No.350529

ユミ&トウコ

見月七蓮さん

「紅薔薇さまになったのに出番が無い主役の方、福沢祐巳です」「祐巳さまの妹になった途端に出番が減った脇役の方、松平瞳子です」「そもそも、原作は短編ばっかりで私達の知らない人達しか出てないような」「身も蓋もないですわ、お姉さま」「じゃあ、私達が活躍するお話を勝手に作ろう、瞳子」「え、いいですね。そうしましょう」『二人が奏でるハーモーニー』※C80と2011年の百合オフで限定配布した短編SSです。

2011-12-21 22:08:00 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1562   閲覧ユーザー数:1454

 

マリア様がみてる 二次創作小説「ユミ&トウコ」

 

「足りない」

 お弁当全部食べたあとに追加で買ったジャムパンまでも食べ終わった真美さんがそう呟いた。

「真美さんお腹壊れてるんじゃない?」

 由乃さんが呆れたように反応しながら、お弁当のタコさんウインナーをお箸でつまんでた。

「お腹のことじゃないの、ヒーローよ、ヒーローが足りないの」

 あっけにとられた由乃さんは、タコさんウインナーをお弁当箱の中へ戻すように落としてしまってた。

 真美さんの台詞は突拍子すぎて、驚くのも無理はない。しかしなんでまたヒーロー?

「今の山百合会は、ヒーローがいないのよ」

「由乃さんのお姉さま、支倉令さまはその点ではヒーローだったわね」

「昨年の卒業式、涙で送辞を読めなくなった祥子さまを助けるべく颯爽と飛び出してたのは、まさにヒーローだったと感心したわ」

 確かに令さまは格好よかったけど、祥子さまにとってはみっともない場面だったので、祥子さまの妹である私としては触れたくない話であった。ご本人はもう卒業していらっしゃらないけれど。

「令ちゃんがヒーロー?」

 由乃さんの顔がひきつっていた。長年夫婦のように寄り添ってたきただけに長所も短所も知り尽くしてるから、憧れの的となるヒーローなんてイメージが出来ないのであろう。ヒーローというものは遠目から見て憧れるくらいがちょうどいい。

「剣道部でも部長を差し置いて大将を務めるほど強かったじゃない」

「それは認めるけど何? 私達はヒーローとして役不足だと言いたいわけ?」

 由乃さんの視線が私の方にも向けられた。祐巳さんも何か言ってやりなさいよと目が訴えてる。

「確かに、令さまのようにヒーローとなる存在はいないかも」

「さすがは祐巳さん、現状をしっかり理解してるわね」

「ちょ、祐巳さん、今の山百合会が地味だって(けな)されてるのよ! 簡単に認めてどうするの!?」

 真美さんが話を切り出すときは必ず作戦を立てている。今の山百合会にヒーローは必要なのかもしれない。由乃さんは貶されてるだけと受け止めてるようだけれど。

「真美さん、何か作戦でも思い付いた?」

「ビンゴ」

「私は何か嫌な予感がするんだけど……」

 由乃さんの勘が鋭かったのは、後になって気付くのであった。

「ヒーローといえば強化ヒーロースーツ! 頭部はもちろん胸部や腕への攻撃から身を守り、必殺の武器で悪を成敗! みんな似合ってるわ」

 したり顔の真美さん。

「うえぇ暑い」

「結構重いのね」

「汗くさい」

「髪型が乱れてしまいますわ」

「お姉さま普段防具付けませんからね」

「真美さん、これって剣道着って言わない?」

「祐巳さんヒーローたるもの細かいことは気にしないの」

 由乃さん、志摩子さん、乃梨子ちゃん、瞳子、菜々ちゃん、それに私と山百合会の幹部全員が剣道着一式身にまとってる図はある意味貴重ではあるが、これではただの剣道部である。本物の剣道部員を含んではいるし、場所も剣道部の道場なだけになおさら。

「由乃さん、志摩子さんを攻撃して」

 丸めたノートをメガホンのようにして指示を出す真美さん。さながら映画監督である。

「え? こう? 志摩子さん覚悟っ!」

 思い切り振り上げた竹刀は勢いよく志摩子さんの頭に命中し、スパーンと爽快な音を立てた。

「きゃっ」

 志摩子さんが可愛い悲鳴をあげた。防具を着けてるから衝撃はあっても痛みは無いはずだけど、ちょっと心配。

「乃梨子ちゃん、志摩子さんを守って。台詞は『絶対に許さない!』」

「えっ、絶対に許さない」

 由乃さんと志摩子さんの間に入る立ち位置で、乃梨子ちゃんは竹刀を身構えた。剣道部員ではないにも関わらず部員さながらの構えだった。

「うーん、ここは登場時の台詞が欲しいところだわね」

 真美さんが不穏なことをつぶやいた。

「菜々ちゃん、由乃さんを助けるように現れてアドリブでいいから何か格好いい事を言って」

 この監督は脚本までもキャストに投げ出したようである。

「では、僭越(せんえつ)ながら……お姉さまに無礼は許しません。まずは私を倒してからです」

 菜々ちゃんはクールに言われた通りにやってのけた。

「弱い、もっと面白くて力強そうな台詞を」

 まさかのダメ出しである。

「私の竹刀はカーボン。あなたの防具をボカーン!」

「ナイス! いいよ! 菜々ちゃん!」

 とっさに思い付く菜々ちゃんも大したものである。

「おっと、白薔薇対黄薔薇、姉を守って妹同士対決かー!?」

 監督がいつの間にか実況まで始めてしまった。

「そこで、瞳子ちゃん乱入! 台詞は任せた!」

「みにくいたたかいは、おやめになさいませ」

 一応、演技はしてるけれど、思いっきり声の調子から馬鹿馬鹿しいという本音が混ざってた。

「ここで紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)登場、白薔薇と黄薔薇の戦いに参戦かー!? 果たしてどちらの味方なのかー!? それとも仲裁かー!?」

 だんだん突っ込む気も失せてきた。

「ほらっ、祐巳さんも入って!」

「えっ?」

「この泥沼化した状況をラスボスの登場によって、みんなの心をひとつにまとめるんだから、はやく」

「ラスボスって……」

 言われるまま適当な場所に立ってみた。ここまで来たからには最後まで付き合うか。

「祐巳さん、悪どいこと言ってみて」

「へ? 突然言われても。何て言えば?」

「『山百合会の真の支配者、フクザワユミじゃ。薔薇さまは三人も要らん。私一人でじゅうぶんだ、あっはっは』」

 真美さんの方が適役な気がするんだけど。支配者的な部分で。

「祐巳さん、台詞、台詞!」

「えっと、なんて言うんだっけ?」

「もうっ! いいわ。時間がもったいない」

 おいおい。随分勝手な監督様だな。

「突如現れた紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)、その威圧感で山百合会を支配しようとしている。これに気付いた他の薔薇さま方は一時休戦。一致団結してこれを打倒する展開にぃー!」

 もう好きにしてちょうだい。

「ほら、みんなっ! 祐巳さんに向かって一斉攻撃よ!」

「え?」

 みんなの竹刀の先が、私に向けられていた。

「祐巳さんがそんな事を企んでいたなんて裏切られた気分だわ」

 妙にノリ気の由乃さん。

「祐巳さんごめんなさいね。そういう事らしいので」

 ごめんと言いながら、微笑んで竹刀を向けてる志摩子さん。

「申し訳ありません祐巳さま。私はともかく白薔薇を無くすわけにはいきませんから」

 乃梨子ちゃんまでもノリ気である。

「そういうことらしいので申し訳ありませんが、お覚悟を。紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)

 菜々ちゃんの構えはシャレになってない。

「一致団結した山百合会幹部は、まさにヒーロー! 悪は打ちのめされるのかー!?」

 真美さんは完全に自分の世界に浸っている。しかもヒーローを勘違いしてる。

「よし、みんな襲いかかれ!」

 真美監督のゴーサインが発動。同時にバーンと竹刀を激しく叩きつける音が響きわたった。

 私から離れた場所で。

「瞳子……」

 瞳子は私に竹刀を向けず、床に叩きつけていた。

「たとえ遊びであっても、お姉さまを叩くような真似なんてできません」

「お、おっと、紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)、土壇場で情が沸いたのかー!?」

「真美さん、ちょっとお(たわむ)れが過ぎたかもしれないわ」

 意外とノリ気だった志摩子さんも、やりすぎだと思ったようだ。

「失礼します」

 瞳子は、きびすを返して更衣室の方へ向かっていった。

「瞳子」

 私もすぐに後を追いかけた。

「それで真美さん、次はどうするの?」

「悪役がいなければ、ヒーローなんて要らないわよ」

 由乃さんと真美さんで結論を出していた。

「ありがとう、瞳子。嬉しかった」

「別に私は当たり前のことを言ったまでですわ」

 ヒーロースーツもとい防具を次々に外していく瞳子の姿をじっと見ていた。

「お姉さま、ジロジロ見ないでください。恥ずかしいですぅ」

「あ、ごめん、つい……」

「それと、防具はコテから外した方が脱ぎやすいですよ」

 どおりで脱ぎにくいと思った。一番邪魔だったお面から外そうとしてたから。

「ふっー、暑かった」

「お姉さま、汗だくです」

 瞳子はハンドタオルを取りだして、私の額を流れる汗を拭ってくれた。

「あ、自分でやるからいいよ」

「こうやって、拭いて差し上げるのが妹の役目です」

「へへっ、そうか」

 私は目をつぶって汗を拭いてもらった。

「気持ちいい、ありがとう」

 今度は身体の前面が、むにゅっと暖かく柔らかい感触に包まれた。

「えっ? 瞳子?」

「背中もぐっしょりです」

 瞳子に抱きつかれていた。お互い汗で濡れた下着姿だから、肌の感触がすごく伝わって心臓の鼓動が跳ね上がった。

「こういうのもいいですね」

「瞳子……」

 お互いの鼓動で心臓が二つあるみたいにドキドキしていた。

「祐巳さん、ごめんなさい。やりすぎだったと反省……お邪魔だったみたいね」

「あっ」

 二人の抱擁を目撃した真美さんは、顔を赤めて帰ってしまった。

 気が付いてお互い身体を離した時には、すでに目撃された後だった。

「お姉さまは、やっぱり悪役ですね」

「どうして?」

「私の心を癒してくださってるんですもの」

 それは、ヒール違いだと突っ込もうとしたけど、心の中にしまっておくことにした。

 私だって癒されてるんだよ。

 ありがとう。そして、ありがとう。

 

(了)

 


 
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