No.342579

ある夫婦の物語 一集

今生康宏さん

新シリーズ、といいますか、不定期に書き溜めたものを投稿して行く感じの作品です
まったり、ほんわかとした空気をお楽しみください

2011-12-03 01:56:18 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:978   閲覧ユーザー数:978

一話「こういう夫婦です」

 

 

 

 今となっては昔のお話ですが、ある国に、天才的な女の子がいました。

 その女の子が走れば、息切れすることなく何キロも走れましたし、どんな武器を持たせても敵う相手は居ませんでした。

 当時の最新の演算機を以てしても、その女の子の計算の速度には追い付けませんでしたし、どんな本も直ぐに読み終わって、しかもその内容を完全に理解することが出来ました。

 国は当然、その女の子を神童と呼んで、重宝がりました。

 九歳で自分の研究所を持つことが出来て、日夜新しい薬や機械の開発に勤しんで、学会をしょっちゅう騒がせました。

 ……しかし、そんな彼女を他の国の人や、ずっと年上の学者は妬みました。

 人づき合いが苦手で、無口なのも嫌われる理由になったのでしょう。

 ある日、その女の子の食事に毒が盛られたのです。

 一口食べて毒に気付いた彼女ですが、もう手遅れでした。

 あっという間に臓器は毒に侵され、間もなく死んでしまうことは確実です。

 だけど、女の子を死なしてしまうことは、国の大きな損失になります。

 そこで大人達が目を付けたのは、女の子が倒れる直前まで研究していた、機械を人間の体に組み込む技術についてでした。

 その試作品には、心臓や肺など、毒で駄目になってしまった臓器の代わりとなる機械があったのです。

 大人達は、一か八か、これに賭けることにしました。

 女の子の体を切り開き、臓器を取り出し、それをそっくりそのまま機械に入れ替える大手術です。

 中途半端に人間の体を残してしまっては、拒否反応が出てしまう。

 女の子の考えた技術とは、人間の体の中を鉄の膜で覆うことでした。それで、安全に機械の臓器を使うことが出来るのです。

 

 女の子は助かりました。

 自分自身の研究の成果が、自分の命を救った。

 女の子も、大人達も喜びました。

 でも、すぐに女の子や、大人達は気付きます。

 女の子の体に入り込んだ毒が壊したのは、臓器だけではなかったのです。

 女の子は、ほとんどの記憶を失っていました。

 覚えていたのは、研究者として生きた一年の記憶と、自分の名前だけでした。

 そして、機械を超えた頭の処理能力は鈍り、十歳の女の子としては少し頭が良い程度です。

 あんなに良かった運動神経も嘘の様になくなって、運動音痴なくらいでした。

 ……だけど、一番の問題は別なところにありました。

 機械の内臓は、女の子の体が得た栄養を動力に変換して動くことが出来ます。

 ですが、女の子の体には胃も、腸も、形だけはありましたが、機械のそれに栄養を吸収する力はなかったのです。

 特別な点滴を射して、それで栄養を摂らなければなりません。

 それには沢山のお金がかかりましたし、「天才」じゃなくなった女の子をそうまでして生かす価値も、大人達は感じなかったのです。

 それでも、女の子には両親が居ます。

 自分達のことを忘れている娘を生かす為、二人は全てのお金を使い切りました。

 それで女の子は一年、生き長らえることが出来ました。でも、それだけです。

 必死で二人は働きましたが、とうとう働き過ぎで死んでしまったのです。

 女の子は生きることが出来なくなり、また、生きることに楽しみも感じられませんでした。

 静かにそのまま、死んでいく……そうして、彼女が死んだ時、機械の内臓は全て剥ぎ取られてしまうのです。

 女の子は、それを悲しく思いましたが、どうすることも出来ないのだから、と諦めていました。

 ……その時、一人の女の人が現れました。

 自分を女王だと名乗る女の人は、女の子を助け、尽きることのないお金を使って、女の子を生かし続けました。

 けど、女の子はそんな生活が嫌でした。

 女の人は優しく、女の子も彼女が大好きでした。でも、何もお返しの出来ない自分が嫌で、いつか女の人の財産もなくなってしまうのでは、と怖かったのです。

 

 そうして、女の子は一人で生きて行くことを決めました。

 町に出て、子供出来る仕事を探しました。頑張って知らない人と話す練習もしました。

 でも、十一歳の女の子が一人で生きて行けるほど、社会は優しく出来ていなかったのです。

 女の子はまた、女の人のお世話になることになりました。

 自分の弱さが嫌になりましたが、この頃の女の子は、生きて行くのが楽しみになっていたのです。全て女の人のお陰でした。

 けど、そんな中に転機は訪れます。

 女の子が一人で散歩に行くと、男の人が女の子の腕を引っ張って行きました。

 この男の人は、誘拐犯でした。

 女の子は、可愛らしい服を着せてもらっていましたし、長い金髪が貴族の子の様に見えたのでしょう。

 当然、女の人はそのことを知りません。

 女の子は、別の人の電話番号を教えて、身代金を要求させました。

 その相手は、女の子を囲っていた大人達でした。

 けど、大人達は女の子の為にこれ以上お金を使うつもりなんてありません。

 身代金は払われず、女の子はいつまでも解放されません。

 やがて、女の人が誘拐犯の家を見つけて乗り込みましたが、そこにはもう誰も居ませんでした。

 

 数ヵ月後、女の人には一通の手紙が届きました。

 女の子と誘拐犯は、どういうことか結婚をしたというのです。

 勿論、女の子はまだ十一歳。結婚といっても、形だけのものです。ですが、二人は確かに愛を誓い合っているのでした。

 

 

 

 女の子……妻の名前は、リオ。誘拐犯……夫の名前は、ハディ。苗字は平民なのでありません。

 このお話は、そんなちょっと普通じゃない、ごく普通の夫婦の日常を描くものです。

二話「こういう日々を送ってます」

 

 

 

 リオに食事を摂る必要はありません。ですが、食事を作るのは彼女の仕事です。

 というのも、ここでは特別な点滴を買えませんから、ごく普通の点滴を使っているのですが、それを一日に三回打つだけでは外で働くなんてとても出来ません。

 家事もあまり激しく動くものは出来ないので、彼女の仕事は料理と洗濯ものを取り込むことだけです。

 しかし、リオはその仕事に誇りを持っていて、普通の人以上に立派な仕事をして見せます。

 夫であるハディに惨めな格好で仕事に行かせてはいけない、と洗濯ものには絶対に皺を付けさせませんし、味覚がないのに料理の腕は絶品でした。

 ……そう、味覚がないのは、リオの辛いことの一つでした。

 料理が美味しそうかどうかは、匂いでわかるのですが、自分が作った料理を二人で一緒に食べても、美味しさを共有することが出来ません。

 夫婦としての営みも、何度も繰り返して来ましたが、ハディの唇の味もわからないのです。

 けど、妹の様な妻であるリオの愛が本物で、ハディもまた、彼女を心から愛しているというのは、誰の目にも明らかでした。

 ここでは、それを端的に表すお話を紹介します。

 

 

 

 今日は休日です。

 リオは、台所に立っていました。

 小さなエプロンをして、小さな腕を懸命に伸ばし、小さな手で包丁を持って料理を作ります。

 身長は百三十センチもありません。毒死しかかった日から、体は成長しなくなりました。

 余分に点滴を打てば、或いは成長の為の栄養が得られるのかもしれませんが、そのつもりはリオにはありませんでした。

 見た目にかまけることよりも、余裕の出来たお金でハディと思い出を作ることの方が、何倍も大事に思えたからです。

 ハディは、ソファに座って、職場からもらって来た古新聞を読んでいます。

 あまり新聞になんて興味のない彼ですが、文字を読む練習としてリオに読まされているのです。

 ちなみに、ハディは今まで一人暮らしして来たことが不思議に思えるぐらい、料理が苦手なので台所には立たせられません。

 

 さて、お昼も回って、そろそろご飯が出来る頃。

 新聞紙から目線を外したハディは、大きく伸びをしました。

 もう何週間と続けていることですが、未だに小さな活字を目で追い、それを理解するのは難しいことです。

「リオ、そろそろ飯……って、おい!」

 台所を見やると、リオの姿はありませんでした。

 正確には、彼女は倒れていて、シンクの陰に隠れてしまっているのです。

「おい!大丈夫か!?」

「……うん。ちょっと無理し過ぎた」

 二人が結ばれて以来、何度も経験していることですが、ハディはリオが倒れる度、自分の体が半分に裂かれる様な辛さを感じます。

「今、点滴の準備をするからな。……本当、限界だって思ったら言ってくれよ。何なら、点滴を一日に四回ぐらい打っても……」

「それはいい」

「だから、俺が気が気じゃないんだって……」

「……ハディにこうして、助け起こしてもらうのも、嫌いじゃないから」

 リオはハディを見て、小さく笑いました。

 触ると、途端に溶けて、壊れてしまう様な、氷細工の様な危うさを感じさせる、儚げな笑いでした。

 それを見て、ハディも顔をくしゃくしゃにしました。

「本当、リオは甘えん坊だな」

「誰が甘やかしたの?」

「そりゃあ、なあ?」

 ハディは優しく、優しく、リオを抱き締め、一しきりそのあまり高くない体温を感じると、お姫様だっこでソファに寝かせました。

「そういえば」

 点滴台を取りに行くハディの背中に、リオが声をかけました。

「鍋、火にかけっ放し」

「うおお!?なんで昼飯から鍋使う料理作ってるんだよ!?」

 針と点滴の用意を済ませて、後をリオに頼んだハディは、急いで鍋の所にまで駆け出しました。

 しかし、もう時既に遅し。鍋は吹き零れて、折角の料理は悲惨な有様でした。

「ああ、夜の分もスープ作ったのか?でも、結構零れて……おっ、見てくれは悪いけど、普通に美味い。流石リオだな」

「……倒れるのも、計算の内」

「ほんとかよ?」

「うそ」

「やっぱりな……」

 二人はその後、一緒に食事をして、今日という日も楽しく過ごしました。

三話「たまには喧嘩もします」

 

 

 

 これ以上幸せで、和やかな夫婦は居ない。そう思えるぐらい仲の良い二人ですが、たまには心がすれ違うこともあります。

 ここでは、二人の小さな喧嘩の様子を紹介します。

 

 

 

 二人は、小さな田舎町で暮らしています。

 町で暮らすということは、人づき合いが当然ながらあります。

 とはいえ、リオが体を機械化して生き長らえている、なんて言える筈もありません。

 かといって、リオをハディの妹とでも言って、ご近所さんを騙しながら生きて行くのも、リオは拒みました。

 なので、ハディはご近所の皆さんにはこう言っています。

 「俺の妻のリオは、見た目は幼いですが、もう立派な大人です。ただ、極度の潔癖症の所為で、普通にご飯を食べれませんので、お茶に誘ったりはしないで下さい」

 リオは一応、味覚はなくても食事を摂ることは出来ます。しかし、食べ物の味を忘れて久しい為、美味しい食べ物を振る舞われても、それを美味しそうに食べることは出来ないでしょう。

 そこまで考えて、リオはハディにこう言ってもらうことにしたのです。

 あまり人づき合いの得意ではないリオですが、それ以降は、何とか近所のおばさん達とも交流出来ています。

 家の外に出る機会が少ないので、人と出会うことはありませんが、洗濯物を取り込みに出た時などは、短いながらも世間話をして過ごすこともあります。

 ――そう、普段のリオなら、長話なんてしません。

 ですが、例外もあります。

 

 

 

「ただいまー」

 夜八時。ハディは家に帰って来ました。

 いつもこの時間には、リオがご飯を並べて、待っていてくれています。

 そして、リオは点滴、ハディはリオのご飯で一緒に食事を摂るのです。

 ですが、今日はリオの声が返って来なくて、テーブルにはご飯の準備もありませんでした。

「おい……?どうかしたのか?」

 また倒れてはいやしないか、直ぐにハディは台所まで探しに行きました。が、そこには元気そうに料理を作るリオが居ます。

「……あ、お帰り」

「お、おお。なんだ。今日はちょっと飯の支度、遅いんだな」

「うん……ちょっと、お隣さんと話し過ぎた」

 これを聞いて、ハディは嬉しくなりました。

 酷い人見知りをするリオですが、やっとお隣さんとも打ち解けて来たみたいです。

 年の差、今までの人生の違いはありますが、同じ主婦として、共通の話題を持てたのでしょう。

「そうか。どんなこと、話したんだ?」

「……それは、ちょっと」

 これには、少しハディは違和感を感じます。

 普段のリオなら、毒舌家と評されても仕方がないぐらい、ずばずばと事実を口にします。

 夫婦の間に秘密なんて全然ありません。それが夫婦仲の秘訣なのでしょうか。

「ま、お前が言いたくないんなら良いけどな。それなりの理由があるんだろ?」

「そうでも……」

「なら言えよ!?」

 本当に、いつも通りのノリのツッコミを入れたハディですが、何故かリオはびくぅ、と体を竦めます。

「お前……本当、今日は変だな。大丈夫か?」

「それは、大丈夫。話すだけなら体力もあまり使わないし、今日は気温が安定しているから、しんどくもない」

 ひとまず、ハディが追求をやめると、リオはご飯作りを再開しました。

 いつもより熱心な様で、材料を切る手にも、力が入っている様に見えます。

「んー……なんかリオ、いつもより余所余所しくないか?」

「別に?」

「いや、絶対冷たいって」

 ハディは、リオの愛を疑うことはありませんし、リオが感情の表現に乏しい少女であることも知っています。

 それでも、今日のリオにはいつもとは違うものを感じたのです。

 簡単にいえば、「彼女らしくない」のでした。

「なあ、俺、何か気に入らないことしたか?」

「……全然」

 リオは鍋をかき混ぜながら、小さく一言。それから。

「アタシからも訊くけど、ハディは、今のアタシ、好き?」

「何を今更。俺は昔のお前がどんなに天才で、今のお前がその頃に比べたら、どんだけどん臭いのか知らないけどな……でも、俺は今のお前の方が好きだぜ。だって、何でも出来る神様みたいなやつより、上手く出来ないことがあるやつの方が可愛いし、その方が人生楽しいって」

「……そう」

 リオは、自分の心の中で確かめる様に、小さく頷きました。

 そして、料理の手を止めると、口を開いたのでした。

「今日、マダムから倦怠期のことを、聞いた」

「マダムって……お隣の奥さんのこと、そう呼んでるのか」

「うん。今、アタシはハディのこと、大好きだし、ハディもアタシのこと、愛してくれてる。でも、それもいつまで続くかわからない。……だから、ちょっといつもと態度を変えて、アタシに飽きてもらわない様にしようと思った」

「お前、そんなの、本当にあると思ったのか?」

「ううん」

 リオは軽く首を横に振りました。

 お人形さんの様なその仕草を、ハディは愛おしく思いながら見送りました。全く、彼女に「飽きる」なんて考えられないのです。

「……でも、未来のことは、何一つとわからない。けど、自分を変えるなんて、出来ないと思う。それに、ハディはそれを、望まないでしょ?」

「それがわかってるなら、無茶するなよ。心配しなくても、俺はずっとお前が好きだよ。俺のプロポーズの台詞、覚えてるだろ?」

「うん。すごく馬鹿っぽかった」

「おま、そんな感想持つ奴が居るかよ」

 目を瞑って、リオは小さな声で言いました。

 

「俺は一度、お前を金目的で浚った。けど、今度は思いっきり愛してやる為に浚う。覚悟しておけよ?俺が死ぬまでお前のこと放さないからな」

 

 不格好なプロポーズの台詞をもう一度聞かされて、ハディは酷く赤面しました。


 
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