No.340541

天馬†行空 五話目 戦支度にかかれ!

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説です。
 処女作です。のんびり投稿していきたいと思います。

※主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。

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2011-11-28 00:08:41 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:6772   閲覧ユーザー数:5205

 

 

 

 

 

「……」

 

 風が吹いている。山を越えてくる冷たい風。

 それは城壁に(たたず)む女性の長い髪を揺らした。燃え盛る炎のような紅蓮(ぐれん)の色。

 五尺六寸(約百六十五センチ)ほどの身長に女性らしさを感じさせる身体つき。

 健康的な小麦色の肌は腹部と二の腕を除いて虎の毛皮をなめした胡服(こふく)で包んでいる。

 瞳を閉じて座していた少女はゆっくりと立ち上がった。

 

「どうすっかなあ……」  

 

 顎に手を当ててう~ん、と唸り始める少女。

 

「なんか調子悪そうだったしなあ……それに今回のは内輪揉(うちわも)めに近いし」

 

 頭を抱えてぶつくさと呟いて、

 

「はぁ~、でもウチだけじゃ厳しいよなあ。気が引けるけど頼んで……ん?」

 

 溜息をついて顔を上げると何かに気付き、城壁から下を凝視(ぎょうし)する。

 

「お、墨水(ぼくすい)か。相変わらず早い、って……なんか増えてるな」

 

 少女の視線の先には昨日久しぶりに会った旧友の目立つ姿と後に続く三人の男女だった。

 

「おっと、迎えてやんねーと」

 

 引き締まったしなやかな体を宙に躍らせて、飛び跳ねるように少女は階段を下りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 李正と名乗った女の子は江州の東、巴郡(はぐん)からこちらに来たらしい。

 なんでも江州に親類が居たそうだけど、今回の騒ぎがあった直後に李正が偶々(たまたま)江州に立ち寄って、親類の家を訪ねたところ行方が分からなくなっていた為、こちらに探しに来たらしいが……彼女は避難してきた人達に会った際、捜し人の訃報(ふほう)を知らされたそうだ。

 

「私は未熟者ではありますが幾ばくかは兵法を修めることが出来ました……これも全ては江州の縁者(えんじゃ)の力添えによるものです」

 

 仇を取ってやりたいのです、と沈痛な表情で彼女はそう語った。

 

 ……おやっさんが言うには雲南はあまり兵の数が多くなく、人手は幾ら有っても足りないらしい。

 彼女も明日は同行することが決まり、その日は準備をして早々に休んだ。

 そして次の日。つまり今日の早朝、俺達は朝食を摂るとすぐに出発しておやっさんの案内で城へと向かっている。

 

「ン?」

 

 正面に見える城門の上の辺りを見上げながらおやっさんは何かに気付いたように声を漏らした。

 

「どうしたんです?」

 

「ん、いや、なんだ。アイツも朝っぱらから元気だな、ってな」

 

「アイツ?」

 

「ああ、雍闓(ようがい)だ。今、城門の上にいたみてえだ」

 

「ほう……そういえば昨日は聞きそびれましたが、藩臨(はんりん)殿はここの太守殿とはどういった関係で?」

 

 子龍が尋ねる。うん、それは俺も気になってた。

 

「ん~、どんなといってもな。……一言で言えば戦友、だな」

 

「太守殿と戦友ですか。……これは話が早そうですね」

 

 子龍のすぐ隣を歩いていた李正がぼそりと呟く。

 

「はあ、しかしおやっさんの顔の広さ――」

「――ぉぉおおおおおおおおおおおおぉい!! 墨水ぃぃぃぃ~!!!」

 

 にはいつも驚かされるなあ、と言いかけたが、突如響いた大声に遮られる。

 

「オウ! 来たぜ! 獅炎(しえん)!!」

 

 こちらに向かってぶんぶん手を振りながら走って来る赤髪の女の子。

 おやっさんは負けじとばかりに声を張り上げて手を振り返した。

 ……あれ!? 今のひょっとしておやっさんの真名? 

 

 

 

 

「いや~よく来てくれたな。オレは雍闓、ここの太守をやってる者だ」

 

 先程城門の前であった少女が上機嫌に笑いながら自己紹介をする。なんか思ってたよりも豪快……あ、そういえばおやっさんと真名(だと思う)を呼び合うような仲だ、納得。

 

「お初にお目にかかる。私は趙雲、字を子龍と申す」

 

「北郷です。よろしくお願いします」

 

「李正と申します。よろしくお願い致します。」 

 

「あ~、いやまあ、そーゆうのはいいっていいって。堅っ苦しいのは無しにしようぜ」

 

 いや、気さくっていうにも程があるような。ホントに明るい人だなー。

 

「っと、じゃあ歩きながらで悪いが話をするか。先ずは……」

 

 城の玉座の間に着く道すがら雍闓さんから現状について説明を受ける。

 聞いた話から要点を纏めてみると、

 

 ・劉焉の軍は江州からこちらへ向かっていて、軍を二つに分けている。規模は先発が三万、後発が一万。

 ・軍が二つに割れているのはそれぞれの軍を率いている将軍の仲が良くないらしい事。また後続の軍はまだ江州を出発していない。

 ・こちらの戦力は一万五千ほど。隣接する建寧と永昌(えいしょう)に援軍を頼みたいが、劉焉がそちらに軍を向ける可能性があるので無理である事。

 ・街を囲む城郭の補修が万全でないため、城外に陣を築いて迎え撃つ事。

 

 といったところか。更に話の途中でやって来た伝令の人から分かったのが、先発の軍を率いているのは楊懐(ようかい)高沛(こうはい)と言う二将の名前だ。

 

「一つ質問があるのですが」

 

 雍闓さんの話が終わると李正が手を挙げた。

 

「何だ?」

 

「雍闓殿は南蛮(なんばん)の方々と(よしみ)を結ばれていると聞き及んでいたのですが、そちらには援軍を要請されないのですか?」

 

「あー……」

 

 と問われると雍闓さんはばつが悪そうな表情になった。

 

「いや、そうなんだけどな。実は……」

 

 言い辛そうに切り出した雍闓さんの話によると、確かに南蛮との仲は良好でその中でも最も力のある大王の孟獲という人とは個人的にも親交があるそうな。

 ただ軍事的な盟約は結んでいないのと、二月(ふたつき)ほど前に川の氾濫がありその被害に加えて疫病(えきびょう)が発生したらしく、その対処に大わらわなんだとか。

 

「それにな、今回の戦は言ってみれば漢人同士のいざこざだ。それに美以(みい)達を巻き込むっていうのもなんだかなあ、と思ってなあ」

 

 あ、美以ってのは孟獲のことな、と断りを入れて雍闓さんはそう締めくくった。

 

「お話は分かりましたが、ここが落ちるようなことがあれば南蛮にも劉焉の手が伸びかねません。事情を説明して援軍を請うべきかと思われます」

 

 相槌を打ちながら耳を傾けていた李正は雍闓さんの話が終わると、そう意見を述べる。

 

「う~……墨水はどう思う」

 

「どうもこうも……流石に戦力差がでけえ、俺も李正に賛成だ」

 

「あ~……北郷と子龍は?」

 

「ふむ、李正殿の言に一理あるかと」「俺も李正に賛成です」

 

「やっぱそうか……よし! 迷っててもしょうがねーな。使いを出すか!」

 

 そう言うと雍闓さんは俺たちの後ろで様子を伺っていた文官の人を呼ぶと指示を出し始めた。

 

 

 

 

「おっし! 南蛮の話はこれで仕舞いにして戦支度に戻らないとな!」

 

 よっしゃー、と叫んで気合を入れている雍闓さん。

 

「さっき墨水から聞いてっから役割分担を発表するぜー。先ず李正!」

 

「はい」

 

「兵法者だってな。ウチには一人も居ないから補佐を頼むぜ!」

 

「解りました」

 

「次に子龍」

 

「応」

 

「前曲に入ってくれ。オレや墨水以上って聞いたその力、見せてもらうぜ?」

 

「ふふ、承知した。わが武、とくとご覧に入れよう」

 

「最後に北郷」

 

「はい!」

 

 呼ばれて返事をすると、雍闓さんはやたらとキラキラ瞳を輝かせて俺の両肩に手を置いた。

 

「算術が出来るんだってな!!」

 

「え、あ、はい」

 

「よっし、これ持ってすぐに蔵に行ってくれ! 入り口の辺りで物資の積み込み作業やってる監督官に見せれば分かるから!」

 

 と、にこにこしながら竹の札を手渡された。さっきここへ来る途中で蔵の場所は聞いたから大丈夫だけど……随分と急だなあ。

 

「? はい、解りました。では、失礼します!」

 

 一礼して(きびす)を返す。先ほどの伝令さんが先導してくれた。

 

 

 

 

「違う! それはそっちじゃなくて向こう! ……ああ! また数を間違えてる!?」

 

 ……辿り着いたそこは修羅場でした。

 うん、兵士さん達が物資の準備に(あわただ)しく動いてるけどあまりはかばかしくない様だ。監督官と思わしき若草色の髪の女の子が頭を抱えてる。

 

 耳の高さの辺りまでのショートカット。服装は一般の兵士と同じものだが、胸当ては支給品ではない様でなにやら細かい意匠が施されているのが見える。

 腰のベルトには直剣を吊っている。俺よりは頭二つ分は小さな体だがよく通る声で兵の人達に指示を出している、この人で間違いなさそうだ。

 

「あのー」

 

「ですから! 矢筒は七つで(くく)って一つにして下さい! これ五つしか無いじゃないですか!!」

 

「もしもし?」

 

「兵糧は荷車に二十袋までにして下さいと言いましたよね? 言いましたよね私!? ……なんで山盛り乗せんですか! 荷車潰す気ですか!」

 

「監督官さん?」

 

「うあああぁ……また初めからやり直しですよぅ」

 

(かしら)、頑張って!!』

 

 見ている間にも行き詰っていく作業、頭を抱えてしゃがみ込んでしまう少女、励ます? 兵の皆さん、そしてスルーされ続ける俺。

 

「なんで失敗してる貴方達がそんなに元気なんですかぁ!? あと頭って呼ばないで下さい!! ?……えっと?」

 

 がばっと立ち上がりながら抗議する少女の緑色の瞳と視線が合う。……あ、やっと気付いてもらえた。

 

「雍闓さんから頼まれてきました、北郷といいます。あ、これを見せれば解るって……はい」

 

 預かっていた竹の札を渡すと、女の子の顔が目に見えて喜色に染まっていく。

 

「ようこそっ!! 歓迎します北郷さん!!!」

 

 女の子は顔を上げると満面の笑みを浮かべて、いきなり俺の右手を両手で掴むとぶんぶんと上下に振り始めた。

 

「ちょ、まっ、なに!? というか貴方は!?」

 

「……うあ! すみませんっ! 私は李恢(りかい)、字は徳昴(とくこう)ですっ! この輜重隊(しちょうたい)の隊長やることになりましたっ!」

 

「そして私は張嶷(ちょうぎょく)、字を伯岐(はくき)。真名は竜胆(りんどう)。よろしく北郷」

 

「「うわあっ!?」」

 

 李恢さんが名乗り終えると同時に突如として俺達の間からにゅっと現れた女の子が名乗りを上げ……真名っ!?

 

「り、竜胆ちゃん! どこから出て来てるんですかぁ!」

 

輝森(きしん)の足の間から」

 

「……きゃあああっ!? 答えなくてもいいですっ!」

 

「理不尽な」

 

 詰め寄る李恢さんをやたらクールにあしらう張嶷? さん。俺よりも若干背は高い。肩口の辺りまでの長さの黒髪、同色の瞳。

 服装はやはり一般の兵士のものだが、右腕上腕部に幅五センチくらいの銀色に輝く腕輪を着けており、何時取り出したのか先程までは無かったはずの薙刀を背負っている。

 

「えっと、あの伯岐さん?」

 

「竜胆だ」

 

「いや、伯……」

 

「り・ん・ど・う」

 

 さっきのは聞き違いかもしれないから字で尋ねてみると、ずい、と顔を寄せられて訂正された……あれ、目が藍色? あ、光の加減かな?

 

「……竜胆さん」

 

「うん、何だ?」

 

「あの、初対面ですよね? 何でいきなり真名を?」

 

「そ、そうですよ竜胆ちゃん! 初めて会った人に真名を預けるなんて!?」

 

 俺と李恢さんに突っ込まれた張嶷さんは不思議そうな顔をした後ぽん、と手を打って、

 

「大丈夫そうだったから」

 

 と答え……え?

 

「「何が!?」」

 

「……雰囲気?」

 

「「疑問形で返されても!?」」

 

 続けざまにハモった俺と李恢さんの突込みにも張嶷さんは動じず……と言うよりはのへーっとした態度のまま流していく。

 この人天然!?

 

「えっと、いいかな?」

 

 またも頭を抱えた李恢さんと同じく頭を抱えそうになった俺の背中を誰かがちょんちょんとつついた。

 

「え?」

 

 振り返るとそこにはまた女の子が居た。

 明るい茶色の髪は顎の辺りまでの長さ。前髪を二房(ふたふさ)、両耳の辺りで飾り紐で留めている。

 背丈は李恢さんより高く、俺に若干届かないくらい。ハシバミ色のぱっちりとした瞳でこちらの様子を興味津々と言った風に(うかが)っている。

 

「立ち聞きしちゃって悪いんだけどさ、こうと決めると竜胆は結構頑固なんだよ。よかったら真名で呼んであげてくれないかな?」

 

 顔の前で手を合わせて頼まれる。どうやらこの娘は張嶷さんの友達みたいだ。

 

「……あっ! そういえばまだ名乗ってなかったね。僕は馬忠(ばちゅう)、字は徳信(とくしん)って言うんだ。よろしくね、北郷さん」

 

 ニコッと笑ってそう言うと馬忠さんは李恢さんの方に歩いていく。

 

「ほら、輝森? 北郷さんも来てくれたし作業に戻らない?」

 

「……はっ! そうでした! すいません北郷さん、早速ですが作業に加わってもらえますか?」

 

「はい、大丈夫です。あ、先に物資の目録を確認したいんですが」

 

「それならこれだ」

 

 どこからともなく目録を取り出す張嶷さん。

 受け取って目を通す。ふむふむ……へえ、弓と矢の量が結構あるな。あとは……お、藤甲(とうこう)が幾つかある。

 さっき指示を出していた李恢さんの方針は確か……一台の台車に兵糧袋は二十、矢束は筒を七つ括りだったっけ。

 よし、手早く済ませてしまおう。先ずは……

 

 

 

 

「以上が私の策となります」

 

「なるほどな、よし、それでいくか……うおっとぉ!?」

 

 李正が語り終え、雍闓がそれに大きく頷いたと同時、

 

 ――ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!!

 

 どこからともなく玉座の間に大きな歓声が響いてきた。

 

「おおう、吃驚(びっくり)した。あの感じじゃ練兵場(れんぺいじょう)で何かあったか? ……! 墨水か子龍だな! よっし李正、ちょっと見に行こうぜ!」

 

「はい」

 

 言うや否や、駆け出していく太守の後姿に僅かに表情を和らげると李正は早足で後に続いた。

 

 

 

 

 

「ォオおおおうりゃあああああああああぁっ!!!」

 

「ふっ、藩臨殿。それでは私を捉えることは出来ませんぞ!」

 

 練兵場は熱気に包まれていた。中央、対峙する二人にそこにいる全ての者の視線が注がれている。

 片や大の男でも持ち上げるのさえ難しい大鉄鎚を風車のごとく振るう熊のような大男、もう一方は戦うのにはとても向かない様な(あで)やかな出で立ちながら、それを毛程も感じさせない疾風のごとき身のこなしの少女。

 大男は(いかずち)の様な雄叫びを上げ鉄槌を振るうが、少女は不敵な笑みを浮かべたまま僅かな動作だけでかわし続ける。

 

「おっ、間に合ったな。って……嘘だろ、墨水が当てるどころか掠らせることも出来ないってのか……」

 

 少し遅れてきた李正は言葉を失い驚愕の表情を浮かべる雍闓の姿を見て、次にその視線の先に目を向けた。

 

「――なんて、綺麗」

 

 我知らず、李正はそう口走っていた。

 金色(こんじき)の蝶が舞う。ひらりひらりと羽ばたく度に上がる周りの歓声。

 当たれば岩ですら跡形も無くなるであろうその豪撃はまるで宙に舞う羽毛を撫でるかのように少女を避けていく。

 

「――では、そろそろこちらから行きますぞ」

 

 言葉と同時、少女の纏う空気が武人でもない李正にもハッキリと解るほどに変化する。

 二本の刃を持つ深紅の槍を両手で構え、僅かに左足を後ろに引き――

 

「――はあっ!!」

 

 ――限界まで引き絞られ、解き放たれた弓の弦――そんな喩えすら生温いほどの速度。

 (まさ)しく地に影すら(とど)めることのない速さで少女の突きが繰り出される。

 

 があああああああああああぁぁぁぁん!!

 

「参った。俺の負けだ」

 

 鉄を打つ甲高い音。鉄槌はくるくると回りながら宙を舞い。

 

 ――竜の牙は大男の首元に添えられていた。

 

 どんっ!

 

 遅れて地に落ちる鉄槌。その音が合図となり、

 

 ――ぅうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 練兵場が割れんばかりの大歓声が響き渡った。

 

 

 

 

「……話半分だったんだが、……墨水、ありゃあもう凄いで済む強さじゃ無ぇぞ」

 

「オウ、(じか)に手合わせして解ったんだが……天下は広れぇわ。最後の、消えちまったようにしか思えなかった」

 

「いや、私も良い経験となりました。あれ程の得物を使う御仁とは手合わせしたことが無かったですからな」

 

「――凄いです。これなら予定していたよりも良い方向に戦が転がるかもしれません」

 

 未だ熱狂が冷めやらぬ練兵場を背に四人は城の中庭へと足を向けていた。

 先程の戦いの余韻か、全身から湯気が上がっている藩臨とは裏腹に子龍は涼しげな表情である。

 雍闓は先ほどの戦いの衝撃か、ややぼうっとしていた。そこへ、

 

 ――頭! アニキ! 頭! アニキ! 頭! アニキ! 頭! アニキ! 頭! アニキ!

 

 練兵場のそれとは違う、しかしやたらと熱の(こも)った掛け声が聞こえてきて四人はその場に立ち止まる。

 

「……何だ今の」

 

「向こうから聞こえてきたな。ン? 蔵の方か?」

 

「そのようですな」

 

「北郷殿の行かれた方ですね」

 

 四人は顔を見合わせ、

 

「行ってみるか」

 

「オウ」

 

「そうですな」

 

「はい」

 

 途切れることなく聞こえてくるその声のほうに足を向けた。

 

 

 

 

「はいそこ! あと二往復です、頑張って!」

 

「……北郷さん! 矢の積み込み、終わりました!」

 

「了解です、徳昴さん。兵糧の方も大体あと半分くらいですよ!」

 

「分かりました!」

 

一刀(かずと)、弓も(そろ)え終わったぞ」

 

「よっし、じゃあ竜胆さんも兵糧の積み込みに回ってください!」

 

「任せてくれ」

 

「北郷さん、藤甲と具足(ぐそく)を出し終わったけど、どこに持ってくんだっけ?」

 

「お疲れ様です徳信さん。えーと……兵舎ですね、頼めますか?」

 

「うん。じゃあ行って来るね!」

 

『頭、アニキ、次はどうしましょう!!!』

 

「アニキはやめて!!」「頭言わないで下さいっ!!」

 

 声の元に辿り着いた子龍達の前にあったのは一人の少年の指示の元に(せわ)しなく動く兵の群れ。

 兵は常に二人一組で動いており、よく見ると二人合わせて五袋ほどの兵糧を一往復毎に台車に積み込んでいる。

 それを四往復ほどすると、次の台車にまた同じように積み込み始める。

 少年は自分も同じ作業をしながらも常に全体の様子を見ているようで、積み込みが終わった台車が出る毎に胸に下げている木の板になにやら印をつけている。 

 

「お-! 早いなー! やっぱ算術出来るのがいると違うなー。……なあ墨水、北郷ウチに――」

 

「やらんぞ」

 

「最後まで言わせろよ! くれねぇのかよ!」

 

「ダメだ、ウチの働き手でもあるし、なによりもンなことすると徳枢(とくすう)の嬢ちゃんが怖い」

 

「ぶー。けちー」

 

「北郷殿は兵と打ち解けるのが早いですね。……子龍殿?」

 

 全体が常に規則的に動いていて、無駄がない。李正が隊をそう判断しているすぐ横、趙雲はなにやら不機嫌そうな顔で少年と少年を『一刀』と呼んだ少女を見つめている。

 

「……藩臨殿、北郷の真名はご存知か?」

 

 微妙にドスの効いた声で子龍は藩臨に問う。

 

「……い、いや。まだ聞いたことは無え、ってどうした子龍。なんか怖――」「何か、言われましたかな?」「何でも無いです」

 

「墨水が敬語!?」

 

「……むぅ……なにやら気に入らん。何だ、この気持ちは……ぶつぶつ」

 

「何がどうなっているんですか、この状況は」

 

 縮こまる藩臨、友の意外な姿に驚く雍闓、不機嫌な趙雲、突然変わった空気に困惑(こんわく)する李正。 

 収拾がつかないまま北郷が作業を終えるまでこの微妙な空気は続いたのだった――

 

 

 

 

 

 

  

 あとがき

 

 今回は早く上がりました! 天馬†行空、五話目です。今回は雲南で出る一刀側のキャラクターの登場回となりました。

 次から劉焉の軍との戦闘が始まります。星をはじめとした武官が活躍することになるでしょう。

 そして、李正の素性についても少しだけですが触れることになります。

 

 迫る劉焉の軍に数で劣る雲南軍はいかなる策を持って臨むのか。はたして南蛮は動くのか。

 ……そして、第二陣を率いる将とは?

 

 登場人物についての補足 

 

 ●雍闓

 『三国志』では正史、演義共に蜀に反乱を起こして討伐される人です。

 この作品では美以とは仲が良く、また太守としても(頭はあまりよくないですが)民に慕われる人物になってます。

 彼女の武器や戦い方は次回以降で……

 

 ●李恢

 「なにがむむむだ!」で有名な方ですね。正史、演義共に馬超を説得したことで知られています。

 正史では雍闓達の反乱の際に高定を討ち取ったりしていて、弁舌だけの人物ではないことが窺えます。

 この作品ではまだその片鱗も見えない登場になってしまいました(笑)。

 徳昴さんの今後にご期待下さい。

 

 ●張嶷

 『三国志』演義では二軍的な扱いの武将、正史では羌族や南蛮平定のスペシャリストな人です。

 また人を見る目がある人で、幾つかエピソードも残っています。

 この作品では捉えどころのない人物になりました。

 次回も竜胆さんがなにかやらかしそうな予感……

 

 ●馬忠

 劉備に「黄権を失ったが、代わりに狐篤(ことく)(馬忠の若い頃の名前)を得た」と言わしめた人。

 『三国志』正史では李恢、張嶷と同じく雍闓達の反乱で鎮圧、その後の統治に大功をあげた方です。

 思いやりがあって、太っ腹な人物だったようです。

 この作品では友人二人をさりげなくフォローする役どころな登場になりました。

 徳信さんの戦う姿は次で書けそうです。

 

 

 


 
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