白帝城という城には、地下に大浴場がある。
城の地下を掘り起こし、じかに温泉を引いた源泉かけ流し温泉。数十人の将兵がゆったりと浸かることができる大理石の湯船からは、絶えず白濁色の滑らかな温泉が蕩々と溢れ続けている。まさに将兵思いの城主なら誰もが憧れる豪華で快適な籠城ライフを過ごすためには欠かせない施設となっている。
かつては呉の所有地だった城だが、現在は劉備が武力で奪い蜀の土地になっている。そして、そこを呉の攻略として根城にしていた。
手に入れた劉備はさっそく旅の疲れを癒すために利用していた。
「……広いなぁ~。わたし一人じゃ広すぎるよ」
昔ならばきっと仲間と共に共有して利用したり、亡くなった夫がいれば誘惑用に利用していただろう。
「でも……今はただ『癒す』ために利用する以外考えられないよ……」
劉備の『体』は人の血で染まっていた。いや、染まり始めは黄巾の乱からであるが今はそれ以上に染まっていた。
「……早く孫権を殺したい」
劉備は湯船に浸かりつつも孫権を殺す計画を練る。どうすれば呉を倒せるのか、どうすれば孫権の首を斬首できるのか……と。
もはや劉備の心の中には、この壮大な大浴場さえも心動かすこともなくただの疲れを癒す場所でしかないのであった。
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温泉で疲れを癒した劉備は、すぐさま白帝城の玉座の間に行って蜀の武将達を召集した。
「星ちゃん。現在のわたし達の状況報告と呉の報告をお願い」
「御意」
趙雲が戦況を説明する。ちなみに本来ならこの報告などの役は諸葛亮という軍師がするのだが、その人は益州で留守を守っているため、今回は趙雲が代理として行っている。
「……と言うわけで、呉は陸遜という女性を大都督に任命して夷陵にて軍を集結させているそうです」
「つまり、決戦は夷陵というわけだね?」
「御意。夷陵にいる陸遜を打ち破れば呉は敗北を免れないでしょう」
「数は?」
「およそ三万かと思われます」
劉備の軍勢は七十万の大軍である。誰の目から見ても勝敗は明らかだった。
「ふふ……もうすぐだね」
劉備は笑った。
「………」
趙雲は生まれて初めて劉備に対して寒気を感じるのだった。
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夷陵では続々と呉の兵士達が集結していた。
その数は三万。しかし、とても蜀軍に対抗できる数ではなかった。
「大都督。首尾はどうですか?」
本陣の天幕に北郷が入ってきた。
「そんな、北郷様に大都督なんて呼ばれるなんて恐れおおいですよ~」
陸遜は大慌てで真名で呼んでくださいと言うが北郷は首を横に振った。
「いや、君はもう弟子ではなく呉の運命を決める役職の大都督になったんだ。立場は俺の方が下なんだから敬うのは当然だろう?」
「それは~……」
「それに、君がそのような振舞いでは呉の兵士は皆従わないぞ?」
「あう~~」
その通りですと認識した陸遜は北郷に大都督と呼ぶことを認めた。
「それで、蓮華様のご容態は~?」
北郷は首を横にした。
「もう意識もほとんどないらしい」
「そうですか……」
孫権が近い将来死ぬことを知った陸遜はさらに北郷に尋ねた。
「そのことを劉備は~?」
「当然、伝えたがあくまで蓮華様の首をお求めらしい」
「……つまり、戦いは避けられないと」
頷く北郷を見た陸遜は背を向けた。
「う~ん……どうしましょう~」
そこへ兵士が慌てて天幕に入ってくる。
「申し上げますっ! 劉備軍が再び進行を開始しました。先陣には魏延と馬岱が二万の大軍を引き連れてこちらに向かっています」
兵士が報告をした瞬間、空気が変わった。
「………慌てないで、二人が犬猿の仲なのは有名です。策を持ちいえれば必ず討ち破れるでしょう」
「はっ……!」
「では……まず……」
北郷はゆっくりと天幕を出た。
「なるほど……最初に黄忠か……」
と呟くと。
「でも、ついでに厳顔と馬超を殺すか」
ゆっくりと闇に消えるのだった。
続く……
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第一話
『壊れゆく乙女』