ヴァリアーという存在について、スクアーロは疑問に思った事は無かった。
剣の道を追い求めるあまりに剣帝を倒しただけの話で、最初からヴァリアーになる気も無く、流れ流れで今に至る。ヴァリアーにいれば、そりゃあ剣に通じた強い奴にも会えたし、嫌だとも思ったりしなかったのだ。
……そんなスクアーロに、転機が訪れたのは今日の事である。
ヴァリアーを解散させる、と提案したのはやはり綱吉だった。彼の事だから、深く考える必要も無いだろう。九代目もそれは考えていた事らしく、誰も反対する者はいない……かに見えた。
「……イヤだね。」
意外にも、そう言ったのはベルフェゴールだった。
最終的な決定を告げる為、ヴァリアーのメンバーに会いに来た綱吉に、ベルは正面から向かう。ヴァリアーに自ら入隊し、ボンゴレ一我が儘な彼。確か今年で二十七歳になったらしいが、性格は変わらずだ。
「……悪いけど、決定事項だから……申し訳ないけど。」
「知らねーよそんなの。勝手に決めんな。」
綱吉の前に立ち、メンチを切るように殺気を作る。ボンゴレの元で、ボンゴレの為にと、"許された"殺しがもう出来なくなってしまう。それは彼にとって死活問題なのだ。趣味が出来なくなる……。
「決定です。」
「……確か、ボンゴレの約束で無かったっけ?何か決める時は、誰か一人でも反対したら成立出来ないって。そこんとこどうよ?」
「……。」
黙ってしまった綱吉に、ベルはいつものようにししし、と笑う。綱吉が作ったボンゴレは究極の民主主義である。性格のせいで作られたそれは、平和を求め、争いを嫌う。だから何かを決める時は、お互い妥協し合い、納得出来るようにしなければならない。自ら作った約束に、綱吉はこの時ばかりは呪った。
「……スクアーロはどう思う?」
「あ゙ぁ?」
ヴァリアーのボスが座る、中心の椅子でぼんやり二人を眺めていたスクアーロは、急に振られて目を見開く。正直、どっちでもよかった。
剣を極めたに近い今、強い剣豪はこっちから出向かなくても来るようになったので、ヴァリアーの名を使って躍起になる必要も無くなったのである。山本もたまに来るし。そんな理由から、スクアーロは鈍い反応しか出来なかった。
「そーだ!スクアーロが決めろよ!ボスだし!」
「……何言ってんだお前。」
「そうだね。そうしようか。……期限は三日あげるよ。スクアーロの答えを、ヴァリアーの答えって事にする。」
それだけ言うと、綱吉は部屋から出ていった。残されたヴァリアーのメンバーは、スクアーロに注目する。
「で、どうするの?」
「……っていわれてもなぁ。」
ルッスーリアに近距離で問い詰められたが、答えようがない。どちらでもいいなんて、思ってはいてもボスとしてその答えはダメだろう。それは解っている。ちら……とベルを見ると、静かにこちらを見つめていた。何かを訴えるように。
スクアーロに与えられた時間は三日。三日の間に、一つの組織を潰すか存続させるか決めなければならない。───それって結構、大変な事なんじゃないのか───スクアーロは今になって、事の重要さを知った。
ヴァリアーが、本当にボンゴレに必要なのかどうか、こんなに真面目に考えた事は無かった。
解体したところで、自分やベルを始めとするヴァリアーのメンバーは、それからのボンゴレでどんな立場になるのだろう。つい最近まで、人殺しを仕事をしていた奴等に、書類とにらめっこなんて出来るのだろうか?
……スクアーロは、寝転んでいた自室のベットから立ち上がり、締め切っていたカーテンを開ける。薄暗い空がそこにあり、まだ夜明け前なのだと知った。そして眠れなかったという事も。
眠気も感じないまま、スクアーロはとりあえず着替えた。一人では難しい問題にぶつかった今、誰かに相談するかと思いついたのである。
その相手は……。
******
「めっずらしいじゃねえか!」
「……世話になるぜぇ。」
単身、キャバッローネの私邸を訪れたスクアーロ。ヴァリアーの一人が突然現れたのだ。驚かなかったのはドン・キャバッローネ、ディーノだけだった。
古い友が現れた事で、ディーノは嬉しそうだが、痛々しかった。何故なら、目の隅がひどく、仕事に追われているのがまる解りだったのである。
スクアーロがそれに気付かないわけがなく、
「忙しいみてぇだなぁ。」
「んな事ねーぜ?茶でも飲もう。」
とりあえず心の中で詫びる。
執務室に通されたが、スクアーロ独特の黒い私服(ヴァリアーの服でも変わらないが)は目立つ。ディーノの明るい執務室に、濃い染みが付いたようだった。
「んで、何の用で来たんだ?茶を飲みに来たんじゃねえだろ?お前の事だから。」
「ちっ……。」
ディーノが出した紅茶を口にしながら、スクアーロは自分に科された事を話す。罰ではないのだが、まるで罰のように重い決断の事を。
「ついに来た、って感じだな。」
ツナの事だからなぁ、とディーノは笑う。
「スクアーロ、お前はどう思うんだよ?」
「どうでもいいんだぁ、実際。そもそも俺は、ボンゴレに恩義やら何やら、そんなもんはねえ。」
「……だと思ったよ。」
「ヴァリアーってのは歴史だって薄い。残すもんなんかありゃしねえ。だから……。」
「スクアーロ。」
急に、ディーノが強くスクアーロを呼んだ。
その強さに、スクアーロは紅茶を置いてしまう。何か意志を感じたのだ。
「残すもんがねえ、ってのは言っちゃいけねえぜ。」
「あ?」
「これは俺にも言えるんだけどよ……"人を殺した事は残しちゃならねえのか"?」
「……。」
言葉が詰まる。そうだ。今まで自分がしてきた事は、命を奪うという行為だったのだ。
今になって、とんでもない事だと理解する。後ろも向かずに切った敵。標的であった親ついでに切った子供。少しだけ、知り合いだった人間も切った。スクアーロはディーノに返す言葉が見つからない。
「スクアーロ、ヴァリアーを解体するとかどうかの前に、考える事があるんじゃないのか……?」
小さい子供を切った時、心に何か重いものが出来た。何かと思う前に、次の仕事が来た。その仕事を終わらすと、また新しい仕事が来た。その繰り返し。
あの重いものは、どこに行ったのだろう。
ディーノの所に行って一日が終わり、残された時間は二日となった。
また眠らぬ躯の足で、ヴァリアーの会議室と向かう。召集をかければ、大抵そこに集まる。スクアーロは主要メンバーだけ召集をかけ、会議室のドアを開けた。
「集まってるかあ。」
「うぜえー。」
行儀悪く、テーブルに足を乗せながらスクアーロを迎える、ベル。見るからに不機嫌だ。
その奥にいるのは、いつものメンバーである。
スクアーロは中心の椅子に座り、間髪を入れずに言った。
「……ヴァリアーは、解体する。」
空気が、一気に張りつめた。それは破ったのはやはりベルだ。
「カスザメ。お前が決めんな。」
「テメーには決める権利はねえ。だが、俺にはある。決めた。」
「ふざけんな!!!」
バシュ、とベルの手からナイフが飛び、スクアーロの頬を掠って後ろの壁に刺さる。だがスクアーロは微動だにせず、ベルを見つめていた。
「……ベルよぉ。」
「あぁ?」
「人殺しの他にも、楽しい事は沢山あんだぜえ。お前の世界は狭すぎる。」
「黙れよ。」
「人殺しは、重い。テメーにも、解る日が来る。」
「知るか。」
「とにかく、決めたぜえ。」
もうベルは、何も言わなかった。スクアーロが、急に人殺しについて何か言い出すなんて、思いもしなかったのだ。今まで、意識せずに行って来た事を。
ベルには、重みなんで未だ解らない。だがスクアーロは知っている。それが、スクアーロとベルの差だった。
「綱吉に、報告してくるぞお。」
ヴァリアーの短い歴史が、明日、閉じる。その歴史には、無数の命が関わっているという事は……ドン・ボンゴレは知っているのだろうか。
スクアーロは、久々にスーツを来た。髪も結った。
ドン・ボンゴレに意志を伝える為に正装したなんて、初めてかもしれない。だがスクアーロは、緊張なんかしなかった。
「ゔぉい、入るぜえ。」
「どうぞ。」
待ってましたという顔。
綱吉は真面目なそれでスクアーロを迎えた。スーツ姿に驚いたが、意志を感じ取って何も言わない。
「遠回しな事は言わねえ。」
「ああ。」
「ヴァリアーは解体する。」
「それが、答えだね?」
「そうだあ。」
「ありがとう。」
ありがとう?何だその言葉は?
スクアーロの琴線に触れたそれは、綱吉の笑みで強くなった。まさか、まさか……。スクアーロは黙っていようと思ったが、その"軽い言葉"で思わず口を開いた。
「……お前は知ってんのかぁ。」
「はい?」
「お前と俺は今、事実と歴史を消したんだぞ。命と一緒にな。」
「それは……。」
「俺等のした事は、許される事じゃねえ。だが、表面上は、"お前"……ドン・ボンゴレの為だ。解るか?つまり、お前が"ボンゴレ"という"コート"をヴァリアーという人殺しに貸したんだ。」
「俺、は……。」
「ヴァリアーの解体は、これからのボンゴレの為だと思うならやめちまえ。それは、冒涜だ。」
「違う!」
スクアーロは、ボスである綱吉を圧倒するように言葉を紡ぐ。
事実を消す、という事は、白紙に戻すという事だ。文字が書かれた紙なら、別に問題は無い。だが紙に書かれたものは文字ではない。人の命を奪ったという事実だ。
「違わねえよ、ガキ。綺麗事ばっかいいやがるテメーには解らないだろうが、ヴァリアーに関わらず、ボンゴレには奪った命の上に重ねられた歴史がある。テメーがやろうとしている事は、冒涜だ。人の命を忘れるなんて、殺すよりひどい。……最近、俺も知った。」
「スクアーロ……。」
消せない事実は、消せない。
解っていたはずなのに、綱吉は辛くなる。命を軽んじていたわけではない。冒涜していたわけではない。
ただ、スクアーロ達が、人殺しをするのが、可哀想で、やるせなくて、我慢出来なかっただけだ。仲間が人殺しをするなんて───綱吉には耐えがたい。
「俺は……あなた方に殺しをさせるのが嫌だった。たとえ、今更と言われても。あなた方にも、光が当たってもいい筈なんだ……。」
「光、か……。」
おせえよ、何て言えなかった。あまりにも綱吉が真面目に言うから。
「綱吉……。」
「はい。」
「光が当たるべきなのは俺達じゃねえぞお。今まで、奪ってきた命があるという、重みだ。」
綱吉は、静かに涙を零した。綱吉の小さな肩には、沢山のものが乗っている。それは、自分も含むに違いない。そして自分自身も沢山のものを背負っているのだ。
数日経って、正式にヴァリアーは解体した。
ベルやルッスーリアなど、幹部はボスの警護に付き、その他は一般の部下と同じ仕事をする事になったらしい。
だがスクアーロだけは、あの暗いヴァリアーの会議室で、仕事をしている。
無数の書類を、ずうっと見続けている。
今まで奪った命を、一つ一つ背負うように。
終
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スクアーロとヴァリアー。