No.337766

氷の花の香りは 

みすてーさん

【      氷の花の香りは       】~Bluedrop, the perfume only I know~

――青の雫。
――それは母が姉妹をつなぐために残してくれた香り。
「お前はロイヤルブルーという皇族の一員だ」

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2011-11-22 00:52:49 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:663   閲覧ユーザー数:662

 

【      氷の花の香りは       】

~Bluedrop, the perfume only I know~

目次--------------------------------------

 #00 プロローグ     

 #01 ロイヤルブルー ←イマココ

 #02 親愛の乾杯

 #03 氷の花

 #04 単なる兵隊の役目

 #05 ロイヤルガード

 #06 ヒートとソルティー

 #07 花畑の記憶

 #08 誕生日プレゼント

 #09 青の雫

 #10 エピローグ      

 

 

(冊子版発表:'09/12/31 C77)

 →冊子版お求めの方はメッセージ下さい。1冊500円。

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 #00 プロローグ  

 

 

 追われている。

 なぜこのような目にあうのか分からない。

 でも、この石さえ握っていれば、逃げ切れる気がする。

 石をしっかり握り締め、まぶたを閉じて、深呼吸をする。

 冷たい空気が肺の奥底に染みていく。

 吐いた息は白かった。それもすぐに風に溶ける。

 群青色の少女の瞳はただひたすらに前を見つめていた。

 腰で縛ったワンピースの膝丈スカートから伸びる足はかすり傷だらけ。さらに、指先はあかぎれになっていた。霜が降りていたせいだ。

 今まで登ってきた斜面の地肌は柔らかく、水を含めばすぐにぬかるんで滑りやすくなる。さらに、木の根が複雑に絡み合い、尖った岩が顔を覗かせる。足をとられやすく、転んでしまえば木の根や岩に体を打ち付けることになる。

 非常に歩きにくい。もう、何度も尻餅をついたり、体のあちこちをぶつけた。多くは膝と肘、指先に痛みが集中する。

 それでも、一歩ずつ踏み出す。

 乳白色の霧と小雨が視界を遮るが、この程度ならまだ大丈夫と言い聞かせ、道無き道、険しい山の斜面を歩む。

 山は普段から歩き慣れている。

 歩き慣れているから、ちょっとのケガでも気にはならない。むしろ、この程度ですんでいるのだ。道に迷って不安になる、というのが最大の敵だ。不安と焦りが不注意を呼んで大事故に繋がる。だが、逆に山の地理は体が覚えている。地理に不安はない。だから、足元の踏み込みがしっかりして、危険を回避できる。

 とはいえ、追われている、という状況。

 時間は日の出前、まだ薄暗い。

 急激に気温が下がり、霧が発生していた。

 昨夜はいい月が見れた。

 天気のいい夜の翌日、朝日が昇る寸前に冷え込むと霧が出るという。母が言っていた。

 だが、いつもなら厄介な霧でも今日に限っては味方につけられる。

 それに、追っ手は山に慣れていない。

 霧で視界も悪く、さらに地の利を得ているこちらが圧倒的に有利だ。ただ、霧雨が冷たく、このままではこの寒さが体力を奪っていくだろう。

 一晩中、山の中を走っていた。

 本当なら寒さと足腰の痛みでぐったりしているはずだが、今は不思議なことに膝も腰も寒さもなんともなかった。

 汗と霧雨のせいで自慢の青い髪がぐっしょりとなっていた。それも不快ではなかった。

 ――この石のおかげ。

 母から、お守り代わりにもらった一粒の宝石。

 山間の小さな村には似合わない、立派な宝石だった。なぜ、これを母がもっていたのかはわからない。

 今はこの一粒しかない。幼い頃にはもっと大きい、もっと綺麗な宝石を見た気がするが、今はそんなことをじっくりと思い出している状況ではない。

 強く握れば握るほど、力が、勇気が湧き上がってくる。

 お守りとはよくいったもので、つらいときに握っていると、前向きな気持ちになる。どんなつらい逆境に出会ったとしても、なんとかなってしまう錯覚を覚える。

 母が死ぬ前に渡してくれた、大事な遺品。

 お葬式の日、ずっと握っていたら、泣けなかった。亡くなった母が村人に慕われていたため、葬式はずっと忙しかった。放心して役に立たない父を慰めながら、孤軍奮闘した。なんとか一人前にお葬式を出すんだというと強い気持ちが握り締めていた石から湧き出る不思議なチカラに勇気付けられた。無事に全部終わって、部屋に帰って、ほっとして石を手放した瞬間の気持ちの崩れ様がすさまじかった。

 今、同じ事が言える。

 お葬式の忙しかった時と似たような状況だ。

 体力を急激に消耗しているはずなのに、全然疲れていない。むしろ、追っ手から逃げきれるという自信に満ちた気持ちが心と体を勇気付けた。

 昨夜、いかにも身分の高そうなハンサムな男の人が馬に乗って現れた。

「君を迎えに来た」

 こんな田舎の農家の娘になんのようだ。

 錯乱した父があたしを売ったのか? と父親を睨みつけても、これで俺の務めは終わりだと言うばかり。意味もわからないし、お酒のせいでまともな会話にならない。

 迎えに来たと言う男に支度をするから待ってくれと言い、自分の部屋にこもって、すぐ窓から逃げた。

 隣の家に住む仲のいい兄さんも勘が冴えていたようで、逃走ルートを確保してくれた。怪しい男についていくくらいなら、村にいた方がいいと彼は説いていた。

 彼にはいつも世話になっていたから、信用できた。それに、肩を抱いて心配だといってくれた。だから、逃げることにした。

 村を離れてすぐだった。荒々しい蹄の音が聞こえたのは。

 彼らはなんとしてでも、あたしを捕まえる気らしい。

 だが、簡単に捕まるわけにはいかない。

 母との約束を果たさなければ。

 死ぬ間際に教わった、妹の存在。帝都にいる、同じ青い髪、青い瞳の女の子。

 ――お花が大好きで、ちょっとワガママみたい。

 それだけじゃわからないよ、という娘の言葉に今にも灯が消えそうな母は笑いながら言う。

 ――すぐにわかるわ。

 ――だって、あなたたちはロイヤルブルーなのだから。

 ロイヤルブルー、知らない単語だった。

 最期は、ごめんね、と告げ、母は目を閉じた。

 母にはたくさんの秘密があった。

 なぜ、私たちだけ青い髪、青い瞳なのか。

 他の村人を見ても、青い髪青い瞳なんてどこにもいない。普通、茶か黒だった。

 幼いころ、髪の色が違うことをネタに年上の子にいじめられもした。子供から 見ても、それは異常だった。あまりに普通ではない。

 そうしてもう一つ。

 なぜ、教養高く、博識なのかということ。

 読み書き算数を他人に教えていた。

 母のほか、村長や村の重役くらいしか教養と呼べるものをもっていない。

 村の長老のメンツが丸つぶれになるほどの深い教養を持ち合わせていた。

 そして、極めつけは植物や花、天気に関しての深い知識。彼女のおかげで、村の農作物の収穫は三倍に跳ね上がり、新しい特産物も増えた。

 子供は読み書き算数を学習し、ふもとの町で出稼ぎして、数年後には出世していった。最近では村は潤い、みな笑顔だった。

 母一人の影響であることは間違いないが、でもなぜか異質に感じられた。

 考えたってわからない。ただ、なにか隠しているというのはわかる。

 それを最期まで教えてもらえなかった。

 それが残念だった。

 でも、一つだけ、重要なことを教えてくれた。

 ――妹がいるのよ、あなたと同じ、青い髪、青い瞳の女の子。

 探そうと思った。

 お金を貯めて、帝都に行かなければ。

 人生に大きな目標が出来たとおおげさに思った。

 だから、ここで怪しい連中に捕まるわけには行かなかった。

 この石を握っている限りは、まだ、大丈夫。

 どんなに息を切らせても、まだまだ走れる。

 乳白色の霧の世界、次々に現れる木々の枝をかいくぐり、がむしゃらに走り続けた。

 やがて、川の音が激しく聞こえる河原までやってきた。

 水の弾ける音が大きい。滝があるのだろう。

 滝の上流、崖側にやってきたらしい。

 地理を頭に浮かべ、現在地を推測する。この滝は結構な名所で、何度も来たことがある。止め処なく、猛烈な飛沫を撒き散らして流れ落ちる滝。滝壷に落ちれば二度と浮かぶことはできないと子供心に脅かされたものだ。

 山の裏手をもう半日回って、お昼には一度村に戻ってみよう。

 ルートを確認して、河原で顔を洗う。水は冷たい。意識がはっきりする。

 その時、馬のいななきが聞こえた。

 ――近い!

 警戒するも、遅かった。

 霧の向こうから、一騎の青年が現われたのだ。

 ――ウソ……見つかった?!

 そんなはずない、と思うが、現実は揺らがない。

 帝国の紋章をつけた制服に身を包む男。冷たいイメージを彷彿させる切れ長の瞳が完全に少女の青い髪、青い瞳を捉えていた。

「間違いない、ロイヤルブルーだ」

 まるで瞳の印象を裏付けするように、声音が冷たい。

 そして、ロイヤルブルー……その単語には聞き覚えがあった。

 母が死ぬ間際に残した言葉。

「彼女は石を握っているのだな? だとすれば資格を試すにちょうどいい」

 誰に向かって話し掛けているのだろうと思った直後、

「わかった! こうするんだね!」

 幼い少女の声が響く。

 どこにも姿はなかった。ただ、特徴的な甲高い声だけが響く。

 それが一層に不気味さを感じさせていた。

 急に白い羽が飛び散った気がした。

 後ろから腰を掴まれ、体が宙に浮いた。

 確かに腰をつかむ腕の感触はあるが、相手の姿が見えない。

 見えない相手とともに宙に浮いていく。

 じたばたする精神的な余裕がなかった。川面を伝って、目の前はもう滝なのだ。

 降ろしてとも言えず、嫌な汗が吹き出る。

 滝壷に注がれる水の音が激しく聞こえてくる。

「おもいー」

 見えない姿は相変わらず幼い少女の声。

「や、やだ……やめ……」

 滝壷の真上。

 霧雨と滝底からあがる飛沫が一緒になって辺りを包む。

「ゼッタイに石を離しちゃダメだよ?」

 今さら、ガタガタと震えてきた。

 手も足も、心も。

 姿の見えない空を飛べる人、幼い声、無邪気な意志。

 あの滝壷に落ちたら、二度と浮いてくることが出来ない、村の子供は誰でも知っている。今からその滝壷へ、落とされる。

 ――まだ死にたくない……。

「がんばってね♪」

 腰をつかんでいた腕が離される。

 支えを失って、少女の体はそのまま滝壷へ落ちていく。

 腹の底から、あらんかぎりの声を絞り出した。

 辺りには少女の悲鳴がこだましていた。小鳥が驚いて枝から飛び立った。

 それでも、少女の体は無情にも滝壷に落ちていく。

 小柄な体とはいえ、勢いよく着水し、水柱を弾かせていた。

 滝底へ流れ落ちる激流が少女の体を川の底でかき回す。川面は遠く、水温は冷たい。息が続かない。一気に下がる体温で体全体が軋む。

 意識はまだあった。腕をがむしゃらに振り回して川面へ向かうが、激流に阻まれて浮くことができない。息が続かなくなって、口が開く。わずかな空気が体から出て行き、代わりに水が入ってくる。

 苦しくなって、やがて、意識が混濁していく。

 ――こんな終わり方、ないよ……!

 最後の意識で石を強く握った。

 閉じかけの瞳が眩しい光をみた。どこから? 石を握った右手だった。

 体を包んでいく青白い光。

 一瞬のことだった。

 気がついたら、球体の中にいた。

 川底に沈む、ちいさな球体。静かだった。

 その中で、横たわっていた。

 ごほっ、と飲み込んだ水を吐き出して、我に返る。

「まだ生きてる」

 声も出た。

 右手に握った石。これが助けてくれた?

 球体はなにかが結晶化したような塊だった。その中にいる。不思議と空気がある。なんだろうと疑問に思うも、球体の壁に触れて、その正体がわかった。

 ひんやりした感触。氷だった。

 氷の球体に閉じ込められ、川底に沈む。

 ――でも、まだ生きてる。

 石をしっかり握って、前向きに考える。

 どうやって浮くのかな、と考え、石に祈ればいいのかなと安直に結論づけて、ぎゅっと握り締める。

 案の定、氷の球体は浮き始めた。

 滝底の激流をものともせず、静かに浮いていく。

 川面が見えてきた。日の出の時間らしく、わずかに太陽の光がさしこんでくる。

 狭い球体の中で足を抱えて待っていた。お気に入りのワンピースがずぶ濡れだった。髪も水を吸って垂れていた。それでも、寒さが気にならない。

 怖いくらいに体の調子がよかった。

 川面に出た。球体がぷっかりと浮き、河原までゆっくりと動き出す。

 氷の球体は河原に乗り上げた。

 朝日を浴びて、わずかずつ溶け始めているようだった。壁に触れてみると手で触れたところが溶ける。その要領で出口をつくるために体が通れるサイズの四角を描くと、そっくりそのまま氷が溶けた。

 石を握り締め、氷の球体から河原に降りると、さきほどの馬に乗った切れ長の目の男が待ち受けていた。

「純度の低い石粒でこの成果か。本物だな」

 評価された。少女にとっては嫌な予感を呼び起こす物言いだ。

 男は馬を降りて、少女と対峙する。

 朝日に照らされたその顔は均整の取れた二枚目の男の顔。

 ――見た目がいい男っていうのは、半分はそれを武器に人を騙す。

 経験談なのかどうかはわからないが、母の言葉。

 目の前の男の冷たい視線は助けに来た騎士や王子様のそれではない。その発想はどうかと自分自身につっこんでみるが、そう考えたくもなる。おとぎ話のように助けられてみたいと心のどこかで思うも現実は甘くなかった。

「リーナ様は素晴らしい娘を残したな」

「現役皇女には手が出せないしね♪」

 男の声に続き、また聞こえた、幼い女の子の甲高い声。

 滝壷に落とされた時みたいに掴まれると厄介だと、後ろを気にして、男からも逃げるように、走り出した。

「逃げちゃダメ、えい!」

 足が見えないなにかにひっかかった。足首を蹴飛ばされたような感覚。

「あっ……!」

 バランスを崩して、河原へ頭からつっこんだ。

 河原の砂利に頭からつっこむことに危険を感じて、反射的に手をつこうとして、両手が飛び出た。手の平を開いて、地面に倒れこむ。

 すぐに失敗だと気がついた。

 頭部を河原の小石にぶつけることはなかったが、手にもっていたあの石がない。

 顔を持ち上げれば、河原を転々として、そのまま川に落ちた。

「あ、あぁ……」

 大切なお守りが、命を守ってくれたお守りの石が。

「あーあ。無くなっちゃったね……ん? どうしたの?」

 甲高い幼い女の子の声だけが頭の上から聞こえる。

 見下ろされているのだろうが、姿は見えない。

「あの石は……だ、大事な……うっ……」

 立ち上がって探そうとしたが、どうしたことか、腰に力が入らない。

 腰だけじゃない。膝がわらっている。

 足首にかけての震えと強烈な筋肉の痛みに襲われる。

 それに、ずぶ濡れの服が今になって肌に寒気を覚えさせる。冷たい水気が体温を奪い、足は疲労で、全身は寒さでガタガタと震えだす。

 あの時と同じだった。

 お母さんのお葬式をやった時と。

 石を握ってあれもこれもやって大変だったけど、全然つらくなかった。

 しっかりとこなし、母を天国に送り届けるいう使命感に燃えていた。

 葬式が終わって、一段落し、石をしまったら、途端に肉体的、精神的な疲労が一気に襲い掛かってきた。いや、むしろ、当たり前の疲労と感情が遅れてやってきたのだ。

 あの時は何日も寝込んだ。

 それと同じだ。

 石を手放した瞬間から、当たり前の疲労が襲い掛かる。

 今まで石を握っていたから、平気だった。

 いや、平気ではなかったのだ。

 体はもうボロボロで、それを石の力でごまかしていた。

 急激に落ちていく体力とまともに動かせないほど疲労している足腰で、どうにもならない。いきなり動かなくなった自身の体に絶望し、涙が流れる。

 滲む視界に二枚目の男が映った。傍にいるらしい。

「石を離した途端にこの状態か、だいぶ無理をしたらしいな。しかし、石の力を存外に引き出している。さすがは真性のロイヤルブルーといったところか」

「すっごいよ、すっごい生命エネルギー落ちてる。下手すると死んじゃうかも」

 見えない姿が楽しそうな声をあげる。

「かえし……て」

 少女は手を伸ばす。あるはずのないお守りに向かって。

 男は懐から拳大の宝玉を取り出し、少女の手に渡そうとした。

 彼女が持っていたお守りの石の五倍以上ある、大きい宝玉。指輪にはめるような宝石というには大きすぎる。男の手から少女の手に渡る寸前、手を伸ばしていた、少女のその手がぽとりと地に落ちる。指先がかろうじて動いていた。見えない何かに救いを求めているかのように。

「時間の問題だな」

 意識を失うのも時間の問題だった。

 目は虚ろになって、ぼんやりしていた。

 悔しさが涙になって溢れているのか、止まらない。

 男は少女の体を抱き起こし、涙を拭ってやる。

 少女の瞳は焦点が定まらないながらも男の顔をみつめていた。

 男は腰から剣を抜くと、少女の胸元を軽く切り裂いた。

 うっ……わずかにうめき声を上げるが、それっきり静かだった。

 赤々と血が滲む。

 その傷口を露出させ、男は手に持っていた宝玉をそっとあてる。

 血が宝玉に触れていた。宝玉はわずかに光った。

 それを確認して、男は傷口に宝玉を押しつける。

 びくん、と少女の体が反応する。宝玉が徐々に光り輝いていく。

「魔法石を埋め込むのね♪ お手伝いします、イリュース様っ」

 男の真向かいから眩しい光が発せられ、少女の胸元に宿る。

 光が宝玉と重なり、そして収束する。

「うっ!」

 少女は一瞬で意識を取り戻した。

 がばっと、飛び起きて、男と対峙する。

「なにを……したの……」

 胸元を抑える。光り輝く宝玉が眩しい。

 肌と完全にくっついていた。体に埋め込まれている。

「なに……これ」

 青白い光が体を包みこむ。先ほどまでの強烈な疲労は止み、むしろ活き活きと四肢を動かす。

「力が……溢れて……くる」

 完全にカラダの一部となっている宝玉をそっと撫でてみる。

 自分で触れてもなにも感じない。

 神経の通っていないカラダの一部。不思議な感覚。

「もっかいテスト!」

 幼い声がまた聞こえる。

 ばさっと羽ばたく音が少女の真後ろから、聞こえた。白い翼がちらほら見える。

 翼の生えた、それでいて幼く、ちいさな女の子の姿が見えるような気がする。

 その子がまた、腰からがっしりと掴む。

 どこにそんな力があるというのだろうか。

 少女の体を浮かして、そして、また川へ放り投げる。

 水柱を上げて、川底まで落ちていく。

 ただ、もう水を冷たいとも感じないし、溺れてしまうとも感じない。

 水中でそっと宝玉を両手で包む。

 なにをすべきか、無意識のうちに体がわかっていた。

 青白い光が急激に広がる。光は放射状に飛び散り、衝撃波が空気を切り裂く。

 川底全体が青く輝き、次の瞬間、凍りついた。

 滝が注がれる音も聞こえなくなった。滝そのものが凍りついていた。

 氷で出来たスロープを上がって来る少女。

 頬が高潮していた。胸の宝玉は力強く輝いている。

 河原まであと一歩のところで、そのままばたりと倒れこむ。

「あれ~?」

「いきなり大きな力を使ったからだな。連れて帰るのにはこの方がちょうどいいが」

 少女は混濁していく意識の中、目に染みる朝日に一つ気づいたことがあった。

 ――あぁ、霧が晴れてる。

 それだけわかって、まぶたが落ちた。

 意識は闇に沈むが、不安は感じなかった。

 ――何も心配いらない。

 ――メリーだって、すぐに見つかる。

 そう、母に呼びかけられた気がして。

 

 

 

 #01 ロイヤルブルー

 

 

 帝国劇場の貴賓席。

 舞台袖の二階席。レースのカーテンが周囲を覆い、曲線美が豊かな彫り物を施されたテーブルと上等な革でしつらえた椅子が二つ、もうけられていた。

 ちいさなラウンジとして、くつろいで観賞できる特別席だ。

 横からの視線になるので視界や音響が優れているとはいえないが、中二階として設けられており、一般客席からはのぞけない仕組みになっている。

 貴族や皇族たちの逢瀬。あるいは政治や外交の秘密裏の会合につかわれる傾向がある。

 そんな秘密の小部屋に通され、青い髪の少女は相手を待っていた。

 肩で切りそろえられた、鮮やかな青い髪。そして、群青色の瞳。

 その蒼さを人はロイヤルブルーと呼んだ。帝国皇室だけが受け継ぐ、髪と瞳の色。

 従者もつけず、ぽつんと立っている。手ぶらでやってきたため、手持ち無沙汰を感じ、手すりに手をかけて一般観客席と舞台を覗き込む。

 ちょうど歌手が現れ、拍手が沸き起こる。

 どこからどうやって照らされているのか。青い髪の少女にはまったくわからなかったが、舞台を照らすスポットライトが女性歌手を艶やかに染め上げる。

 明かりが消され、徐々に薄暗くなる。天井の高いホールに響く歌手の挨拶。

 魅力的なステージパフォーマンス。

 それらすべてが少女にはとても新鮮で、心奪われるには充分だった。

 やがて、張りのある伸びやかな声で歌いはじめる女性歌手。

 彼女の着ているドレスは体のラインに合わせた薄手のワンピース。桃色の髪に合わせて赤系の色合いだ。胸元のシルバーアクセサリーがライトの光を反射する。

 感情をしぼって、語りから入るバラード。

 はじめてみる舞台、はじめてみる歌手、はじめて聞くプロフェッショナルの歌声。

 そして、客席がひとつの意志の様に集中して聞き惚れる一体感、それを最高級のドレスを着て、特別の部屋を与えられてというゼイタクな観賞。

 はじめてづくしの体験に頬が染まり、胸の高まりが止まらない。

 彼女の青色の髪にあわせ、白系でまとめられたワンピースのドレス。

 肩を出し、襟や裾をフリルで包んで、正直照れくさい。

 ――まるでお姫様だ。

 青い髪の少女――ミストはそう思ってみたが、ふと頭をかしげる。

 ――そうか、お姫様になるってこういうことか。

 自分の胸元には拳大の宝玉が鎮座している。そのこと以外はそれこそ、お姫様の立ち位置だった。

 一曲目がフェードアウトする。

 拍手が沸き起こる。合わせて拍手をしていた。

 そんな時、ふと、鼻腔にそよぐ香りに意識を奪われた。

 歌を聞いていた時とは別の、感情がほとばしる。

 懐かしく――強烈に感情を揺さぶる、この香り。

「あ…………あ、青の……雫……」

 震える声でその香りの名をつぶやく。

 ヒールの音を響かせて歩み寄る、もう一人の青い髪の少女が急に足を止めた。

 ミストのちいさなつぶやきが聞こえたようで、えっ、と驚いた声をあげる。

「――どうして、」

 ミストよりやや背が低く、年もわずかに幼い。きりっとした立ち振る舞いやドレスの着こなし、手先の仕草は正真正銘のお姫様の姿を思わせた。

 だが、そんな年下の本物のプリンセスは困惑しているようだった。

「……どうして、この香りをご存知なのですか……」

 髪の色はミストに比べてやや薄いが青色、流れるようなヘアスタイルは丁寧に手入れをされ、その美しさは否が応でも他人の目をひきつける。薄暗い室内でも肌の白さは目立ち、ぱっちりとした瞳は群青に染まり、ミストを凝視する女の子。

 肩の出たドレスで背筋を伸ばすも、胸のボリュームがやや足りないか。立ち振る舞いや言葉遣いで丁寧な女らしさを匂わせるが、小柄さとスタイルの幼さは年相応だった。

 ――このコがあたしの妹……?

 目が合う。

「はじめまして、っていうのは、変かな? メリー……でいいんだよね。よろしくね」

 初めて妹の名前を呼んで、ミストはなんともいえない気持ちでいっぱいになって、うまく笑えなかった。その気持ちがどのようにして伝わったか、メリーと呼ばれた少女は頬を少し染めて視線を外した。

 少し、沈黙が続いた。

 歌手の明るく、アップテンポの歌声がバックグラウンドに響いた。

 曲調に背中押されてか、肩を力ませながらもメリーはスカートをつまんで軽くお辞儀する。

「お初にお目にかかります。私、帝国のマリアヴェール=シアンと申します」

 軽く彼女はお辞儀をするが、目を合わせることはなかった。

 あくまでよそよそしく、事務的な挨拶。

 少し、ミストは悲しかった。

 

 青い髪、青い瞳の少女が二人――。

 静かに舞台を見守る。

 今日はステージに桃色の髪が美しい女性歌手を迎えての独唱会。

 最近帝都に綺羅星のごとく現われたこの女性歌手は、張りのある声で、美しく歌いあげる特徴的な歌い手として評判だった。

 年頃の少女であるなら、まず間違いなく聞き惚れてしまうような魅力的なライブパフォーマンス。

 ムードとしては最高であり、それが運命の再会場面であったなら、感激もより深まるという配慮でのセッティング、のはずだった。

 だがしかし、はじめましての挨拶のあとの二言以来、ほとんど会話がなかった。

 まだ幼さのこる少女二人、お互いの群青色の瞳は、お互いの鮮やかな青き尊き髪ロイヤルブルーを映していた。

「あの女性歌手の歌声、とてもいいですわね。評判には聞いていたけれど……」

 メリーは歌手を見ながら、つぶやく。

 冷静な評価だった。

「そうだね、素敵な歌声だね……」

 ミストはうなずく。

 対照的に、ややうっとりするように。

 メリーの整った小さな唇からこぼれる言葉にウソはないのだろう。同じタイミングでその女性歌手に視線を送る。メリーは優雅に髪を払い、隣に立つもう一人の少女――ミストに視線をちらちらと送る。彼女の肩で切りそろえたヘアスタイルをまじまじと見つめる。

「……髪は伸ばされないのですか?」

「まだ、わからない。あたしは今が気にいっているんだけどさ」

 その言葉を飲み込むのに、ややウェーブのかかった髪を先端を触らずにはいられなかった。彼女のなにか、気にいらないことがあったときの仕草だ。

「ショートカットというのは、髪の手入れが出来ない者が仕方無しにするヘアスタイルだと私は思っていました。やはり、今までの生活は苦しかったのでしょうか。それとも、その癖が抜けないとか、どちらにしても皇族としては……」

「そんなことない――ああ、でも、そうかもしれない」

 感慨深さがメリーの発言を遮ってつぶやく。

「今の生活、みんながなんでもやってくれて、自分でやることほとんどなにもないから。例えばこのドレス、全部選んでくれて、着付けもやってくれる」

 アクセサリーだって綺麗なのものをどこからか用意してくれる。

「あたしはただ立っていればいいだけ」

 まるで人形の着せ替えだった。

「全部自分でやるのって、それが当たり前だと思ってたから、大変だと思わなかったけど。寒くても毛布がなくて、おなかがへっても食べ物のない生活っていうのは髪の手入れまで気がまわらないよ。どんなに生活が大変でも、オシャレしているコもいたけどね。あたしが鈍いだけか」

 ここ最近の生活のギャップを誰かに話したくてうずうずしていたのか、一気にまくしたててしまった。

 雑貨屋に転がる安い竹細工のカチューシャと、大粒の宝石を散りばめられたティアラを同じレベルでものを話し、お茶目に笑ってみせるミストの態度にメリーの反応は冷ややかだった。

「そのようなお話、お言葉遣いで今後も立振舞われるのですか?」

 咎めるような口調。

 突き出した唇が不満さを演出していた。

「……ダメ、かな? 辛気臭い話だった?」

 思わず口元を抑える。

「配下の者に笑われてしまいますわ」

「そんなこと急に言われても、喋り方なんてわからないよ。それより――」

 育った世界がまったく違った。

 そのギャップはじわじわとにじみだす。

 だが、そんなことより、それより――という言葉が次の言葉への興味をもたせる。

 じっと、群青色の瞳がのぞきこむ。

 次の言葉を望み、待つ。

 舞台で歌う歌手の歌が一息ついた、そのタイミング。

 ミストは言った。

 

「青の雫でしょ、その香り」

 はっ、とした。

 メリーにとって、待っていた言葉が、遂に飛び出したのだ。

 この香りは市販されているものではない、特殊な材料、製法によって独自につくりだした特別製のものだ。レシピを外部に漏らしたこともない。

 ――なぜあなたが知っている。

 理由は簡単だった。

「お母さんがよく、つけてた。あたし、その香り好きなんだ」

 その事実は確かなのだろうと頭ではわかる。

「私が調合したのです。ほかの誰かが持っているはずないわ」

 メリーはその事実を拒否するように、言い張ってみせる。

「だから、お母さんは凄く気にいっていたんだ。今にして思えば、だけどね。いい香りだと思ったけど、そんな秘密があったなんて、知らなかった」

「この香りはまだ門外不出のはずよ、なぜ、あなたが……知っているの」

 その問いには当たり前の様に答える。

「だって、天才調香師と手紙のやり取りが出来てうれしいってお母さん、はしゃいでた。あの手紙はメリーとやりとりしてたんだよね? だからかな、手紙を書いている時、すごく楽しそうだった。私の“青の雫”を完成させてくれたって。早速私も作ってみるって」

 メリー、という言葉の響きに懐かしさを感じ、自分でその言葉を口ずさんでみるが、無邪気に話を進めようとする同じロイヤルブルーの少女とは見えない壁があった。

 懐かしい自分の名、それがなぜかひっかかる。

 それをどうしたらいいかわからず、唇をかみしめて、相手の名を呼んだ。

「ミスティリア皇女殿下、いえ、まだ皇女として認められていない……ミスティリア様とお呼びすべきでしょうか」

「ミストでいいよ」

 壁が迫ってくる、そんな提案。

「いいえ、ミスティリア様。どうしても、聞かせてください。なぜ、お母様は……死ななくてはならなかったのですか」

 ミストはうつむきかげんにこたえる。

「……流行病にかかって、あっというまだった」

 その答えにスイッチが入った。

「あなたが殺したんじゃなくて?!」

 今にも泣きそうな顔で激昂して、ミストを指差す。

 沸騰した感情を叩きつけられて、ミストは言い返すことはできなかった。

 メリーはすぐにぷいっとそっぽを向いて、スカートの端をつまんで、そのまま駆け出し、部屋を出て行ていこうとした。だが、一度止まり、振り返る。

「言い過ぎたことは謝ります。でも、私は、お母様に会いたかった。あなたよりも……」

 数日後のロイヤルブルー認定会議、楽しみにしてください。

 決意を込めた言い方で、言葉を残し、音を立てて扉を閉める。

 扉の向こうにいた従者の慌てっぷりが扉越しに聞こえてくる。

 ヒートとソルティーと、メリーがいるからリュミエールも来ているはず。新人三人揃い踏みだろう。ようやく名前と顔を覚えたロイヤルガードたち。メリーはそれらを無視して、帰路につくようだ。

 しばらくすると、騒々しいロイヤルガードたちの声がやんだ。

 残されたのは、貴賓室に響く、歌手の歌声。

 悲恋のバラードだった。

 これ以上悲しくなりたくない、と歌手に文句をいったところでどうなることではない。

 舞台ではロイヤルブルーの少女二人のやりとりなど関係なく、プログラムが消化されていく。

 ミストは黙って俯いてしまった。

 知らないうちに涙が頬を伝っていた。

 うまくいかなかったなあ、とため息。

 それを白手袋で拭う――感情が高まっているのか、胸の宝玉が急に光り輝き、指先の涙の雫が急激に冷やされる。やがて氷の粒になり、指先に張り付く。

 ――こんな力があったから、あたしはここにいるのかな。

 帝国? 皇女? はじめて会う実の妹? そして、氷の力。

 これから、どうなるんだろうという思いで毎日が不安だ。

 でも、と思うことがある。

 前向きに生きていこうと思う。

 いつか仲良くなれる日が来るはず。

 これも、胸の宝玉がもたらす力なのだろうか。

 

 

 きわどい雰囲気の再会から三日後、ミストは書面による呼び出しを受けた。

 命令書に似たそれは皇帝直筆のサインがあり、勅令に等しく、ミストは意味もわからず、ただ従うしかなかった。

「失礼します! ミスティリア様をお連れしました」

 今日は真面目にエスコートする、ロイヤルガードのヒート。緊張しているのか、いつもより二割増の大声だ。

「声が大きい」

 軍高官の老人にたしなめられる。

「はっ、申し訳ありません」

 全然ボリュームの下がってない声で謝るが、咎めた本人は苦笑するばかり。

 深紅の絨毯が床に敷かれた厳かな会議室にミストは連れて来られた。

 長方形のテーブルの端、それこそ末席に案内され、奥から渋い男の声が響く。

「座りたまえ」

 従者が椅子をひくので、それにあわせるようにミストは腰をおろす。

 顔を上げると、この上なく感じるのはぴりぴりとした緊張感。

 長方形のテーブルに向かい合うように人が座っている。男の人が多かった。高級生地のスーツを着る者、軍服にたくさんの勲章の数を垂らすもの、そして、ティアラを頭に載せた美しいドレスを着る女性。堂々たる態度。

 宮廷のことはわからないミストにもとても偉い人たちの集まりなんだと認識できた。

 中央の、いわゆる上座にひときわ大きな男が一番豪奢な椅子に座っている。

 その人の名前と顔だけは憶えた。

 一度見たら忘れないタイプの無で強面の中年男性。

 それが、皇帝代理である、皇太子のヴァンガードであった。髪と瞳は紺碧に近い、ロイヤルブルー。

 意味深に、常に眉根を寄せている。

 他人を威圧して黙らせるタイプかもしれない、睨みまわすようにテーブルにつく会議の参加者を確認していた。

「諸君、ご苦労である」

 彼の右手側に並ぶのは他のロイヤルブルーの五人だ。皇室に生まれ、さらに青い髪、青い瞳を受け継いだ者を“ロイヤルブルー”という。ロイヤルブルーにしか皇位継承権が与えられない。

 同じ母親から産まれてもロイヤルブルーで産まれるとは限らない。今のロイヤルブルー自体、実の兄弟姉妹はほとんどいない。

 ミストは今から、その末席に加わろうとしていた。

 頭のティアラは地味なものに指定された。この席で許可が下りれば、皇族のティアラを頂戴できるためだ。

「本日は病床の身であらせられる陛下に変わって私が代理を務める」

 ずらっと並んだロイヤルブルーとは対面側の席、皇太子ヴァンガードの左手側の席に青い髪を受け継げなかった皇族“ロストブルー”が並んだ。

 髪や瞳の色が青以外の者はそう呼ばれ、区別された。

 出自がどうであろうと、ロイヤルブルーに生まれることができなかった彼らにはどんな功績をあげようとも、皇位継承権はない。

 古代の血を色濃く受け継いだロイヤルブルーにこそ、皇帝の座がふさわしいというのが昔からの決まりである。だが、多くのロストブルーは国の要職についている。ロイヤルブルーと違い、働かなくては稼ぎを得られないのだから、一般社会ではロストブルーは民間人とほぼ同列にしかれてしまう。

 不思議と、貴族や民間人に負けられない、のスローガンで要職に就こうとするのだ。だからこそ、ロストブルーにもロイヤルブルーに対する発言権というものがある。だが、ロイヤルブルーがロストブルーの言い分を認めるかというと……真実は否ではある。

「殿下、御自ら議事を司らなくてもよいのではないか」

 ロストブルーの老人から声があがった。

「その必要はない、私が議事を執る」

「決定権を持つ殿下が議事を受け持つなど……評議会である必要がなくなるのではないでしょうか」

「……異論は受け付けない」

 ぴしゃりと言い放つ。

「本来ならば、このような会議すらもつことは不適当であると考える。だが、陛下は諸君らの合意を得よとおっしゃる、だからこその会議だ」

「なるほど。陛下は我々を高く評価してくださる」

 と、訳知り顔でうなずくのは若き宰相イリュース。彼はロストブルーだった。一般的な茶の色の髪と瞳。整った目鼻顔立ちが彫像の様に美しく、落ち着いた態度はまさに貴公子だ。

 ミストは彼に拾われた。

 そして、力を与えられた。

 帝国皇女としての権力と、古代のロイヤルブルーがもっていたはずの人外の力。

 前者はいまだふるえずにいたが、後者はミストの胸に輝く大きな宝玉として他人の目に触れた。

「世間はアイスブループリンセス、と呼ぶそうだ。氷化させる能力というが、果たしてどの程度のものやら」

 年配の男がつぶやいていた。

「人外の力ですわ。なにか怖いワ」

 ロストブルーの年配の女性が続いた。

 まるで咎める言い方だった。

 それを耳障りとでも言うような不機嫌な口調で、ヴァンガード皇太子が静かに宣言した。

「これより、ロイヤルブルー認定会議を始める」

 重い口調で議事が進行する。

「生い立ちを説明しろ」

「はっ」

 ロストブルーの、軍の高官が素早く起立し、敬礼。

 原稿を読み上げた。

「サンフラワープリンセスこと、リーナ姫さまの第一子として出生。帝都内戦期いわゆる絶望の三年間の最中、リーナ様が第二子であるマリアヴェール殿下を出産直後、リーナ様とともに行方不明になられ、十五年の経った今、イリュース閣下がリーナ様の足跡を終われ、ミスティリア様を発見されたしだいにございます。なお、残念なお知らせといえば、姿を消されていたリーナ姫様はお亡くなりになっているとのこと、事実関係は調査中にございますが、遺留品から見ても間違いはないだろうというのが調査団の現在の見解です」

 ――母を殺したのはあたし、か。

 言い得て妙である。

 もちろん手をかけたわけではないが、食糧難であるのに母は食糧を全部ミストに回していた。自分はほとんど口にせず、娘の食べ盛りを気にしていたのである。それを見抜けず、母は栄養失調から流行り病にかかり、看病の甲斐なく逝った。

 わがままを言うのをやめたり、もう少し、気にかけていたら、なんとかなったかもしれないとミストは今になって思う。

「この際、イリュース殿がなぜ彼女を捜索したのかは置いておこう」

 ロイヤルブルーの誰かが言った。牽制しているのだろうか。

「染めている、という可能性はどうなのだ」

 これはロストブルーの年配の意見。

「それは失礼でありましょう。ロイヤルブルーは天から授かりし青。彼女の青はロイヤルブルーとして本物といえるほど美しい」

 ウインクしてみせる青年ロイヤルブルー。

 ミストは誉められている気がしなかった。

 むしろうすら寒い。

 ミストを拾った肝心のイリュースの発言もなく、そして、ミストに発言を求められることはない。

「マリアヴェール、姉にあたる人物について、なにかあるか」

「とくにございません」

 隣に座るメリーは淡々と語っていた。

「皆の意見はよくわかった。決を採ろう。議論は無駄だ。腹積もりは決まっているはずだ。いいか、……ミスティリアがロイヤルブルーであると思った者は挙手だ。半数の同意を得られなければもう一度陛下にお伺いを立て、決定を覆してもらわねばならん」

 場が静かになった。

 ――もし、これで誰の手も上がらなかったら――

 また、前の生活に逆戻りだろうか。

 もしかしたら、これは夢の一部なのかもしれない。

 そっと目を閉じる。

 目を開けばきっと――あの、川底に沈む自分がいるのだ。

 冷たい川底でお守りの石の奇跡を信じて、握り締めて沈んでいく自分の姿が目に浮かぶ。

 死ぬ前の夢の一部、なのかもしれない。

 それはイヤだな、と思う。

 ――せっかく、メリーに逢えたのに。

 お守りの石の代わりに与えられた胸の宝玉に手を当てる。

「私は賛成です」

 やや緊張した少女の声。

 えっ、と驚いて目を開けば、隣でちょこんと手を上げるメリーがいた。

「リーナ様の忘れ形見。みなで大切にするべきではないのか」

 ミストを探し出したイリュースが手をあげる。

 二人の挙手がきっかけで次々と手があがる。なによりも、ロイヤルブルーであり、同じリーナの子であるメリーが手を挙げた。その事実が重要だった。

 じっと、メリーの横顔をのぞいていた。

 メリーは隣のミストと目をあわせることはなかった。

 だが、彼女が挙げた手は下りることはない。

 それだけでミストはうれしくなった。

 あなたが殺した――と、面と向かって言ってのけた少女が今度は自分を認める立場に立とうとしている。

 

 結果、ミストはロイヤルブルーとして認められた。

 フタをあけてみれば、全会一致である。

 だが、驚くのはそのあとだった。邸宅は旧メリー邸を用意された。彼女が譲ったのだ、もっとも、本人は母リーナの旧邸に住むというのだから、順繰りには違わない。

 とはいえ、よしとしたのは彼女の采配だ。

 一歩も二歩も譲られた形なのだ。

 ただ、会議の席上、彼女はミストに一言も口を利かなかった。

 それでも、席を離れる時、ミストは“ありがとう”と声をかけた。 メリーは一瞬、頬を赤く染めたが、すぐにぷいと向き直って行ってしまった。

 会議室を出る時、ロイヤルガードのヒートに乱暴に背中を叩かれた。

「よかったな、晴れて今日からミスティリア皇女殿下だ」

 その名前は正しくないと小さな声でつぶやく。

 母から貰った名はミストとメリーだ。

 

 

 

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