No.338055

崩壊の森 8

ヒロさん

【熱砂の海→見えない夜→崩壊の森】
 闇の森の中心にある神殿へと徒歩で向かうアルディートとザバ。
 森は現実から切り離された世界のようで、飢えと渇きから解放された楽園のようでもあった。
 それ故に森に足を踏み入れた者は戻らないのかとも考えたが……。

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2011-11-22 22:02:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:499   閲覧ユーザー数:496

 

 空を覆い隠すほど頭上に広がる緑の葉。

 その間を夕陽が差し込み、神殿への一本道に赤い不思議な模様を作り出す。

 それはここが現実ではないかもしれないという疑念をおこさせるほどの、見た事のない幻想的な風景だ。

(だから惑うのか?)

 アルディートは思う。

 苦しみの満ちる現実から逃れてきた者にとって闇の森は楽園かもしれない。

 木の実があり、泉もある。

 小動物もいるかもしれない。

 そう考えたアルディートはふと足を止める。

「ザバ」

 呼び止められてザバが視線を向けたタイミングでアルディートは、

「ここにやってきた者は帰ってこないのではなく帰らないのではないか? 自分の意思で」

 アルディートの指摘にしかしザバは感心した表情は見せず、

「確かに。飢えと渇きに苦しんできた者にとって楽園でしょう」

「例えばだ。そう思う者たちがこの森のどこかで小さな集落を作って暮らしている、とは考えられないか?」

「良い案ですね。ではその集落で暮らしていたとしたらどうしますか?」

「そうだな。お前を呼ぶか」

「ありがとうございます」

「バシューたちも呼ぼう」

「賑やかな集落でしょうね。バシューならばそのうちお酒を造り始めそうです」

「そうだな」

 同意してからアルディートはザバの質問の意図に気づいた。

「……そういうことか」

「はい」

 この森に足を踏み入れ行方不明になった者は十人、二十人ではなくその何倍もいる。

 仮に二十人だとして家族、友人を呼び、その更に家族、友人を呼び……。

 それが噂にならないはずがない。

 故に楽園は存在しないのだ。

 

 アルディートは無言で再び歩き出した。

 ザバも後に続く。

 夕陽は二人の影を長くさせ、斑模様と混ざり合って奇妙な形になる。

 まるで異形のもの。

 後ろを歩くザバは、らしくもなくそんなことを考えてしまった。

 闇の森の毒気にあてられたか、と思い自嘲の笑みを浮かべるが、それを見る者はいない。

 

 ならばとザバは空想、幻想ではなく、推測という不安定な夢の世界の中を漂うことにした。

 

 ――アルディートと出会ったのはどこか?

 

 国王にのみ受け継がれる書の閲覧中にメルビアンに問われた。

 

 その問いの答えから導き出せる事柄は推測でしかない、とメルビアンは語った。

 だがその推測が真実である可能性が高い。

 でなければアルディートをこの森に足を踏み入れさせない。

 正体の分からない敵の中に無策で飛び込んで命を落とすなど、愚か者のすることだとザバは考えているからだ。

 それでもどうしても森の中に入らねばならぬなら、大隊で森の木を伐採して神殿への道を切り開く方法をとるだろう。

 

 そうしないのはアルディートを見つけたのがこの森へ入る道の入り口だったからだ。

 その事実をアルディートは知らない。

 ここに来ることで知る事になるかもしれないが、その時はその時、とザバは思っている。

 そしてそれを知ってアルディートが動けなくならないと確信すら持っているからだ。

 そんな真実よりもっと辛い事がアルディートにはあった。

 ただ黒い色を持つということだけで。

 

「バシューに足腰の弱った年寄りめと言われるぞ」

 言われて視線を上げると、アルディートはだいぶ先を歩いていた。

 思いの中にいすぎて足取りが重くなっていたようだ。

「それは困る」

 苦笑いを浮かべ、小走りして距離を縮める。

「ザバ」

「はい」

「考えたが――」

 自分の思案よりは何倍も楽しいだろうと思い、興味津々にザバは耳を傾ける。

「この森で得る情報と引き替えに、ふざけた事は止めろと言おうと思うが」

 あまりの唐突さにザバであっても声を失う。

「話さなくてはならないことは話す。会話のきっかけなど必要ない。そう思わないか?」

 ちらりと見えたアルディートの横顔が困惑と怒りの両方を見せている。

「あいつの楽しみになる気はない」

「ではお命じになってはいかがですか?」

「国王にか?」

「はい。神代様」

「そう言えば地位は同等だったな」

 だが王族に生まれた者の血がそう思わせない。

 そして――。

「聞く耳があるとは思えないが」

「ああ、それも真実でございましょう」

「ではやはり交換条件だ」

「ご成功をお祈り申し上げます」

 その声音は成功しそうにないと考えているように聞こえ、

「ザバ、お前」

「いっそ会話にのって差し上げてはどうです?」

「御免だ。そういう言葉は王妃に投げかければいいものを」

「ご存知ありませんか?」

「何をだ?」

「王子と王女がお一人ずついらっしゃいますが、国王と王妃の関係であってご夫婦とは言い難いご関係であられますことを」

「どういうことだ?」

「ウーラカ王妃様は廃嫡された兄君の幼なじみで小さな頃から王妃になるべくお育ちになり、お二人はとても仲がよろしかったと聞いております」

 国王である事も加味され、メルビアンが人として全てを持っているかと思えばそうではなかった。

 その事実にアルディートは口を開かず、ザバを見る事もなかった。

 

 二人の足音が響き、時折夜のカーテンを引いているような風が吹き抜ける。

 そして葉擦れの音は不安を誘う。

 辺りが闇に包まれ始めたとあれば尚更だ。

 

 

 更に歩き、その先に大きな影を見つけると、

「完全に陽の落ちる前に着いて幸い。野宿より屋根のある方が夜を過ごすには快適ですから」

 夕刻に森に入ったのだから夜が来るのは当然だが、アルディートにしてみれば用事が済めば夜中だろうと森を出るつもりだったのだ。

 それとも何日も夜を過ごさなければ用が済まないのだろうか?

 反応のないアルディートに「そう思いませんか?」と微笑して返答を無理に促すザバに、

「そういうことか」

 言葉と共に笑みも返した。

 どれくらい時間がかかるか検討がつかないという意味が込められていたのだ。

 その時、風が駆け抜けた。

 上空を舞う風でない。

 身を包むマントをはためかせ、フードが肩を叩く激しいものだった。

 静寂が戻ると夜は一瞬のうちに訪れていた。

 一陣の風が夕陽を吹き飛ばしてしまったようだった。

「急ごう」

 ザバが無言で頷く。

 旅人が携帯する灯りに火を入れ、二人はこの森に入って初めて真剣に歩き始めた。

 

 

 
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