No.330039

少女の航跡 第3章「ルナシメント」 34節「誕生」

第3章の終わりになります。カテリーナとゼウスの激しい戦いが行われた後。廃墟と化した《シレーナ・フォート》。そしてまた新たな物語が始まっていきます。

2011-11-05 20:17:48 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:10638   閲覧ユーザー数:365

 

 世界の西側に位置する西域大陸、その最大の規模と繁栄を誇っていた《シレーナ・フォート》の都は、1日の内にその全てが崩壊した。

 西域大陸南部では独自の文化を誇り、最大の判図を持っていた都も、強大な力、それも神にも似た力の前に屈するのには、1日もかからない。女王は都を追われ、民も避難民となり、最も繁栄していた都は瓦礫の山と化す。

 ここには素晴らしい文化があった。世代を超えて受け継がれてきた歴史は、国さえも越え、形ある姿として都に彩られていたが、その最大の象徴でもあった王宮は、あたかも枯木が朽ちたかのような有様と化し、都には死の匂いが漂う。

 自然は容赦なく、海水は、都をだんだんと侵食し始めている。城壁によってせき止められていた海水が、都の半分近くの大地を侵食し、それを海の底へと沈めていこうとしている。

 多くの命が散っていった。人や亜人の命など、神のもたらした強大な力の前では、あまりにも微弱なものでしかない。この都で渦巻いたあまりにも強大な力の前には、人の力ではとても太刀打ちする事ができないものだった。

 死や絶望、そして無機と化した都の残骸からは、人気が一切失せた。

 色とりどりの屋根も灰色の塵の中に埋もれていき、全ての様相は消えうせていた。

 そんな瓦礫の山と化した世界の中で、かすかな声が響いていた。

 その声は、とても小さく響いており、その声の存在は、もしかしたらこの地で散っていた者達の死者のうめき声なのではないかと、そう思えてくるほどだった。

 だがそうではない。かすかに都に響いていた声は、確かに実体を持った声だった。その声ははっきりと都の中に響き、しかもあたかも子供が歌を歌っているかのような声だった。

「ああ…、全てが滅び、全てが消え去り…」

 この地に人が残っていたならば、何とも不気味な声であると思うであろう。それは甲高い、子供の声をしていた。

「この世に残ったのは、全てが無に帰したものばかり。この灰も、あの灰も。全ては無に還るもの…」

 瓦礫の山の中に、人は残っていない。だが、一人だけ少女が《シレーナ・フォート》の都の中に残っていた。

 人の子かとも思える姿をしていたが、人ではない。夜闇に包まれつつある都の中で、その少女の姿をした存在は、白い光を持っていた。

 白くぼうっと光る光は、あたかも精霊がそこにいるかのようだった。誰もいなくなってしまった無人の廃墟の中にその白い光だけがただ揺らいでいる。

 少女の発する声は歌のような音色を持ち続いた。

「全ては灰に…、全ての生き物も、偉大なる知性も、全ては灰に帰し、それは全て無と化していく…」

 少女の手はガラスのように繊細だった。彼女はそのガラスのように繊細な手で、幾度も幾度も、何かの灰を掬いあげている。だがいくら少女が灰を掬いあげても、あまりにも細かな灰は、塵のように地面へと落ちていってしまう。まるで彼女のしている事が全て無意味であるかのように。

 だが少女は幾度も幾度もその行為を繰り返していた。彼女が掬いあげる黒い色をした灰は、だんだんと空気によって流されていってしまう。彼女の前に残っている灰は、もうごく僅かしかなかった。

「お父様の偉大なる知性も、強大なる知性も、全ては灰に帰するのですね。幾度も繰り返してきた輪廻も永遠ではなく、全ては滅びへと向かうのですね」

 少女はまるでその灰に話しかけるかのような素振りをして見せた。だが幾ら彼女が話変えようとも、黒い灰は何も答えてはこない。ただそこにあるのは塵としての存在でしか無い。

 少女が幾度も灰を掬いあげ、それを地面に落してしまうものだから、世が再び明ける頃には、少女の前からほぼ全ての灰が消え去ってしまっていた。

 彼女の手元にあった灰は、全てが空気に飛ばされて行ってしまい、そこには何も残されていなかった。

 何も無くなってしまった灰。それが流されてしまった空気の流れの向こうを感じるかのように、少女はその場に佇み、再び登る朝日へと目を向けた。

「お父様の心は滅びました。肉体も全てが滅びました。ですが、お父様の意志はこの私の中に残されています。お父様の偉大なる力は、この私が受け継ぎ、この世界を全て無に帰して差し上げましょう。そう、この私自身でさえもです…」

 白い光をほのかに放つ少女は、朝日の中そのように呟きつつ、その場からゆっくりと立ち上がった。

 同じように朝日を浴びつつある海岸線があった。その海岸線は浜辺になっており、《シレーナ・フォート》から大分離れた地に存在していた。

 波打ち際に、ただ静かに並みのうち寄せる音だけが響いている。

 その浜辺に流れ着くものはさまざまにあった。《シレーナ・フォート》の廃墟と化した街から流れ着いたものも多くあった。

 そんな流れ着く者達の中、一人の人物が波によって流されてきていた。

 一糸まとわぬ姿をしたその人物は、ただ流されるがままに波に流されてきたらしく、無防備な姿をさらしたまま、浜辺に打ち上げられていた。

 海の漂着物が流れ着くような事もある浜辺だ。沖合の海で遭難した人物が流れ着く事もある。

 だが、誰もいないその海岸に流れ着いた人物は、遭難した人物にしてはあまりにも綺麗な姿をしていた。

 あたかも、生まれたままの純粋な肌をしたかのような人物が、無防備なまま流されてきていたのだ。

 その人物は女だった。生まれたままのように美しく無垢な肌をしていたが、年の頃は20歳ほどの人物に見え、人間としては成熟していた。

 だがその流れ着いた人物は、あたかもたった今、この世界に産み落とされたかのように純粋な姿だった。

 浜辺に流れ着いたその女は、しばらく浜辺に身を伏せたままだった。何も纏わぬその姿を、ずっと浜辺の誰もいない大地にさらしていた。

 波打ち際に波が打ち寄せ、空からは上ったばかりの日差しが降り注ぐ。誰もいない土地で、その女はまるで安らいだかのように眠りについていた。

 だが突然、その女は何かに打たれたかのように大きく目を開き、彼女は目覚めるのだった。


 
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