Scene2:榛奈市役所 「安全対策課」 AM09:00
榛奈市役所の地下深く、人気のない通路のどん詰まり。
存在すら半分忘れられたような狭くてかびくさい小部屋。
っていうか元倉庫。
扉にガムテープで貼られた「安全対策課」の看板も、A4のコピー用紙にマジックで書き殴られただけという、実にやっつけ仕事である。
適当に片づけられた部屋の中に3つ並べられた事務机も、廃棄処分前のをとりあえず並べて体裁を整えただけ。
絵に描いたような窓際部署。その部屋の長であるところの田中祐一安全対策課長(52)も、小柄な体をくたびれたスーツに包んだ、これまた絵に描いたような窓際職員で――
「納得いかねえっす!」
ずばんっと、その机を叩いた青年……唯一の課員、青山幸太君(23歳新卒二年目)だけが、熱気を発していた。
「ダメだよ、青山君。そんなに乱暴に叩くと机が傷むよ?」
ずずーっとお茶をすすり上げる田中課長。
近頃大分薄くなった頭髪が、湯気でふわっと揺れる。
ちなみに、お茶くみしてくれる職員なんか居るわけもないので部屋の隅に置いてあるポットから自前で淹れる。青山君はお茶飲まないし。
「そんな悠長なことゆーてられる場合ですか!あっちはいよいよ姿を現したってんですよ!」
ばんばんと両手で机を叩く青山君。あんまりちゃんと掃除してないので埃が舞う。廃棄処分前のボロ机がギシギシと悲鳴を上げる。
机の上で、さっきから青山君の攻撃に耐えているのはFAXのプリントアウトだ。
「『世界征服をたくらむ秘密組織』、ねえ……」
その内容に目をやり、ため息を吐く田中課長。
ダルク=マグナ。
中世の錬金術結社を元に発展したと称する秘密組織。
世界征服を目標に掲げ、アフリカ南部諸国やアジア諸地域で活動中。
すでに幾つかの国家を実質的に支配しており、現在では「ヘルメス」という製薬会社として、表の世界でも業績を上げている。
今回、新たな侵略目標として日本を選択、首都近郊の榛奈市を第一拠点とする……
「日曜朝のお子様番組かってんだ、畜生!」
びりびりーっと、青山君がプリントを引きちぎる。
「話に聞く限り、ほんとにそんな感じだよねえ」
課長はにこにこと笑いながら、破片を集めてゴミ箱にポイ。
「生憎と、彼らはフィクションでも冗談でもないようだけど」
FAXの送信元は国家公安委員会。
田中課長の「昔の知り合い」からのリークだとかなんだとか。
出所が出所だけにガセや冗談じゃないことはもう折り紙付きだから、こうして曲がりなりにも一部署を作って何とかしよう、って次第なのだが。
「つか、警察とか公安の仕事じゃねっすか、こういうのは!なんで俺ら市役所で面倒見ないといけないんすか」
「『ヘルメス』が世界的な大企業だから?」
さらりと。
有田焼の湯飲みを持ったままの課長が肩をすくめる。にこにこ顔に変化はないけど、空気は少し冷たくなった。
「下手にちょっかいかけて世界的に影響力のある会社のご機嫌損ねると、色々ややこしいし?いわゆる政治的な判断、ってやつだろうね。……こんな冗談みたいな組織を、いちいち相手にしてられるか、ってのもあるんだろうけど」
ため息をつく課長と対照的に、青山の顔が歪んでみるみるうちに真っ赤に染まる。
ぎりぎりと歯ぎしりが聞こえ始めて、課長は机に置いた湯飲みを慌てて持ちなおした。
だばん!
ものすごい音を立てて両手を机に叩き付ける青山。部屋の隅のファイルキャビネットがぐらぐらと揺れる。
「こっちゃその冗談みてえな連中にコケにされたんすよ!?」
「コケにされたというか、歯牙にもかけられなかったと言うべきかねえ」
外務省から回されてきた資料を思い出す課長。
シェリル・ミラガン、通称「皆殺しのシェリー」。
都市制圧戦・対テロ戦闘のエキスパートとして各国で活躍。
ダルク=マグナの幹部となってからは、幾つかの支配国で軍事顧問や将軍職を歴任……
それこそ冗談のような経歴の持ち主だ。
下手に教えたら更に激昂しそうな青山の様子に、しばらく黙っておく事にする。
机が壊れたら困るし。
「しっかし、彼らも何でこんな片田舎に来るかねえ……」
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