No.324016

あたしのルリ姉がこんなに可愛いわけがない その5

日向物語の第5話。


Fate/Zero
http://www.tinami.com/view/317912  イスカンダル先生とウェイバーくん

続きを表示

2011-10-26 00:19:55 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4150   閲覧ユーザー数:2361

あたしのルリ姉がこんなに可愛いわけがない その5

 

 

前回のあらすじ

 

 ルリ姉はあたしに大きな隠し事をしている。

 恨み節上等毒舌上等のルリ姉がライバルの存在を故意に隠しているのは何かおかしい。

 代わりにビッチさんに尋ねてみたけれどこれがどうも地雷を踏んじゃったぽい。

 ルリ姉と高坂くんの間の恋の障害。あたしはこの問題に対してまだ大きな見落としをしている気がしてならない。

 何か大きな錯覚をしている気がする。

 

 

 夜が、明けた。

 昨夜はルリ姉とビッチさんのあの拒絶の態度が気になってあまり眠れなかった。

 

 あたしの本能はこの件に介入することをやめるようにアラームを鳴らしてる。

 ルリ姉、そしてビッチさんのあの拒絶反応は相当なもの。

 興味本位で首を突っ込んじゃいけないことは明白。

 でも、あたしだって今はもうただの興味だけでこの件を追っている訳じゃない。

 ルリは大切な家族。邪気眼厨二電波が入っててもとっても大好きなお姉ちゃん。

 そして高坂くんはあたしの初恋の人。将来の旦那様になるかもしれない人。

 そのお姉ちゃんと初恋の人の恋のゴタゴタなのだから他人事なんかじゃ決してない。

 それにあたしはビッチさんに火を付けてしまったっぽい。火消し役をしないといけない。

 だからこれはもうあたし自身の問題。

 だけどこの件には謎が多すぎる。

 

「大体、ルリ姉の恋のライバルって一体誰なんだろう?」

 最初の謎がこれ。

 昨日の捜査で4人の候補はみつけた。

 ルリ姉の携帯番号からオタク友達らしい“沙織・バジーナ”さんとゲーム研究会の“赤城瀬菜”さんという女の人が浮かび上がった。

 ビッチさんとの通話から”メガネ地味子”さんと”あやせ”さんという女の人が浮かび上がった。

 4人に接近してみる価値はありそう。真のライバルは他にいるのかもしれないけれど。

 で、ライバルの存在を認めると次のもっとよくわからない謎が浮かぶ。

 

「何でルリ姉もビッチさんも恋のライバルをあたしに隠すの? 苛立つの?」

 ルリ姉がライバルに苛立つのはわかる。恋のライバルだから。

 でも、毒舌ルリ姉がライバルを隠そうとするのは変。普段なら貶してナンボの相手の筈。

 そしてビッチさんが隠そうとするのはもっと変。

 ビッチさんは高坂くんを兄を兄とも思わない手酷い態度で扱っているという。

 普段は口もきかない疎遠な兄妹らしい。高坂くん自身は相当なシスコンらしいけれど、ビッチさんには全く相手にされていないらしい。完全にスルーされているとのこと。

 なのに昨夜の電話越しのビッチさんは他人事では済ませない鬼気迫る雰囲気を醸し出していた。

 ルリ姉の恋のライバルの話をした途端に尋常じゃない拒否感を示した。

 これは説明がつかない。

 あたしは何か大きな見落としをしている。または錯覚をしている。でも、何を?

 

 そして、最後にしてあたしにも一番関連がある謎。

「結局、高坂くんはどうするつもりなんだろう?」

 高坂くんはルリ姉を選ぶのかな? それともライバルの方?

 それとも他の誰か? その場合はあたしのことを選んで欲しいなあ。

 今回の場合、ルリ姉とビッチさんが何を考えているのかも謎だけど高坂くんが何を考えているのかも謎。

 そもそもこの件は高坂くんがルリ姉に告白の答えを返せばそれでケリが付く話。

 一番の中心人物の考えがはっきりしないのは困りものだった。

 

 

「結局、ルリ姉も高坂くんもビッチさんも何を考えているのかわからないんだよねぇ」

 名探偵を気取ってみたけれど、あたしには事件の3人の中心人物が何を考えているのかまるでわからない。

「3人のことをもっとよく知らないとわかんないんだろうなぁ」

 高坂くんとビッチさんは一昨日知り合ったばかり。知っている情報のほとんどはルリ姉の口から出た愚痴がほとんど。知っていることはほとんどない。

 一方でルリ姉のことは11年間妹として見てきたからよく知っているつもり。

 でも、それでもわからない部分がある。

 ううん、今までよく知ろうとしなかった部分がある。

 そしてその部分こそがルリ姉、高坂くん、ビッチさんを結びつける重要な絆。

 つまり──

「あたしはもっとオタクの心について知らないといけないってことだよね」

 あたしにはオタクに対する理解も知識も不足している。

 それはこの1件に対する真相究明を曇らせているのは間違いなかった。

 

 

 

「オタク勘弁のあたしが、オタク心理を追求することになるとはねぇ。人生ってわからないよね」

 ビッチさんが貸してくれたというメルルのDVDのケースを見ながら溜め息を吐く。

 

 あたしはオタクが好きじゃない。

 正確に言うと、オタク的なものがあたしにもたらす被害が嫌い。

 オタク的言動のせいでクラスのみんなに距離を置かれて白い目で見られるのが嫌い。

 オタク全開なルリ姉を見られて友達に距離を置かれるのが嫌い。

 とにかくオタク的なものはあたしの社会的生命に多くのマイナスをもたらしてしまう。

 

 じゃあ、オタク的なもの自体が好きか嫌いか問われるとどっちでもない。

 アニメは別に嫌いじゃない。

 あたしは少年漫画と呼ばれるジャンルのアニメが結構好きだったりする。

 ライバルと競い合って勝つという燃える展開は見ていて心が熱くなりスカッとする。

 そして五更家三姉妹にとってアニメは会話の為の何よりも大切な道具。話題の提供者でもある。

 アニメを見なくなればルリ姉や日向との会話の量は今の半分以下に減ると思う。それに姉妹3人が一緒に過ごす時間は極端に減るに違いない。

 だからあたしたち姉妹を結び付ける絆としてアニメは大切なものだと思ってる。

 けれど、ルリ姉みたいにアニメにばかり固執している訳じゃない。

 ルリ姉はこのアニメはここがダメ、あそこがダメとほとんどの作品に対してダメ出ししている。

 けれど、気に入る作品が1つもなくてもアニメ以外のジャンルの番組を決して見ようとはしない。

 放映されているアニメ作品の中で好き嫌いの序列を付けるだけで、ドラマとかバラエティー番組とか歌番組とか決して見ようとはしない。

 あたしにはルリ姉のそんな感覚が正直理解できない。

 アニメ以外にも楽しい番組はたくさんあるのにどうして興味を示さないんだろう?

 それに見ている番組がアニメばかりというのはクラス内でやっぱり不利益をもたらす。

 ドラマやバラエティーを見ていないと友達との共通の話題が相当減ってしまう。

 アニメの話は小学5年生ともなるとあんまりしない方が良い。通じる相手はごく一部。大半は子供っぽいと嫌がられる。

 あたしはルリ姉に友達が少ない理由の一つには、アニメばかり見ていてクラスメイトたちと話せる話題が少ないからじゃないかと思う。

 

「だけど、あたし1人で考えたってオタクの心理なんかわからないよね」

 当たり前のことだけど、メルルのDVDケースはオタクの心についてあたしに何も教えてくれない。

 このケースを見て感動を覚える人はそもそもオタク心を知る必要はないだろう。もう立派なオタクだろうから。

 つまり、DVDケースを眺めても何の探究にもならない。オタク心を知ることはできない。

「やっぱり、人に教えてもらわないとダメだよね」

 オタクのことはオタクの人に尋ねるのが一番早い。

 そしてあたしの一番身近にいるオタクといえばルリ姉。ルリ姉に解説してもらえばオタク心の理解度が上がるに違いない。

 けれど、今回の件でルリ姉を頼るわけにもいかない。

 同様にして高坂くんもビッチさんもそう。

 となると、別の人に頼むしかない。

 そしてあたしの友達の中でディープなオタクと言えば……

「やっぱり、あの子、しかないよね」

 たった1人の候補に電話してみることにした。

 

 

 

「日向ちゃん、それで……お話ってなあに?」

 1時間後、あたしは自宅付近の公園でブロンドヘアーに青い瞳のお人形さんみたいな可愛い女の子と会っていた。

「うん、ブリジットちゃんに教えてもらいたいことがあってね」

 彼女の名前はブリジット・エヴァンスちゃん。

 イギリスからこの日本にやって来て、今年からあたしの小学校に転入してきたクラスメイトの女の子。

 何とブリジットちゃんは正真正銘のモデルさんなのだ。可愛いのも納得。

「それで……日向ちゃんがわたしに教えて欲しいことってなあに?」

「実は…………オタクについてなんだけど」

 ちょっと言葉を濁しながら打ち明ける。

 実はこのブリジットちゃんは結構なオタクだったりする。

 日本に興味を持ったきっかけは日本のアニメに嵌ったから。

 そして、日本に来るきっかけはメルルのコスプレを通じてモデル事務所にスカウトされたからだという。

 オタク文化をきっかけにブリジットちゃんは日本に来てあたしのクラスメイトになったという不思議な縁。

「オタクについて?」

「実は、オタクの人の心があたしにはよくわからなくて。それでブリジットちゃんに教えてもらいたくて」

 ブリジットちゃんは大きな青い瞳をクリクリっとさせながらあたしをジッと見た。

「日向ちゃんもオタクなのに……オタクの心をわたしに教えて欲しいの?」

「そ、それは、まあそうなんだけどね……」

 ブリジットちゃんの反応に言葉が詰まる。

 あたしは学校では重度のオタク女と思われている。

 ルリ姉の悪影響なのは言うまでもない。

 そしてブリジットちゃんがあたしをオタクと思うのには深い訳がある。

 ブリジットちゃんがあたしの小学校に入って初めてできたお友達があたしだったから。

 オタクがあたしとブリジットちゃんを結び付けたから。

 

 

 

『えっと、わたしは……イギリスから来たブリジット・エヴァンスです』

 金色に青い瞳の女の子が自己紹介の挨拶をした時、あたしたちはみんな驚いた。

 西洋人の子供を初めて見た子も大勢いたし、イギリス人の女の子が日本語を喋ると思っていた子はあたしも含めて全然いなかった。

 二重の意味でみんな驚かされたのだ。

 そして直後あたしたちは三重の意味で驚かされることになった。

『わたしは……日本のアニメや漫画が大好きです。今、一番好きなのは星くず☆うぃっち・メルルです♪』

 ブリジットちゃんはメルルの変身決めポーズを再現してみせた。

 日本のアニメや漫画が海外で大人気だという話はテレビなんかでよく報道されているから知っていた。

 だからブリジットちゃんが日本のアニメを好きでも特に違和感はない。

 でも、その好きなアニメが星くず☆うぃっち・メルルというのは驚かされた。

 ドラえもんとかドラゴンボールとかワンピースとかそういうメジャーな作品なのかと思った。

 だけどメルルはちょっとマイナー過ぎた。というか選択が微妙すぎた。

 何故ならあたしのクラスでメルル(2期)を視聴していたのはあたしを除くと誰もいなかったから。

 メルルは体裁上は女の子向け番組を装っている。

 けれど、平気で仲間を裏切って殺したりする展開やあまりにもロリロリした男性向けの絵柄が女の子には受けない。

 一方で、男子たちは少年向け漫画が好きで女の子向けアニメを馬鹿にして敬遠している。そして、萌えに目覚めるにはまだ早すぎた。

 そんな訳でクラスの真空地帯。それが星くず☆うぃっち・メルルという作品だった。

『あっ、あれ? みんな……メルル見ないの?』

 ブリジットちゃんもクラスの雰囲気の変化を敏感に嗅ぎ取ったみたいだった。

 メルルに対して反応がないことに戸惑っているみたい。

 日本はアニメに溢れている国。なのにそのアニメに対してクラスメイトから反応がないというのは想像もしていなかったのだと思う。

 日本はアニメに溢れているからこそアニメに対する拒否感も警戒心も強い。そしてアニメを見ている人も層化されてしまっていて、全ての作品が好きという人はほとんどいない。

 イギリスから来たブリジットちゃんにはその辺のアニメ事情がわからないのだと思う。

 でも、大事なのはそんな日本の事情を説明することじゃない。

 せっかくイギリスから日本にまで来てくれたお友達に転校初日から嫌な思いをしてもらいたくない。

 大事なのはブリジットちゃんに楽しい学校生活を送ってもらえるようにすること。ただそれだけだった。

『メルル・インパクト~っ! あたしも好きだよ。メルル、面白いよね♪』

 気が付くとあたしは立ち上がってブリジットちゃんにメルルが魔法を使う時のポーズを取ってみせていた。

 本当のことを言えば、メルルは珠希が熱心に見ているから一緒に視聴しているだけでそんなに好きな作品という訳でもない。

 妹と会話を合わせる為にポーズの振り付けまで覚えちゃったけれど。

『うん。わたし、メルルがとっても大好き!』

 ブリジットちゃんは瞳を輝かせながらあたしの言葉に頷いた。

 そしてブリジットちゃんはあたしの所へと歩いて来て両手を強く掴んだ。

『あなたのお名前、何て言うの?』

『あたしは、五更日向だよ。よろしくね、ブリジットちゃん』

「うん。よろしくね……日向ちゃん♪」

 これがあたしとブリジットちゃんの初めての出会いだった。

 

 

 

「思えばあの日、あたしに重度のオタクの烙印が決定的に押されたんだよねえ」

「何の話?」

 首を傾げるブリジットちゃん。

「ううん。こっちの話」

 あたしにオタクの烙印が押され、クラス内での立場が危うくなったことはブリジットちゃんには何の責任もない。あたし自身の問題。

 ブリジットちゃんの興味と日本に関する知識は大半がアニメ関連のものだった。

 そしてブリジットちゃんのアニメ知識は幅広く、そして深かった。

 最近放送された番組だけでなく、あたしたちが生まれる以前に放映されていた作品にまで及んでいた。

 そんな話題についていけるのは、重度のオタクを姉に持つあたしだけだった。

 だからあたしとブリジットちゃんが仲良くなっていったのは必然。

 重度のオタク扱いされたあたしがクラスから浮いて行くのも必然。

 あたしは必然的に国際化して国内からハブられることになった。

 海外旅行なんて五更家には一生縁がなさそうなのに。

 

「でも……どうしてわたしにオタク心を教えて欲しいと思うようになったの? 日向ちゃんは……オタクって言われるの、あんまり好きじゃないんでしょ?」

「う~ん。それもまあそうなんだけどね」

 ブリジットちゃんはオタクという単語に対してあんまりというか全然拒否感がない。

 積極的なコレクター、趣味の探求者という意味で肯定的に考えている。

 確かに、黙っていても毎日何本もアニメが勝手に放映される日本と、好きな番組を見たり情報を集めるには積極的に動かないといけない海外では事情が違う。

 ブリジットちゃんがメルルを堪能する為には相当な時間とお金と労力と頭を費やしたんだと思う。

 その意味でもブリジットちゃんがオタクを誇らしく考えるのもわかる。

 ルリ姉の悪影響でマイナスの影響ばっかり受けていると思っているあたしとは正反対。

「実はルリ姉、あたしのお姉ちゃんがね……」

 あたしはブリジットちゃんに事情を説明した。

 ややこしいのでビッチさんに関する話は抜きで。

 

 

 

「うわぁ~。やっぱり高校生って凄いんだねぇ。三角関係なんて本当にあるんだぁ」

 話を聞き終えたブリジットちゃんは目を丸くして驚いていた。

 ブリジットちゃんは恋の話が大好きだったりする。

 ルリ姉の恋の話にも興味津々だった。

「それでっ、それでっ、日向ちゃんのお姉さんの好きなお兄さんって、どんな人なの?」

 ブリジットちゃんの瞳はキラキラと輝いている。

 こんなにキラキラされると却って話しづらい。

「どんな人って……高坂くんは高校3年生で体格は普通。顔も普通なんだけど……顔を見てると落ち着けて、全体としては親しみ易いお兄さん、かな?」

 高坂くんを表現しようとするとこうとしか言えない。

 イケメンとも言えないし、男らしさを感じる訳でもない。

 でも、高坂くんを見ていると幸せな気分になれるんだよねぇ。えへへ~♪

「お兄さんの話をしている日向ちゃんの顔、とっても幸せそう。……もしかして、日向ちゃんっ!」

 ブリジットちゃんが最高にピカピカ輝いている瞳であたしを見る。へっ?

「もしかして日向ちゃんも……お姉さんが好きなお兄さんのことを好きなのぉっ!?」

「えぇええええぇっ!?」

 ブリジットちゃんの一言はあたしを硬直させた。

 いや、ほら。

 ルリ姉にあたしの恋心が知られるのは挑戦者の立場だし、相手はルリ姉だから別にいい。

 でも、同い年の友達にあたしの心が知られるのは凄く恥ずかしいぃ。

 この微妙な乙女心、わかってくれないかなあ?

「あの、それは、その、あたしが高坂くんのことをどう想っているのかと訊かれると……その……」

「そのっ?」

 ブリジットちゃんの顔があたしのすぐ近くに迫る。

 顔全体がピカピカ光って見える。

 その眩しさにあたしは目を背けるしかない。

 そして隠すのを放棄するしかなかった。

「一目惚れ、しちゃったかな?」

 アッハッハと乾いた笑いをわざと発してみせる。

 素直に認めるのが恥ずかしくて笑うしかなかった。

「すごいっ! すごいよ、日向ちゃんっ! 日向ちゃんも含めて四角関係だね。そんなの……生まれて初めて聞いたよぉ」

 ブリジットちゃんは大興奮。

 あたしの手を掴むと上下にブンブンと振って揺らす。

「わたしは断然日向ちゃんを応援するからね♪」

「……あ、ありがとう」

 応援してくれるのは嬉しいけれど、何かちょっと違うような?

「オタクの心が知りたいのも大好きなお兄さんの心が知りたいからなんだ。うんっ、よくわかったよ♪」

「いや、あのね。別に知りたいのは高坂くんの心だけじゃ……」

 ブリジットちゃんは変な方向に火が付いてしまった。

「でも、好きな人の心が知りたいなら……やっぱりできる限り一緒にいる時間を持たないとダメだよ。一緒にいて、いっぱい話して、それでわかり合えるんだから」

「好きな人の心が知りたいなら、できる限り一緒に、かぁ。言われてみればそうだよね」

 考えてみればあたしはまだ高坂くんに1度しか会ったことがない。

 そんな状態じゃ彼の心を捕まえるどころか、どんな心か知ることもできない。

「そうでしょ。だから日向ちゃんは……お兄さんを誘ってデートに行くのが、お兄さんの心を理解するのに一番早いよぉ」

「で、デートねえ……」

 あたしがルリ姉に対して挑発的にデートという言葉を使う分には恥ずかしくない。

 けれど、友達にデートという言葉をあたしに向かって使われると凄く恥ずかしい。

「うん。デートに誘って、日向ちゃんの魅力でお兄さんを骨抜きにしちゃうの♪」

「あはは。そうなってくれると嬉しいけどねえ」

 笑ってはみせるけど、やっぱりそれは厳しいと思う。

 あたし、小学生だし。

 胸が小さいルリ姉よりもまだ胸小さいし。

 あたしの心に隙間風が吹く。

 けれど、火の付いてしまったブリジットちゃんはお構いなしだった。

「それでそれでっ、お兄さんはどんな所が好きなの? どこの街によく行くの?」

 ブリジットちゃんの質問に頭を捻る。

「ルリ姉が同じ高校に通い出す前に2人がよく出会っていたのは秋葉原だったよ」

「お兄さんもオタクだもんね」

 納得と頷くブリジットちゃん。

 秋葉原。

 日本が世界に誇るオタク街。

 でも──

「あたしって秋葉原には一度も行ったことがないんだよねえ」

 オタクを敬遠するあたしがオタクの人たちが集う街に自分から行くわけがなかった。

「じゃあ今度、わたしと一緒に行ってみようよぉ。そうすればきっとデートコースの役に立つから」

 さっきからブリジットちゃんの瞳はキラキラしっ放し。

 ルリ姉じゃなくて完全にあたしの恋の話になっちゃってる。

 でも提案自体は悪くない。

「ブリジットちゃんが一緒に行ってくれるなら心強いよ」

 秋葉原に1人で行く気にはとてもなれない。

 でも、ブリジットちゃんと一緒なら行ってみたい。

「うん♪ 一緒に行こう。それじゃあ……明日はお仕事だから、明後日はどう?」

「うん。わかった。それじゃあ明後日は2人で秋葉原行きだね♪」

 こうしてあたしはブリジットちゃんと秋葉原に行くことになった。

 秋葉原に行くことでルリ姉や高坂くん、ビッチさんの見ている世界に少しでも近づけるんじゃないかと思う。

 

 そしてブリジットちゃんはもう1つ大切なことを教えてくれた。

「高坂くんの心が知りたいなら、もっと一緒にいる時間をあたしから作らないとダメ、だよね」

 あたしは高坂くんに対してもっと積極的にならなきゃいけない。

 残り10日ほどの夏休み。

 とても忙しくなりそうな予感がした。

 

 

 

 続く

 

 

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
7
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択