が翠のようならば桔梗様に此れほど手傷を負わせること無く、背中を自分が守っていたはずだ

だがそうならなかった、なれなかった。相変わらず自分は、桔梗様の後を必死で付いて行っているだけだ

 

「同じだよ。違うのは、素直に学ぶって事だ。あたしは頭が悪いから、大事な所でお父様の授けてくれた技を間違えた

もうあんな思いは沢山だ。あの時もっとよく考えていれば、ちゃんと身につけていればって後悔してばかりだ」

 

「・・・おまえ」

 

「焔耶は叔父様に、銅心叔父様にキツイ事言われたり、怒られたりしたろ?叔父様は見込みが無い奴には何も言わないんだ

だから大丈夫。あたしよりも強くなれるさ、直ぐに」

 

もしあの時、先に鉄心が死んで居たら。間違えたまま覚え、何も得られず終わっていたら

もしあの時、技を正確に覚え、兄を倒し曹操を己の手で討っていたら

前者は今頃死んでいたか、銅心に見捨てられていたか。後者は父が息を引き取るまで、穏やかな日々を過ごせたのだろうか

 

何度も何度も考え悩んだ。悩み、悔み、己の無力さ、己の愚かさを怨み、怒り、憤った

だが考え続けた所でもう何も変えられない、変えられるのはこれから来る未来だけだ

 

ならば己は愚かなままでは居られない、学べ、全てから。敵から、味方から、己が優れて居ると思える全てから

 

決して後悔せぬよう、一瞬を、すべてを掛けて生きたと言えるように

其れが父から、叔父様から、そして兄から学んだ事だと翠は槍を握り締める

 

「私は、私はお前のようにはなれない。だから私は桔梗様のように生きる。桔梗様から全てを学ぶ」

 

「ああ、それも良いさ。大事な人から学べるってこと、凄く羨ましいよ」

 

魏延の言葉に、心から素晴らしいことだと笑顔を贈り、翠は槍を掲げる

 

我こそは涼州の盟主、馬騰を継ぐもの。馬超である。五胡よ、涼州の兵達よ

我と共に駆けよ!恐れるな、我が姿を見たであろう?天を冠するものが、我が槍と引き分ける姿を

誠に天の使いであるならば、我が身に雷を落とすことが出来るはず。我が槍を、将兵を使わず止めるはず

 

出来ぬと言うことは、我等と同じ人。人である以上、血も流し、首を落とせば命を落とす

惑わされるな、声を上げ疑念を吹きとばせ、其れでもなお恐ろしいと言うならば、我が槍であの者を叩き伏せて見せよう!

 

「ははっやっぱりイマイチだな。さぁて、此処で敵に睨みをきかせるぞ。蒲公英、兵たちの把握を頼む」

 

「任せて」

 

声を上げ、兵を鼓舞するが、馬騰を継ぐ者の参上に士気を上げるのは五胡だけ

其れも五胡で有るからだろう、それほど呼応するでもなく、自分達を鼓舞するために声を上げたというだけだ

五胡の兵士達は天の名に恐れて居るわけでは無い。男自身の、夏侯昭の放つ殺気と羅刹の様な姿に士気を下げているだけだ

天の名に恐れているのは儀式を目の当たりにした涼州の兵

 

「あたしじゃ役不足か・・・」

 

翠の予想通り、そういったところなのだろう

現に動きが鈍く、見れば動かずに今だ歌に聞きいっている者まで居る涼州の兵士達に扁風の側にいた羌族の王、迷当は眉をひそめ

近くに居る涼州兵の胸ぐらを掴むと引き寄せ、問いただす。此のままで自分達まで士気が下がる

それどころかお前たちが動かないせいで、出口が栓のように閉じられ森に控えている兵達が開けた場所へ出ることができないと

 

「ナゼ動カナイ?ワレラニマデ貴様ラノ腑抜ケが伝染ル」

 

「ば、馬鹿を言うな、お前らは見なかっただろう?向こうは、あの男は、天の御遣いは雨を降らせたんだぞ!俺達の目の前で!」

 

「何ヲ言ッテイル?ソンナ事出来ルワケガ無イダロウ」

 

「俺達だってそう思ったさ!でも違うんだ、俺達は見たんだ!!天が雲に覆われていくのを、あいつが龍を喚び出したのを!」

 

涼州兵の動揺に近い変化に迷当は訝しげに敵陣の中央、蒼天の外套を纏う夏侯昭に目を向ける

 

龍を喚び出しただと?馬鹿を言うな、そんな真似が人に出来るわけが無い。恐らくはそのように魅せただけ

幻覚や何かでは無いだろう。もしそういった類のものであるならば、自分達が来たときにも何か同じような行動を移すはずだ

それが無いと言うことは、名にふさわしく舞いを用いて龍を表現したに違いない

 

「シカシ、ソレホドノ表現力ナノカ。龍ヲ見セルトハ」

 

動揺し、士気を、心を折られた涼州兵を見て、蒲公英は眉根を寄せた

 

 

 

 

 

 

遠くから全体を把握するためにある程度は見ていたけど、此れほど士気を削られるとは思ってなかったな

叔父様ならどうするだろう。此のままじゃ、涼州兵のせいで、羌族と氐族の士気まで下がっちゃう

士気は感染するものだから。一度下がれば周りに影響しちゃうんだよね

 

「歌も流れてるままで士気を上げるのは難しいけど、出来るよね?」

 

兵を把握した蒲公英は、己の意志を伝える様に扁風の方を見れば、扁風は解っていると一つ頷く

 

身動きがとれない程に下げられた士気。自分達は義など持ち合わせず、唯おのれの欲のままに攻めているだけではないか?

馬騰を殺された事は確かに悲しい。だが、その後の曹操の統治に自分達はそれほど不満があったのだろうか?

何か、大切なモノを忘れてはいないか?ナゼ、我等は五胡などと手を組んでまで戦をしているのだ?

目の前の娘が歌う歌は、自分達の愛する者達の願いではないのか?自分達が生きる理由、生きる意味ではないのか?

 

ならば、何故曹操に剣を向けているのだ?同じ気持を持ち、戦う人間であるはずならば

手を握り合う事ができるのに、何故この手は剣を握り、手を開かずに敵意を向けているのだ?

我等が間違っていのか?もし間違っていないとするならば、天の御遣いは此方にあのような殺気を送るはずがあるのか?

 

【俺達は、何を理由に戦っているんだ?】

 

涼州兵達の心に一つの言葉が突き刺さる。気づいた時には兵たちの手からは武器が地に落ちていた

 

 

櫓の階段で敵陣を見る鳳の眼に映るのは、涼州兵が武器を手放す姿

思わず手を握りしめ、顔を笑に変える鳳。此れで敵の士気は完全に折れた。時間を稼ぎ、攻めずに居るなんて間違いだ

今だ歌は続いている。天から降り注ぐ雨は明らかに御使の仕業に感じたはず

自分達に天意など無く、大義から外れている行為であるのだと身をもって知ったはず

 

「弱気は伝わる。言葉なんか通じなくたって、一人怯たら全員道連れさ」

 

森を見れば、出入り口にいつの間にか人だかりが。そして掲げられる劉の牙門旗

 

今更来た所で何もかも遅い。アンタらは大義なく、天意から背いた人間として死んでいくんだ

稟の想像を越え、凄まじい変化をしただろうけど遅かったね、アンタじゃ無理だ。ここから立ち直せるわけがない

 

そう、桂花に似た鋭い笑を見せる鳳。だが、詠は突然立ち上がり、櫓の階段を上り

男から望遠鏡を受け取って劉の牙門旗の元へ眼を向けた

 

「詠!?」

 

「鳳、あんたも相当切れるから予想ついてるでしょ?」

 

「もう無理っしょ。あそこまで折れたら」

 

「さぁ?ただ、稟が伝令に空馬何頭も渡して、馬つぶしながら僕に危険だって伝えたんだから、気になるじゃない?」

 

「えっ」

 

詠の言葉に驚き、前を見る。稟がそこまでして伝えた劉備の変化。一体なにが起こるのか

確かに馬超は変化した。英雄の様に。だが劉備は、あのような変化は無理だ

彼女の話を聞けば、受ける人物像は唯の少女。夢見る少女。ふわふわとした現実味の無い夢を語り

それを他人にまで見せる人物。他人の痛みを理解しない、全てを他人任せで生きる意味を軽く考えた人間にしか思えない

 

ならば変化とは?彼女が変化するとすれば、それは現実を。前に一度、魏とぶつかった時の様に武王の真似を

覇王である華琳様の真似をして、あのようになるしか無い。ならば覇道を歩む者に!?

 

眼を向ければ、周りの五胡兵は膝まずき、騎馬から降りる王を迎えていた

 

「やっぱり・・・」

 

そう呟く鳳。だが、詠の表情は劉備を見て変わっていく。強張り、髪の毛が逆立つ感覚が詠を襲う

 

アレが劉備の変化か!?馬鹿にするな、お前が成れるものではない。お前がソレになっていいものではないんだっ!!

 

降り注ぐ雨を身に受け、翡翠色の篭手、短甲に身を包む。足はすね当てを着け、スカートを身に付けず

皮のズボンを穿き、腰には二本の剣。靖王伝家と其れを小さくした剣を腰へ携える

 

頬には大きな刀傷。それは視線の先にたつ夏侯昭のように

 

瞳は太陽の様に輝き、鋼鉄の意志を携えて。烈火の如く燃え盛る心を共に

 

一歩一歩、ゆっくりと前線に、翠の居る場所より少し後ろ。涼州の兵たちが並ぶ場所へと歩を進めると

腰から剣を抜き、天に掲げた

 

「戦う意味を見失いましたか?」

 

 

 

 

 

 

そう一言。そして、辺に響く地和の歌に己の言葉を重ねていく

 

王と共に戦うものよ、愛する人よ

 

「私は共に戦う。皆が想う、愛する者と」

 

何故戦うのか?何故血を流し、悲しみを増やしても剣を握るのか

 

「愛する者を護るため。だが其れは敵も同じ。手を取り合えるはずだ、羌族や氐族のように」

 

私を護るというならば、私の想いを、私の悲しみを、誰が戦場につれていくのか

 

「王である私が全てを背負い、連れていこう。悲しみも、怒りも、そして私と共に戦う命を」

 

貴方が背負うと言うならば、貴方は我等の意志を、我等の心を知るもの

 

「そう、だからこそ。私は王でありながら王では無い。私もまた民であり人である」

 

歌声に重ね、言葉を発する劉備に気づいた地和は、自分と同じく言葉に魂を乗せる人物に歌が止まる

何故自分がようやく気づけたもの、ようやく理解出来たことを言えるのだ?出来るのだと

 

「そして、私は皆を民とは呼ばない。一括りで呼ぶことなど無い。皆一人ひとり、人生を戦い生き抜く者なのだ

もう一度言おう。私は王では無い、だが皆の代表であることは違いない。だからこそ、その責任を今果たそう

皆の心を背負い、剣を持ち、皆と共に戦おう。我名は劉備、王ではない。劉備玄徳である。己の名を叫べ

天に掲げよ!自分は此処に居る、此処で戦っている、天に叫べ、己の戦う意味を、己の意志を、愛するものに届くように!」

 

涼州兵と同じ位置に立つ劉備の叫びに兵たちは身を震わせ、声を上げる

自分の名を、自分の意志を、自分の愛する者の名を。戦う意味など決まっている。今叫んだモノなのだから

 

自分達の意志を、自分達の願いを背負う者。王でありながら王ではなく、劉備と言う人間に重ねた思い

それは馬騰に重ねた思い。自分達は馬騰の治世を望んだ。だが其れは叶わなかった

だが、劉備が我等の思いを、馬騰の時のような治世を成すと言ってくれたのだ

 

平穏を、愛するものとの安らぎを。その証拠が五胡だ。五胡こそ平穏の証

幾度と無く戦った異形の者たちと手を取ることが出来た。ならば、劉備の理想は、夢は、現実味の無いモノなんかじゃない

 

我等が戦うのは劉備の治める国を望むが故

 

劉備とは、王でありながら手を引くわけではない、後ろから押す者ではない

曹操とは違い、我等が立ち上がるのを信じ、一歩前で待ち続ける者ではない

 

我等と同じ、痛み、苦しみ、悩み、怒り、涙を流し横で並び歩く者だと

 

「俺の名は廖だ!必ず家に帰るっ!戦うのは、嫁と静かに暮らすためだっ!!。」

 

「俺は孟!王に惚れたっ!家族は居ないが、皆を家族だと思っている。孤児を養う為に戦うぞ!」

 

一人、また一人と声を声を上げて涼州の兵の瞳は強く輝きを放つ、まるで並び立つ劉備のように

再び流れ続ける地和の歌を心力で跳ね返し、その歌は我等を鼓舞するも同意とばかりに武器を掲げた

 

その姿に鳳は言葉が出なかった。出るはずなどない、自分の予想した姿とは全くの真逆なのだから

身を震わせ、劉備の鼓舞に粟立つ肌を押さえ、隣を見れば歯を噛み締め、血液が逆流するかのような怒りに顔を染める詠の姿

 

「昭だ。アレは、変わらないままの昭だ。あんた達が変えたくせに。劉備、あんたの変化は昭になることだって言うの!?」

 

「ちょっと違うかも知れません」

 

「風?」

 

「劉備さんが望んだ変化は、お兄さんを超える事なのではないでしょうか。恐らくはあらゆる地獄を、現実を望んで見てきた

のでしょう。頬の傷はその証。でなければあれほど言葉に真実味を乗せ、放つことは出来ません」

 

地獄を見て、なお折れぬ心。夏侯昭のように、人の痛みを知るからこそ語れる言葉、その重み

全てを受け止める強い心力を手に入れた劉備は叫ぶ

 

天は劉備の声に答えるかのように、雨は次第に弱まり、雨雲は開け、挿し込む陽の光は水滴を反射し美しく劉備を照らしていた

神々しいばかりのその姿に兵士達は更に声を上げた。何が天の御使か、我等が王は暗雲を切り裂き光を手にした

我等が王は、御使を超える聖人であると

 

「待ってたよ桃香。途中で敵将を城へ、なんていって戻るからびっくりしたけど」

 

「ごめんね翠ちゃん、後はお願い。フェイちゃん?」

 

劉備の呼びかけに騎馬から降りた扁風は近づき、膝を地について礼を取る

 

「貴女達、軍師の我儘は此れが最後。肝に命じよ、私は義、無き戦をするつもりはない。続ける意味が無くば退く」

 

礼を取る扁風は劉備の強い言葉にビクリと身を震わせ、カタカタと手を震わせると顔を顰めて再度頭を下げた

 

「韓遂さんの言葉に従い、戦をするのは貴女達の心を汲んだだけ。私の代わりに今まで泥を被ってきた

朱里ちゃんや雛里ちゃんの心を。だから、見極めは任せます。付いて来なさい」

 

前線を翠に任せた劉備は扁風を引き連れ、後方へ少しだけ下がり、迷当は劉備を護るように側に立つ

 

「関羽ガ居ナイ今、桃香ハ俺ガ守ロウ」

 

「ありがとうございます。フェイちゃん話は聞いているよ。焔耶ちゃんを此処に」

 

劉備の指示に、扁風は指先だけで兵に指示を送ると直ぐに駆けつけてくる魏延の姿

厳顔は衛生兵に任せたのだろう。心配ではあるが、王の命に魏延は走り、劉備の前で膝を着き礼を取る

 

「申し訳有りません。桔梗さまを、私のせいで」

 

「立って、焔耶ちゃん」

 

「出来ません。己の未熟さに恥ずかしく、許しを乞うことすら出来ません」

 

話を全て聞いただろう。恐らくは、自分をかばう為に敵の攻撃を受けた事など、後ろから見ている扁風たちにはまるわかりだ

ならば申開きなど立たない、何より自分の責任であることは確かなのだから。罰を受けるのが当然だ

そう、顔を見せることすら恥ずかしく出来るはずもないと。だが

 

「立て魏延っ!」

 

「は、はいっ!!」

 

「地に膝を着き、罰を待つ暇など無いはずだ。前を見よ、敵を見よ、厳顔の負傷を己の責と思うならば、武器を取って戦え

厳顔の分まで責任を果たしてみせよ」

 

「桃香様・・・」

 

「頑張って、私も戦うよ。でも私は一人じゃ何も出来無い、だから力を貸して」

 

立ち上がった魏延の手を優しく握り、包むと魏延は包まれた手を見て歯を噛み締める

桃香さまの言うとおりだ。先刻、翠から話を聞いたじゃないか。何時まで足踏みしているつもりだと心で叫び

涼州兵と同じように声を上げた

 

「我名は魏延!王の理想を叶えるために、敬愛する桔梗様から生を学ぶために!負けるわけにはいかないっ!」

 

「うん」

 

「お任せ下さい、桃香様の望がままに戦場を駆け、桔梗様と変わらぬ戦働をしてみせましょう」

 

そう言うと雷鳴が響き、振魏延は振り向きざまに鈍砕骨を振るうと、櫓から様子見に一直線に放たれた秋蘭の矢を受け止めた

厳顔と同じように、鼻先に矢の切っ先を止めて

 

「前線へ、翠ちゃんと共に戦ってあげて。矢をさばきながらじゃ自由に動けないだろうから」

 

「了解しました」

 

駆ける魏延を見送り、劉備はゆっくり視線を櫓へ向ける

向ける先には氷塊の様な瞳に、冷気のような殺気を放つ男の姿

 

交差する視線に劉備は少しも怯むこと無く、強い瞳で返し

 

男は唯、静かに劉備の強い瞳を冷たく、無表情で見返して居た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

 

ようやく2つ目の目的を達する事が出来ました

 

劉備の変化、成長は皆様の予想通りでしょうか?

 

此処に来るまでに結構、劉備の変化に着いてはヒント的なモノを書いてきました

 

例えば翠の、兄様はあたしの教科書だーとか

 

劉備の理想である邑を見せたり、彼女の目の前で腕を血まみれにして戦ってみせたり

 

主人公の昭は、剣を二つ、雌雄の剣のように雌雄一対の青紅の剣と倚天の剣をもっていたり

劉封が弟だったり。私の中の聖人君主である劉備をそのまま書いたーとか

 

昭を作った2つ目の理由として、桃香の教科書

桃香が超えるべき存在として創り上げてます

 

しってたよー!予想通りだよー!という方は流石です

マジでか!?という方は、楽しんでくれましたか?

 

ダークで腹黒で、めちゃめちゃに狂った劉備を想像して下さっていたら嬉しかったりしますw

 

今まで蜀を、劉備を批判する様なことも書いてきたりしました

それは何故か?それは劉備を成長させるためには、劉備が劉備らしく有るためには

挫折を繰り返し、なお立ち上がる姿がなければ劉備では無いからだと私は思うからです

 

残念な事に、恋姫では一刀君が劉備の位置にいるために、さほど挫折らしい挫折も無く

Endingでも目立つこと無く終わってました。それがどうしても納得いかなかった

 

劉邦のように百敗して、更に百一敗を重ね、なお折れぬ心を持つ。ソレこそが劉備たる所以

 

なので、劉備がわから見ると桃香は物語の王道を、挫折と成長の道を通っています

魏√でなければ書けぬ劉備の姿をお楽しみ下さい

 

3つの目的を持ち、異聞録は進んでいます。後は最後の一つ

其れが達成すれば、この物語は終わりとなります

 

皆様今後とも宜しくお願いいたします

 

 

 


 
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