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はがない 喫茶店、それはリア充たちの礼儀作法(バトル)2011-12-14 21:00:46 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:12319 閲覧ユーザー数:2789 |
はがない 喫茶店、それはリア充たちの礼儀作法(バトル)
「ねぇねぇ。小鷹は喫茶店って行ったことある?」
放課後、いつもの様に隣人部の部室に顔を出すとゲームを止めて星奈が話し掛けて来た。
ゲーム画面を見れば、女の子が2人喫茶店で並んで座っているCGが目に入ってきた。
コイツ、またゲームに影響受けたな。だけど無茶な話の振りじゃなくて助かった。
「喫茶店ぐらいはさすがの俺でも何度も行ったことあるぞ」
「誰と? それが重要なの」
星奈の奴、さすがは俺と同じで友達が少ないだけのことはある。痛い所を突いて来る。
「小鳩と一緒に休憩に入ったことが一番多いかな……?」
「小鳩ちゃんとっ!? それは超羨ましい~~っ♪」
星奈が身を乗り出して来た。目なんか爛々に輝かせている。
「でも、小鳩ちゃんは家族よね。家族以外はないの?」
「どこまでも痛い所をピンポイントに突いてくるな、お前は」
「で、どうなの?」
ふと、考える。
俺って、家族以外と喫茶店に入ったことがあるだろうかと。
考える。考える。数年前まで記憶を遡らせて考えてみる……。
「男同士じゃ喫茶店って行かないもんなんだよ」
星奈から首を背けるしかなかった。
「そういう星奈はどうなんだよ? 女の子同士って結構喫茶店入ったりするんだろ?」
小鳩と喫茶店に入った時に周りの客は大体が女性だった。喫茶店というのはやっぱり女性の領域なんじゃないかと勝手に思ったりもする。
「アンタ、それ、あたしに尋ねるの?」
星奈は頬を膨らませた。
「何であたしが隣人部に入ったと思ってるの?」
「まあ、そうだよな」
一緒に喫茶店に行ってくれる女の子の友達がいるならそもそも隣人部に入ったりしないよな。
「あたしも気軽に喫茶店に入ってガールズトークを楽しんでみたいのよ~っ!」
星奈が手足をバタバタさせてダダをこね始めた。
「だったら女の子の友達を作れば良いだろ」
「それができれば苦労しないわよ。だってあたしは完璧過ぎるから~っ!」
「あのなあ」
溜め息が出る。
星奈に友達がいないのは、コイツがハイステータスの所有者である為に周りから僻まれているからじゃない。自信過剰でナルシストで高圧的で、要するに性格が残念だからだ。
まあ、人間というのは失敗の真の原因を自己観察するのが難しいからな。プライド的に。
「だったら隣人部の女子と一緒に行ったらどうだ?」
「小鳩ちゃんを誘っても断られるに決まってるじゃない!」
「その辺は自覚してんだな」
星奈は小鳩に嫌われている。必要以上というか、かなりやばい執念で妹を付け狙っているからだ。プール、お泊りとイベントが重なるごとに小鳩は星奈を嫌うようになっている。
「夜空や理科やマリアと行った所でまともなトークができる訳がないでしょ!」
「それも、そうだな」
そんな歓談が存在するなら部室は普段もっと楽しい雰囲気に満ちている筈だ。そうならないのは部員各自が残念でコミュニケーション能力に欠けているからだ。
「あ~ガールズトークしたいしたいしたい~~っ!」
「子供みたいに床に寝転がってジタバタとダダを捏ねるな」
……スカートの中の水色パンツが見えちまってるじゃねえか。
星奈の場合、体は大人以上にグラマーなのに、心は小学生っぽいっていうかガキを感じさせるんだよなあ。
「じゃあ、小鷹が一緒に喫茶店行ってよ」
「あのなあ、俺と一緒に行ってもガール“ズ”トークにはならんだろうが」
俺は男だ。言うまでもなく。
「それに俺と星奈が一緒に喫茶店に入ったら……それは、デートっぽいんじゃないか?」
喋っていて自分で照れる。
いや、でも、星奈はモデルと言っても違和感がない美人。だから一緒に喫茶店に入ったらそういう奇異な目で見られそうな気がする。注目されて悪い気はしないだろうが。
「で、でで、デェ~~~~ト~~~~~~っ!?」
天井を突き破るんじゃないかってぐらいに大きな声を上げて驚く星奈。
「小鷹っ! アンタ、あたしを喫茶店に誘ってデート気分に浸るつもりだったのねっ!」
寝そべったまま両腕で胸を隠す星奈。さっきよりエロいポーズになった気がする。しかもパンツは見えっ放しだし。
「違えよ。大体、喫茶店に誘ったのは星奈の方だろうが」
「だっ、だっ、だけど、小鷹はあたしと喫茶店に入ってデート気分を満喫する気なんでしょ! あたしのことを小鷹の女のように世間に見せびらかすつもりなんでしょ!」
「んなことは考えてねーよ!」
俺は泊をつけたいチンピラ不良かっての。いや、世間的にはきっとそう思われるに違いないのだが。
「喫茶店に行ったら、こ、ここ、小鷹とで、でで、デートだなんて……」
「落ち着けよ」
激しく全身を揺らす星奈。そこまで嫌がられるとさすがに悲しくなる。
「そんなに誤解されるのが嫌なら別に喫茶店に行かなくても良いだ……」
「一緒に喫茶店に行くわよっ、小鷹~~~~っ!」
星奈が立ち上がりながらまた大声で叫んだ。
「えっ? えっ? だって、俺とデートしてるみたいに誤解されるのが嫌なんだろ?」
「嫌に決まってるじゃないの! ………………小鷹が誤解だとしか思わないなんて」
星奈はぷくっと頬を膨らませた。
「あたしは、小鷹が一生女の子に縁のなさそうなヤンキー顔をしているから、お情けで一緒に喫茶店に行ってあげても良いって言っているのよ」
「何だその、上から目線は?」
そりゃあ、小鳩以外の女の子と2人きりで出掛けたことなんて……星奈と行ったプールぐらいしかないけどさ。
「とにかく、小鷹はあたしと一緒に喫茶店に行きなさい! そして勝手にあたしとデートしているという事実無根の妄想にでも浸っていれば良いのよ!」
「要するにお前が家族以外と喫茶店に行きたいんだよな」
素直にそう言えっての。
「さあ、早速喫茶店に向かって出発するわよ!」
星奈が俺の手を握った。
「今すぐにかよ? 部活はどうするんだ?」
「部活より喫茶店の方が今のあたしには重要なの!」
星奈は俺の手を握ったまま歩き出す。
「せめてみんなに一言断ってから行ったらどうなんだ?」
部活を無断で休むと夜空がうるさい。アイツ、凄く几帳面だから。
「断りなんか入れたら、アイツら付いてくるとか言い出すに決まってるじゃないの!」
「付いてきたら何かまずいのか?」
「当ったり前でしょうがぁっ!」
星奈は大声で怒鳴った。
「………………そんなことしたらせっかくのデートが台無しになっちゃうじゃないの」
「何か言ったか?」
「別にっ!」
星奈は走るような勢いでグイグイと俺を引っ張っていく。
そして、部室のドアの前に辿り着いた所で木製の扉が独りでに開いた。
「よぉ、肉。私は今日丁度喫茶店に行きたいと思っていた所なんだ」
部室に入って来た夜空はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
結局、喫茶店には俺と星奈と夜空の3人で向かうことになった。
「何で夜空まで着いてくるのよ……」
隣を歩く星奈は前方を1人ズンズンと進む夜空を不満そうな瞳で睨んでいる。
「ま、まあ、2人で行くよりも3人で行った方が楽しいんじゃないか?」
「そんな訳がないでしょ!」
星奈の非難の視線が今度は俺に向く。
「星奈と夜空はいつも喧嘩ばかりだからな。喫茶店ぐらいじゃ雰囲気は変わらないか」
「そんなことが問題じゃないのよ!」
星奈はさっきから怒りっ放しだ。
まあ、星奈は喜怒哀楽が激しくて、その移り変わりも早い。喫茶店に行って何か楽しいことがあればすぐに機嫌も直るだろう。
「肉も小鷹ももっとペースを上げて歩け。店に着く前に日が暮れてしまうぞ」
そして不機嫌な星奈を無視して夜空はかなり速いペースで歩き続ける。
ちなみに今から行く店は夜空のお勧めする店だったりする。
俺はこの辺の地理にまだ明るくなく、星奈が理事長と行く喫茶店は高校生だけで入るにはちょっと気が重くなるような雰囲気と値段を誇っている。俺の財政事情じゃコーヒー1杯に2500円なんてとても払えないっての。
そんな訳で夜空に案内してもらうことになった。
夜空は1人で、アイツの表現に沿っていえばエア友達のトモちゃんと2人でこの街の喫茶店をよく練り歩いているらしい。
カラオケの時もそうだったが、夜空は普通の女子高生と同じことをしたいという願望が星奈よりも実は強い。で、それを1人で実行してしまうのだ。まあ、カラオケに1人で通い続けるのに比べたら喫茶店を1人で回るのは奇異な行為でも何でもないのだが。
しかし夜空も1人で踏み出す行動力を持つよりも、友達を作る方に力を注げば良いのに。どうしてこう隣人部の構成員たちはみんな残念な方向にだけ力を発揮するのかね?
「よし、着いたぞ」
バスと徒歩で移動して30分ほどの所にその店『エンジェルモート』はあった。
視界に映るだけでも3つの学校が見える立地に、白を基調とした明るい感じの椅子とテーブルがセッティングされた若者向けの喫茶店。窓ガラス越しにお客の大半が女子中学生、高校生であることが見て取れる。
「へぇ~これが庶民の集う喫茶店なのね」
星奈が瞳を輝かせながら珍しそうにガラスの中を覗いている。おもちゃ屋に来た子供みたいだ。もう気分が直っているのが星奈らしい。
「ここは周辺に2つの女子校と1つの共学校が立地する、喫茶店にとっては若い顧客層を容易に見込める絶好のスポットだ。だが、それが故に同業者による競争は激しく、洗練された店しか生き残ることはできないのだ」
夜空がドヤ顔で解説を入れてくれた。
「へぇ~。でも、そういう立地だったら学校からもっと近くの駅前とかもそうだよな?」
あの辺にも綺麗な喫茶店は結構あったような気がする。
「あの辺りは、ダメだ。聖クロニカ学園の生徒が、出入り、しているから……」
言い難そうに言葉を詰まらせ俯く夜空。
「まあ、同じ学校の生徒がいる所は入り難かったりするよな……」
夜空はトモちゃんと一緒に2人で喫茶店に来ているという設定だ。だから傍目には独り言女王に見えるに違いない。そりゃあ、同じ学校の生徒がいる店には入れんよな。
カラオケは個室に入ってしまえばプライバシーは保たれる。その辺は喫茶店とカラオケの大きな違いかもしれない。
「まあ、何はともあれ早く入りましょうよ♪」
楽しそうな星奈が店に入ろうとするのを手を掴んで止める。
「待て」
「ふぇ?」
不思議そうな顔で振り返る星奈。一方で夜空は何故か不機嫌そうな表情で俺を睨んでいる。だが俺は店に入る前にどうしても2人に注意しておかなければならなかった。
「頼むから前のカラオケみたいに1人ずつ座ってテーブル3つ占拠とかはしないでくれよ」
夏の苦い思い出が蘇る。
夏休み初日、部活動でカラオケにやって来たコイツらは、料金システムに不満を抱いて1人ずつ部屋を借りるという清々しい暴挙をやってくれた前科がある。
「フッ。バカだな、小鷹は。喫茶店は元々場所代を要求しないのだから別々に座ることに得はない」
「やぁ~ね~、小鷹は。人間は学習する生き物なのよ。同じミスを二度繰り返したりしないわよ」
何でコイツらはこういう時だけ息ピッタリに俺の不安を否定するんだ? そして馬鹿にする?
「まあ、普通に振舞ってくれるのなら全然良いんだけどよ」
一抹の不安は拭えない。けれど、俺にはコイツらの言動を統制できない以上、2人を信じるしかない。
若干の緊張感を覚えながら、人生初の家族以外との喫茶店という、リア充に向けた貴重な一歩を俺は踏み出したのだった。
店内に足を踏み入れる。外から見るよりも更に明るい店内。女学生たちの話し声と笑い声が空間を満たしている。下手な音楽よりもよっぽどポップな雰囲気を作っている。
逆に言うと、俺だけだったら絶対に入れないぞ、この女の園は。
「いらっしゃいませ、何名さまでしょうか?」
メイドを意識させるアキバチックで露出も多い制服を着たお姉さんが俺たちに人数を尋ねた。緊張の瞬間。
さあ、夜空は、星奈は何と答える?
『2人とヤンキー1匹と肉1斤だ』
『トモちゃんは人間扱いで俺と星奈は動物以下の扱いかよ!』
『はぁ~? 見てわからないの? 3人よ3人。このあたしが庶民の店に来てやったのだから感謝しなさいよ』
『何でそんなに偉そうなんだよ!』
やばい。嫌な答えしか浮かんで来ない……。
「3人だ」
「あたしたちは未成年だからタバコ吸わないわよ」
……普通に答えられるんじゃないか。心配して損した。
そうだよな。コイツらだって他の惑星から来た訳じゃないんだ。できるに決まっている。
「それではご案内致します」
ウェイトレスに続いて席へと案内される。
途中、客の女の子たちから好奇な視線が俺へと注がれているのを感じた。
ヤンキーみたいなこの髪の色と怖そうな面が悪いのか。それとも男1人に女2人というシチュエーションに何かを感じているのか。どちらにしても面倒臭い視線だった。
軽く目を閉じて、女の子たちの視線を遮断する。席に座って星奈たちとの会話が始まれば気にならなくなると心に念じながら。
「こちらのお席になります」
窓側の4人掛けテーブルを案内される。太陽光も入り込んで良い感じだ。何ていうか、明るい気分になれる。
「じゃあ、座って注文しようぜ」
だが俺が席に着こうとした瞬間、最初の事件は起きた。
「待て、小鷹」
適当に椅子を引いて座ろうとした俺に待ったを掛けたのは夜空だった。
「何だ?」
俺、何かまずいことをしているのか?
「どこに座るつもりだ?」
「どこにって、ここにだけど?」
俺は目の前にあった椅子に座ろうと思っただけだ。
「質問を言い直そう。小鷹、お前はどのような配置に私たちを座らせるつもりだ?」
「特に考えていた訳じゃないけれど……元々星奈がガールズトークを楽しむ為に来たんだから、星奈と夜空が話し易い位置にいるのが良いんじゃないのか?」
図にしてみるとこうなる。
夜 夜 鷹
テーブル 又は テーブル
星 鷹 星
「「却下!」」
だが、俺の提案は2人の息ピッタリな声によって拒否されてしまった。
「何でだよ?」
「夜空なんかと向かい合っていたら不快指数が溜まり過ぎて死んじゃうわよ!」
星奈は唾でも吐き出すんじゃないかと思うぐらいに嫌そうな顔をした。
「肉の顔なんかずっと見ていたら、ここで何を食べてもきっと吐き出してしまうぞ!」
夜空の言葉に周囲の客がビクッと体を震わす。夜空よ、ここは飲食店なんだから吐くとか言うなよな。
ほんとこの2人、何でこんなに仲が悪いんだか?
「じゃあ、どういう配置ならお前らは満足するんだ?」
どうせロクな答えは返って来ないだろうなと予想しつつ聞いてみる。
そして実際ロクでもない答えしか返って来なかった。
「あたしはね、こういう配置が良いの」
星奈が出した答え。
夜 荷星
テーブル
荷鷹
「わざわざ荷物で仕切り作って夜空を排除するな!」
何でコイツらは、こう、協調性がないんだ?
「偶然だな。私の考えも肉とかなり近いぞ」
星
店の壁
夜
テーブル
鷹
「店の中にさえ入れないつもりなのかよ!」
コイツらの考えを聞いていると頭が痛くなる。2人に友達がいないのは絶対、コイツら自身の人間性の為だ。
星奈たちに限って言えば、友達がいないことに対してリア充たちには何の罪もない。
「わかったよ。じゃあこうすれば良いだろ?」
コイツらに任せると本当にロクでもない案しか出しそうにないので俺が改善案を提示する。
夜 星
テーブル 又は テーブル
星 鷹 夜 鷹
これなら文句は出ないだろう。俺が緩衝地帯となることで夜空と星奈の激突を避け、かつ同じ空間にいられる配置だ。
「待て!」
「待って!」
だが2人はそれでも俺に待ったを掛けて来た。一体、何が不満なんだ?
「この場合、正面に座るとの隣に座るのと、どちらがより小鷹と親密だと周囲に認識されてしまうのだ?」
「そうよね。小鷹の恋人と勘違いされてしまうのがどちらなのかハッキリさせる必要があるわよね」
「何だそりゃ?」
星奈と夜空は今にも殺し合いを始めるんじゃないかと思うくらいに凶悪に睨み合っている。
また始まったのかと思う反面、2人の話には考えさせられるものもある。
横に座るのと正面に座るの、どちらがより親しい仲になるのだろう?
カップルの場合、2人きりで来た場合には4人掛けテーブルでも向かい合って座っている。でも、4人で来た場合にはカップルは横に並んで座っているのを見たりもする。この違いはどこから来る? 人が増える度に位置関係が変わるのか?
まして俺たちは恋人関係にはない。その場合はどう座れば良いんだ?
わからねえ。リア充たちのマナーがよくわからない。リア充って本当に俺には謎の文化を築き上げている。
「肉、お前は小鷹のことなど何とも思っていないのだろう? なら、偶には慈悲をくれてやる。聖母の様に優しいこの私が恋人と勘違いされる最悪な役割を引き受けてやろう」
「ふっざけんじゃないわよ! 誰がアンタの施しなんか受けるもんですか! 小鷹と恋人だって勘違いされる屈辱はあたしが引き受けてやるっての!」
2人とも俺と恋人関係だと誤解されるのがよほど嫌らしい。性格はともかく顔だけは美少女2人とお茶に来てちょっと浮かれていたが、冷や水を頭から掛けられた気分だ。
だが、事ここに至っては、更なる改善案を出さない限りこの争いは止まらないに違いない。店の迷惑にもなるし何より俺が恥ずかしい。
「という訳で我々は事態の打開案を考えてみた」
「珍しく夜空と意見が一致したわ」
「2人の意見が一致するとは……何か嫌な予感がするがまあ教えてくれ」
以前、カラオケで1人ずつ部屋を準備させるという迷惑千万な方法が2人の間で合意に至ったことがある。今回はあの時のようにならないで欲しいと切に願う。
「私と肉が争わずに済む最善の配置だと思ってくれ」
そう言って夜空が提案した配置。それは──
夜
テー鷹ル
星
「俺をテーブルの上に座らせて辱めるなぁあああああぁっ!」
コイツらの合意は他人様に迷惑を掛けることでしか成り立たないらしい。
夜 星
テーブル
鷹
結局、椅子を1つ取っ払って、俺が夜空と星奈の対面中間に座ることで妥協が図られた。
ここまで長い時間と多大な忍耐力を要した。
何で椅子の配置だけでこんなに疲れるんだ?
「ご注文は何に致しましょうか?」
あれだけの騒ぎを起こしたのにウェイトレスさんは何事もなかったかのように注文を尋ねて来た。
客人商売って本当に大変なんだな。そう思った。
「って、考え事なんかしてないで注文決めないとな」
メニューをジッと見る。
女の子向けの店だからだろうか。やたらと紅茶とフルーツジュース、そしてケーキやデザートの類が大量に羅列されている。代わりに男が好みそうなカロリーと脂分高そうな料理類は少ない。
甘いものはそんなに好きでもないし、さて、どうしたものか?
「えっとあたしはね、ストロベリーフレッシュジュースと、ホットケーキ」
先頭切って注文を告げたのは星奈だった。
「ここ、紅茶のメニューが結構充実しているぞ。ホットケーキ頼むんだったら、お茶系統を頼んだ方が甘さのバランス的に合うんじゃないか?」
「うちのより美味しくない紅茶飲んでも仕方ないじゃない。果物はそんなに外れないし」
お金持ちのお嬢様はさすがに言うことが違う。紅茶の種類の問題ではなく、淹れ方に違いを見て取っている。
まあ、ここも喫茶店なだけはあって、ある程度のお茶の淹れ方は心得ているとは思う。だが、超一流の味を知るお嬢様は飲む前から判定を下してしまったと。
怖いな、ブルジョワ。
「夜空は何にするんだ?」
「フム。まだ決めかねている。小鷹こそ何を頼むつもりなんだ?」
言われてメニューをもう1度覗き込む。
「じゃあ俺はこの和抹茶セットにしようかな」
抹茶と煎餅、みたらし団子のセット。これなら甘過ぎるということはないだろう。
「では私も小鷹と同じものを頼むとしよう」
「なぁっ!?」
夜空の注文に対して大声を上げたのは星奈だった。
「どうしたんだ、星奈?」
「よ、よ、夜空が小鷹と同じものを注文するなんて……」
星奈は体をビクビク震わせている。
「どうした、肉よ? 私と小鷹は同じ注文をした仲間。和の志を同じにする謂わば同志。肉は1人で西洋かぶれして一生孤独に生きるが良いさ」
ああ、そういうことね。
星奈は独りぼっちにされたみたいで気分が悪くなったと。
「取り消し取り消し~~っ! あたしと小鷹の注文、取り消し~~っ!」
星奈が大きく首を横に振る。
「あのな、俺の注文まで取り消すのかよ」
「うっさいわねっ! あたしはこのカップルセットを注文するの! 小鷹はあたしと同じものを食べるんだから良いでしょ!」
「あのなあ……」
星奈のヤツ、自分が何を言っているのかわかっているのか?
幾ら夜空に対抗する為とはいえ、恋人同士が頼むメニューを俺と注文するなんて。
うわ、考えていたら凄く恥ずかしくなって来た。とんだとばっちりだぞ、これは。
「肉が小鷹とカップルセットだとぉ~~っ!?」
今度は夜空が大声を上げた。
確かに星奈が注文を変えたことによって今度は夜空の方がぼっちになった。
うん、それが嫌に違いない(断定)。
「夜空もさっきみたいに小鷹と同じにしてカップルセットを頼めば良いじゃない。小鷹はあたしと食べるから、アンタは1人で2人分食べれば良いのよ。満腹豚になれるわよ」
自信満々に語る星奈。
独りぼっちの窮地から一転。逆転勝利を掴んだって顔をしている。
「己ぇ~っ! 肉の分際で小賢しい真似を~~っ!」
対して夜空は怒り心頭な顔で星奈を見ている。
どうしてコイツらは喫茶店でメニューを選択するだけでこんなにも激しい喧嘩ができるんだ?
変な才能に富み過ぎだと思うぞ。
漫才番組なら重宝されるかもしれないが、実生活では最悪な才能にな。
「ご注文は如何なさいましょうか?」
ウェイトレスのお姉さんがニッコリと微笑みながら再度俺に尋ねて来た。
一点の曇りもない笑顔を見せてくれているからこそ逆にわかる。この人は相当頭に来ている。そして俺に問うているのだ。
“注文はお前が責任持って決めろ”と。
そんな愛情篭った笑顔を見せられたら俺も答えない訳にはいかない。
「え~と、このウルトラジャンボパフェを1つと、ストロベリーフレッシュジュース、抹茶、コーヒーを1つずつお願いします。コーヒーはブラックで」
3人でも食べ切れなさそうなメニューを注文するしかなかった。そして、ぼっちが出ないように飲み物もみんな違うのにするしかなかった。
「ご注文を繰り返します……」
ほんと、客商売って大変だよなあとテーブルに突っ伏しながら考えた。
家族以外と来る喫茶店は本当に苦難の連続だ。
リア充たちはよくこんな胃酸が込上げて来そうな緊張の連続に耐えられるものだと思う。
しかし苦難の果てに俺たちはようやく当初の目的であったガールズトークの実施にまで辿り着いた。俺はガールじゃないが、とにかく喫茶店での会話が楽しめればそれで良い。
もう、高望みはしない。
「「……………っ」」
だが、星奈と夜空は届いたバケツサイズのパフェを黙々と口に運ぶだけで一言も喋らない。
トークが目的でここに来た筈なのに全然意味がねぇ~。
とはいえ、こうなる予感はあった。だからここは俺から声を掛けるべきなのだろう。
「なあ、美味いか?」
訊いた瞬間、2人の鋭い視線が俺に飛んで来た。
「可もなく不可もなくよ」
「普通だ」
そう答えたきり、2人はまた黙々とパフェを口に運び続ける。
会話のキャッチボールが全く成り立たない見事な連携。本当、仲が良いのか悪いのか。
この2人を会話に引き込むのに並の話題では無理だろう。
しかし友達経験値が少ない俺には会話のノウハウも、話題の引き出しも少ない。
「この2人とは何をどう話せば良いんだ?」
過去の経験を元に考えてみる。
俺が今までの人生で一番多くの会話を交わしてきた相手は言うまでもなく妹の小鳩だ。
小鳩との会話は簡単だ。アニメの話を振ってやれば小鳩の方が勝手に喋り出す。で、後は適当に相槌を打っていればコミュニケーションは円滑に進む。
でも、でもだ。
夜空や星奈相手にアニメの話を持ち出すのはどうだろうか?
夜空は読書好きでライトノベルも守備範囲にある。
星奈はゲーム好きでギャルゲーのみならずエロゲーにも手を染めている。
その意味では免疫がありそうなので、アニメの話題を持ち出してもセーフかもしれない。
けど、けどだ。
女の子ばかりが集まっている喫茶店で、男の俺がいきなりアニメの話題を持ち出すのはどう考えてもヤバい。俺が女だったら絶対に引く。
じゃあ、何の話を振れば良い?
どうすれば円満な雰囲気の中でトークが出来るんだ?
「あー、何だ、2人とも。学校は楽しいか?」
……つい、家庭で必死に娘とコミュニケーションを取ろうとする父親みたいな話の振り方をしてしまった。
「成績は学年トップですこぶる快調よ。友達はいなくてつまらないけれど」
星奈はプイッと横を向いてしまった。
「取り立てて報告するような問題は起きていない。友達はいなくてつまらないがな」
夜空も星奈のようにそっぽを向いてしまった。
学校生活を話題にするのは間違っていたようだ。
学業以外でとなると……例えば部活のことか? いや、これもどう考えても地雷だろう。部活が上手くいっているなら、こんな険悪な雰囲気を2人が放つ訳がない。
となると、プライベートに関することか? だが、俺は2人の私生活についてよく知らなかったりする。2人の趣味ぐらいはわかるが、読書もゲームもあまり俺の趣味ではない。3人でやったモンハンもロマンシング佐賀も痛過ぎる思い出となってしまったし。
さて、どうする? 何を喋れば良い?
リア充ってのは毎日毎日こんな頭を悩ませる体験をしているってのかよ。怖ぇ。そしてすげぇぜリア充。
「え~と、2人は将来、何をしたいんだ?」
今度は進路指導の先生のような質問をしてしまった。ほんと、リア充度が低いな、俺。
「あたしたちに向かってそれを訊くんだ」
「良い度胸だな、小鷹」
またまた強烈な視線が俺を襲う。
「では、私たちから問い直そう。小鷹よ、貴様はどうなのだ?」
進路指導の先生に問われるよりも強烈なプレッシャーが襲う。
「えっと俺は……出来れば、あまり転勤がない企業のサラリーマンになれたらそれで良いかな? ほらっ、俺って小さい時から引越しの連続だったからさ一つの所にいたいんだ」
1年毎に環境が変わるのはさすがに疲れた。それにもし結婚して子供が出来たら、その子には俺と同じような体験はあまりして欲しくない。
俺と小鳩が人間付き合いが下手な理由の一つには、何度も何度も人間関係をリセットしてその都度ゼロから始めないといけなかった辛さを何度も味わったこともあると思う。小鳩がアニメに深くのめり込んだ理由の一端もそこにあるんじゃないかと思う。
「小鷹は収入よりも安心と安定を重視するのね!」
「小鷹は社会的なステータスよりも家族とのんびり一緒に過ごしたい派なのだな!」
2人が身を乗り出して確かめて来る。
「言われてみるとそうなんだな、俺って」
他人に喋ることで初めてわかることも多い。なるほど、会話って重要だ。
「じゃあ、次よ。小鷹は奥さんにはどうして欲しいの?」
「奥さんには働いて欲しいのか? ずっと家に居て欲しいのか?」
2人の顔が、後数cmでキス出来てしまいそうな程に迫っている。
何で2人はこんなに俺の人生プランを真剣に尋ねて来るんだ? まるでわからない。
だが、返答しないことには2人が怖い。視線だけで殺されてしまいそうだ。
「そうだな。結婚なんてまだピンと来ないけれど、奥さんとは出来るだけ長い間一緒にいられると良いなあ。家にいる時はずっと奥さんの顔を見ていられたらきっと幸せだと思う」
先ほどと同じような脈絡から答えが出た。
幼い時に母さんと死に別れ、父さんも忙しくて俺たち兄妹はずっと寂しい想いをして来た。もう慣れたけれど、それでも物足りないのも事実。だから俺自身が築く家庭では俺も奥さんも子供も寂しい想いをしないで欲しい。切にそう願う。
「小鷹は奥さんを家庭に縛り付けたいのね! 女性の自己実現を認めないのね!」
「小鷹は女を飯炊き道具と思っているのだな! この封建制家父長制の申し子め!」
2人が目を剥いて怒っている。それを見てさすがに焦る。
「いや、別に俺は自分の願望を相手に一方的に押し付けるつもりはなくてだな」
やっぱり俺の考え方は女性が働くのが一般的な今の時代には受け入れられないのか?
「「だが、それが良い」」
「良いのかよ!?」
2人の言いたいことがよくわからない。
「ま~、あたしは柏崎グループの社長夫人として旦那さんの帰りを家で待つのが仕事になるんだろうから、小鷹の女を家に縛り付けたいっていう妄執も別に目くじら立てて怒るつもりはないわ。あたしは寛大だから」
「ほ~、それは偶然だな。実は私は家事が得意過ぎて得意過ぎて、私の才能をフルに活かせる場所が家庭しかないということに気付いてな。小鷹の女性をバカにした愚妄も目を瞑ってやらないでもない。私は寛大だからな」
「お前ら、本当はすっごく仲が良いだろ?」
2人の見事な連携で俺は貶められている気がする。
「でも、家事だったら俺も得意だからなあ。人付き合いも下手だし、会社でも上手くやっていけるかわからない。だったら俺は家で主夫をして、奥さんに外で働いてもらうってのもありかな? あっはっはっは」
ヒモ宣言をして笑いを取ってみる。みんなで笑えばこの雰囲気も変わる筈。
「考えてみればパパの娘はあたしなんだし、あたしが社長に就任してバリバリ働いて、家に帰ったら専業主夫の旦那さんに癒されるってのもありよね。あたしは寛大だからヒモ宣言をするダメ小鷹も許してあげるわ」
「更なる高みを目指す為に社会に出て働くのも悪くない。だが、全力で戦えば家での休息は必須。そんな際には専業主夫の夫が必要かもしれない。私は寛大だからヒモ宣言をするダメ小鷹も許してやろう」
「へいへい。ダメな俺を許して頂いてありがとうございます」
何を尋ねても俺には貶められる結果しか来ないのだろうか?
きっとそうなのだろうな。
「……どうして一番肝心な部分が伝わらないのよ。この鈍感!」
「……何故私がここまで積極的にアプローチを仕掛けているのに気付かないのだ」
そして2人は小さな声で何かをブツブツと呟きながら何故か俯いて落ち込んでいた。
星奈と夜空って本当に謎な女の子だと思う。
結局、喫茶店では弾むような会話は展開されなかった。
パフェを黙々と食べて、コーヒーをがぶっと一気に飲み干して終わった。
口を開けばまた俺に爆弾が降り注がれるんじゃないかと警戒して何も言えなかった。いや、それ以前に俺はさっきの将来の一件で消耗し過ぎてもう喋る気力がなかった。
パフェと一緒に飲んだ筈なのに今日のコーヒーはやたら苦く感じた。
「またお越しくださいませ」
多分内心では二度と来るなと思っているに違いないウエイトレスさんに手を振られながら外に出る。
「喫茶店がこんなに疲れるものだったとはな」
「ほんと。憩いの筈の場所で疲れが溜まったわ」
前方を歩く2人はフラフラしている。消耗の極地にいるって感じだ。
友達が少ない俺たちは団体で行動するほどに無駄な摩擦を引き起こしてしまう。独りの時や、星奈や夜空と2人きりの時はこんなことにはならないんだがなぁ。
いや、集団行動ができないからこそ俺たちは友達が少ないのか。
とにかく、俺が言えるのは唯一つ。
「リア充度を高めてからもう1度再チャレンジしようぜ」
今回の経験を次回に活かそうということだけ。
「フッ。今回これだけの消耗を強いられたと言うのに、また来ようとはな」
「小鷹も本当に物好きね」
2人は振り返って俺に向かって微笑みかけた。
「だってさ、リア充ってのは、文字通りリアルが充実していないといけないんだろ? だったら、俺たちも単に喫茶店を体験するんじゃなくて、楽しめるようにならないとな」
そう。俺たちは単にリア充の真似事がしたいんじゃない。リア充の仲間入りがしたいんだ。だから、1度上手くいかなかったぐらいで凹んでなんかいられない。
「そうね。小鷹の言う通りだわ」
星奈が首を振って頷いてくれた。
「私たちはリア充度を上げる必要がある。その為にも小鷹、また一緒に喫茶店に来ようではないか。私と2人きりで!」
「何で夜空と小鷹が2人きりで喫茶店に行くのよ! 小鷹と2人きりで喫茶店に来るのはあたしなんだからね!」
「また、始まったよ……」
せっかく良い雰囲気になり掛けたと思ったらすぐにまた喧嘩が始まってしまった。
隣人部の面々がリア充喫茶店体験を楽しめるのはまだ当分先かもしれない。
輝き始めた星を見ながらそんなことを思う俺なのだった。
了
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pixivより転載
はがない 非リア充たちの喫茶店話
僕は友達が少ない
http://www.tinami.com/view/336533 肉はロリ分が少ない 起
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