No.333563

真説・恋姫†演技 仲帝記 第七羽「罪人は贖罪を誓い、全てを背負わんとするのこと

狭乃 狼さん

連日投稿~w

で、ございまする♪

仲帝記、その第七話目。

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2011-11-12 21:10:20 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:10459   閲覧ユーザー数:8131

 第三者的立場な単なる異邦人。

 

 この世界にとって、今の自分という人間はその程度の存在でしかない、と。彼はその心底からそう思っていた。だからこそ、闇に囚われ目指すべき光を見失っていたその人物に、ある意味同罪であるがために何も言えない、言うことの出来ない者たちに代わって、光指す場所を指し示すその役割を名乗り出た。

 

 そしてその人物は無事、己が見失いかけていた光を再び見つけ出すことが出来、その人物が本来あるべき場所へと、戻る事ができた。

 

 彼は思った。

 

 これで、異邦人たる自分がこの地で出来ることは、あと一つだけだと。

 

 美しく無垢な羽を持つその少女に代わり、穢れの全てを一身に背負って、ただの罪人として早々に消え去る。それが、おそらくは自らに課せられた役目であろう、と。

 

 そう。

 

 余りにも突然に、この見知らぬ世界に跳ばされ、そして、その少女の下へと辿り着いたのは、天がその役目を自らに与えたが故のことだろう、と。

 

 彼―北郷一刀は、この世界に自身が訪れた理由を、そう解釈していた。

 

 だからこそ、その感情を彼はけして表に出さず、口にすることもなかった。いや、してはいけないのだと、彼は自身にそう言い聞かせた。

 

 その無垢で無邪気な微笑を見た瞬間、自身のその胸中に湧き上がったその少女に対する感情は、所詮、一時の気の迷いでしかないのだと。ただの異邦人でしかない、役目を終えさえすればすぐにでも消えてしまうであろう自分には、その様な想いを持つ資格はないのだと。 

 

 袁公路というその少女に対し、如何なる思慕をその胸に抱こうと、如何にその美しき羽に恋焦がれようと、それは決して望んではいけない、手に掴もうとしてはいけない、近くにありながらも遥か遠き所にある宝としておくべきなのだと。

 

 今の己が為すべき事は、その宝を掴もうとする事ではなく、彼女を虜にしている籠の扉を、彼女をそこに縛り付けている枷を。それらを彼女から外してやり、可能性と言う名の大空へと飛び立たせる事なのだと。

 

 一刀は自身にそう言い聞かせながら、目の前で行われている宴席にて、上機嫌に美味なる料理や酒に舌鼓を打つ、袁術の一族達にその視線を送っていた。

 

 それらの事が済みさえすれば、自身の役割はそれで終わる。……後は人知れずその姿を消し、どこかで野垂れ死にでもしさえすれば、自分は再び元の世界へと、祖父母や父母、そして妹の居る元の世界に帰れるのだと。

 

 自身のその脳裏によぎり始めているとある可能性を、無意識の内に家族の顔を思い描く事で打ち消し、この世界における最後の罪をその手で行うその時を、ただ無言のままに待っていたのである。

 

 

 

 第七羽「罪人(つみびと)は贖罪を誓い、全てを背負わんとするのこと」

 

 

 

 充満するは酒肴の香り。響き渡るは悦楽の笑い。麗しき調が奏でられ、天女が如き装いの見目麗しき者達が、その中央にて舞い踊る。

 

 「……醜悪、の一言ですねえ」

 

 一刀の傍に立つ諸葛玄が、彼だけに聞こえる程度の小声でポツリと漏らすその一言。表情は相も変わらぬ飄々とした笑顔なれど、その瞳は一切冷徹なまま、享楽に浸るその者たちを見つめ続ける。

 

 「……宴が始まって一刻。全員、結構酔いが回り始めているようですね」

 「おや?随分と冷静ですね?……僕の見たところ、貴方は結構激情家のように思っていたんですが」

 「俺だって中坊…いや、十四・五の精神的に未熟な子供じゃないですから。感情の抑制ぐらい効きますよ。……例えどれほど、この場に集まっている老人達に、腸が煮えくり返っていても……ね」

 

 そう。彼は今、必死にその怒りを抑えていた。ともすれば、今すぐにでもその首を刎ねてしまいたくなるぐらい、この宴席が始まって以降に見聞きした、袁術の一族である彼らの言動は真に酷いものだった。

 

 宴が開始されて早々、彼らがまず最初に行ったのは、首座に座る袁術へのおべっかと追従であった。

 

 「お嬢様、いつもながらお美しいお顔立ち。流石は先の当主である袁逢様のご息女」

 「われらを気遣いっての宴席を開かれるなど、流石は南陽袁家の御当主、素晴らしきお心配り」

 「今後もわれらは、いつまでもお嬢様をお引き立てし、南陽袁家の繁栄のため、全力を尽くしますぞ」

 

 ……等々。その心の内では欠片にも思って居ないであろうその美辞麗句を、さも我々は無害な存在であり、袁術の為に働いていますと。表面上は心底からの、しかし、見るものが見ればすぐに分かる作り笑いを、その皺だらけの老いさらばえた顔に浮かべて。

 

 そしてそんな彼らの台詞に対し、それを向けられていた袁術自身はどうしていたのかと言うと。

 

 「うはは~!よいぞよいぞ、爺たち!もっともっと妾を褒め称えるのじゃ~!!」

 「いよっ!流石はお嬢様!おだてに乗るがとっても上手いぞ、このこのっ♪」

 「にゅはは~!そう褒めるでないぞ、七乃~♪」

 

 大好物の蜂蜜水片手に、そして張勲のよいしょ(?)もそれを後押しして、とっても上機嫌に玉座にふんぞり返っていた。そんな感じの袁術と張勲を、少々離れた席から見ていた一刀と諸葛玄は、揃ってこんな感想を抱きながら、その顔を引きつらせていた。

 

 (……やっぱり、お芝居には見えないんだよなあ……)

 

 つまり、先の二人のその態度は、一応、事前に打ち合わせたとおりのお芝居…の筈なのであるが、余りにも堂に入りすぎていて、とてもそうは見えないと言うのが、一刀と諸葛玄の率直な感想であった。

 

 

 

 「……では何か?妾たちは宴の席で、“これまで通り”にしておれば良いのかや?」

   

 今回の宴が始まるその少し前。その席で行われる事になっている策のための、最後の話し合いを一同が行っていた際、それは一刀の口から袁術と張勲に伝えられた。

 

 「ええ。……宴席の、その初めの内は……ね」

 「なるほど~。つまり、そうして私とお嬢様が今まで通りの言動で居たほうが、ご老人達の油断も誘えて、お話も引き出しやすくなるってことですね?」

 

 ん、と。すぐさま自分が意図する所を理解し、そう返してきた張勲に頷いてみせた一刀。

 

 「……七乃はともかく、妾にその様な芝居が出来るかのう……」

 「大丈夫ですよ~、お嬢様。お嬢様はな~んにも考えず、どーん!と構えておられれば良いんですよ~」

 「どーん、か?」

 「はい~。どーんと、です♪」

 

 と、その時はそんな二人のやり取りを不安げに見ていた一刀達。もしかして、これで元の木阿弥になったりしないだろうか、と。そして、その不安が見事に的中してしまったのではないかと、本気で思ってしまうほど、二人のその“演技”はまさに堂に入っていた。

 

 老人達からのご機嫌取りともおべっかとも取れるその言動に、とても気を良くして高笑いをしている袁術と、その横で彼女を見つめる張勲のその恍惚とした表情を見る限り、傍目には以前のままの二人にしか見えない。しかし、よくよく注視して見れば、袁術の周りから誰も居なくなったその瞬間、彼女と張勲がしたり顔で目配せをしている事に、一刀と諸葛玄の二人だけは気が付けていた。

 

 「七乃ちゃんもそうですが、美羽嬢も結構やるもんですねえ。……あのお年寄り達を相手に、あれだけ見事に、騙しぬいて見せるんですから」

 「張勲さんが上手い事、公路さんを誘導していますね。……人間、無駄にならない経験は無いってことですか?」

 「ま、そういう事でしょうねえ。……出来れば、これを最後にして欲しい経験則ではありますけどね」

 

 ……とにもかくにも、である。

 

 そうして袁術と張勲が愚者のふりを上手く続けた効果もあってか、初めの内はこの急な宴席に警戒心を抱いていた老人達も、宴の途中で睡魔を訴えた袁術がその席を外した頃には、すっかり出来上がった状態になって、一刀らが当初予定していた張勲による会話の誘導を始めるまでもなく、自分達から勝手に、これまで行ってきた所業の数々を、その場で上機嫌に語りはじめ、中には自慢合戦までし始めた者達もいたりした。

 

 ……その内容は、次の通りである。

    

 

 

 「いやいや、わしなんぞは蔵がいくつあっても足りない状態でしてな?この間なぞは食料蔵がすべて埋ってしまいましてのう。まあ、食い物なぞいくらでもありますゆえ、新しい財物を入れるために、中身をすべて長江に流してしまいましたわ」

 「なんのなんの。わしなぞその財物ですら、いっそすべて捨ててしまいたいほど、有り余っておりましてのう。一度蔵ごと売り払って銭に替えましたが、その銭もすぐに新しい宝物に替わってしまいまして。また、処分に困っておりますよ」

 

 と、言うことを語り合っている者も居たかと思うと、別の所ではこんな事を話す者も。

 

 「……であれば、じゃ。一度銭風呂という物を味わってみては如何ですかな?あれは癖になりますぞ?」 

 「湯の代わりに銭の入った風呂か。それはまたなんとも剛毅よのう」

 「風呂であれば女体風呂などはどうですかな?若く美しい女子の肉体に、文字通り溺れる思いをすることで、十歳は若返りますぞ?」

 「そこに入れる湯はもちろん、湯ではなく酒でしょうな?」

 「無論」

 

 ……したたかに酔ったその赤ら顔に満面の笑みを浮かべ、彼らが普段行っているその贅の限りを尽くしたそれらの行為を、声高々と、そして意気揚々と語り続ける彼ら。そして、そんな彼らの話は、一刀のその狙い通り、事の核心部分へと進んでいく。

 

 「……それにしても、まさに袁公路様、さまさまじゃて。あの(わっぱ)めが阿呆なままで居てくれているからこそ、わしらはこの南陽を好き勝手に動かせるのですからなあ」

 「左様左様。……商人どもからも賄賂は受け取り放題。その見返りとしてそやつらに便宜は図ってやらねばならぬが、その後のことなどわしらには知ったことではないですからのう」

 「郡内に入ってくる物も、総て税をかけ放題。そしてそれはすべてわしらの懐を潤してくれる。いや、まさにこの世の極楽と言う奴よ」

 

 人の欲という物は度し難いもの。ましてや、一度極上の味を知ってしまうと、人はそれをなかなか捨てられなくなる。……哀しい事ではあるが、それが人間と言う生き物が持つ、醜く、そして(あがな)い難い側面でもある。

 

 しかし。

 

 人間(ひと)はそれでも、理性と言う名の己に架す事の出来る鎖を持ち、それによって自己を律し、良心ある人生を過ごしてもいける、そんな誇りある存在でも在る事が出来る生物なのである。

 

 それが出来ない者。自身の欲に忠実となり、他者を踏みにじる事を一切厭わなくなったそんな者を、人は外道、と呼ぶのである。

 

 

 

 「……まさに外道の集まり、ですね」

 「……出来ることなら、彼らのこんな所、美羽嬢に見せたくはなかったですねえ。……体面上とは言え、彼らは常に美羽嬢には愛想よく振舞い、接して来ていましたから、少なくとも美羽嬢の方は、彼らの事を嫌っては居ませんでしたからねえ……」

 

 老人達のそんなやり取りを、表面上は冷静に聞いていた一刀と諸葛玄だったが、その心中はとても穏やかなものは無かった。一刀の方は、彼らのその余りに身勝手極まりない行為に怒り心頭に達しており。諸葛玄の方は元々それらの行為を認識していたと言うこともあってか、怒りよりもむしろ、彼が把握していた以上に腐敗しきっていた彼らに対する呆れの方が、その心中を占める度合いが強かった。

 

 「……今頃、“隣の控え室”で話を聞いていた彼女は、かなりのショック…いえ、衝撃を受けているでしょうね……」

 「それもまた初めからの予定通りとは言え、美羽嬢のその心の痛み具合は、僕達の想像以上かも、知れませんね……」

 

 宴席の設けられているそこは、普段は謁見の間とし利用されている所である。そしてその壁一枚隔てた隣には、太守が謁見前に控えているための小部屋が用意されている。今回の策を為すに至り、一刀はあらかじめその部屋とこの謁見の間との間に、ある仕掛けを陳蘭に頼んで用意してもらった。

 

 それは伝声管―――。

 

 といっても、所謂金属製の声の反響を利用したそれでは無く、謁見の間と控え室との間を遮る壁に開けた数箇所の穴に、節を抜いた竹を差し込んで音の通りを良くしたと言うだけの、いたってシンプルかつ原始的なものである。無論、謁見の間の側に居る人間からは、まず気付かれない様な位置も計算して配してある。

 

 もっとも、本来の形の伝声管自体も、その仕組みを一刀から聞いた陳蘭曰く、技術的には不可能ではないとの事ではあったが、如何せん今回は時間が無さ過ぎた。

 

 せめて三ヶ月もあれば、それなりの形は整えられるのだけど、と。陳蘭が心底から残念そうにしていたのを、一刀はその時苦笑しながら見つつ、近いうちにでも、城内にそれを張り巡らせて緊急時の連絡手段として用いるよう、袁術に持ちかければ良いと。そう諭したのであった。

 

 まあ、そのあたりの事情はともかく。隣の小部屋に居ても、謁見の間での会話をきちんと聞き取れるように調整して配置したその竹製伝声菅によって、隣の部屋でもほとんどの声が聞き取れるようになっていた。

 

 「……さて。それじゃあそろそろ、始めるとしましょうか」 

 「……ええ」

 

 一刀と頷きあった後、諸葛玄はその竹製伝声管を通してある穴の内の一つへとゆっくりと近づく。そして、その前で軽く指を鳴らした。……それが、最後の仕上げの始まりを示すものとして、袁術たちに伝えてあった合図だった。

 

 

 

 彼らにとって、それはまさに突然の事態だった。

 

 「……ん~?何やら外が騒がしいのう?一体何事じゃ?」

 

 宴が行われている謁見の間のその外から、何やら怒号めいたものが彼ら老人たちの耳に届き、それと同時に複数の慌しい様子の足音もまた、彼らの耳朶を揺さぶった。

 

 「……それはですね~。城内に入った盗人さんたちを、逃がさないための包囲を、巴さん…紀霊将軍がしているんですよ~」

 「……張勲?!い、今なんと言った?城内に賊が入ったじゃと!?」

 「はい~。あ、でもご心配には及びませんよ~?その盗人さんたち、既に袋のねずみですからね~」

 「な、なんじゃ、そうか。……驚かせよる。……で?そやつら一体、何を盗んだのだ?」

 「……この南陽の地の、財。その総て…じゃ。……お爺たちよ、神妙にせい」

 『……は?』

 

 先ほどまでとなんら変わらぬ、飄々とした態度で謁見の間に戻ってきた張勲の言葉に、一旦はたじろいだ彼らであったが、さらに続いた張勲のその言葉に、思わず安堵の息を漏らす。だが、その張勲に続いて、再びその場に戻ってきた袁術のその一言により、今度は思い切り呆気にとられる。そこに。

 

 「全員その場を動かれませぬよう!そして一切の抵抗は無駄と知りなさい!……近衛軍紀霊隊!この年寄り達を全員ひっ捕らえなさい!!」

 『はっ!!』

 「な、何じゃお前らは!?ええい離せ!わしらを誰だと思って……!!」

 

 紀霊の率いる近衛軍は先主である袁逢の代から袁家に仕え、その碌を食んできたという以上に、袁家に対しての恩義が強い者達のみで構成されている。そんな近衛軍の者たちは、彼ら老人達の息がかかった一般の兵卒達とは違って、彼らに対しても一切の遠慮という物を持っていなかった。

 

 まあそんな彼らにも、実は絶対に他言無用、そして門外不出の、紀霊に関するとある秘密を共有し、それがために彼女の命令を絶対のものとしている理由、と言うものがあったりするのだが、それはまた別の機会に語らせていただくとして。

 

 突然謁見の間に乱入してきた彼ら袁家近衛軍の兵達により、袁術の一族達は悉くその身を拘束され、その雁首を袁術の前に並べさせられることになった。

 

 「公路どの!いや、美羽様!これは一体何のおつもりか!?」

 「そうじゃ!このような無体なことを我等に対して行うなど……!!」

 「……無体、か。では聞くがお爺たちよ?そなた達がこれまでして来た行い、あれは無体ではないと申すかや?」

 「……何のことで?」

  

 ふい、と。袁術から問われたその事に対し、何を言われているのか分からないとばかりに、揃ってとぼける老人達。

 

 「さっきのお話、ぜ~んぶ聞かせてもらっちゃったんですよ~。賄賂を貰いたい放題だとか、税金をかけ放題だとか」

 『!?』

 

 どうしてそれを、と。言葉には出さずとも、その顔がそう物語っている彼らに対し、張勲は壁に仕掛けてある伝声管の事を教え、総てを袁術と共に聞いていた事を明かして見せる。そしてそれと同時に、自らが老人達とかわした裏取引の事ももう既に袁術には話してあり、そのための処罰も既に受けていることも。

 

 

 「向こう十年間、衣食住に関る以外のお給金、全部無しにされちゃいましたよ~。でもまあ贅沢は言えませんよね~。お嬢様を騙していた(こと)を考えたら、極刑に処されても文句は言えませんのに、命だけは助けて下されたんですからね~。……ほんと、お嬢様には一生かけても感謝仕切れませんよ」

 「ぐ、ぬぬぬ……」

 「な、ならば公路様!わしらにも張勲同様のお慈悲を!」

 「そ、そうですぞ!なにしろこの三年間、幼い貴女様に替わって政を行ってきたのは、他ならぬ我等」

 「……見苦しい、のじゃ」

 

 え、と。一瞬、袁術の口から出たその言葉を、その頭で理解のできなかった老人達。……無理も無い。彼らからしてみれば、目の前に居るこの少女は単なるお飾りの当主であり、自ら物事を思考し、ましてや、自分達の事を否定など出来るはずも無い、ただの人形でしかないと、身勝手にもそう思っていたのだから。 

 

 「……おぬし達は今の今まで、無知で愚かだった妾の名を使い、好き放題に私腹を肥やしてきたじゃろう。……それに、七乃とお主らとでは、決定的に違うことがあるしの」

 「違う、こと……?」

 「欺き、そして苦を背負わせていたのが、妾ではなく、まさしく何も知らぬ民達だと言う事じゃ。……どちらがより罪が大きいか、言わずとも分かるであろ?」

 

 二の句の告げなくなる状態。彼らは今まさにそんな状態に追い込まれ、力なくその場でうなだれる他なくなった。

 

 「……妾の最後の慈悲じゃ。少なくとも、妾は好いていたお主らを、妾自身の手で裁くのが、妾がお爺たちにしてやれる、最初で最後の孝行じゃ。……七乃、剣を」

 「……はい。お嬢様」

 

 張勲からその手に剣を受け取り、袁術は一歩づつ、その歩を老人達の方へと進めていく。……生まれて初めてその手に持った剣は、彼女にはその実際の重さ以上に重く感じられた。

 

 『……』

 

 その場に居る誰しもが、固唾を呑んで見守る中、袁術は老人達のその筆頭とも言える人物の前で、その小さな足を止める。

 

 「……お爺。いや、南陽袁家の筆頭家老、楊弘。……覚悟は、よいか?」

 「……」

 

 こく、と。その人物、袁術にとっては遠縁の親戚に当たる初老の男、楊弘は、彼女の言葉には何も応えることなく、静かに小さく頷いた。

 

 「……では、ま、参る……ぞ」

 

 剣をその頭上高く振り上げ、そのまま眼下にて俯いている楊弘に、それを振り下ろさんとする袁術。……だが、その腕はなかなか動くことがなかった。

 

 鼓動が早くなり、息が苦しくなる。四肢が震え、呼吸はどんどん荒くなっていく。そしてその双眸は次第に熱くなり、気が付けば彼女はその瞳一杯に涙を湛えていた。 

 

 

 

 カラン、と。……袁術のその手に中に握られていた剣が、高い金属音と共に、静かに床に落ちて転がった。

 

 「……で、きぬ……」

 「……お嬢様」

 「……美羽嬢」 

 「……美羽さま」

 「……」

 

 やはり、自分には無理だった。人の生命を、ましてや、たとえ表面的なだけのものだったとは言え、自分に優しかったこの老人達を殺すことなど、自分には出来っこないと。その瞳に溜まっていた涙を、床に点々と零しつつ、嗚咽を漏らし始めていた袁術だった。

 

 「……それでいんですよ、公路さん。……良く、剣を止めました。……そう、貴女はそれで良いんだ」

 「……ぐずっ……北…郷?」

 

 声を押し殺して泣く袁術の傍に、何時の間にか立っていた一刀が、彼女のその頭を優しく撫で、その頬に伝う涙を指ですくう。そして、彼女の涙がついたその指を、自分を殺す事など出来ないと言って泣き出した袁術を凝視している楊弘に向け、こう告げた。

 

 「……自分の名を騙り、人々を苦しめていた貴方方を、彼女は殺す事など出来ないと言い、こうして涙まで流している。……もし、貴方方がまだ、れっきとした人間の心を持っているのなら、それにどう応えたら良いか……分かりますね?」

 「……美羽、お嬢、様……。……お主、名は?」

 「北郷、一刀、です」

 「では、北郷どの。……縄を、解いてはくれぬか?……このままでは、自決も、出来ん」

 「……っ!!楊弘爺!?」

 

 自決、と。楊弘ははっきりとそう言った。袁術がこの年寄りの首を、涙を流してまで落とす事を出来ないと言うほど、まさかそれほど好いていてくれようなどと思っても居なかった彼は、今の今になって人としての良心という物を取り戻した。

 

 そして、だからこそ、これまでの己が罪を糺すために、自らその首を斬りたいと。そう、告げたのであった。……しかし。

 

 「……残念ですけど、その答えも不正解です」

 「な……何?」

 「……貴方方が本当にこの場で為すべきは、これまでの罪を認め、その命を絶つことじゃない。公路さんの想いに応える為の本当の答えは……生き続ける事です」

 『っ!!』

 

 生きろ。そして今度こそ、袁術のために身を尽くし、残りの生を全うしろ。それが、一刀が楊弘ら老人達に求めた、その場で出すべき答えだったのである。……そして。

 

 「……そして、貴方方の行ってきたその全ての罪は、真にそれを背負うべき役を担った者が贖います。……そう、この俺が、ね」

 『なっ……!!』

 

 ~続く~

 

 

 

 狼「どーもー。似非駄文作家、狭乃狼です」

 輝「後書き担当その一、輝里でーす」

 命「同じく、後書き担当その二、命じゃー」

 

 

 狼「さて、仲帝記、その七話目をお送りしたわけですが」

 輝「やたらと長いわね、今回」

 狼「おう。気が付いたらこうなってたぜ」

 命「しかし今回も重いのう。・・・・いつになったらもうちょっとほのぼのしてくるのじゃ?」

 狼「んー。・・・多分、次の次ぐらい?」

 輝「・・・言明は出来ないと?」 

 狼「はい、出来ませんw」

 

 命「そうそう重いといえば、じゃ。一刀・・・この先どうなるのじゃ、アヤツ」

 輝「まさか本当に、こんなに早く世界から消える、なんてこと」

 狼「さあ、どうなるでしょうね~?・・・ま、ここで言えるのは、そこまで早く終るわけ無い!てことだけ♪」

 輝「・・・それで十分答えのような気が・・・・」

 狼「細かい事は気にしないのw」

 

 命「あ、ここで一つだけ注意事項じゃ。作中に出てきた楊弘と言う人物じゃが」

 輝「美羽さんのご親戚ってことで登場していましたが、これはこの作品における捏造ですので、そこの所ご了承くださいませww」

 

 命「と、いうわけで、今回はここまでじゃ」

 狼「ではみなさん、今回もいつも通り、忌憚泣きご意見、ご感想、お待ちしてますねー?」

 輝「もちろん、誹謗や中傷はマナー違反ですからね?」

 狼「それでは次回、真説・恋姫†演技 仲帝記、その第八羽にて、お会いしましょう」

 

 『再見~!!』

    


 
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