幼なじみは不良気取りの馬鹿に惚れた。クラスの委員長は地味な同級生と恋仲になった。図書館の文学少女はいつの頃からか図書館に来なくなった。憧れの先輩は順調に卒業した。小動物みたいな後輩は大学生の青年に告白した。
こうして思い返すと、僕の知り合いには女の子が多かったのだと自覚する。しかし、どれも深い仲とは決して言えなかったと思う。どの女の子からもせいぜい愚痴をこぼされるくらい。真剣な相談などされもしなかったし、きっと向こうはしようとも思わなかっただろう。
僕は昔から主人公になりたかった。物語でいう主役。自称普通の奴なのに、女の子にモテモテで、大体のことが普通にこなせて、イベントが懐いた犬のように擦り寄ってくる。そんな存在。
しかし現実はこうだ。自称どころか他称さえ普通の奴なのに、女の子達は僕に見向きもせず、所々しか普通にこなせないで、イベントは自ら出向いても離れて行く。主人公とは真逆の存在だ。
主人公とは真逆の存在の僕は何だ。悪役? 違う、背景だ。中心には決してなれない存在。世の中の大半が為らざるを得ない役柄。得も少ないが損も少ない、無難としか言えない役。
こんな言葉を聞いたことがある。人が主役に為れるときは三つ、産まれたとき、結婚したとき、そして最後に――。
「死ぬとき」
呟きが漏れる。途端、体に感覚が戻った。
今いる場所は学校の屋上。僕以外には誰も見当たらず、声を出さなければ風が吹く音ばかり聞こえてくる。目の前には転落防止用のフェンスがあり、その向こうには多くのビルや民家が映える風景が広がっていた。
フェンスに手をかける。腕に力を込めて体を持ち上げ、少しずつフェンスを登る。運動不足の体に堪えるが、絶対に登れないというほどではない。頂上を跨ぎ、そこから体を反転させてゆっくりと降りて行く。足が着いた。首だけを後ろに向けると、フェンス越しではない風景が視界に現れる。中々どうして、悪くない。
心なしか風が強く感じる。心臓の音が早くなった。腋や額に汗が滲み始める。ふと、自分の手首へと視線をやった。両腕の手首とも、痛々しい切り傷の痕が残っている。自分の生きている証明がしたくて、残してみた傷。これも見納めだ。それどころか、全てのものが見納めだ。好きな漫画も、小説も、テレビも、ネットも、人も、ペットも、全部。
そう思うと死ぬのが惜しく感じられた。所詮、僕の自殺願望などこんなものか。これが主人公なら、きっちりと死のうとするだろうか。いや、そもそも死のうともしないだろう。死ぬとしても、それは何かへの伏線となるはずだ。
戻ろうとしてフェンスにまた手を伸ばす。ところが僕の手は空を切っただけだった。
フェンスに触れる直前、風が吹いた。重心が背に集まり体が傾く。リンボーダンスでもするみたいに、僕の上半身が後ろに向いた。足の先から段々と地面が離れる。踵から地面の硬さが伝わらなくなり、僕の体は宙に放り出された。
頭から血の気がさっと引く。胃が縮まるような感覚。目が見開き、唇が乾く。口をぱくぱくと動かし、何事か叫ぼうとする。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。
校舎の窓が縦に動く。空が遠くなる。その度に死が近づいてくる。嫌だ。死にたくない。僕は。
「僕は」
声が出た。地面まで残り数メートル。
「僕は主人公に――」
衝撃と共に意識が途切れた。
結果だけ言えば、僕は死ななかった。
僕が落ちた先には大きな植木があったらしい。草木に引っかかりながらも地面に落ちたが、速度が緩和され死には到らなかったという。無論大怪我はしたが。
骨折二箇所。打撲三箇所。擦り傷数箇所。刺し傷一箇所。全治一ヶ月とのこと。
漫画さながらの包帯塗れな僕に、早速見舞いに来てくれたのは幼なじみだった。馬鹿なことをした僕に大声で罵倒を浴びせ、看護婦さんに注意を受けていた。帰り際に『実は新しく恋をした』と伝えられ、少し動揺を覚えた。
次に来たのは委員長と文学少女だった。意外なコンビに驚いていると、文学少女は目元に涙を浮かべて僕を罵倒てくる。委員長がそれを大声で宥め、看護婦さんに二人とも注意をされた。帰り際に文学少女から『また図書館に通いますから』と宣言されて、苦笑で返した。
流れで先輩と後輩も来るかと期待したが、来なかった。矢張り期待はするものではない。
面会時間が終わり、僕は一人で思考に耽っていた。そして一つの結論が浮かび上がる。
文字通り絶体絶命の状況で生き残り、お見舞いに来た女の子が気のある態度を見せてきた。これは背景の役で与えられるものではないだろうと。
つまり僕は――。
口元が緩む。見る者もいないのに片手の平で口を覆った
退院したらどうしようか。先ずは墓参りだ。両親に産んでくれた感謝だ。その次は幼なじみの恋愛相談に乗ってやろう。あとは、図書館にも通わねば。なんて忙しい日常だ。
ああ、主人公は辛いぜ。
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深夜のテンションで書き上げたもの。掌編。要はとあるリア充の物語。