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そらのおとしものショートストーリー3rd ハングリー2011-11-30 00:21:51 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:2960 閲覧ユーザー数:2191 |
ハングリー
アストレアの“その”才能を最初にみつけたのは美香子だった。
「お腹が空きましたぁ~~っ!」
空腹に我を忘れたアストレアが周囲の草を引き抜いては口に含み吐き出す。
その歯形のついた草が幾つも舞い散り地面に落ちて重なっていき、奇怪な模様を形作っていく。
その模様は美香子の商売欲を掻き立てた。
若干15歳にして敏腕プロデューサーとして知られ渡っている美香子の勘が騒いだ。
この草の模様は金になると。
美香子は早速五月田根家の若い衆に指示を出して大きなキャンバスを持ってこさせた。そのキャンバスに大量の糊をつけ、地面にポンッと無造作に置いた。
「食べ物ぉ~~~~っ!!」
アストレアは美香子の行動に気付かずに草を引き抜き続ける。
数分後、アストレアによって噛まれ引き抜かれた草によりキャンバスは奇怪な緑色の文様を形成した。
「うふふふふ~。うふふふふふふふ~」
美香子はその前衛芸術としか言い様がない謎のアートを見て不気味に微笑んだ。
美香子は次のキャンバスを用意させた。
「はいっ、これ~アストレアちゃんの取り分よ~」
「師匠~。これ、お金ですよね?」
「そうよぉ~。1000万円あるから~アストレアちゃんは何でも好きなものを買うと良いわ~」
「はあ……ありがとう、ございます」
アストレアにとってお金、というのは何とも不思議な、理解しがたいものだった。
アストレアだけではない。
イカロスにとってもニンフにとってもよくわからないものだった。
シナプスには貨幣概念がない。
望むものは何でも手に入ってしまい、物の生産は量産型エンジェロイドや万能カードが行ってしまう。
加えてシナプスの民はごく一部の者を除いては物欲が薄かった。
その為に希少性という概念自体が乏しく、等価交換の発想にも乏しかった。
シナプスではそんな世界が形成されていた為に、その地に長く住んできたアストレアたちエンジェロイドも貨幣に対する理解が極めて乏しかった。
そんなアストレアたちがお金というものを理解するようになったのは地上に降りて来てからだった。
人間社会の中で桜井智樹と共に暮らしている内に金銭概念を徐々に身に付けていった。
イカロスやニンフは現在では一般の人間と同等に貨幣制度というものを理解している。
ただ、イカロスの場合はスイカ、ニンフの場合はお菓子を除いてはそんなに物欲が強くないので積極的に金銭を得ることはしていない。
彼女たちの能力をフルに活用すれば億万長者も容易いことだったが、彼女たちはそれを本能的に戒めていた。
億万長者になることが智樹との共同生活においてはマイナスに作用する可能性を感じ取っていたからだった。
智樹に放蕩癖が付いたり、広い家に引っ越した結果の家庭内別居。または自身が経済活動に集中することによって智樹と過ごす時間が減ってしまうことは彼女たちの望みではなかった。
一方、アストレアの場合は事情が違っていた。
アストレアは空から降りてきて以来、山の中でサバイバル生活を続けている。
その為に生活は基本的に自給自足。金銭が一切絡まない生活をし続けている。
なのでアストレアはイカロスたちと違い貨幣に対する概念が2人ほど身に付いていない。
おまけにアストレアはバカだった。
「1000万円って言われても困るなあ……」
積み重ねられた札束を見てアストレアは途方に暮れていた。
美香子に聞くと、このお金でアストレアが好きなおっちゃんイカが20万個買えるらしい。
けれど、そんなには必要ないし、そもそも20万個というのがどれほどの物なのかアストレアには想像が付かなかった。
お金の使い道がよく思い浮かばなかったので、とりあえずビニール袋に包んで地中に埋めておくことにした。
地中に埋めての保存はアストレアが地上に降りて来て学んだ知恵の一つだった。
「そうだ。お金ってどう使えば良いのか学びに行こう」
アストレアが出した答え。
それは、お金の使い方を学習しようというものだった。
思い立ったが吉日。
アストレアは早速行動を開始した。
アストレアはまず、師と慕う美香子の元へと訪れた。
「お金の使い方~? お金は使うものではなく~増やすものなのよ~」
「増やすもの?」
アストレアにはいきなり難しい話だった。
「そうよ~。例えば今五月田根家が狙っている破綻寸前の孤児園。ここの土地を安く買い取って大きなビルを建てて高値で売れば、あっという間にウハウハになれるのよ~♪」
美香子は電卓を叩きながらとても嬉しそうな表情を浮かべている。
けれどもアストレアには使う為に存在している筈のお金をわざわざ貯めるという発想がよくわからなかった。
そして、美香子がやろうとしていることは自分には複雑過ぎて理解できないものだと考えた。
アストレアは美香子に挨拶して五月田根家を出て行った。
アストレアが次に訪れたのはシナプス時代から尊敬と崇拝の対象であるイカロスの元だった。
台所で食事の支度をしているイカロスに向かってアストレアは尋ねた。
「イカロス先輩。お金ってどう使えば良いんですか?」
「……スイカ」
イカロスの答えは明瞭だった。
「自分の大好きなものの為に使うってことですか?」
「……それがマスターの望みでもあるから」
「智樹の為。つまり、他の人の為にもなる使い方をしろってことですね」
イカロスは特に何も言わなかった。
けれど、アストレアの言葉を否定しなかった。
だからきっと間違っていないのだとアストレアは考えた。
「ちょっと。アルファには尋ねて、シナプス最高の電算頭脳を誇る私には尋ねないの?」
イカロスの隣でニンフが不服そうな顔で頬を膨らませていた。
「ニンフ先輩はチンチクリンだし欲の皮が突っ張っていそうなのでいいです。ブッ!?」
アストレアはニンフにグーでぶっ飛ばされた。
大空へと高く高く舞っていった。
ニンフは近接格闘能力の方が優れていることをアストレアに実感させる良いパンチだった。
アストレアの記憶はそこで途絶えた。
「アイタタタタタタっ」
アストレアが再起動を果たした時、彼女は地面の中へと頭からめり込んでいた。
力を込めて自分の頭を地面から引っ張り出す。
改めて周囲を見回す。
そこは見知らぬ民家の敷地だった。
一軒家というには大きすぎ、学校というには小さすぎた。
そして2階建てのその建物は相当に年季を感じさせるものだった。
「ここ、どこ?」
アストレアには見覚えのない場所だった。
そしてそれはここの住民たちにとっても同じだった。
「お姉ちゃん、誰?」
10歳ほどの少女が話し掛けてきた。
少女の後ろには更に幼い少年少女が5、6名立っていた。
名を尋ねられてアストレアのプライドがムクムクと膨れ上がった。
「私の名はアストレア……お腹減ったぁ~~」
プライドでは空腹は満たされなかった。
「アストレア・オナカヘッターさん、ですか?」
少女は尋ね返した。
「…………もう、それで良いです」
お腹減ったと説明し直すのはさすがに恥ずかしかった。
「それで、アストレア・オナカヘッターさんは何故ここにいらしたのですか?」
少女の質問にアストレアは頭を捻る。
ニンフにぶっ飛ばされてここに落ちたとは正直に言えなかった。
「えっと……それは……」
返答に窮する。
「お姉ちゃんは背中に羽が生えているけど、もしかして天使さんなの?」
少女の後ろにいる幼稚園児ぐらいの男の子が恐る恐る口を開いた。
その言葉はアストレアに活路を見出させた。
「そうっ! そうなのよ。私は空から降りて来た天使なのよ!」
アストレアは右手の人差し指を空に向かって突き刺しながら答えた。
「天使さんがここに一体何のようですか?」
「うっ……」
アストレアはまた返答に困る。
「天使さんがわざわざ来てくれたから、きっとすごいんだよ」
何だか勝手に盛り上がられてしまっている。
今更ぶっ飛ばされて偶然落ちただけですとは言えない。
アストレアは自身が持つ能力の中で子供たちを驚かしたり喜ばしたりするものは何か?
自分にできることは何か?
過去の記憶と照らし合わせながら必死に考える。
そして得た答えはたった一つだけだった。
「私の歌を聴きなさいっ!」
アストレアは子供たちに向かって叫ぶ。
「ごはんのうた~~」
曲名を叫ぶと共に右手が天に向かって真っ直ぐ伸びる。
そして、アストレア・オン・ステージが始まった。
「毒キノコ~ってなんですか~♪ キノコといえば山によく生えてる~♪ カラフルなやつ~を食べる~と~ 体が痺れるのはどうしてですか~? クマ~に襲われて~♪ タヌキにかじられて~♪ おなかがすきました~♪」
子供たちはアストレアの歌に魅了されていた。
気が付くと一緒に歌っていた。
アストレアにはイカロスのような人々を魅了する歌唱力はない。けれど、代わりにアストレア自身が発する人を和ませ優しい気分にさせる雰囲気により、子供たちはイカロス以上に惹きつけられていった。
アストレアと子供たちの大合唱。
そして歌の終わりは唐突に訪れた。
「お腹が減って力が出ないぃ~~~~っ!」
歌の最中にアストレアは力尽きた。
「天使さん、大丈夫!?」
地面に突っ伏したアストレアに子供たちが駆け寄ってくる。
「お腹が空き過ぎて…どうやら……お迎えがきたみたい」
鎌を持った骸骨が空から近付いて来る幻覚がアストレアには見え始めていた。天使を連れて行くにはあまり相応しくない使者が。
「天使さん……ちょっと待ってて」
少女は走って建物の中へと入っていく。
「これ、今用意できるものはこれぐらいしかないけれど」
そう言って少女が持ってきたものはおっちゃんイカだった。
「くれるの?」
「うん♪」
満面の笑みで答える少女。
アストレアはおっちゃんイカを口に入れた。
「パワー全開っ!」
アストレアは両手をあげて復活をアピールする。
「これで後アストレアは10年は戦えますよ!」
サバイバルを続けている内にアストレアはとてもエコロジー低燃費仕様に変わっていた。
「ありがとう~♪ おかげで長生きできました」
アストレアは少女たちにお礼を述べた。
「あらあらあら~。何だか楽しそうに見えるわね~」
そしてこの世全ての悪がアストレアたちの前に現れた。
「じ、地上げ屋のお姉さん……」
子供たちは敷地内へと入って来た美香子の姿を見て怯えた。
「今日中に1000万円用意できないのなら~この施設も今日で閉鎖よね~うふふふふ」
ヤの付く商売らしく血も涙もない物言い。
「1000万円なんて大金、この施設には……」
子供たちの顔が曇っていく。
「大丈夫よ~施設がなくなっても、あなたたちの里親探しは五月田根家が責任を持ってちゃんと行ってあげるわ~みんなバラバラになってしまうとは思うけれど~子供のいないお金持ちって全世界中にいるのよ~うふふふふ」
この世全ての悪は如何にも裏があるっぽい悪い話を子供たちに持ち掛ける。
子供たちは本能的に美香子の話に恐怖を感じた。
そして、恐怖に敏感なのはアストレアも同じだった。
小動物は危険に敏感なのだ。
そうでなければこの世界で生き残ることなどできない。
子供たちを救わないと大変なことになる。
それがアストレアにはひしひしと伝わった。
「師匠っ」
「あら~アストレアちゃ~ん。いたの~?」
美香子はアストレアを見た。
「事情はよくわからないのですが、この施設を閉鎖するのを中止してもらえませんか?」
「それは無理ね~。五月田根家はこの土地を開発して高値で売り払い、子供たちを預かるふりして人身ば……げふんげふん。保護する予定だから~」
やはり美香子はこの世全ての悪だった。
「そこを何とか!」
アストレアは両手を合わせてお願いする。
しかし、美香子はニコニコ笑みを浮かべるばかりで何も答えない。
「無理だよ。1000万円ないと、この施設の閉鎖はもう決まりなの」
少女が代わりに答えた。
「1000万円?」
アストレアはふと閃いた。
「ちょっと待ってて!」
「えっ? 天使さん?」
アストレアは超加速型ウィングを全開にして自分の住む山へと向かって飛んでいく。そしてほんの数十秒ほどで孤児院へと戻ってきた。
「じゃあこの1000万円を使って!」
アストレアは先ほど美香子から受け取った1000万円を少女に向かって差し出した。
「でも、それは天使さんのお金でしょ? それをこの施設の為に使うなんてできないよ」
少女は横を向きながらアストレアの差し出したお金を受け取ることを拒否した。
少女の後ろの子供たちは固く拳を握り締めながら黙って1000万を見ている。
「じゃあ、さっきくれたおっちゃんイカの代金ってことでこれを受け取って♪」
アストレアは少女の手に1000万円を乗せた。
「えっ? えっ?」
少女は戸惑っている。少女を無視してアストレアは美香子へと振り返った。
「師匠~。1000万円ここにありますよ」
「ええ、そうね。これでこの施設の閉鎖はなくなったわね~」
美香子は少女の手から1000万円を瞬時に抜き取った。
「さて、と。次の食料を捜し求めに私はもう行きますね」
アストレアは子供たちを見た。
「て、天使さん……」
子供たちは何と言えばわからない。戸惑った表情でアストレアを見ている。
「おっちゃんイカ、ごちそうさまでした」
それだけ述べるとアストレアは頭を下げてから大空へと向かって飛び立っていた。
「さすがはアストレアちゃんね。まだ紹介していないのにここに自分で辿り着くなんて」
点となって吸い込まれていくアストレアを見ながら美香子は呟いた。
空を見ながら美香子はとても楽しそうに微笑んだのだった。
了
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