今日は10月31日。俗に言うハロウィンと呼ばれる日です。
子供達が待ち望んだ、お化けといたずらとお菓子の日。その日にも、精霊さんは舞い降りました。
「天気良好! 絶好の仕事日和だ!」
曇が多めの青空を、民家の屋根の上に乗り見上げてそう叫ぶのは一人の少年でした。黒いマントを羽織り、頭にはかぼちゃで出来たジャック・オー・ランタンのかぶり物です。どこからどう見てもハロウィンにふさわしい格好でした。
「さぁ~て、いく、!」
「おい、ハロウィン」
後ろからぐい、とマントを引っ張られ、ジャック・オー・ランタンの少年はぐえと悲鳴をあげました。
「……何の用だよ、サンタ」
「うるせぇ。てめぇ、トリック・オア・トリートだ。菓子よこせ」
「サンタクロースが子供に物たかるっていいのかよ?」
「てめぇだからいいんだよ。知らねぇ仲じゃねぇんだ。別にいいだろ」
サンタさんの格好をした口の悪い人がハロウィンと呼ばれた少年に言葉をぶつけます。ハロウィンの少年は肩を落とします。
「あーもう。おれのさっきまでのテンション返せよー」
「うるせぇって言ってんのが聞こえねぇのか?」
がんを付けて脅され、ハロウィンの少年は仕方なく、懐にしまっておいた飴を数個取り出します。
「ったく。ハロウィンの度におれに菓子たかりに来るの止めろよな」
「いいだろ、別に。それに、これはお前の仕事だ」
手渡された棒付きキャンデーの包みをとり、口に含むサンタさん。
「白ひげについてんぞ。いい男が飴でテンション上げるなよな」
「うるせぇ」
険悪な雰囲気のまま、サンタさんはハロウィンの少年の頭にかぶっている物に拳を叩きつけます。
「何すんだよー!」
「うるせぇって言ってるだろ。てめぇは一言余計なんだ」
なんとも勝手なサンタさんの言い草に、ハロウィンの少年はかぶり物の位置を直してもう一度反論のために口を開きます。
「なんだよそれ。おれ今から仕事なんだけど」
「そうか。行って来い。俺はここで飴食って帰る」
「……薄情だよな……手伝ってくれてもよくないか?」
「何を手伝えってんだよ? 今の俺はこんな格好だぜ? イベントが変わっちまう」
精霊の中でもサンタクロースが与える影響が強いことを理解しているのでしょう。サンタさんは勝手に他人のイベントを奪う気は無いようです。
「じゃぁ行ってくるけど……ちゃんとトナカイと仲良くしろよ?」
「誰があんな赤鼻と仲良くしなきゃなんねーんだよ?」
「一応相棒なんだし……」
「はっ。仕事仲間なだけだ。調子に乗んなっつーの!」
腹立たしい、というようにサンタさんは声を荒げました。どうやらまた仲違を起こしているようです。
ハロウィンの少年はその様子に肩を落とし、サンタさんに背を向けると屋根の上から飛び降ります。
「ったく……トナカイの奴、マジでどこ行ったんだ?」
季節外れのサンタさんは、トナカイさんを探す為に飴を口に含んだまま屋根の上から姿を消しました。
「とばっちりにも程があるぜ、ったくよー」
ハロウィンの少年はジャック・オー・ランタンのかぶり物の位置を直しながら地面に降りたちます。マントがふわりと揺れ、華麗に着地を決めました。それから人に見えるように実体化をし、周囲を見回します。ハロウィンだという事を理解しているのか、周りの人間でハロウィンの少年を気に留める人はいませんでした。
「トリック・オア・トリート!!」
叫びながら仮装した集団が目の前を通り過ぎていきます。ハロウィンの少年はこれ幸いにとその集団に当然の如く紛れこむのでした。
「……目立つ、よなぁ」
サンタさんは腕組をして街道を歩きながらそんな事を一人呟きました。鮮やかな赤と白の服。白い口髭といい、色彩だけならかなり縁起の良い服です。サンタの格好のまま街を歩いている為、周囲の人間が何事かとサンタさんに振り返るのです。その視線をイライラと受け止めながらサンタさんは街を歩きます。
「仕方ねぇか……ハロウィンだしな、今日」
ハロウィンにサンタが居るのはおかしい事です。それをサンタさんも理解しているようでした。
「………………」
サンタさんは顎に指を当てて考え込みます。そして、街に並ぶお店に目を向けました。
「………………はぁ。今日は……ハロウィンだもんな。サンタがいたらおかしいんだよな」
ですが、人間界に降り立ってしまった相棒を探さなくてはなりません。サンタさんは肩を落とし、目の前に立っていた”女性用”洋服店に足を踏み入れました。
「いらっしゃいま……せ」
勢い良く挨拶してくれた女性店員が入ってきたサンタさんの姿を見て言葉を失います。ですが、気を取り直したのか表面上の笑顔(頬がひきつってしまっています)を浮かべてサンタさんに近付いていきます。
「今日は、どのようなご用件で? あ、奥さんとかに……」
「ん」
サンタさんが無造作に懐から札束を取り出して女性店員さんに押しつけました。
「え?」
目を白黒させる店員さんにサンタさんは簡潔に言葉を放ちます。
「その金額で収まるよう、俺に似合いそうな服を適当に見繕ってくれ」
「で、でも、ここは一応婦人用でして……」
「は?……あーそうだったな」
サンタさんは納得したのか、顔に着いていた白い口髭を外し、サンタの帽子を外してアップにしてまとめていた金髪を解放しました。
「………………」
女性店員さんがサンタさんの姿を見て茫然と言葉を失っています。その姿にサンタさんは不機嫌そうに口を開きます。
「見ての通りだ。正真正銘『女』なんだから用意出来んだろ」
ぞんざいに扱っているが故に少々ほつれてしまっている金髪は良く見ればきめ細かく美しく。蒼天の如く澄み切った蒼い瞳は宝玉を思わせ、白人独特の白い肌はなめらかでまさしく透き通るようです。口調や態度からは想像も出来ない程の美少女でした。
「何だ? 文句あんのか?」
腕組をし、他を圧倒するような視線はやはり健在でした。
「トリック・オア・トリート!」
元気な子供達の声が響きます。ハロウィンの少年はそれに交じってお菓子をもらっていました。
「順調順調。ん?」
ハロウィンの少年がお菓子を懐にしまっていると、不意に視界に入る人影がありました。
「……ありゃ、トナカイじゃん。サンタに叱られっぞ、あんな所でまた女口説いてまぁ……」
若い女性に声を掛けている青年でした。秋にしては少々厚着なのが印象的です。黙っていれば背の高い美男子で終わるのになぁとか思いつつ、ハロウィンの少年は無視して仕事に戻るのでした。
「あーお嬢さぁーん……行っちまった。ったく、ハロウィンが近くに居たからな。神力が強まったせいで人間が逃げちまう。まぁいいや。ハロウィンが居るってことは、サンタもいるってことだろ」
人間は無意識に神を恐れています。故に、神に近い物に接するとそのものから衝動的に逃げようとしてしまう傾向があるのです。先ほどの女性も、神に近い物として気配を消していたトナカイさんの気配に気が付いてしまい(原因はハロウィンの少年)逃げてしまったのです。
頭を掻きながらめんどくせーと一人ごちるトナカイさん。
「サンタに見つかる前に戻っちまおうかな……ん?」
トナカイさんが何かに気が付いたのか、歩き出そうとした足を止めました。視線の先には一人の女性がいました。トナカイさんは目を見開いてあり得ないといった表情でした。
「……はぁ!?」
ものすごく見知った少女が、ものすごく知らない格好をしていたらこんな表情になるのでしょうか。
「トリック・オア・トリートー!」
そう叫びながら街を走り回る集団に紛れながらハロウィンの少年も走ります。
「ん?」
一人の女性とすれ違いました。何か違和感を感じ、ハロウィンの少年は思わず足を止めます。
「え?」
少年はあわてて振り返ります。そこには、少年を無視して堂々と歩いている少女が一人居ました。清楚で可憐なワンピースに身を包んだ女の子です。ハロウィンの少年はその背中をしばらく見つめていました。
「知らない、よな。あんな人。あんな可愛い子が俺の知り合いなはずがない。うん、そうだ。きっと気のせい気のせい!」
ハロウィンの少年は自分に言い聞かせ、自分を待つ子どもたちの集団に戻っていくのでした。
(あ、あぶねー)
心の内で呟くサンタさん。決して表情には出さず、声にも出さないよう心がけます。先ほどのサンタ姿から想像も出来ないまでに清楚で可憐な姿でした。白いワンピースにほんのりと赤いカーディガン。先ほどと同じ紅白ではありますが、印象は別物でした。肩につく程度の金髪も綺麗に整えてもらっていました。
「……?」
サンタさんは足を止めます。視線を前に止めていると、前から歩いてくる青年が一人。サンタさんに5メートル程間を空けて青年は立ち止まりました。
「………………よぉ」
「あぁ」
簡素な受け答えです。サンタさんは青年を睨みつけ、腕組をしました。
「何してんだ、お前こんな所で」
そう言ったのはサンタさんでは無く青年の方でした。サンタさんは呆れたように声を発しました。
「何って……お前を探してるんだろ、俺は」
「そんなことは知らん……というか、探す為にそんな格好してくれたのか?」
青年がにやりと笑いました。サンタさんはぎくりとした様子で肩を揺らします。
「こ、これはなぁ! 俺が何の支障も無く町を歩きまわれるように、!」
「なるほどなぁ。サンタさんはそんな普段着ないような服を着てまで俺の為にはるばるここまで来てくれたのか……これはあれだな」
「な、なんだよ……! っていうか違うって言ってんだろ!」
サンタさんの言葉も聞かずに、青年はにやにやと嫌味な笑みをサンタさんに向けます。サンタさんも黙っていられないのかづかづかと青年に近寄って行きました。
「人の話を、!」
「そんな殊勝なことをしてくれたんだ。俺も誠心誠意応えないとな。というわけで抱きしめてあげよう」
「はぁ、何言って!?」
殴る為に近寄ってきたサンタさんの文句も無視して、青年はサンタさんを抱き寄せました。公衆のど真ん中ですが、周りの人間で気がついた人間はいませんでした。どうやら、行動に移す直前に人から見えなくしたようです。
「……何の真似だよ」
「せっかく、お前が可愛い格好してるのになんで放置しないといけないんだよ。滅多に見れないんだからこんな時位堪能させろ」
「意味がワカラン。大体、こんな恥ずかしい格好ごめんだね。足がスースーする」
「そう言いながらスカート捲るとかやめろよ。その先を知るのは俺だけで十分だ」
「だからぁ、意味がワカランってあと気持ち悪い。っていうか離せ」
サンタさんを無視してやたら嬉しそうにサンタさんを抱き込む青年です。サンタさんは抵抗すること無くされるがままでした。
「……そろそろ離せよ」
「いやぁ、可愛いなぁ、エリザちゃんは。キスしていいかな?」
「ぶちのめすぞ」
さすがにそれは受け入れてもらえないようでした。
「そんなこと言うなって。どうせ誰もみえないんだから」
「うっせぇ! やめろって言ってんだろうが!!」
ガスッ!といい音が鳴り、青年の顔面にサンタさんの鉄拳がのめりこみます。青年はサンタさんの背中に回した腕を離すことはありませんでしたが、鼻を押さえて痛みをこらえます。赤いものがぼたぼたと流れているのはきっと気のせいでしょう。
「あにしやがる……」
「うるせぇ。やめろって言ってんのにやろうとするお前が悪いんだろ? あ、こっち向くな。服に血がつくだろ」
どうやら血は気のせいでは無かったようです。サンタさんは血がつかないように青年から距離を取ろうとしますが、青年は離す気が無いようです。青年は唸りながら顔を上に向けたり目と目の間の鼻の骨を抑えたりして鼻血を止めようとしていますが、中々止まる様子はありません。仕方が無いといった様子でサンタさんは青年の鼻に手をかざしました。
「おぉ、」
見る見るうちに青年の鼻から赤みが取れていきます。どうやら、サンタさんが癒しの術を施したようでした。
「っんなところで鼻血なんぞ出すなよ」
「原因は誰だよ」
「お前だろ」
サンタさんは当然の如くそう言いました。青年は赤みの引いた鼻を確かめつつサンタさんを見ます。
「そういや、エリザ」
「なんだよ……ってか、ここでエリザって呼ぶの止めろよ。せっかくハロウィンにはばれずに済んでんだから」
「なんで隠す必要があんのかは知らんけど……トリック・オア・トリート」
少しイライラ気味のサンタさんに首をかしげつつ、当然の如く青年はそう言いました。そしてサンタさんは何時までも自分を離そうとしない青年の顔面に勢いよく飴を叩きつけました。
「トリック・オア・トリート!」
まだ子供達の集団はお菓子を集め続けています。ハロウィンの少年もそれに混じりお菓子をもらっていました。夕方5時を知らせる時報が遠くから聞こえてきます。子供達もそれに気が付き、足を止めました。
「もう夕方だね」
「帰らないと!」
子供たちのそんな声が響きます。ハロウィンの少年としては、ここからが本番であるのにといった様子でした。
ですが仕方がありません。夜は子供達にとってはとても危険な時間なのです。ハロウィンの少年は大人しく口を閉ざします。
「じゃーねー!」
「ばいばーい!」
元気に手を振り、子供達は家路について行きます。ハロウィンの少年はそれに習って帰るかのように手を振り人気のない場所へと走っていきます。
「さぁーって! お仕事の時間だぜ!」
ハロウィンの少年が両手を広げれば暗い闇に囲まれた空中に無数のジャックランタン達が姿を表します。
「Trick or Treat. お前等、甘いお菓子の時間はここまでだぜ」
ハロウィンの少年の体が宙に浮き、ぎぎぎという音を立ててかぼちゃのお化け達が大きく口を開きます。ハロウィンの少年の号令の下、白い光を口の中に集めて行くジャックランタン達。
ハロウィンの少年が歌を歌いあげます。それは、皆に聞こえていて、誰も聞いていない歌でした。
「ハロウィンの野郎が仕事始めたみたいだな」
「とっとと帰らなくていいのかよエリザ」
「そうだな……帰らないとこの格好見られちまうからな」
「早くしねーと、バレンタインの嬢ちゃん来ちまうからな」
「あいつに見られるのだけは避けねーとな……」
頬を引き攣らせるサンタさんに、トナカイさんは苦笑しています。トナカイさんは不意にジャックランタン達が集める光達に目を向けます。
「今年のハロウィンの幸福は多そうだな」
「ハロウィンは毎年量が増えてるからな。クリスマスは常に安定だが」
「まぁ、最も忙しいのってクリスマスって言われてるもんな……」
クリスマスはどこの国も幸福で溢れています。ここまで全国共通で幸福が集められるイベントも早々無いでしょう。
「エリザ」
「なんだよ」
「今からどっか行くか」
「なんで?」
二人で光達を見上げながらそんな会話を繰り広げます。人間達はこの光達に目も止めません。見えていても、そこにあるのが普通過ぎて素通りしてしまうのです。幸福というものはそう言う物なのかもしれません。
精霊達の眼にはしっかりとそれが映っていました。もしかしたら、道行く人々にサンタさんとトナカイさん、そして光達がしっかりを見えているならば、
二人は恋人同士に見えたのかもしれません。
「ぁ、」
声が枯れるまで歌い続けたハロウィンの少年はジャックランタン達を下がらせると疲れたように膝に手を付いていました。
「じゃーっく!」
「、?」
少年にとって聞き慣れた声に、声を発せない少年は後ろに振り返りました。ピンク色のふりふりドレスに天使の翼を付けた女の子がふよふよと浮いています。
「もう。また声が枯れるまで歌ったんだね」
「、」
声が出せない為、こくんと頷くしか少年には出来ませんでした。
「でも大丈夫! このラブ・バレンタインちゃんがお迎えに来てあげたよ! 一緒に帰ろう! ジャック!」
そう言って、女の子は少年に手を差し出しました。少年は小さく笑うとその手を取ります。
日付がそろそろ変わる時間。ハロウィンの少年こと、ジャック・ハロウィンのお仕事は終わったのでした。
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時神様にお仕えする季節精霊。季節のイベント毎に存在する精霊達のお話。今回は苦労性のハロウィンの少年のお話。前回のサンタさん達も居ます。ハロウィンに起きたのは幸せな事でしょうか? 前回のお話(http://www.tinami.com/view/240541 )を読んでおくと分かりやすいかも。