No.337940

真説・恋姫†演義 仲帝記 第十一羽「黄群来たりて、衆寡激突するのこと」

狭乃 狼さん

仲帝記、その第十一話。

ども、似非駄文作家の狭乃狼ですw

さて、いよいよ始まる新生袁術軍対黄巾賊の戦い。

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2011-11-22 17:16:09 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:10619   閲覧ユーザー数:8002

 初陣。

 

 それは読んで字の如く、初めての戦場経験の事を指す。その時、戦という物を始めて経験する事となったその少女は、その小さな体を緊張と恐怖、その両方によって震わせていた。

 

 しかも、である。

 

 少女の初めての経験となったその戦は、多数対少数を絵に描いたような戦力差での物となった。

 

 その少女、袁公路率いる南陽軍の数は、およそ一万。そしてそれに相対する黄巾の賊徒たちは、その数およそ五万。

 

 数だけを見れば明らかな劣勢。しかし、袁術の側近である張勲は、その圧倒的な戦力差にも一切動揺する素振りを見せる事無く、城外に討って出ての迎撃戦を選択し、迫り来る黄色い波を押し返すその為の策を、不安がる主や同僚の諸将らに対して示した。

 

 それは、まさしく理に適った物であった。寡兵が多勢を打ち破るそのための策としては、まさに教本どおりな一手。

 

 しかし一方で、彼女の同僚達は少々意外な心持ちで居た。

 

 確かに、彼女の提示したその策は、今と言う逆境の場面ではこの上ない物である事に違いは無い。しかし、張勲の普段の言動を知っている彼らからすれば、それはとても信じがたい手段だった。

 

 飢えた獣とでも言うべき、黄巾の賊徒たち。

 

 その彼らを一網打尽にするその策のためには、まず、その獣の前に十分すぎる餌を見せ付けてやる必要があった。

 

 ――そう。南陽太守、袁公路その人という、最上級の餌を。

 

 そして今、彼女はただ無言のままに見つめていた。

 

 ……己が視界に入り、そして、自分めがけて怒涛の如く押し寄せる、その黄色一色に染まった巨大な波を、自身の背後に立つ張勲と一刀のその視線を、その小さな背の支えとして……。

 

 

 第十一羽「黄群来たりて、衆寡激突するのこと」

 

 

 「……」

 

 袁術は震えていた。

 

 初めて経験する戦場にて、最も肝心なその役を与えられた事への、その大きな責任感に。それと同時に、もっとも危険でもあるこの役に対する、その大きな恐怖心に。そうやって小刻みにその体を震わせている袁術の事を、もう黙って見ては居られないと思ったのか、一刀がそんな彼女の隣に馬を進めて並び、あえて砕けた口調で彼女に声をかけた。

 

 「美羽……やっぱり怖い……よな?」

 「……一刀……。お主は……平気、なのかや?」

 「……一応、戦場が初めてって訳じゃあないからね。……けど、やっぱり俺も怖いよ」

 「そ、そうなのか?」

 

 戦場で直接感じる恐怖、それは人の命を奪うことと、自分の命を失うかもしれないことの、その双方にあるといえる。もちろん、それら以外にも様々な恐怖が場にひしめくのが、戦場という特異な環境ではあるが、結果的に言えば、やはりそのどちらかにその基は帰結するであろう。

 

 「……戦場で、恐怖を覚えない人間の方が稀有だと、俺は思う。……でも、それをみんな、何がしかの手段で克服しているんだ。それは自分の武の腕やそれに対するプライド…矜持であったりとか、守るべき人達であったりとかね」

 「一刀は、何でそれを克服しておるのじゃ?」

 「……えっと。その……そう!仲間との…みんなとの絆、だよ。うん」

 「なるほどー。それはとっても素敵な理由ですねー♪……顔を真っ赤にして背けてなければ」

 

 君を守るためだ美羽。……などと言うそんな恥ずかしい本音を、その本人を目の前にして言えるような筈も無く、一刀は取ってつけたかの様な、かといって全く違っているわけでもない建前上の理由を、袁術に対して答えたのであったが、その頬を赤くして顔を違うほうへと向けていた事を、張勲から小声でからかわれる彼であった。

 

 「……七乃さん?お願いですから、何時の間にか人の背後に忍び寄って、小声でからかうのは止めて下さい……」

 「あらあら♪それは失礼をー♪」

 「……それはともかく、美羽、君もこれからは、こうして戦場に立つ機会が、何度となく訪れるだろう。自分の手でみんなを守りたいと、自分でそう決めた以上はね。だから君も、しっかりと見つけておいたほうがいい。自分にとって恐怖を凌駕する何かを、な?」

 「……ん」

 

 守られるだけの人形をやめ、自ら歩み始めることを選び、そしてその進む道の中で人々を守る。その事を望んだのは他ならぬ袁術自身。だからこそ、時として直面しなければならない、人の死というものが蔓延する戦場でもしっかりと己自身というものを保てるよう、その支えになる何かを見つけておくように、一刀は彼女に、そのやさしい微笑とともに諭したのであった。

 

 

 「さて、おしゃべりはここまでにしておこう。……来たよ、美羽、七乃さん」

 「っ!」

 「あらー、やっぱりすごい迫力ですねー。有象無象さん達とはいえ、実際にあれだけ群れると」     

 黄色い塊。それが彼女らの正面から、巨大な土煙を上げ、何もかもを飲み込まんとするその勢いのままに、ただひたすらに前進してくる。

 

 「それじゃあ一刀さん?手筈どおり、先鋒はお任せしますね?」

 「了解。ま、三千でどの程度削れるかは分からないけど、やれるところまでやってみるよ。討ちもらした連中の迎撃、よろしく頼みましたよ、美羽さま?」

 「う、うむ!……気を、つけてな?一刀」

 「承知!……北郷隊、これより出陣する!目標、黄巾賊先鋒五千!連中は老若男女問わずに蹂躙するような、飢えた獣どもだ!一匹たりとも慈悲を与えるな!!全軍抜刀!……突撃!!」

 『さー!いえっさー!!』

 

 迫りくるその黄色い群れの頭へと、一刀率いる北郷隊三千の騎兵(馬具無し)達が、戟を手にその天にも届けとばかりの咆哮をあげ、一気に突っ込んでいく。

 

 「……一刀、死ぬではないぞ……!!七乃、妾たちも準備じゃ。兵達に射撃の支度をさせてたも。それと」

 「はいは~い、分かっておりますよ~。いつでも“撤退”出来る準備、整えておきますね~」

 

 一刀たち北郷隊の突撃に合わせ、袁術たち南陽軍本隊二千――こちらは弓兵中心の部隊――もまた、張勲の指図によってその戦闘準備を整えていく。

 

 その頃、袁術達本隊がいる場所から少々後方にある森林地帯にて、その出番の時を待っているものたちはというと。

 

 「……そろそろ、戦端が開かれている頃でしょうか?」

 「そうですね。……やっぱり不安、ですか?巴ちゃん」

 「当たり前です。囮役などという危険なことを、美羽さまに務めさせているのですから」

 「……やっぱ、そこが良く分からないんだよなあ。……あのお嬢命な七乃が、なんでそのお嬢を囮なんていう危ない目に合うのが分かりきっている、そんな役につけたのかさ」

 

 先の軍議において、張勲が一同に示した策は、その内容自体は至極単純なものだった。つまり、宛県近郊に迫る五万の黄巾賊を、袁術と張勲、そして一刀の率いる隊でもって一旦迎撃した後、壊走を装って宛の街とは違う方向にある森の付近まで誘導。そしてそこに伏しておいた諸葛玄、紀霊、陳蘭が率いる五千の部隊で横撃、分断した所で袁術らの本隊と挟み撃ちにして各個撃破、というものであった。

 

 「……多分、ですが。七乃ちゃんは美羽嬢の、その覚悟の程を試しているんじゃあないかと、僕は思っています」

 「覚悟、ですか?」

 「ええ。……自分の意思と足で歩き出すことを、美羽嬢が決めた。それは七乃ちゃんももう受け入れていることです。ですが」

 「……それによって起こる、直面する現実に、お嬢がどれだけの覚悟を持っているか?……それを確かめようとしているって、そう言うんですか?秋水さんは」

 「それぐらいしか、辻褄の合う説明はつきませんからねえ。いくらあの娘でも、命がけの戦場を利用してまで、美羽嬢の痴態を見ようとはしない……と、思いたいですけどねえ」

 『……』

 

 完全には否定できない。それが陳蘭と紀霊の素直な感想であった。

 

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図、とでも表現すれば良いだろうか。怒号と悲鳴があたり一面に飛び交い、赤い色の溜まりとかつて人間(ひと)だったモノが地を埋め尽くし、本来の大地の色は一切目に見えなくなっている。

 

 「はあっ、はあっ、はあっ。……状況は!?」

 「黄巾先鋒隊五千、そのほとんどを駆逐し終えて居ります!我が方の被害も軽微!死者は出ておりません!」

 「後方への討ち漏らしは?!」

 「数百程度のものですが、それらも全て、公路さまの本隊によって残さず討たれております!」

 「なら、そろそろ引き時だな。よし、あっちの本隊が迫ってくる前に、早々に撤収だ!本隊と合流して目標地点まで後退を」

 

 周辺の状況を判断し、ここが引き際と後退の指示を一刀が出したその時、その彼の方へと向かって、憤怒の形相を浮かべた黄巾の将らしき男が、単騎で突撃を敢行して来る姿が捉えられた。

 

 「そこの男!!これだけ好き放題にやって、簡単に逃げられると思うな!!せめて手前の首だけでも落としておかねば、青州に居る天和ちゃんたちに申し訳が立たねえ!!この波才の戟でもってだ!!」

 「くっ!……全軍はそのまま後退を開始!俺はアイツを討ってから跡を追う!!」

 「はっ!隊長、御武運を!!」

 「ああ!……南陽袁家近衛軍、北郷隊隊長、北郷一刀だ!その一騎打ち、受けて立ってやる!!」

 

 部隊だけを先に下がらせた一刀は、自身に向かって突撃してくるその男波才へと、その手の戟を構えて真っ向から立ち向かっていく。騎馬上での一騎打ちは一刀自身、これが始めての経験ではあったが、不思議と負ける気は今の彼にはしなかった。

 

 「死にさらせこのガキぃーっ!!」

 「誰がこんな所でえっ!!」

 

 一刀と波才の馬が交錯するその瞬間、高い金属音と共に激しくぶつかる両者の戟。

 

 「くっ!なんつー馬鹿力……っ!けどっ!!」

 

 一旦はすれ違って離れた両者は、再びその馬首を返して相手に向かい、そしてまたすれ違いざまに戟と戟とを交差し、三度馬首を巡らせて、また互いの敵へと立ち向かう。そして十合ほどそれを繰り返した所でその馬足を止め、今度は至近距離にてその戟を打ち合う。

 

 「野郎!女みてえな細っこい顔したわりには、以外にやりくさりやがるじゃねえか!」

 「余計なお世話ってやつだ!それに、人が気にしてる事をあっさり突くなよな!!おうりゃあっ!!」

 

 二十合、三十合と、二人はそう言った罵倒を相手に向けつつ、何度と無く戟を交し合う。そして、その勝敗を分けたのは、二人の馬に在る物と無い物の差であった。

 

 「くそっ……!!う、腕の力がもうっ……!!」

 「っ!……そこだあっ!!」

 「ぐはあっ!!」

 

 馬具が無く、足で踏ん張る事の出来なかった波才と、鐙によってしっかり踏ん張る事のできた為に、膂力に余裕が出来た一刀。そこが、二人の生死を分ける決定打となったのであった。

 

 「……はあ、はあ、はあ。……腕の差は、ほとんど無かった、な……。……千州には、ほんとに感謝しないと、な。……出来れば埋葬ぐらいしてあげたいけど、今はそんな余裕が無いから、このまま、捨て置かせてもらうよ。……はあっ!!」

 

 地に横たわり、絶命している波才の遺体にその一言だけを送って、一刀は本隊が撤退して行った、その方向目掛けて急いで馬を走らせる。自身のその背後から徐々に迫りつつある、黄巾賊のその本隊、およそ四万五千を後目にして。  

 

 

 黄巾党、荊州北部方面軍の大将であるその男は、その事態に対して怒りと焦りを、大げさなほどに見せていた。

 

 「波才が討たれた……だと?!」

 「は、はっ!波才さまの先鋒隊五千は壊滅、その後南陽袁家の近衛隊長とかいう男の手で、一騎打ちの末に敗れたと」

 「おのれ……っ!!舐めた真似しくさりやがる!!いいか手前ら!!この土地は何が何でも落とすぞ!!良いか!天和ちゃんたちの為にもだ!!わかったなあっ!!」

 『ほわあああああっっっ!!』

 

 黄巾党とは元々、一旅芸人に過ぎなかった張三姉妹の、その熱烈なファンによって構成されたグループの、その呼称であった。しかし、彼女達がその行く先々において、『いつか大陸を獲りたい』と発言し始めるようになって以降、その言葉を都合よく利用して人を集め、己の欲望のために動く者が現れ始めた。

 

 この荊州北部方面の大将である程遠志と言う名のこの男も、そんな者達の一人であり、個人的なその目的、すなわち金と女を好きなだけ集めるその為に、張三姉妹と黄巾の名前を勝手に使い、豫州では散々に暴れまわってきた。そして、荊州最北の郡である南陽の地には、彼の趣味に一番合った獲物が居る事を、とある地方官吏らしき老人から教えられ、彼はその獲物を捕獲するためだけに、五万と言う大軍を連れてその地に入ってきたのである。

 

 そしてその獲物とは、南陽郡太守、袁公路その人の事。

 

 そう、実は程遠志と言う男、無類の幼女趣味者なのである。例え実際の年齢がいくつであろうが、彼にとって重要なのはその容姿のみ。見栄えさえ幼く見える女であれば、この男にとってはそれが堪らなく嗜虐心をそそられるのである。

 

 『俺の目的さえ果たせりゃぁ、後の事がどうなろうと知ったことじゃあねえからな。波才の馬鹿が居なくなったって言うんなら、それはそれで好都合ってものだ。その分俺が全部、独り占めできるしよ』

 

 つまるところ、それがこの男の本心であり、先に叫んだその台詞のほとんどは、周りに対する体面でしかなかった。純粋な黄巾党…つまり、張三姉妹の根っからの支持者であった波才が死んだことも、彼にとってはかえって喜びであった。何処かを襲撃して占領するその度に、黄巾党としての本来の活動、すなわち張三姉妹の宣伝行為という彼にとっては疎ましいことこの上なかった行為も、もうこれでやらずに済むようになるかと思うと、思わず笑いが止まらなくなるほどだったが、それをその場で臆面も無くするわけには行かなかった。

 

 何しろ、自分の本来の目的を知っている者は、同軍の中には死んだ波才以外、他に誰一人として居ないのだから。 

 

 他の黄巾兵たちとて、彼と同様暴行や略奪を働いていないわけではないが、それでも、黄巾党としての活動を本気で信じている者たちもそれなりに居るので、その本心だけは絶対に口に出来ないのであった。

 

 『けどまあ、そろそろ潮時かも知れねえな。宛県を落とした後、袁公路とかいうお宝をたっぷり味わった後で、銭だけ確保してどっかに身を隠すとするか……』

 

 そんな事をその脳裏で思考する程遠志であったが、その時、彼は欠片ほどにも想像できていなかった。自分達が意気揚々と進むその先に、まさか地獄の釜が大きくその蓋を開けて、今か今かと彼らを待ち受けていようことなど……。 

 

 

 「お?どうやら無事に誘えて来たようですね」

 

 木々の生い茂るその森の中、その視界の中に『袁』の旗を掲げた一団がよぎるのと、その後方から迫る凄まじい土煙を確認した諸葛玄が、にやりとその口の端をゆがめて呟く。

 

 「美羽様もどうやらご無事の様子ですね。……では、そろそろ私達も」

 「ああ。陳蘭隊、弓、構え。敵集団が半ばを過ぎた所で一斉射撃だ」

 「諸葛玄隊も同様、矢の準備です。その後は巴ちゃん…頼みますよ?」

 「承知。紀霊隊、全員抜刀。諸葛玄隊、陳蘭隊の一斉射撃の後、敵中央へ突撃。連中を分断します」

 

 声に出しての返事は無い。しかし、彼らの背後にて息を潜める五千の兵は、確かにしっかりと、その首を縦に振ってそれぞれの隊の長に意を示していた。

 

 「……来たぜ!……もうちょっと、もうちょっと……」

 「あと少し……よし!放てえっ!!」

 

 まさしく一斉に。諸葛玄のその号令を受けて、一千づつ三列に並んだ兵が、代わる代わる立て続けに矢を放つ。所謂三段構えの陣により、それは次々と黄巾軍の中央目掛け、矢の豪雨となって降り注いだのであった。

 

 「ふ、伏兵だとおっ!?くそっ!小ざかしい事をしてくれる!!慌てんじゃねえ手前ら!矢なんざ必ずどこかで間が空くんだ!そこを狙って……っ!!」

 「て、敵襲ーっ!!こ、後方の輜重隊がゆ、弓を持った騎馬隊に襲撃をっ……!!荷が、荷が燃えております!!」

 「なっ?!」

 

 横合いからの矢の嵐によって、黄巾軍はあっという間に大混乱となった。さらに、彼らの輜重を運んでいた最後尾の隊に、別の少数の部隊が襲い掛かった。徐庶率いる弓騎兵、五十騎である。彼女らが輜重隊目掛けて放った油の入った壷と火矢により、黄巾軍の後方はあっという間に炎の壁となった。

 

 そして、さらに。

 

 「う、右翼の森より敵集団!」

 「なにっ!?弓だけじゃなかったのか!」

 「我が名は紀霊!南陽袁家が長、袁公路の一の剣!!天をも恐れぬ所業の賊兵ども!我が三尖刀にて、いざ冥府へ案内してあげましょう!!」

 

 横合いからの矢の雨と、後方への輜重隊に対する奇襲によって完全に浮き足立った黄巾軍の、その中央本陣へと一気に突撃して行く、紀霊率いる南陽袁家近衛軍紀霊隊、通称『朱雀隊』。それに属する二千の兵たちはみな一様に、真紅に染めた肩当と脚甲をつけ、それを隊の証、そして誇りとする者達である。   

  

 「はあああああっっっ!!」

 「な、なんだあの馬鹿みたいに強い女は!?……はっ?!……二刀使いの、真紅の髪の女……まさか、まさかあれが、『朱雀公』として名高い、あの……っ!!」

  

 舞い踊る真紅。その姿、紅蓮の炎を纏いし、鳳凰の如し。その、美しくも力強き太刀捌きは、見る者全てを魅了して止まぬ、烈火の士。何時しか彼女に付いたその通り名が『朱雀公』。袁術軍随一の将にして武人、紀霊のその両手に携えた三尖刀によって、次々と黄巾の賊徒たちは屍へとその姿を変えて行く。

 

 

 「お嬢様~。どうやら秋水さんたち、上手いこと奇襲に成功したみたいですよー」

 「……そ、その様じゃ……な。……うぶっ」

 「……辛いですか?戦場に漂うこの“匂い”は」

 「……だ、大丈夫、じゃ……。これしきのこと、死んだ者達の苦しみに比べれば……うぅっ」

 

 壊乱する黄巾賊達のその前方、袁術直率の本隊にて、その地に蔓延するその独特の匂い…死臭に吐き気を覚えるも、何とか吐く事だけは堪えている袁術の姿があった。

 

 「無理しないほうが良い。後は俺達だけでも十分片がつくから、美羽はここで」

 「大丈夫じゃと言うて居ろう!……妾にも、背負うモノの最期位、しっかりと見届けさせてたも」

 「……わかった。七乃さん、部隊を反転させて、連中に止めを…って、七乃さ~ん?もしも~し!」

 「ハア……こうして悶えながらも吐き気に必死に抵抗するお嬢様……なんてお可愛らしいんでしょう……」

 「……この人は……ていっ」

 「はうっ!?」

 

 延髄にツッコミ一撃。袁術の苦悶の表情を見ながら、どこかへ往ってしまっている張勲を手刀で正気に戻し、一刀たちは軍を反転、奇襲を行いそのまま激闘を演じている紀霊隊と息を合わせての、黄巾軍への挟撃を開始。さらに、森から矢を射掛けていた諸葛玄と陳蘭の部隊もそこに加わり、さらにさらに徐庶の率いる弓騎兵の援護も加わって、あれよあれよと言う間に黄巾軍はその数を減らしていく。

 

 「馬鹿な……こんな、こんな事があってたまるか!こちらは五万の兵が居たんだぞ!!それなのに、それなのにどうして!どうして高々一万程度のヤツラに……!!」

 

 程遠志にとっては信じがたい現実。それがその両の眼にしっかりと映っているにも拘らず、彼はそれをただ否定する言葉のみを空しく叫ぶばかりで、大将たる自分がしなければならない筈の指揮も鼓舞も何もせず、ただただ立ち尽くすのみだった。そしてそこに、彼にとっての死神が、飄々とした態度でその姿を見せたのである。

 

 「ど~も~。貴方が~、この部隊の~、隊長さんですか~?」

 「……なんだ、お前は?」

 「姓は雷で~、名は薄と~、申します~。貴方のお命~、頂きに来ました~」

 

 ソバージュにしたその髪を風に揺らしながら、そう、いつもののんびりした調子で名を名乗る、どこか白衣を思わせる戦装束を纏った雷薄が、彼女の風貌には全く似つかわしくない、鉈のような得物を手に持ち、にこやかに程遠志の傍に何時の間にか立っていた。

 

 「この俺を、殺す、だと?お前みたいなのほほんとした女が、この程遠志さまをか?はっ!笑わせてくれる!!」

 「あらあら~。人を見かけで~、判断しちゃあ~、駄目なんですよ~?こう見えても~、私結構~、強いんですから~」

 「けっ、嘘をつくんならもっとましな嘘を吐きな!手前みたいなのの、一体何処が、この俺より強いって言うんだ!?」

 「(にこっ)……それじゃ、信じられないまま、死んで下さい」

 「あ?」

  

 一閃。……おそらく、程遠志は自覚さえ出来なかっただろう。雷薄のその手の鉈が、目にも止まらぬ速さで動き、自分の首を飛ばしたということを。最後に彼のその目に映ったのは、首から上の無い“自分自身”の胴が、ただ人形の様に立っている姿であった。

 

 「黄巾軍頭目、程遠志、この雷薄が討ち取りました!生き残っている賊兵さんたち、命が惜しければこれ以上抵抗しないでください!!」

 

 雷薄のその宣言。それが、この戦における最後の叫びとなった。

 

 

 

 最終的な黄巾軍の被害総数は、死者、負傷者を合わせておよそ三万と少々。対して袁術軍の被害は死傷者合わせて千と数百。

 

 五万対一万という、最初のその戦力差をものの見事にひっくり返しての、袁術軍側の大勝利と言う形でその幕を閉じた。

 

 その後、降伏した黄巾軍の生き残り達については、衣食住を提供した上での、郡内各地における無期限労働を課すことで決定し、生産に従事させる事による更正の機会を、彼らに与える事になった。

 

 それに関し、少々甘すぎる処置ではないかとする声も上がったが、袁術の次の一言により、それも抑えられることになった。曰く、

 

 「あの者たちとて、食うに困った末に行動して居た者が多いのじゃろ?なら、毎日腹一杯に食が摂れて、安心して眠れる環境にさえ居れれば、もう二度と、過ちを犯す必要はなくなろうじゃろう」

 

 とのことである。……それでも、もし再び過ちを犯すようであれば、その時は厳格に処罰せねばならんが、とも付け加えて。

 

 実際その後、彼らが再び蜂起するような事は起きず、中には自ら進んで袁家の兵に志願する者も出るほど、彼らは袁術のその寛大な心に感謝し、袁家を支える精強な一団へと後々なっていくのであるが、それはまたその時に講釈をさせていただく。

 

 とにもかくにも、こうして南陽における戦は集結し、かの地は再び平穏を取り戻した。

 

 そしてその一方で、同州南部にてその戦端を開いていた一団がいた。

 

 その出身である土地と、そしてそこで培った武勇と勇名から、『江東の虎』との異名を持つ希代の英傑、孫堅文台。

 

 その虎の一族達の戦いもまた、袁家軍以上の激戦の様相を呈していたのであった……。

 

 ~つづく~

 

 

 あとがき 

 

 やっぱり戦のシーンは難しいですw

 

 さて、今回一刀が賊将である波才と一騎打ちをしましたが、文中でも述べたとおり、実力は双方ほとんど互角と言うレベルです。波才が大体70台前半、一刀がこの時点で70行くかどうかぐらいって所です。

 

 結局、勝敗を決めたのは馬具の差でしたが、一刀はこれからもまだ、成長していきます。と言っても、精々愛紗あたりと戦って十本中五本も取れれば良い程度、ぐらいまでですけど。

 

 巴さんはその異名を漸く出せました。戦闘シーンをもっと細かく書こうかと思っていたんですが、場面的にここは違うかなと。もっと目立つ、そしてもっと重要なところで、彼女は活躍させたいと思ってます。

 

 そういう意味では、千州、秋水、美紗の三人も同様です。それぞれがそれぞれに目立つシーンも、これから必ず出てきますので、特に千州と秋水のキャラを提供してくれた方々?その時を是非楽しみにしておいてください。

 

 

 さて、次回は孫家一家の戦いを、そのメインといたしますので、一刀たち袁家組の出番はほとんど無いと思います。

 

 で、その時にはまた一人、新しいキャラが登場します。・・・孫家なんだから、誰の事かはもちろん、大体予測が付くと思いますけどねww ちなみに、諸葛瑾こと翡翠ではありませんので、そこのところ宜しくw

 

 

 それでは次回、真説・恋姫†演義 仲帝記、その第十二羽にて、またお目にかかりましょう。

 

 

 再見~( ゜∀゜)o彡゜  

 


 
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