No.327916

崩壊の森 5

ヒロさん

【熱砂の海→見えない夜→崩壊の森】
 古き神が集う神殿へと向かうことになったアルディート。その神殿はこの異常気象の中でも濃い緑の残る闇の森の中心にある。そしてその森に足を踏み入れて生きて帰った者、正気で戻った者はいない。だからこそそこに過去の秘密があると推測出来たが――

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2011-11-01 18:45:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:459   閲覧ユーザー数:457

 旅装に身を包んだザバが出立前のお茶を飲んでいるところへ、フレラを従えてアルディートが姿を現した。

 機嫌が悪いと一目で分かるアルディートの後を、困った表情のフレラがパタパタとついて歩いている。

「神代様――」

「ああ、わかった。わかった」

 今にもうるさいと怒鳴りそうな口調でフレラを黙らせる。

「朝からご機嫌よろしくないようですね」

 カップをテーブルに置いてからザバは声をかける。

「機嫌も悪くなる。あいつに挨拶してから行けと言うんだからな」

 アルディートはザバの隣に乱暴に腰を下ろすと、盛大な不愉快のため息を吐き出した。

「まぁっ、そんなことなさらないで下さいまし。ここは奥の院ではございません。人の出入りも激しく、そんなお姿を見られでもしたら……」

「そうだ、その大騒ぎにならないために朝から風呂に引っぱり出されてこうして………」

 茶色に染められた髪を手にし、

「面倒な事を我慢したんだからな」

「わかっております。普段のウードの根では水に濡れれば染めた色がすぐに落ちてしまいますから染色液を用いましたので、それがとてもとても面倒なことは、わたくしども重々承知しております。ですが神代さまだけがこの世で黒い髪と黒い瞳をおもちであること、子供でも知っております」

「その目印をつけたまま街に出て鬱陶しいことになるのはごめんだからな。だから我慢したんだ。名前だって公表されてる訳じゃない。知ってるのはザバと奥院の神官たちと傭兵たちくらいだ。だから今はもういいじゃないか」

「ですが万が一」

「万が一がないように髪を染めたんだろ!」

「神代さま……」

「いいかげんにしてくれ!」

 ビクリと大きく体を震わせてフレラは開きかけた口を閉じてしまった。

 それにハッとしたアルディートもまた動きを止めてしまう。

 その二人を視界に入れ、

「アルディート。女性に対してそんな口をきくような育て方はしなかったと思いますが」

 微笑んではいるが、ザバの口調は厳しい。

 毎日毎日、同じ問題で口げんかをしている兄妹のような二人だが、今の不愉快の原因はフレラではなく、アルディートはフレラに八つ当たりをしているのは明白だった。

 不快感いっぱいの表情をしていたアルディートはザバの言葉を聞くと目を閉じ、何度か呼吸を繰り返してからフレラに非を詫びた。

「あ、あのっ。そんなつもりじゃ……」

 まさか謝られるとは思っていなかったフレラは動揺してしまう。

「お二人はケンカしている時の方が生き生きとしてますね――個人的にはフレラは笑っていた方が可愛らしいと思いますが」

 穏やかな表情で言うザバにフレラは赤くなり、アルディートはほっと息をついた。

 

「おや、停戦も続かぬようです」

 扉の外に視線をやったザバがのんびりした口調で言うと、振り返ったアルディートの前に不機嫌の元凶が現れた。

「準備は整ったようだな」

 ザバとフレラが王者に対し礼をとったが、アルディートは逆に椅子に腰を下ろし、そっぽを向いてしまった。

「森の入り口まで送らせよう」

「それでは目立ちましょう」

「バシューらであれば問題あるまい」

「ご配慮痛み入ります」

「古文書の方はどうであった?」

「この目で確かめてみませんと申し上げるべき事はないものと思われます」

「そうか、では後日、そなたの口から聞かせてもらうとしよう。城門を出た辺りで待機しているはずだ。外のことはそなたたちの方が詳しいであろうからな――頼むぞ」

 そう言い残してメルビアンは部屋を後にした。

(アルディートに視線も送らぬとは、陛下も罪なことをなさる)

 口が裂けても言えない言葉を、ザバは心の中で呟いた。

 

 

 

「ありゃー、どうしたんだ?」

 久しぶりに顔を合わせたバシューが、つついただけで噴火しそうなアルディートの雰囲気に恐れをなした傭兵たちの代表として走竜を寄せてザバに耳打ちをした。

「いや、何。恋の駆け引きというもので」

 並足で進む走竜の上で、涼しい笑顔を見せたザバがそう答える。

「恋の駆け引き? なんだ、まだ遊ばれてるのか?」

「会話のきっかけになさっておられる」

「……アルディートには迷惑な話だな。それに恋の駆け引きなんぞアルディートに出来るはずもない。会話のきっかけにするには戦の話でもする方が――」

「恋をするには十分な年齢だと思いますが?」

「確かにそうだが、あいつが村の娘どころか婆さんと話してるところも見た事がない」

 正規軍に入って以降、軍関係者を除いては老若男女がアルディートが視界に入らないようにしていると言っても過言ではない状況だったのだ。

「待てよ。あの娘は? アルディートにいつもくっついてる娘だ」

「フレラですか? そう言えば……」

 あまりに普通に接しすぎていて不審に思わなかった自分に、ザバは頭を小さく振る。

「神殿の者だからかもしれませんね」

「ああ……」

 稀に生まれてくる黒を持つ忌まわしき子。

 昔から神の御許に還すために、生まれてすぐ神殿に連れて行く。

 故に神殿の者は黒を持つ者に接する機会が多いはずだ。

「神殿の爺さんたちも、恐れて逃げ隠れたりしないな」

「神官長のタウ殿はそれどころか説教しています」

「あいつにか?」

 問いながらバシューはアルディートを見ると、敵討ちか復讐かを成し遂げんと決意しているような強い表情をしていた。

 メルビアンとの会話は国境で会った時よりも更に腹の立つ内容にエスカレートしているのかとバシューは思う。

「くわばらくわばら」

 ぶるるとバシューは身を震わせた。

 心底怒りに満ちたアルディートは、百戦錬磨の傭兵さえ逃げ出すほどなのだ。

「しかし……よくもまぁ恋の駆け引きとやらで遊べるな」

「流石武人王と賞賛すべきでしょうね」

「……オレだったらその賞賛は不愉快だがな」

「そうですか?」

「ああ」

「そのうちご本人に尋ねてみたいですね」

 本気か冗談か分からない笑みを浮かべるザバを見て、バシューは三人の中で最も剛胆なのは目の前の男ではないかと思った。

 そんなバシューの考えなど思いやる様子もなく、ザバは前を行くアルディートの後ろ姿を見る。

 茶色く染めた髪が陽光を浴びてやわらかに輝いている。

 神代と言う国教の最高位に就いたが、こうして共に走竜を駆り野を行くと、それすらも夢の中の出来事のような気がしてくる。

 

 物思いに耽るように口を閉ざしてしまったザバに、バシューは状況の複雑さを感じ取った。

「まぁいい。そういう怖いお遊びは俺の見えないところでやってもらうとしてだ。目的地はどこだ?」

「聞いていませんか?」

「城外で待機してお前たちと合流せよと言われただけだ」

「――闇の森」

 ザバの返答にバシューの目が見開かれた。

「間違いじゃないんだろうな」

「中に入るのはアルディートと私だけです」

「俺たちは?」

「森の外で待機を」

「…………」

 今度は眉を寄せ、

「待機?」

「一緒に入っても構いませんが」

「誰が好きこのんであんな森に……。気になるのは森で何をするのか、ってことだ」

「宝探しでしょうか」

 ピク、とバシューの身体が反応する。

「宝?」

「はい」

「独り占めはよくない」

「一人では持てそうにありません」

「そんなにあるのか! 手伝いがいるだろう?」

「あれば有り難いですね」

 微笑したザバに「よし!」とバシューが気合いを入れた。

 


 
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