No.350329

外史異聞譚~幕ノ三十九~

拙作の作風が知りたい方は
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2011-12-21 06:38:18 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2801   閲覧ユーザー数:1489

≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫

 

「あれ?

 なんか料理人変わった?」

 

俺がそれに気付いたのは、劉玄徳達が来てから数日経った頃の事だった

 

俺は料理評論家とかじゃないので上手く言えない訳なんだが、全体的な料理の質が上がっている気がしたのだ

 

あれから毎朝毎晩、皆で食事をするようになり、俺にとっては結構拷問のような日々が続いていたこともあり、味覚が鋭敏になっていたのが気付いた理由かも知れない

 

「そういえば、公祺殿が働き口を探していた料理人に五斗米道の道場の厨房を紹介したところ、非常に腕がよく人品もよいようなので鎮守府の厨房に招いたとか聞き及びましたが」

 

「ふ~ん……」

 

懿の言葉に頷きながら陛下と殿下に視線を送ってみると、二人共しっかりと頷いている

 

「素材は今までと変わらぬようだが、この味わいは料理人の腕によるものであるな

 宮中に招いても問題ないくらいの腕であろう」

 

「出身地域も洛陽に近いと思います

 僕には少し漢中の味付けは薄い気がするので」

 

いいもん食ってるからなのか、漢中に慣れてきたからなのか、この二人も遠慮がなくなってきたなあ…

 

でも、殿下に関してはいい傾向かな?

我儘ではなく自分の意見を言えるようになってきたのは、実のところ張翼徳と一緒に遊ぶようになってからだ

殿下は出自もあって年齢の割に考え方が大人びていて、いうなれば“子供らしくない”部分が最初は目立っていたけど、彼女がそういう部分を上手に包んでくれているようだ

なにより、武人として尊敬している張文遠と遜色がない武技を誇るのを知ってから、武は張翼徳が、勉学は殿下が教えるという形で、上手に街の子供達とも溶け込めているらしい

 

陛下はどうも劉玄徳がお気に入りのようで、ふたりで毎日孤児院に通っている

劉玄徳の目的を考えると「お前はそれでいいのか?」と聞きたくなるんだが、どうにも色々と視察して考えるよりもそうやっている方が向いているらしく、日々報告というか体験談を聞くにつけ、俺達でも知り得ないような市井に関する情報を持って帰ってきている

彼女といる事で陛下に対する周囲の風当たりも柔らかくなってきているようで、陛下にとってはいい師匠という感じになっているようだ

 

諸葛孔明と龐士元は、肥料に関する漢中の抜本的ともいえる用法を取り入れようと、日々開墾地等に通っている

俺からすれば原始的な機構ともいえる攪拌器や濾過器に関しても、その構造よりも目的を重視していることから、本当に頭がいいのだろう

民衆の抵抗が多そうだ、と言ってはいたが、実現は十分に可能であると試算を立てており、実行部分に関してうちのみんなに質問攻めを繰り返しているみたいだし

 

関雲長は多分に潔癖の度合いが強いためか、漢中の野菜や穀物が肥料投与の結果によるものだという事実に(穏便に言ってだが)一時期食欲をなくしていたようだが、常識を超えた改革がこれらの豊かさを齎しているという事に納得はしているようだ

今は治安維持等の手法を学ぶのに懸命に取り組んでいるようで、鎮守府にわざわざ“悪所”といえる部分を設置している事に非常に驚いていたようである

基本的には取り締まりの対象ではあっても公的に行うものではない、という観念があったのだろう

内心の葛藤もあるだろうに、それでも前を見ようという姿勢は評価するべきかな、と思っている

 

趙子龍は逆に、日々のんびりと過ごしているように見える

しかし、気が付けば必要な事には顔を出している、という報告は受けているので、基本的に諧謔家なのだろう

油断していると軍視察についてきそうになってたりしてるというから、これでなかなか侮れない

 

公孫伯珪は、程仲徳と共に市中視察を日課としているようだ

自身の見識の及ばない部分を得ようという事なのだろうが、俺の見たところ、程仲徳は正史より演義の色が濃い老獪で頑固な部分が見てとれる気がする

懿にしてからが

「あれほどやりづらい相手はなかなかおりません」

と零したくらいだから、その老獪さは相当なものだろう

頃合を見て機があれば陣営に引き入れたい逸材ではあるのだが、なかなか踏み込めないというのが正直なところだ

 

おっと、それよりも今は料理人だよな

 

「で、その料理人の名前って、なんていうの?」

 

実は鎮守府に務める人間は、掃除夫ひとりにしても元直ちゃんの監査を通過しないと雇い入れてはいけないという暗黙の了解がある

元直ちゃんが指揮する一大諜報網にひっかかるような人間は門前払いを食らうって訳

どのくらい厳しい基準かは教えてくれていないんだけどね

 

ともかく、料理人っていう事はそれなりに厳しいだろうから、まずは安心できる人間だってことで、名前くらいは聞いておこうと思ったわけだ

 

「名前ですか?

 確か、典奉然という名だったかと…」

 

「ぶごはぁっ!!」

 

思わず口に含んでいた粥を全力で噴射した俺は責められるべきなのだろうか?

 

「げほっ…

 えほっ…

 ごほっ…」

 

周囲の“うわ、こいつ最悪…”という視線がとてもとても痛いです

 

でもね?

よく考えてもみようよ?

あの“悪来”典韋だよ?

曹操が息子よりもその死を嘆いて、戦死した場所を通る度に喪に服したっていう、三国志有数の烈士だよ?

それがどうして、漢中の厨房で料理してんのさ!?

 

しかし、この場でそれを問い質す訳にもいかない

 

俺は懿に視線で、後程円卓の召集をするように合図を送る

 

俺が粥を吹き出した理由がその名前にあると思い当たったのだろう、笑顔で俺を非難していた懿が微かに頷いた

 

俺は周囲に平謝りしながら、事前策を考える

 

果たしてこの賽の目は、どの方向に外史が転がったものなのだろうか、と…

≪漢中鎮守府/程仲徳視点≫

 

ふむー……

上座の空気が変わったのですー

 

風がお世話になってから数日経ちますが、稟ちゃんとはいまだに接触できていません

表向きは非常に拓かれた状態なのですが、一定線から先は指一本触れられない状態のままです

 

それは見る人が見れば非常に解り易く、近衛の方々や明らかに訓練された人達がいる区域となっています

この鎮守府本殿でいうと、今いる場所の更に奥、それもほんの一画だけのことです

 

ちなみに稟ちゃんは、黄龍局といわれている近衛管轄の行政府に留め置かれているそうで、外出以外は不自由なく扱っている、との事でした

 

そういう部分で嘘をつく人達には見えませんので、そこは大丈夫でしょう

 

風も昼間は伯珪さんと一緒に視察に廻りながら、夜は蔵書の閲覧を願い出たのですが、驚くほどあっさりと許可が出ました

蔵書の内容は、五斗米道が保有していたものや天の御使いさんが漢中太守となってから集めたり貴族豪族の屋敷から押収したものが大半なのだそうですが、いくつか興味深いものがありました

天譴軍で“地書”と号されているものがそれで、これは民間に流布させる事を前提とした天の知識が纏められているものなのだそうです

他には鎮守府の奥に“天書”というものもあって、これは決まった人間しか閲覧を許されていないのだそうで、残念ながら風が読む事はできませんでした

ないものねだりをしても仕方がないので“地書”に分類されているものに目を通してみたところ、漢中を見るまでの風なら信じる事も難しかったような内容の事柄が多々あります

孔明ちゃんや士元ちゃんも閲覧しているそうで、許可を得て写本もしているみたいです

 

本の内容は政治や軍略ではなく経済や農工業やそれらの利用法、廃棄物の再利用方法等が主で、その理屈そのものは抵抗はあっても納得はできるものがほとんどです

これらを頭に入れて視察に赴くと、なるほどと思わされます

伯珪さんもそういった基礎素養はある身分の方なので、風と一緒に見て廻りながらお互いの疑問や視点での意見交換をしていたりもします

 

こうしてふらふらしながら風が思うのは、この国の闇は相当深いものだという事です

 

風の見立てでは、この国にはまだまだ隠れている部分が沢山あって、しかもそれらは死蔵するつもりである事が見て取れるのです

 

民衆に支持されながらも、大きな闇を残す天譴軍

 

それは、歴代の王朝や群雄諸侯とは一線を画すものでありながら、どこに向かっているのか

 

非常に興味深い事です

 

なので、危険とは思うのですが、上座の雰囲気が変わった事がひとつのきっかけになると思うので、風は冒険をしてみました

 

具体的には、さりげなく天譴軍の方々が宴席を辞したのに合わせて奥に潜り込もうというものです

 

上手に言いくるめられるように機会を待っていると、見覚えのない少女がひとり、奥に向かっているみたいなので、それに便乗して行くことにしました

 

ふふふ~

風は可憐な少女なので、一緒に呼ばれたという言葉になんとか騙されてくれたようです

 

 

罠の可能性もありますが、それはその時に考えましょー

 

 

こうして風が典奉然ちゃんと一緒に何くわぬ顔で入ったのは、20くらいの椅子が据えられている丸い卓が中央にあるお部屋でした

 

表の席とは違い、非常に砕けた雰囲気で思いおもいの席に座る人達は天譴軍の首脳陣でしょう

 

「お呼びにより参上仕りました

 何かご用でしょうか!」

 

ぴきーん、と背筋を伸ばして挨拶する奉然ちゃんの後ろで、風も挨拶します

 

「実は呼ばれていませんが、面白そうなのでついてきちゃいましたー」

 

 

おや?

 

みんな驚いていませんねー

なんかつまらないです

 

「まあ、いずれこうなるとは思ってたけど、予想よりかなり早かったかな

 割とお転婆って事なのかもね」

 

天の御使いさんもなかなかいいますね~

 

「姉樣が認めるくらいですし、このくらいの芸当はやってもらわなきゃ困るってもんですが

 くきゃきゃきゃ」

 

「そうですね

 そうでなければ“わざわざ”緩めておいた甲斐もないというものですし」

 

魯子敬さんと徐元直さんでしたよね

てことは風は泳がされていましたか~

 

「え?

 え?

 えええ?」

 

奉然ちゃんがアタフタしてますが、こうなったら女は度胸なのです

 

風はトコトコと卓に近づくと、空いている席に座ります

 

「よいしょ……っと………

 おお!

 これはなかなか上質の椅子なのです~」

 

はしゃいで見せる風に向かって、天の御使いさんが笑いながら告げます

 

「そこに座る意味、解っているのかな?

 なら咎めないけど?」

 

風はそれに笑顔で答えます

 

「まあ、稟ちゃん見捨てる訳にもいきませんし、共犯者くらいにはなりますよ~」

 

風の言葉に奉然ちゃんを除くみんなが苦笑していますが、つまりはそういう事です

 

このままいけば稟ちゃんはよくて飼い殺し、風も漢中を出た後に何の保証もありません

劉玄徳さん達に与するにしても、風は“ここ”を良く知る必要があるのです

 

 

幼い頃から見ていた夢が変わってきた理由

 

 

それはまさに今、この場所にこそあるはずなのですから

≪漢中鎮守府/典奉然視点≫

 

えっとー…

あのその…

これは一体どうなってるの!?

 

五斗米道の道場で張公祺樣に何故か気に入られた私は、熊の毛皮も高額で引き取ってくださった上に邑に持って帰りたかった薬草や塩なんかも安価で手配してもらうという厚遇を得る事ができました

 

そのついでにお茶をご馳走してくれて、その席で帰りの旅費を稼ぐために働き口を探すつもりだと伝えたところ、五斗米道の道場の厨房の仕事を紹介されました

宿舎も提供してくださるという破格の待遇だったので驚いたのですが、なんでも五斗米道の道場は極端な事を言えば閉じている時がなく、厨房はかなりの重労働なので待遇も良いのだそうです

実際、一日六食を交代で作るというのが基本らしくて、その内容も怪我や病気に合わせたりもするので結構大変でした

 

こうして2~3日働いたところ、嬉しいことに料理や味付けが気に入ってもらえて、待遇を保証するから鎮守府の厨房に移ってみないか、と言われました

 

もし引き受けてもらえるなら責任をもって邑に物資を届けると言われましたし、季衣も音信不通のままなので、折角だからしばらく働いてみようかな、と思ったんです

 

で、鎮守府の厨房に入ってすぐ、こうやって呼び出されたので、何か粗相があったのかとびくびくしながら来たんですけど、はっきりいって頭がついていきません

 

一緒に呼び出されたとか言ってた程仲徳さんは実は全然関係がなかったみたいですし、なんかとっても注目されてたりするし……

 

「あー…

 とりあえず怯えなくていいからさ

 楽に……

 っても無理だろうけど、肩の力抜きなよ」

 

公祺樣が苦笑しながら私に話しかけてきます

 

「とりあえず、料理が不満だとか、そういう話じゃないんだ

 むしろ、アンタが望むならいい話だとは思うんだよね」

 

「えと……

 ど、どういう事でしょうか?」

 

公祺樣は卓に座っている人達に視線で確認を取ると、再び口を開きます

 

「ん~……

 回りくどいの面倒だからさくっと言っちゃうけどさ、アンタ、料理人兼近衛になる気はないかい?」

 

………え?

 

「公祺殿、それはあまりにはしょりすぎではないかと…」

 

着流しの女性が呆れたように溜息をついています

私もはっきりいって思考が追いついていないです

お勉強が苦手なおばかさんなのもあるけど……

 

「そうかねえ?

 んじゃまあ、もちっと説明しようか

 まあ、信じられないだろうけど、アンタが“強い”っていうのをアタシらは知ってるんだ

 正確にはアンタの強さを保証してる人間の言葉を信じてる、というべきなんだがね」

 

そりゃまあ、熊や虎と戦ったことはあるけど、それを知ってるのって邑の人か季衣くらいな…

 

「あれ?

 仲康にでも聞いたんですか?

 おかしいなあ…

 いるならそれなりに目立つはずなんだけどなあ…」

 

私の呟きに首を傾げるみんなを他所に、座で唯一の男のひとがのんびりという感じで呟きます

 

「それは多分許褚…

 許仲康の事だと思うよ」

 

「はい、そうです!

 やっぱりここに居るんですか!?」

 

男のひとは首を横に振りました

 

「いや、ここにはいないよ

 多分だけど、曹孟徳のところにいるんじゃないかな?」

 

曹孟徳っていうと、交州に左遷されたとかいう、陳留の刺史樣?

 

え?

あれ?

なにがどうなってるの?

またまた解んなくなっちゃった………

 

さっぱり訳が判らなくなってしまった私に、程仲徳さんが「くふふー」と笑いながら言います

 

「この男の人は、世に名高い“天の御使い”さんですからね~

 私達が知らないことを知っていたとしても不思議はないのですよ~」

 

ああ、なるほど、だったら不思議は………

 

「えええええええええっ!!」

 

混乱しきった私の頭では、既に色々と一杯いっぱいです

 

目を白黒させてアタフタしている私を気の毒そうに見詰めながら、公祺樣が溜息をついています

 

「いや、なんか、予定と違っちまってるんでアレなんだが、そういう訳でアンタに鎮守府の料理と近衛というか護衛を任せられれば、と思ったんだけどさ……」

 

完全に思考停止して煙を噴いている状態の私に答えられるはずもありません

 

「うん、まあ、今日のところはいいからさ

 ゆっくり考えておくれよな?」

 

 

こうして気がついたら、私は提供してもらっていた宿舎の布団の上で座っていました

 

 

なんか、色々ありすぎて訳解らない状態だけど、とりあえず邑に手紙を書こう

 

思考を放棄した私は、そう決めて布団に潜り込みました

 

 

残念ながら、今夜は眠れそうにありません………


 
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