視点:愛紗
ご主人様が神輿より降りると、周りの暴徒がはけて行く。私とご主人様から半径5丈(約15m)には誰も居なくなる。
まるで、私とご主人様が一騎打ちする為に用意された舞台のようだった。
この一騎打ちの観客は雪蓮に春蘭、恋に警邏隊、そして、万近くの暴徒だ。
警邏隊側は抜刀している。この一騎打ちが終わると同時に、暴徒を鎮圧するために突撃する準備だろう。
一方、暴徒の方は相変わらず、何かの呪文のようなモノを叫び続けていた。
思えば、ご主人様と一騎打ちをするのは始めてだ。なぜなら、ご主人様と武器を持って向かい合うのは鍛錬の時しかありえない。
だからこそ、この一騎打ちの勝敗は火を見るよりも明らかだ。私とご主人様との間に圧倒的な差があるが故に、試合をする必要が無かった。
私がこうしてご主人様と一騎打ちをすることになったのは、手間が掛からないからだ。
この一騎打ちで勝てば、暴徒は頭を失ったこととなり、総崩れになる。そうなれば、事態の収拾は赤子の手を捻るよりも容易だ。
私は少し軽めに青龍偃月刀を握る。
全力を出さないのは、ご主人様なら、全力を出してしまうと大怪我する恐れがあるからである。
だから、私は全力の6割の力で青龍偃月刀を振るうことにする。6割ぐらいなら、ご主人様が気絶するぐらいの強さだ。
普段から私の攻撃を受け慣れて来ているご主人様でもこれぐらいが妥当だろう。
今日のサプライズクリスマスイベントに参加して貰わねばならない。故に、これぐらいの強さが丁度いい。
これ以上強くすると、ご主人様の骨が折れるか、ヒビが入ってしまう。
骨が折れたとしても、ご主人様の場合、一晩で治ってしまうのだが、私としてもご主人様を怪我させるのは忍びない。
それに、そんなことが起こってしまったら、桃香様に『ねえー、ご主人様。この黒髪の人、誰?』なんてことに成りかねない。
ご主人様を怪我させた上に、桃香様に誰?扱いされるのはどうしても避けなければならない。
もし、そんな事態が発生してしまったら、明日から私の部屋が屋根裏になってもおかしくないだろう。
桃香様は普段優しいが、とても感情的なお方だ。あり得なくはないと思ってしまうのが怖いところである。考えただけで恐ろしい。
「ご主人様から先に仕掛けて下さい。私が先に仕掛けてはすぐに終わってしまう。そうなれば、観衆が面白くないでしょう。」
「果たしてそうかな。今の卿は慢心に満ちていると私は思うのだが、それで負けては観客も哀しがるぞ。」
ご主人様はそう言うと、私に向かって一直線に突っ込んで来た。
……速い!!ご主人様は此処まで速かっただろうか、いや、いつもここまで速くない。一体どういう事だ?
私は咄嗟にご主人様のろんぎ…何とかという槍の刺突を屈んで避けようとする。
「っ!!」
だが、ご主人様の刺突はいつもと違った。
まるで、私が避ける事を分かっていて、対処の仕方を分かっていたように、槍の撓りと体術で槍の先を下へと向けた。
そして、ご主人様の刺突は私の髪飾りを貫いた。
私はたかがご主人様と侮っていたようだ。だから、屈んだ後にご主人様の懐に飛び込み、ご主人様を気絶させようとした目論見が崩れる。
危なかった。とっさに自ら体勢を崩し、右に転がり込んでいなかったなら、私の服は貫かれ、後ろに倒されていたであろう。
私は地面を手で押して、起き上がり、ご主人様と距離を取る。
ご主人様の狙いはどうやら、此処を押し通すことにあり、私を殺そうなどとは思っていないらしい。
どうやら、ご主人様は乱心しているが、私が憎いと思っている訳ではないらしい。ご主人様の行動に私は安心する。
だが、この方は、あくまで、このクリスマスを壊すことが目的であるという事を考えるなら、その一点だけでも、今の状況はよくない。
確実にご主人様を此処で止めて、クリスマスパーティへと連れて行く。それが、関羽雲長の責務だ。
だが、不可解だ。ご主人様がこのような武を持っているとは思えない。
撃たれ強さを除けば、一兵卒程度の力しか持ち合わせていないと私は記憶している。
その程度の強さなら、先ほどの臨機応変な武の振る舞いを出来る筈がない。そう、今のはまるで…………
まるで、星のような槍捌きだった。
それだけでは無い。槍の握り方、あれは、まるで真桜のようだ。
立ち方、足の親指に力の入った凪の立ち方に似通ったモノがあるが、足運びはまるで蒲公英のようだ。更に視線の送り方は祭のようだ。
呼吸の仕方は長時間戦える翠と通ずるものがある。そして、相手を困惑させるその表情はまるで、恋と雰囲気が似ている。
なんだ!この武は!?
このような武を私は見たことが無い。
私は焦り、目に力が入り、青龍偃月刀を握った手は汗ばんでいる。私がここまで焦ったのは、久しぶりだ。
確かにご主人様の仰る通りだ。私は慢心していたようだ。私は気を引き締める。
私はご主人様を凝視する。すると、先ほどまで気にしていなかったご主人様の気迫の形が見えてきた。
その形は変わった獣に私は見えた。そう、黄金の鬣を靡かせた虎のような獣だった。百獣の王が居るとすれば、おそらくこのような姿をしているのだろう。ご主人様の豹変ぶりに、私は一瞬たじろぐ。このご主人様の実力が分からない。
「どうしたのですか?ご主人様?いつもと型が違うもので、驚きましたよ。」
「卿らの武を見て、参考にしただけの事。だが、真似るにしても私自身の肉体が卿らと比べて数段劣っている。
故に、自らの肉体に馴染みやすい武を厳選し、改良し、私の武へと昇華した。卿程の武芸者であろうとも、存外、楽しめると思うよ。」
「いつの間に、そのような事を?」
「無意味に、卿らに追いかけられるだけの日々を私が送っていた、と思っていたのか?
言ったであろう。敗者が敗者であり続けると決めた
人生という名の舞台に立った一人の役者として私はそう思うよ。」
ご主人様はそう言うと今度は槍を低く構える。この姿勢はまるで、翠得意の切りあげの姿勢。
だが、それは姿勢だけの話だ。相変わらず、重心の落とし方や槍の握り方、視線の送り方、呼吸の仕方は他の将のモノだ。
なるほど、運動能力の低さを様々な技や体術で補っているという訳ですね。
これならば、ご主人様の筋力でも翠の切り上げを再現できる。いや、武や体術の組み合わせによっては翠以上のモノになるかもしれない。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
ご主人様はそう言って、私との間合いを一気に詰める。今度の足運びは思春を基本としてご主人様に合うように改良されたものだ。
なるほど、間合いを詰めるための足運びにはこれ以上のモノは恋のそれ以外に無いだろう。
だが、ご主人様の肉体で恋の動きを完全にモノにすることは出来ない。だから、次いで最速とも言える思春を模倣し昇華したのだろう。
私はご主人様の予想外の動きに唖然としてしまい、ご主人様の切りあげ攻撃の反応に遅れてしまう。
「くっ!」
私は咄嗟に右に跳び、青龍偃月刀を縦にし、ご主人様の左下から来た切りあげを逸らす。
翠の武を模倣したにしても今の切りあげの完成度が高過ぎる。ご主人様の長い腕によって、模倣の基となった翠の切りあげより高い威力を出していたかもしれない。空を切る音が翠のモノより大きかったような気がする。
今のご主人様の切り上げは私の青龍偃月刀の龍の装飾を狙ったものだと思える。あのままボーっとしていたら、私の青龍偃月刀が遠くに飛んでいたか、ヒビが入っていたと思われる。危なかった。瞬き1回分反応に遅れていたら、この一騎打ち負けていただろう。
だが、ご主人様。これで負けですよ。
そう、私は貴方の切り上げを受け流したのです。その結果、ご主人様の槍は頭上にあり、懐がガラ空きだ。
よかった。此処までがら空きで無かったら、手加減など出来なかったかもしれない。
ご主人様の体の事を考えて少しばかり手加減し、ご主人様のわき腹に青龍偃月刀の柄を叩きこんだ。
ご主人様は宙を舞い、地面を転がり、私の後方の暴徒の中へと落ちて行った。
ご主人様が突っ込んだと思われる場所の暴徒は倒れ、砂埃が舞い上がる。暴徒達はどよめき、警邏隊からは歓声が上がる。
「私の勝ちです。ご主人様。」
やはり、ご主人様の鍛錬がまだまだだ。だが、今の武を見る限りまだまだ伸びしろがある。
これからも、ご主人様を鍛えて、立派な武人にして差し上げよう。
そんなことを考えながら、私は雪蓮や春蘭と手を合わせる。この動作を天の国ではハイタッチというらしい。
そして、凪達警邏隊は私の横を通り過ぎ、暴徒へと向かって行った。
これで一件落着だ。暴徒は警邏隊に任せるとしよう。私は気絶しているご主人様を回収し、城に連れて行き、華陀に診断して貰おう。
いつものご主人様ならアレぐらい衝撃でもケロッとしているだろうが、万が一のこともある。
私は後ろを向き、ご主人様の回収に向かおうとした。
だが、振り返る直前に、私の前、数丈の所で恋は眉間にしわを寄せて、立っていたのに、私は気がついた。
一騎打ちに勝ったにも関わらず、この顔とは何かがおかしい。
ご主人様が倒されて、不機嫌になっているのとは少しばかり違う。私は恋に近づき、声をかける。
「どうした?恋。何か、あるのか?」
「………ご主人様、倒れてない。」
「何だと!?」
後ろを見ると警邏隊は立ち止まり、どよめきが走っている。一方の暴徒達からは喝采が上がる。
そう、一騎打ちでこちらが勝ったにも関わらず、このようなことが起きている。だとすれば、何かが起きたのだろう。
もしや、恋が言うように、ご主人様の負けとなった訳ではないのだろうか?
私は警邏隊を押しのけ、前に出て、警邏隊が見る先を私は見る。すると、砂塵の前に誰かが立っていた。
「なるほど。思春の足運びに翠の切りあげが有れば、愛紗を気絶させると思ったのだが、少しばかり軽薄だったな。
だが、私は運が良かったらしい。こんなところで北郷流奥義を習得できるとはな。
喜ぶべきことなのだが、この運さえも
もしそうなら、今すぐ降りてくれば良いものを何故そうしない?私には戯けた創造主とやらの思惑がまったく読めぬよ。フフフフフフフ。」
無傷のご主人様が不敵な笑みで立っていた。私は信じられない光景を見たせいで、焦る。凪達も不可解な顔をしている。
馬鹿な。あれほどの攻撃を受けてなお、怪我をしていないどころか、気絶していないだと!あり得ない。
今の攻撃を今の威力で受けて気絶しなかったのは、春蘭と雪蓮に恋ぐらいだ。言い方は悪いが、ご主人様程度の強さで倒れないはずがない。
ご主人様は槍を地面に刺し、首を動かし、関節を鳴らす。
「愛紗よ。恋が言った通りだ。卿との一騎打ちはまだ終わっていない。
終わりたいというならば、卿の負けという事になるが、それでも構わないか?」
ご主人様が酔っているとはいえ、私はご主人様の言葉に、少しばかり頭にきたので、青龍偃月刀を構える。
これからは手加減なしだ。先ほどの攻撃で無傷なら、本気を出しても構わないだろう。
私は渾身の一撃をご主人様の右肩に向かって叩きこもうとする。
だが、ご主人様も私に同時に攻撃をしてきた為、青龍偃月刀はご主人様の右肩に当たらず、ご主人様の槍にぶつかる。
私とご主人様の得物同士がぶつかった所から轟音とも呼べるような高い金属音と共に、火花が散った。
そして、私とご主人様は同時に弾かれ、体勢をすぐに立て直し、また相手に向かって得物を打ち込む。
だが、また相手の得物と衝突し、金属音と火花が散る。それを何度も繰り返す。
そこで、私はあることに気が付く。得物を全力で何度もぶつけ合うには互いに同等近くの力が無ければ、成立しない。
だが、ご主人様の筋力の方が圧倒的に劣っているのにも関わらず、私とご主人様は得物を何度も全力で合わせている。
そう、これは矛盾している。ご主人様の筋力では成立しえないことが成立してしまっている。
さきほど、宙を舞ったにも関わらず、無傷だったことと言い、今のご主人様はあまりにも不気味すぎる。
私は攻め方を変えてみることにした。ご主人様の槍と青龍偃月刀で押し合いをしてみる。
押し合いならば、純粋な筋力勝負だ。これでご主人様が勝てぬのなら、ご主人様の攻撃は筋力では無い。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ご主人様は真正面から私の青龍偃月刀を防ぐ。そして、そのまま私に押される形でズルズルと後ろに後退していった。
やはり、私はご主人様より圧倒的に筋力で勝っている。では、先ほどのあれはなんだ?
私に飛ばされても気絶しない。何度も打ち合える。これらの解が分からない。
私は最初の問いを解くために、もう一度ご主人様を叩き飛ばしてみることにした。
押し合いの状態から、私は体を捻り、青龍偃月刀の柄でご主人様の胸を突き、打ち上げる。
おかしい。あまりにも簡単に攻撃が入っている。さきほどまでの、ご主人様の体術からしてあり得ないことである。
「っ!」
ご主人様は打ち上げられた瞬間笑っていた。まるで、私の動きが予想通り過ぎて笑っているようだった。
何故だ?私の攻撃を予想できているのなら、防ぐはずだ。私の攻撃を真正面から受ける必要性はまったくない筈だ。
酔っているとはいえ、何をご主人様は考えておられるのか、まったく分からない。
十数秒後、ご主人様は空から、頭から落ちてくる。おそらく落ちる場所は私から3丈ほど離れた所だ。
ご主人様は右手で槍を胸の前で持ち、左手を地面に向かって突き出す。
左手で着地するのか!?馬鹿な。あの高さでそれをしては、腕が再起不能になるように折れてしまいますよ。
私の予想とは裏腹に、ご主人様は予想外の動きをした。
簡潔に言うならば、ご主人様は左手
ご主人様の左手が地面に着くと、ご主人様は腕を曲げ、次に肘を地面につける。そして、肩、背中、尻、足の順に地面につける。
なるほど。落下時の衝撃を分散することによって、体への負担を無くしたのですね。
高度な衝撃の分散に私は驚く。………訂正だ。高度過ぎる!ご主人様が着地したところには、落下による地面のくぼみが全く無い。
此処まで高度な衝撃の分散は見たことが無い。おそらく、出来るとしても恋ぐらいだろう。
そして、前転し、素早く立ち上がり、体を横に反転させる。そして、立ち止まると、地面に槍を突き刺した。
この動きは回転切りを得意とする沙和の動きか。どこまで、この方は我らの武を模倣し、自分の武と昇華しているのだろうか。
ご主人様は自らの体をあちこち見、最後に左手をグッパすると再び槍を持たれた。
まるで、今の落下を一つの遊戯のように感じ、満足したのか、ご主人様は不敵な笑みを浮かべる。
「ふむ。意外に落下の衝撃分散とはたやすいモノだな。これも北郷流奥義のおかげと言う他無い。」
「北郷流奥義?」
私はご主人様が先ほども仰られた言葉を復唱し、その意味を聞いてみた。
そう、最初に私がご主人様を飛ばした時も同じことを仰られていた。だとすれば、このご主人様の体術と関係あるのだろうか?
私はご主人様が急に仕掛けて来ても良いように、構えたままだ。
「愛紗よ。卿は『暖簾に腕押し』や『柳に風』という言葉を知っているか?」
「どういう意味でしょうか?」
「柔らかくしなやかな暖簾や柳は
峻烈とも呼べる卿の攻撃を、脱力によって、正面から受け止めながら、その衝撃を体のあらゆる場所に分散させ、発散させ、受け流した。
いつも、卿らに飛ばされても、あまり負傷しないのは、無意識に奥義の片鱗を私は使っていたのであろう。
だが、私もまだまだ未熟だな。これが無ければ此処までの境地には辿りつけなかった。」
「酒ですか?」
「あぁ、酔いは心に高揚、肉体には弛緩をもたらす。それらは力の緩急を生み出す。脱力を生み出す。
卿にとって、数段劣る私の軟な肉体は宙を舞う花弁と同じだろう。果てしなく弱々しいが、果てしなく柔らかく、果てしなく軽い。
卿は宙を舞う花弁を切った事があるか?私は宙を舞う花弁は愛でることしか知らぬ故、花弁を切ろうと思ったことがない。」
なるほど。宙を舞う花弁ですか。これはまた、ご主人様を倒すのは難しそうだ。
私は以前宙を舞う紅葉を切ろうと試みようとしたことがあった。乾いた紅葉は脆い為、切ることは出来たのだが、雨の次の日に宙を舞う紅葉を切ろうとしたが、湿っていて切れず、張り付いただけだった。その為、乾いた紅葉は切れたと言えるが、全てを切る事は出来なかった。
そして、これが花弁となると落ち葉のような乾きが全くない。故に乾いた紅葉を切るのとは異なり過ぎる。
「私は蜀の筆頭武官関羽雲長。如何なる敵にも負けるつもりはありません。ここでご主人様を倒させていただきます!」
そう言って、私は青龍偃月刀を握る手に力が入る。
ご主人様はああ言ったが、酒の力というのは厄介なモノだな。心が高揚しているのなら、神経が研ぎ澄まされ、反射神経が良くなる。
それに、ご主人様は酒に酔うと、冷静な判断が出来なくなるが、身体能力が落ちない酔い方をする。
それどころか格段に上がった事がある。そのせいで、これまでどれだけ破廉恥な事をされたモノか。
身体能力を格段に上がれば、武の模倣と昇華も生半可なモノで無くなるだろう。
要するに、酒の力で覚醒したご主人様はいつもより圧倒的に強いという事だ。それも生半可な強さでは無い。
「では、いざ参らん。祝福の天地へ!」
ご主人様は槍を左に大きく横に構え、こちらに向かって走り出した。あの構えは焔耶だな。
なるほど。呼吸法は季衣、足運びが明命で、槍の握り方が桔梗、焔耶の構えなら、大きな一撃となろう。
しかし、ご主人様、知っているのですか?その構えは外れたら、隙が大き過ぎるという事を。特に右利きのご主人様の左わき腹は弱点だ。
そして、得物を振るう瞬間、力が入ると考えるならば、その得物を振るった瞬間貴方は宙を舞う花弁でなくなる。
その瞬間に、左わき腹を狙えば、ご主人様を倒せる。
私はご主人様との距離を詰めるため、地を蹴った。
そして、ご主人様が槍を振るう動作をした瞬間、力で後ろに少しだけ飛ぶ。その結果ご主人様の槍は空を切る。
ご主人様の攻撃が空を切った時、その勢いに吸い込まれそうになる。この攻撃が有ったっていたのなら、私の腕は折れていたであろう。
「もらったぁぁ!」
私はご主人様の槍が空を切った瞬間、再び前に跳躍し、間合いを詰め、ご主人様のわき腹に青龍偃月刀で叩きこむ。
この刹那ならご主人様の脱力は使えない。完璧に決まった。
だが、次の瞬間、私の右肩に衝撃が走る。
あまりにも予想外だったので、些細な衝撃だったが、その衝撃によって、私の膝は折れ、地面についてしまう。
いや、予想外過ぎて痛みを感じる余裕がないのだろうか。実際はものすごい衝撃だったのかもしれない。
私は上を見てみる。
そこには相変わらず、不敵な笑みを浮かべたご主人様が私の右肩を槍の柄で突く形で立っておられた。
馬鹿な。幾ら少しばかり手加減をしたと言っても、脱力は使えていない。衝撃が分散しないのなら、気絶しているはずだ。
そもそも、攻撃を受けたのなら、あの時のように暴徒の群衆へと飛んでいたであろう。
「卿に言い忘れていたことが一つある。私がこの場で習得した北郷流奥義は一つでは無い。」
「………では、幾つだというのですか。」
「2つだ。
先ほど落下の衝撃を和らげるのに使った脱力による体術の『柔神法』
そして、気の流れを一点に集中させ、体を硬化させる体術の『剛神法』……後者は合気道の丹田法を北郷流が実戦的に昇華させたモノだ。と言ってもこの時代には合気道というものが無い故、卿の預かり知らぬところではあるだろうがな。
攻撃の瞬間、筋肉は萎縮してしまう故、隙を突かれたならば、柔神法だけでは心もとない。
筋肉の委縮時に隙を突かれたのならば、萎縮した筋肉に気を一瞬集中させ、防ぐ。そして、攻撃の瞬間にも体の数か所に気を巡らせる。
これが剛神法だ。」
「つまり、攻撃しながら防御は出来ているという事ですね。」
なるほど。打ち合いで私が力で押せなかったのは、剛神法による肉体の強化だったのですね。
だから、一瞬の攻撃を使えない押し合いにご主人様は競り負けてしまう。
「卿は理解が早くて助かる。もう一度卿に聞く。この戦い止めるか?」
「お断りします。ここで退いては我が武の名折れ。ご主人様こそ宜しいのですか?」
「何がだ?」
「『今の卿は慢心に満ちていると私は思うのだが、それで負けては観客も哀しがるぞ。』今なら、ご主人様が退けば、この場を治めましょう。」
「今の私が退くだと?卿の誇大妄想は一体どこまで広がっているのだ?面白過ぎて、笑えぬぞ。」
そう言いながら、ご主人様は笑いを零す。私はその笑いが何を意味するのか全くと言っていいほど分からない。
私はご主人様が何故戦っているのか知りたい。本当にクリスマスを壊したいのだろうか?ご主人様の目的本当にそれなのだろうか?
私は頭を整理する為に、大きく深呼吸し、闘気を霧散させる。ご主人様はそんな私を見て、眉間にしわを寄せた。
「ご主人様は今どうして此処で私と戦っているのですか?貴方は本当にこのクリスマスを壊したいのですか?」
私の質問を聞いて、私の真意を知ったのか、ご主人様の表情が変わった。
そして、槍を地面に突き刺し、真っ直ぐな目で私を見、曇りの無い声で答えた。
「そうだ。」
「何故?あれほど安寧を願っていたのでしょう?」
「卿なら分かるはずだ。私が今この場で戦っている意味が。」
「私に分かる?この大騒動の原因が?」
私は思わず、そう零してしまう。それもそうだ。ご主人様は酒で乱心になっただけだと、私は思っていた。
それなのに、今この大騒動の原因が私には分かると言ったのだ。私はご主人様を見ながら、考えた。
だが、やはり全くと言っていいほど、分からない。そんな思い悩んでいる私にご主人様は助け船を出した。
「卿は何故、その青龍偃月刀を持ち、あの戦乱で戦った?」
ご主人様はいきなり的外れな質問をしてきた。私が青龍偃月刀を持った理由とご主人様がクリスマスを壊したい理由とが繋がっている?
ご主人様の真意は読めないが、私はご主人様の質問に答えることにした。
「それは、腐った漢王朝によって虐げられた民を救いたいと、虐げられた者が弱いモノを虐げる無間地獄を止めたいと、兄のような人がもう出ないような世の中にしたいと願った。その為に私はこの青龍偃月刀を持ったのです。」
「そうだな。そうして、卿は弱者が弱者で有り続ける世を……虐げられた者の『敗者は敗者である』という既知感を覆したのだったな。
私は敗者が敗者で有り続けると思いこんでしまっている己の既知感によって虐げられた者を救いたいと、敗者が敗者で有り続けることは無いということ、誰もが満たされえるのだと、他人に理解されない潤いを誇ってよいのだと我が総軍に知らしめるのだ。
手段方法によっては、敗者は勝者に成りえるのだと、誰もが苦しむクリスマスを己の手で終わらせる可能性を持ち合わせているのだと。
それを証明する為に、私が卿に戦って勝つ。武で卿に数段劣っている私が勝てば、我が総軍も分かるだろう。」
「つまり、貴方は敗者が敗者でなければならないという事をその身で覆そうというのですか?」
「そうだ。」
ご主人様は最高の笑みでそう言った。
警邏隊は暴徒の首領であるご主人様の本当の目的を知り、暴徒達は自分の持つ希望を今から見せると知った。
双方ともに静寂となる。そして、ご主人様は再び槍を構えた。
「では、行くぞ。この
そう言うとご主人様は私との間合いを詰める。
槍の持ち方を鈴々、呼吸は春蘭、立ち方は私、足運びは思春、視線の送り方は雪蓮だ。
おそらく、ご主人様にとって最高の組み合わせだろう。
ご主人様の槍の持ち方、呼吸等々、全て考慮して考えると、おそらく狙いは私の左二の腕と私は断定した。
ご主人様の思考を考えるに、私の腕に衝撃を与え、痺れさせ、戦闘不能にしようという魂胆だろう。
だが、その表情は魏の将のモノでも、呉の将のモノでも、蜀の将のモノでもない。私に勝ちたいという純粋なご主人様の顔だった。
この一撃で終わらすつもりですね。ご主人様。
「先に謝ります。ご主人様。やはり貴方の負けは揺るぎません。」
私は一度気を静めるために、大きく息を吐き、大きく息を吸い、目を閉じる。
そして、最強の一撃を出すために、ご主人様の気配を感じるための神経を除く全ての神経を遮断する。
その結果、私の感じる世界はご主人様と私だけが存在し、それ以外は無の世界となった。
そんな無の世界で、私は自分の気を青龍偃月刀に込める。これは春蘭が武闘大会で見せた技を参考にしたモノだ。
長年にわたって使ってきた青龍偃月刀は私の気をあっさりと受け入れてくれる。私はそんな感触に少しばかり嬉しくなる。
だが、そんな感情も一瞬だ。再び気を引き締め、青龍偃月刀に流し込む。
そして、最後の攻撃をする為に注ぐ気を、私は青龍偃月刀に注ぎ終わった。私は春蘭を参考にしたが、春蘭や凪の気の使い方とは違う。
簡単にいえば、量より質だ。私は気によって青龍偃月刀を硬化させた。これならば、私の限界を超えた全力を出しても青龍偃月刀はそれ相応の破壊力を見せてくれるだろう。そうなれば、ご主人様の剛神法による肉体の強化攻撃を越えた攻撃が出来る。
そして、私は武器を頭上に構える。
切り降ろしが一番威力の高い攻撃だからだ。遠心力、腕力、重力を考えれば、誰でも分かる事だ。
そして、ご主人様の弱点でもある。ご主人様の柔神法は横や前後からの攻撃は反対側に衝撃を流し、下からの攻撃は上に逃がすことが出来る。だが、頭上からの攻撃はそうもいかないだろう。衝撃を受け流そうにも下は地面だ。
地面に衝撃を逃がそうとしても地面には不動で、大きな反発力がある。よって、上からの攻撃には柔神法は使えない。
故に頭上からの攻撃は弱点だ。
「オォォォォォォォ!!」
もう、次は無い。だから、私は腹の底から力を入れ大声を上げ、全力で走る。
私が大声を上げているのは、声を上げると力の限界を超えるという話を華陀から以前聞いたからだ。
確かに、力が湧いてくる。私はこうして私の限界を超えた。
そして、私の青龍偃月刀とご主人様の槍は衝突した。衝突によって生じた火花は目がくらむほどの閃光だった。
だが、此処で目を瞑る訳にはいかない。目を閉じてはご主人様相手に刹那の押し負けそうな気がしたからだ。
更には衝撃波生む。衝撃波は微風の様な微弱なモノでは無い。まるで強風のようだった。
私の纏められていない髪はたなびき、ご主人様の天の国の服は裾が舞い、砂埃が発生した。それだけでは無い。同じ刹那に地面を踏み、獲物を衝突させた所為か、私とご主人様から半径1丈ほど、地面が陥没し、中心付近に至っては、地割れが起きる。
更に、その影響は十数年鍛え幾千もの戦場を超えた私の体にも出ている。
私の体の骨もミシミシと悲鳴を上げているのを感じる。
全身の筋肉が力によって焼け、限界を超えた力を出したことによって千切れてしまうそうだ。
剛神法で肉体を強化しているご主人様も同じようだ。その激痛に耐えようと、顔を歪め、歯を食いしばっておられる。
ご主人様から微かに歯ぎしりの音が聞こえるのは気のせいでは無いと思われる。
そして、この一瞬の押し合いは私に軍配が上がったようだ。
ご主人様の膝がほんのわずかだが、折れた。このまま行けば、私が勝てる。
だが、諦めの悪いご主人様はそうもあっさりと負けてはくれなかった。
私の青龍偃月刀が下を向くようになるまで、ご主人様はそのまま膝を折ったのだ。
そして、ご主人様は槍の持ち方を変え、私の獲物を防ぐ姿勢のまま、槍を滑らせて、私の懐に入ってきた。
「貰った!」
ご主人様は勝利を確信した表情をし、私の腹に乾坤一擲の拳撃を叩きこもうとする。
「!!」
いきなりだったため、私はご主人様の攻撃を防ぐ手段は無い。それにご主人様は完全に私の懐の中に入っている。
私は咄嗟に青龍偃月刀を放し、ご主人様の肩に肘鉄を喰らわそうと、膝を折り、右肘に力を入れた。
そして………。
私達は同時に倒れ、相打ちとなった。
「ハハハハ。やはり勝てぬか。」
「ですが、負けても居ません。次勝負すれば、私が負けるかもしれません。」
「そうだな。」
ご主人様はそう言いながら、膝をガクガク震わせながら、槍を杖にして立ちあがった。私は地面に寝そべりながら、そんなご主人様を見上げる。そして、ご主人様は大声で暴徒に向かって叫ぶ。
「我が総軍に問う。脆弱惰弱だった私はこの戦いで負けたか?敗者はやはり敗者だったか?」
「「「否!!」」」
「卿達は敗者で有り続けたいのか?」
「「「否!!」」」
「ならば、私のように敗者でなくなるために、更なる高みへと励むがいい。諸君らの勝利を私は心から願おう!Sieg Heil Viktoria!!」
「「「ジーク!ハイル!ヴィクトーリア!ジーク!ハイル!ヴィクトーリア!!」」」
そして、その言葉を最後に警邏隊は暴徒に向かって突入。器物損壊を起こした一部の者たちを逮捕した。
暴徒が抵抗をしなかったのはこのクリスマスが暴徒達にとって良いクリスマスだったからだろう。
こうして、怒りのクリスマスは幕引きとなった。
怒りのクリスマスという名も後から考えてみれば、面白いモノだ。
正直真の意味で怒っていたのは、既知感に縛られた者達に怒っていたご主人様ただ一人だったのだ。
だが、そんなことに気付くのは後々のことだ。今は割愛させていただこう。
私は真桜が即興で作った車いすにご主人様を乗せて、押している。
別に私がご主人様と比べて軽傷という訳でもない。車いすという支えがなければ、私が立てないのだ。
それほどまでに私は気を消耗し、ご主人様の拳撃による腹痛が大きかった。
華陀に診てもらったが、私もご主人様も軽い内出血程度らしい。
「ご主人様、申し訳ありません。」
「何が?」
「ご主人様を城から追い出してしまったことです。」
「ああ、それ?別にいいよ。反省はしていないけど、面白いことあったからチャラだ。
それよりも、俺はどうして皆に今日相手されなかったのか聞きたいな?何かあったのか?」
ご主人様はいつもの口調で聞いて来た。華陀が診断する時に酒気を抜くつぼを針で刺激したので、もう素面だそうだ。
曰く、戦っていた時の記憶はあるという。
「実は、サプライズクリスマスパーティを企画していたのです。来て頂けませんか?」
「本当に?行く行く!早く俺を連れて行ってくれ!」
「分かりました。ご主人様。」
私とご主人様、雪蓮に春蘭、恋が城へと向かっている。
そして、サプライズクリスマスパーティが開かれる大きな部屋の扉を雪蓮と春蘭に開いてもらい、私とご主人様はその部屋に入った。
綺麗に装飾された部屋には三国の全ての将が集まっており、ご主人様に声をかけてきた。
「「「メリークリスマス!」」」
後日談1
クリスマスの夜にご主人様と閨を共にしようと考えていた数十人の将の怒りを買った私は蜀の屋敷の屋根裏部屋に3ヶ月ほど追いやられ、1カ月の飯抜きとなった。そんな私に同情した雪蓮と春蘭と恋が時々御飯をくれた。
ただ、恋。セキトの御飯の残りはちょっと勘弁してほしかったな。
後日談2
酔ったご主人様が強いという事で、ご主人様と勝負したい武官がご主人様に酒を飲ますことになり、ご主人様は酒の飲み過ぎで体調を崩された。その結果、三国で1週間の禁酒命令が下され、一部の将がへばっていた。
どうも、黒山羊です。
如何だったでしょうか?『晋・恋姫†無双 怒りのクリスマス』は?
正直『既知感』という言葉の使い方に苦労しました。
散々悩んだ挙句、自分が信じ込んでいる概念や法則などを『既知感』ということにして話を進めたのですが、どうだったでしょうか?
え?読みにくかった?ですよね。ごめんなさい。
だって、アルコールパワーで大方のあらすじを書いてしまったので、こうなってしまいました。
んで、戦闘シーンは素面の時に書きました。だって、アルコールパワーで書いたら、エライことになっていたのでww
ところで、皆さんのクリスマスはどんな感じでしょうか?
え?私ですか?私は『クリスマスはジャムパン食いながら研究室』という既知感から抜け出せないようです。
いい加減。私も私の既知感から外れた、経験したことのないクリスマスを過ごしてみたいものです。
そう、私は未知の結末を見てみたいものです。
皆さまのクリスマスが良い意味で既知感から外れたモノになるように私黒山羊は願っています。
それでは、これでこの芝居は終わりです。
~Acta est fabula~
Tweet |
|
|
36
|
0
|
追加するフォルダを選択
圧倒的に2が多くて吃驚しました。
少々駄文なので、お気に入り限定で行かせてもらいます。
反応が良かったら、一般開放します。
その為、読んだ感想を書いてくれると助かります。
それでは、御観覧あれ。
続きを表示