*注意*
この物語は桃香の拠点回となっています。
紫苑さん以外と一刀くんがいちゃつくのが嫌という方、また本編をさっさと進めろと思っている方にとっては不快な思いをするかもしれませんので、そういう方は進まずに「戻る」を押して下さい。
一刀視点
「さて、今日の政務は……と」
午前中、今日もいつもと変わらぬ政務だ。江陵に滞在している以上は、俺も皆のサポートをしなくてはいけない。ここを美羽と小蓮ちゃんに完璧に託すようになるまでは、俺でも出来る小さな仕事もやっておかなくてはいけないだろう。
「はぁっ! やぁっ!」
自室へ戻るべく渡り廊下を歩いていると、中庭の方から気合の入った声が聞こえてきた。中庭で鍛錬をすることなんて、将たちにとっては別に当たり前のことなのだから、別におかしなことでもなんでもないのだけれど、その声の持ち主は別だ。
邪魔にならないように、そっと物陰からその様子を窺ってみると、やはり思った通り、鍛錬をしていたのは桃香だった。普段ののほほんとした表情ではなく、今はきりっとした凛々しいものを浮かべ、一心に剣を振るっている。
ここ最近は段々と肌寒くなっている。しかし、桃香の額にはびっしりと汗が浮かんでいた。もう随分と長い間そうして剣を振るい続けていることが、容易に想像できてしまう。ふむ、桃香にしては珍しいな。
いや、正確に言えば桃香が一人で鍛錬していることが珍しいのだ。普段であれば、愛紗や鈴々辺りが側にいて、手解きをしたりしているのだが、辺りを見回してみても、桃香以外の人影は見当たらなかった。
桃香には残念ながら武の才能はあまりない――と言っても、肉体的能力は俺とさほど変わらない。一応、俺も幼い頃から剣術を習っているし、そのおかげで目だけは良いから、桃香に負けることはないけど。
まぁ最近の桃香の努力ぶりには目を瞠るものがある。これも王としての覚悟を定めたからだろう。俺と同様に、秀でた才能を持っているわけではない――俺とは違って、桃香には他人を惹きつける才能はあるけれど、それでも、自分で何か出来ることはないか、少しでも皆の役に立てないかと頑張る姿には微笑ましく思う。
桃香の邪魔をしてはいけないし、放っておいてあげよう。あれだけ集中しているんだから、俺が声を駆けたりしたら申し訳ないからな――と、そっとそこから離れて、俺は自室で政務に勤しむことにした。
「……うーん」
それから数時間後、政務も一段落して俺は伸びをしながら、少し休憩をすることにした。時間的にも丁度昼時だったから、誰か誘って城下で昼食をとるのも悪くない。ふむ、今日は誰を誘おうかな。
部屋から出た俺の目に映ったのは、未だに剣を振るい続けている桃香の姿だった。あれから随分と時間が経っているのに、まだ鍛錬しているのか。さすがにやる過ぎは身体に悪いだろう。桃香だって午後にも自分の政務が残っているはずだ。
「桃香、ずっと鍛錬しているけど、大丈夫なのか?」
「あ、御主人様。うん、大丈夫だよ。少し疲れたけど」
心配になった俺は桃香に声をかけた。俺が近づいたのも分からなかったのか、声をかけると身体をビクンとさせて驚いたが、心配はいらないと笑顔を浮かべている。だけど、その笑顔もどこかぎこちなく思えるし、相当疲れているのだろうか、肩で息をしている。
「一体いつからやってるんだ?」
「うーんと、朝からかな……。あっ! もうこんな経ってるっ!」
既に中天に差しかかった時刻になったことすら分からなかったようだ。それだけ集中して鍛錬をするのも悪くはないけど、この様子じゃ大して休憩もとっていないのだろう。やや冷たい風が吹くと、桃香は寒そうに身体を震わせた。
「うわ、身体がもうこんなに冷たいじゃないかっ! ずっと汗を拭いてなかったな」
桃香の身体に触れてみると、驚くくらいに冷たかった。今日は肌寒いし、風だって多少は吹いている。汗を拭かずに放置してしまえば、すぐに風邪を引いてしまうだろう。桃香はそこまで頑丈に身体は出来ていない。
「ほら、すぐに汗を拭かなくちゃ」
ポケットからハンカチを取り出して、桃香の額や首を伝う汗を甲斐甲斐しく拭っていく。そして、俺が着ていた聖フランチェスカの制服を桃香の身体に羽織らせてあげれば、多少はましになるだろう。
それから食堂で何か温かいスープでも作ってもらおう。念のため身体に良い食材も入れてもらえば大丈夫かな。午後の政務も俺が手伝ってやって、桃香の負担を減らした方が良いかもしれないな。
「もぅ、御主人様ったら大げさだよ。私はこれくらい平気だから」
「馬鹿を言うな。まだ身体も震えているじゃないか。どこがこれの平気だって言うんだ」
「むぅ、これは――」
「鍛錬をすることは良いことだが、自分の身体をきちんと管理出来ないとダメだろ」
「……はぁい」
少しは反省してくれたのか、俯きながら返事をする桃香。俺は桃香の手を引っ張って、食道まで連れて行こうとした。しかし、桃香の足は動くことはなかったのだ。
「桃香?」
「……う、ん。今……行くから――」
「お、おいっ!」
一歩を踏み出そうとした桃香の身体が俄かにぐらついた――と思ったときには、桃香は俺の身体の中に倒れ込んでしまったのだ。
「桃香っ! おいっ!」
ぐったりとうなだれ荒い呼吸を桃香の様子に尋常ならざるものを覚えて、俺はすぐに桃香を医務室へと連れて行ったのだ。
「単なる過労でしょう。一晩しっかり寝れば良くなりますね。それから、今日は寒い中をずっと鍛錬していたそうですし、栄養のあるものを食べさせてあげて下さい」
「すいません。ありがとうございます」
すぐに医者に見せたが、どうやら大事ないようで胸を撫で下ろした。まさか注意した側から倒れるとは思わなかったからな。最初に目撃した段階で、それとなく注意をしておけばよかったのに、俺もそれがまずかったのだろう。
桃香が倒れたなんて聞いたら、話が婉曲して大騒ぎになってしまうかもしれない。そうなったら面倒なので、そのことは内密にしてもらい、一部の将――愛紗や朱里などの身内にだけ報告した。特に今は雪蓮さんたちもいるから、余計な心配をかけるわけにもいかないだろう。
医者に礼を言いながら、自分の部屋の寝台に横たわる桃香の寝顔を見た。今は安らかな表情で眠っているようで、呼吸も安定している。全く心配かけやがって、と彼女の頬を突っつくと、顔を歪めて唸った。
「うにゅ……。御主人様ぁ……、それは鈴々ちゃんの頭だよぅ。食べちゃダメぇ」
「おいおい、どんな夢見てんだよ。あれ、どこかで俺も見たような?」
既に従者にお願いして、俺の部屋に積んであった仕事もこの部屋に運んでもらっている。午前中の内に頑張った甲斐もあり、俺の分はもう少しで終わるだろう。後は桃香の分をやってあげるだけだ。
朱里にこのことを報告したときに、俺には出来ないような類のものはそちらで請け負ってくれると言ってくれた。朱里も俺に気を遣ってくれたのか、半分以上は自分たちでやると申し出てくれた。その厚意には素直に甘えさせてもらった。
しかし、桃香が今日中にやらなくてはいけない政務の量を見て驚いてしまった。これは午前中からやっておかないと、深夜までかかってしまいそうな程のものだった。勿論、桃香もそれは承知のはずなのだけど、それでも桃香は鍛錬をしていたのだ。
自分の仕事の効率くらいは桃香にも分かるはずだ。すなわち、桃香は深夜まで仕事をする覚悟で、鍛錬をしていたということになる。何だって、急にそんなことをし始めたのだろう。そんなことをすれば、無理が祟るに決まっている。
桃香の従者や文官に尋ねたところ、ここ最近ずっと自室で遅くまで政務をしているそうだ。おかげで文官は助かっているようだが、さすがにやり過ぎだと思い、休むように進言も何度もしたらしい。
「んーん、このくらいなんでもないよ。私も頑張らなくちゃいけないもん」
桃香はそう言っていたという。
しかも、俺にはばれないように自分の仕事量も増やしてもらっていたそうだ。確かに、今思えば、俺の仕事も減っている気がしていた。江陵の新体制への移行で、麗羽さんや美羽たちにも仕事が回っているみたいだからと考えていたのだけど、それだけではないみたいだ。
確かに桃香は努力する娘ではある。もう弱音なんか吐いたりしないし、俺がいなかったときも自分で永安を治めていたようだ。愛紗も朱里も彼女のことをもう立派な君主であると誇りにすら思っている。
だけど、自分には出来ないものを無理してやるような娘でもない。誰よりも自分が実力不足であることは知っているのだから、空回りして結局の周りの仲間に迷惑なんかかけたくないって言っていた気がするのだけど。
今回の件に関しては、一つ一つの仕事は彼女に出来ないものではない。俺でも出来るような些細なものだ。だけど、その量が異常なのだ。一人でこんな仕事なんて――朱里や詠じゃないんだから、無謀に決まっている。
そんなことを最近続けて――しかも、この寒い中外でずっと鍛錬していたなんて、身体を壊してしまっても不思議でもなんでもない。人材不足というわけでもないのだから、誰かに任せてしまって問題ないのだ。
何が桃香をそのような行為に走らせていたのかは、実際に目を覚ました桃香に訊かないと分からないけど、俺と桃香は肩を並べて益州を統治すると決めているのだから、こんな事態になる前に相談でもしてもらいたかった。
そんなわけで桃香の看病がてらに彼女の部屋で政務の続きをすることにした。午後は街への視察にでも行こうと思っていたのだけど、それは俺の趣味で公務であるわけではないから、また別の日にでも行こう。
黙々と政務に没頭していると、気が付けば、既に日も暮れようとしていた。そういえば、結局昼食も食べ損なってしまったこともあり、大分お腹も空いている。桃香の分の政務もほとんど終わりそうだったので――桃香もそろそろ目を覚ますかもしれないから、食堂にでも行って食べ物をもらってこよう。
食堂には桃香が倒れたことを知った愛紗が何やら不気味すぎる料理――いや、料理と形容するにもおぞましいものを作っていたのだけど、その辺の話はまた後日語ることにしよう。とりあえず桃香のために簡単な粥を作って、俺は再び部屋に戻ってきた。
部屋に着いてみると、桃香が既に起きあがっていた。ちょうど寝台から身を起こして立ち上がろうとしているようだけど、やはりまだ体調が万全ではないのか、ふらふらと足元が覚束ない。
「こら。ダメだろ、寝てないと」
「御主人様? 私は……?」
外にいたときよりも随分顔色もよくなっていた。昼からずっと寝ていたのだから、疲れもある程度はなくなったのだろう。だけど、自分がどうして寝台に横たわっていたのか憶えていないようで、きょとんとした表情で首を傾げていた。
医者にも今日は安静にしてもらうように言われている以上、桃香には寝てもらわないといけない。とりあえずは食べられそうなら、粥でも食べてもらって、じっくりと桃香の話でも聞くとしよう。
桃香視点
――あれ? どうして、こんなところで寝ているんだろう。確か私は朝からずっと鍛錬をしていて、それを御主人様に注意されたんだ。そのときに、急に身体がだるくなって――あれ、おかしいな。そこから記憶がないや。
どうやら私は自分の寝台に横たわっているようで、窓から外を眺めると、既に日が暮れようとしていた。
――あぁっ! 今日はかなり政務が残っていたから、早くやらないと終わらないよぅ。
お昼くらいまでは鍛錬をして、それから政務に取りかかれば、夜中に終わる予定だったのだけど――もう、こんなところで寝てる暇じゃないのになぁ。うーん、本当に私はどうしてこんなところにいるんだろう。
寝台から身を起こして、机に向かおうとしたけど、頭が何故か重くて上手く立ち上がることが出来ない。立とうとすると、足が震えて立ったままの状態でいることが出来ず、柱に身体を預けていないと無理だった。
「こら。ダメだろ、寝てないと」
「御主人様? 私は……?」
いつの間にか御主人様が私に部屋に入っていた。手には盆が乗っていて、何やら良い匂いがする。御主人様はそれを机の上に乗せると、私の身体を再び寝台の上に横たえようとする。
「あ、でも政務が……」
「それは俺がやってるから気にしないで。桃香は倒れたんだぞ。今日はゆっくり休みな」
「え? 私、倒れたの?」
「憶えてないのか?」
「うん」
それから御主人様があれから何があったのかを説明してくれた。
そうか。私は倒れちゃったんだ。ちょっといつもよりも頑張っていたんだけど、あれだけで倒れちゃうなんて、私はダメだなぁ。こんなんじゃ、いつまで経ったって変わることなんか出来ないや。
「どうしてあんな無茶な真似をしていたんだ? しかも、ずっとこんな調子だって言うじゃないか。政務をするなら俺だって手伝うし、鍛錬も愛紗や鈴々に頼めば、倒れることなんかなかっただろ?」
「……うん」
「何か理由があるのか? もし悩んでいるんだったら、俺でよければ話してくれないか」
無茶な真似――御主人様にとってはそうだろうな。御主人様じゃなくても――きっと愛紗ちゃんや朱里ちゃんも、私がこんなことをしているって聞いたら、止めるだろうし、怒られちゃうよ。
だけど、私にだってそうしなくちゃいけない理由だってあるんだよ? だって、御主人様と私って益州を統べる者なんでしょ? 私は御主人様のように皆を支えられるような立派に人間ならなくちゃいけないんでしょ?
なのに……。なのに私は……。
「いつまでも、ダメなんだもん」
「ダメ? 何がダメなんだ?」
「私はいつになっても御主人様に敵わない。君主として失格だよ」
ずっと御主人様の背中を追っていたのに――諷陵で初めて出会って、私を対等に扱ってくれた。勿論、愛紗ちゃんや鈴々ちゃんは私を慕ってくれたし、朱里ちゃんや星ちゃんは君主として敬ってくれていた。
だけど、誰も私の横にはいなかった。自分でも悪いって分かっているのに、誰も私に指摘してくれなかった。そんなときに、御主人様だけは初めて私を叱ってくれた。あのときの私は間違っているって。あのときの私は王様なんかじゃないって。
だけど、誰よりも私に厳しく接してくれた御主人様は、誰よりも私を優しく包み込んでくれた。あのときの御主人様の姿を、私は今も忘れていない。私が描けなかった理想を、この人とだったら出来るって思った。
それから、私はずっと御主人様を目標に頑張ってきた。愛紗ちゃんみたいに強くなれないけど、朱里ちゃんみたいに賢くなんかなれないけど、それでもいつかは御主人様の横に立てるに相応しくなれるように、ずっと頑張った。
だけどいつまでたっても御主人様の背中に追いつくことが出来なかった――いや、御主人様は一人で先へ行ってしまうような気がした。それを思い知らされたのが、孫尚香さんとの縁談のときに、御主人様が提案した江陵の新体制だった。
「だけど、諦めたくなくて……。私だって努力すれば、御主人様みたいに……なれるって。でも……、こんなことで倒れちゃうなんて……、私……私、自分が情けないよぅ」
涙が溢れてきた。御主人様に勝てないのが悔しくて、自分の才能のなさが悲しくて、そして、こんなことで御主人様の前で泣いてしまう自分が情けなくて、もう何が何だか分からない。心が張り裂けそうなくらい痛いよ。
「それでこんなことをしていたのか……」
御主人様は溜息を吐きながら、私の頭を撫でてくれた。温かくて大きな掌。どうしてかは分からないけど、御主人様からこうやって撫でられると、自然と心が穏やかになってくる。心がポカポカしてくる。
だけど、きっと御主人様も呆れてしまっているんだろうな。こんな私が御主人様と対等の立場で、これからもずっと益州を治めていくんだもん。もしかしたら、孫策さんだって私が君主にいるんじゃ、同盟だって破棄しちゃうかもしれない。
「桃香」
「なに――ふぇっ? いひゃいっ! いひゃいよ、ごひゅひんひゃまっ!」
御主人様が急に私のほっぺたを引っ張った。
「本当にお前は……。どうして俺が怒っているのか、分かるか?」
「わひゃんひゃいよぅっ! ひゃひゃひへよぅっ!」
「はぁ、痛かったな……」
御主人様に引っ張られたほっぺたは未だにジンジンと痛んで、そこを摩りながら、おそるおそる御主人様の顔色を窺った。そりゃ、倒れたりして心配かけたのは悪いけど、何もあんなに強く引っ張らなくてもいいと思うな。
「それで? 俺が怒っている理由は分かったのか?」
「……私が不甲斐ないから――ひゃっ!」
御主人様が無言で手を上げたから、反射的にまた怒られると思って、布団の中に身体を隠してしまった。しばらくしても、何もしてこなかったら、顔を少しだけ布団から出すと、御主人様は呆れたような顔をしていた。
「桃香、どうして俺が君たちを益州に受け入れたか分かるか?」
「そ、それは……」
「俺はあのときに君の力が必要だって心から思ったんだよ。俺とは違って王の器のある桃香だから、最初は周囲には反対する者もいたけど、それを押し通したんだ」
「で、でも――」
「でもじゃない。桃香は自分がどれだけ皆の役に立っているか知らないんだ。別に無理して鍛錬や政務なんてする必要なんかない。ただそこにいるだけで、桃香の周りにいる人は笑顔になる。そんな才能、誰もが持っているものじゃないぞ」
「だけど――」
「だけどじゃない」
御主人様は私に何も言わせてくれなかった。私がまだ御主人様の言うことに納得出来ていないことを察したのか、御主人様は寝台の上に座って、私の目をじっと見つめた。少し恥ずかしくて目を逸らそうとした。
「ほら、ちゃんと目を見て。俺は桃香を必要としている。荊州を制圧出来たのも、南蛮を平定出来たのも、いつも桃香がいたからなんだよ」
「……そんなことないよぅ」
「そんなことある。俺一人だったら、きっとダメだった。横に桃香がいるから、いつだって俺は前に進めたんだ。後ろに桃香が控えているから――何かあれば桃香に救いを求められるから、ずっと俺は好きなように出来たんだ。だから、ずっと俺の側にいてもらいたい」
御主人様はずるいよ。そうやっていつも私を丸めこもうとするんだもん。こんなに優しくされて、そんなことを言われたら、私ももう何も言えなくなっちゃうよ。
「あれ? 桃香、顔赤いな。ちょっと熱測らせて」
「へ?」
御主人様は私の額に自分の額をくっつけた。御主人様の顔が間近になってしまうが、突然のことに私は何も出来なかった。
「ん? どんどん熱くなってるぞ。やっぱり熱が――」
「はわあわ……」
「朱里の真似か、雛里の真似か、どっちかにしろよ」
「もうっ! 大丈夫だよっ!」
思わず御主人様を寝台から押し出してしまった。心臓が早鐘を打ってるし、顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。そんな顔を御主人様に見られたくなくて、すぐに布団の中に潜り込んでしまった。
「……熱いのは熱のせいじゃないよぅ」
「ん? 何か言った?」
「何でもないよっ! 御主人様の馬鹿っ!」
「むぅ。せっかく心配してあげてるのに……。それよりも、もう無茶なことはしないな」
「うん」
「また何か思うことがあったら、俺を頼ってくれよ」
「うん」
「俺はいつだって桃香の側にいて、味方になってやるからな」
「……うん」
今日はきっと御主人様の顔をまともに見ることは出来ないよ。それにそんな風に言われたら私……。
「……御主人様?」
「どうした? もう眠くなったか?」
「私を置いていかない?」
「いくわけないだろ。さっきずっと側にいるって言ったばかりじゃないか」
「……ありがと。後、今日はごめんなさい」
「分かればいいよ」
何でだろう? 御主人様が側にいてくれると、いつもよりも子供みたいになっちゃう。私は愛紗ちゃんや鈴々ちゃんのお義姉ちゃんだから、義姉さんぽくしないといけないのに、御主人様といると、何故か甘えちゃう。
御主人様が温かいからかなぁ。いつだってニコニコ笑って、それを見ているだけで私まで嬉しくないのに、微笑んじゃうんだもん。でも――でも、きっとそれだけじゃない。
「お休み、桃香。まだここにいるから、何かあったら言ってくれよ」
「御主人様?」
「どうした?」
「……私が眠るまで、手握ってて」
「手を? 別にいいけど」
私が布団から手を伸ばすと、御主人様はそっとそれを握りしめてくれた。御主人様の体温が伝わって、布団の中まで温かくなりそうな気がした。痛かった心もそれで癒える気がした。御主人様が側にいてくれるだけで、私はあとほんのちょっとだけ強くなれそうな気がした。
あとがき
第七十五話の投稿です。
言い訳のコーナーです。
だから言ったでしょう。作者はイチャラブを書くのが苦手だって。
さて、リクエストにあったので、桃香の拠点を書いてみました。
考えてもみたら、これまでの話で桃香を中心に書くことがあまりなかったので、本作品における桃香のキャラクターを、作者自身が把握しておらず、唯一書けそうな桃香の挫折に焦点を置いて書いてみました。
桃香を中心に書いたのって、劉備邂逅編くらいで、その後は麗羽様の活躍だったり、幼女の暴走だったりで、随分と久しぶりだったのでいろいろと苦労しました。
作者の中では、桃香は最終章で出番を与えるつもりで、少なくとも拠点はあまり書く気がしてい
なかったのですが、読者の方から桃香のヒロイン入りの声があったので、勢いで書いてみました。
ちなみに一番多かったのが雪蓮で、次が愛紗と桃香(同数)でした。わざわざショートメールで送ってくれた方もいらっしゃったので、まずは手始めに桃香から書きました。
さてさて、桃香と言えば、本作品では一刀くんの影響を受けて王としての覚悟を定めたことは以前から書いていますが、やはり一刀くんの存在は大きく、心が挫けそうになってしまいます。
それでも無茶なことをしてしまうくらい、諦めたくないという強い気持ちを抱きますが、それが今回は逆効果になってしまったようですね。
病気の桃香を看病する話が原作にもあったので、今話もそんな感じで、過労で倒れてしまった桃香を、一刀くんが優しく看病し、彼女の心を勇気づけてあげます。
なるべく今まで書いた話と被らないように心がけているのですが、やはり作者のように文才がないものだと、どうしても似通ってしまいます。なので、そこら辺は寛容な心持で見て頂ければと思います。
さてさてさて、今回で桃香のフラグが立ちました。次回は愛紗のフラグを建てて、その次の話で両方とも一気に結ばせてしまおうと思います。桃香と愛紗は二人ペアの方が書けそうな気がするので。
その後はリクエストにあった雪蓮とのフラグを建てて、詠と月は以前拠点を書いていますので、それでフラグが建ったことにして、いきなり結ばせようかなと。ちなみにこの二人が作者にとってはもっとも難産でしょう。ツンデレは苦手です。
それから麗羽様と翠の話もあるので、どうやらこれから拠点ばかり書くことになりそうです。これ以上、ヒロインを増やすことはありませんので、紫苑さんと焔耶を含めた九名ヒロインになりそうです。意外に増えてしまいました。
作者としては大して面白みのないイチャラブなんて書いていて良いのだろうかと不安不安で仕方ないのですが、読者の皆様の要望には出来る限り応えたいと思っているので、書くことにします。
従って、残念ですが、年内に終わらせる計画は破綻せざるを得ないでしょう。宣言通りに出来ず、自分が不甲斐ないです。次回作はもうしばらくお待ちください。
では、今回はこの辺で筆を置かせて頂きます。
相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。
誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。
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第七十五話の投稿です。
漢中王・桃香。かつて天の御遣いに自分の理想を徹底的に否定され、新たに王となる覚悟を定めた彼女ではあるのだが、最近少し様子がおかしいようだ。そんな彼女を見て一刀は何を想うのか……。
だから言いました。作者は拠点が苦手であると。注意書きを良く読んで先へお進みください、それではどうぞ。
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