*注意*
この話は、焔耶と一刀が結ばれる話です。
前のアンケートで、一刀が紫苑へ一途な気持ちを持つ方が良いよ答えた方、そして、そう思っている方はそれを承知の上で先へとお進みください。
また、作者は駄作製造機を自称しており、面白い作品なんて書けず、さらには恋姫とのイチャラブはもっとも苦手としています。
もしも、つまらないと思っても、何も言わずにそっと「戻る」を押して下さい。
第六十話
焔耶視点
「はぁ……」
街の茶屋にて、私はお茶を片手に溜息を吐いてしまった。
どうして、私はこんなにも憂鬱な気分なのだろう。せっかくの非番だというのに、これでは身体を休めることすら出来やしない。
荊州での戦後処理も、七乃や麗羽がやってくれていて、私のような武官に割り当てられた仕事というのは大したものではなかったから、疲れてなんていないのだが。
江陵に駐屯している兵士の指揮、それに街の警邏などがそうなのだが、私はいまいちそれに身を入れることが出来ずにいた。どこか、心ここにあらずといった感じで、何をしていても、呆けていることが多かった。
そんなことではダメだと分かってはいるのだが、どうしても一つのことが私の胸に絡みつき、私の意識をずっと離してくれないのだ。
その正体は分かっていた。
一刀のことだ。
あいつと知り合ってからもう随分経っている。出会ったときは、あいつを軟弱者だと決めつけ、私から避けていたのだが、あいつは私が思っていたような者ではなかった。
桔梗様との旅で、初陣を迎え、あいつがこれまで経験したことのないような恐怖を味わいながらも、それを乗り越えようと足掻き、更には翡翠様のあの強大な覇気を一身に受けながら、天の御遣いとしての覚悟を定めた。
益州を劉焉の悪政から救うことが出来たのも、全てはあいつがいたからなのだ。あいつがいなかったら、桔梗様や紫苑様だけでは、もしかしたら事を成し遂げることは出来なかったかもしれない。
私はあいつに敬意を覚えるようになった。
別段、何か優れた才能――武や智を有しているわけではない。武に関して言えば、あいつもそれなりの心得があるようで、一対一での勝負なら、私と同等ではあるのだが、あいつの持つ武は、私たちとは異なり、戦場で活躍できるような類のものではない。
だが、あいつは不器用ながらも自分に出来ることを常に探し、誰かの役に立ちたいと心から思っている。それは簡単そうに見えて、実行に移すのは容易ではない。
いつの間にか、私はあいつを目で追っているようになっていた。
いつの間にか、私はあいつと共にいたいと思っていた。
いつの間にか……。
最初は、人としてあいつのことを純粋に尊敬しているだけだと思っていた。
誰よりも優しい心を持ち、人の痛みや悲しみを理解するあいつは、この益州を――いや、大陸全体に平和をもたらせる程の大器を持っていると思っていただけだった。
しかし、それは私の勘違いだった。
その気持ちを確信したのは本当に最近で――荊州での戦が終わったときだった。
私は自身の未熟さから、一時期永安から離れて、一人で成都において修業を積んでいた。それを教えてくれたのは七乃だったのだが、荊州での戦の始まる直前に、七乃から呼び戻されて、参陣したのだ。
城壁を打ち壊し、自軍に勝利を呼び込んだとき、全身に喜びが走った。私も他の将のように役に立てるのだ――と。
あいつの役に立てるのだ――と。
その後、あいつも荊州に駆けつけ、私のことを誉めてくれた。
嬉しかった。とても嬉しかったのに、私はあいつの顔を直視することすら出来なかった。そのとき、どうしてそんな態度をとってしまったのかは分からなかったのだが、それもすぐに分かった。
私は見てしまったのだ。
あいつが紫苑様と仲睦まじく接しているところを。勝利の喜びを噛み締める者が多い中、あいつと紫苑様だけは、別だった。
そのとき、二人がどのような関係であるのかに気付いてしまった。
その刹那、私の胸が握り締められるように痛くなった。
痛くて痛くて、無性に悲しくなった。
思わず、私はその場から逃げるように立ち去り、人知れず泣いてしまった。泣く気なんて全くなかったのに、胸が痛くて、悲しくて、涙が止まらなかった。
あいつが――一刀が好きなんだ。
そして、その気持ちに気付いた時点で、私の想いは叶わないことも分かってしまった。
もう一刀は紫苑様と愛し合っている。
その間に、もしも私が入ってしまえば、私たちの関係は崩れてしまうかもしれない。せっかくこれまで築いてきた良好な関係が壊れてしまうかもしれないと考えると、私は何も出来なくなってしまった。
でも、諦めなくてはいけないと分かっているのに、それを拒みたがっている自分がいる。
――私は、一体どうしたらいいんだろう。
「あらあら? 焔耶さんじゃないですかー?」
「ん? あぁ、七乃か?」
気付いたら、私に向かって七乃が歩いてきていた。
「こんなところで何してるんですかー? そんなに恐い顔して、周囲の人間が怯えちゃいますよー?」
「いや、別に……」
七乃はいつも通り、何を考えているか分からないような――一応笑っているのだが、その無機質な笑みからは、こいつの思考を読み取ることなんて出来なかった。
「ちょっと、お話しませんかー?」
そう言って、七乃は私の向かいの席に座るのだった。
七乃視点
一刀さんの部屋から立ち去ると、街のお茶屋さんに焔耶さんの姿が見えたので、声をかけました――というのも、彼女が見るからに暗澹とした表情を浮かべて、私は困っていますと、と言っているようでしたからねー。
困った者の味方である、この張勲が、目の前で何か悩みを抱えている人を放っておくことなんて出来るはずもありませんから、微笑みながら彼女の側に座ることにしました。
「さて、焔耶さん、何か困っていますねー? ここは、この私に相談してみませんかー?」
「は? 藪から棒に何を言ってるんだ?」
「いえいえー、きっと焔耶さんが何か悩んでいると思いましてねー。私はそういう人の味方ですから、力になりたいなーって思ったんですよー」
焔耶さんとは荊州でも共闘しましたし、そもそも焔耶さんが戦で活躍できるように、私が助言したおかげで、あのように化物紛いの所業を体得できるようになれたんですからねー。深い付き合いです。
でも、どうして焔耶さんはこんなに胡散臭そうなものを見るような目で、私のことを見つめているんでしょうねー。あー、きっと恥ずかしいんですねー。
ですが、焔耶さんよりも年上のお姉さんとして、彼女がどんな悩みを抱えているのか親身に聞いて、それを解決に導けるようにしてあげるのが、私の役目ですからねー。
「ほらー、焔耶さん、恥ずかしがらずに私に甘えて下さいよー」
「丁重にお断りする」
「そんなー。ひどいですよー」
「思ってもないことを口にするな。それに、私が何を悩んでいようと、お前には関係ないだろう? そ、そりゃ、成都の修行の件は世話になったが、それとこれとは別問題だ」
むー、冷たいことを言いますねー。
そんなこと言われたら、私だって泣きたくなりますよー。
「そうですかー。じゃあ、私の話を聞いてもらいましょうねー」
「い、いや、私は一人に――」
「これは私の親戚の友人の隣に住んでいた女性の話なんですけどねー。その人は、一人の男性に恋をしてしまったんですよー。相手は、その街を治めていた太守様だったらしいのですが、その人には既に正妻がいらしてですねー。しかもそれが、自分がお世話になった方らしくて、自分の想いが遂げられる可能性なんてないって思っていたそうですよー」
そこで一息入れて、焔耶さんの様子を窺うと、最初は乗り気じゃなかったみたいですが、今は私の話に聞き入っていました。
「彼女は彼を慕う気持ちをなかったことにするなんて出来ませんでしたが、それでも彼のことを諦めようとしていました。それから数年が過ぎまして、太守様は盗賊の討伐のために、自ら戦に赴く決意をしたそうです。そして、彼は出立の前日、密かに彼女の家を訪ねたのです」
「そ、それで……?」
「太守様は、その戦は非常に厳しいもので、もしかしたら生きて帰ってくるとこが出来ないかもしれないと告白なさいました。彼女は、それが自分の想いを伝える機会であったのにも関わらず、とうとう何も言うことが出来ずに、そのまま太守様を見送ったのです」
「…………」
「そして、その戦で太守様は命を落としてしまったのです。その事実を知った彼女は、せめて自分の想いだけでも伝えられれば、と酷く悔いたそうですが、もう全ては後の祭り。あぁ、なんて悲しい物語でしょう。いつの世も、戦は起こり、人が死ぬ――況や、この乱世をや。きっと彼女も、二度とこのような悲劇が起こらないことを願っているでしょうね」
「うぐっ……ひぅ……。な、なんてかわいそうなんだぁ……」
あ、あれ? まさか本当に感動して泣いてしまったのでしょうか? 感受性が豊かというか、何というか――
「七乃っ!」
「は、はいーっ!」
「ありがとうっ! その話を聞けて、私も決心が出来たぞっ! では、私は急用を思い出したから、これで失礼するっ!」
そう言うと、焔耶さんは、砂煙を上げる勢いでどこかへと去って行ってしまいました。
「ここまで単純だといっそ清々しいですねー。もしかしたら、お嬢様と良い勝負かもしれません」
「七乃ちゃん?」
「あらあら、これはこれは紫苑さんではありませんかー。奇遇ですねー」
呼びかけられて振り向くと、そこには紫苑さんが立っていました。
「……全くどういうつもりかしら? 焔耶ちゃんにあんなことを言って」
「盗み聞きですかー? 紫苑さんも良い趣味をしてますねー」
「はぁ……。あなたには何を言っても仕方ないわね。焔耶ちゃんの気持ちを知ってて、あんな作り話をしたんでしょう? そんなことして、何の意味があるの?」
「はてさて、私には何のことやら分かりませんねー」
「…………」
「あ、あはは、そんな怖い顔しないでくださいよー。私は単純にこれで焔耶さんと一刀さんが結ばれれば、お嬢様の嫉妬する表情が見られるって思っただけですよー。それに紫苑さんもそれを望んでいたんでしょう? だから、わざわざ焔耶さんを探してここまで来たんじゃないですかー?」
私も処世術は長けているつもりでしたから、人を煙に巻くのは慣れているつもりでしたけど、どうにも紫苑さんだけは駄目ですねー。
「……まぁ、そういうことにしてあげましょう。一刀くんの仕事も終わらせてくれたみたいだし、今回だけは、ね」
あーあー、私は何も聞こえません。最後の方に不穏な言葉があったことなんて、私は知りません。紫苑さんの目が笑っていないなんて、私は見ていません。
一刀視点
紫苑さんが去ってから、俺は自分の仕事に取り掛かろうと、席についたが、今日やるべき政務が全て終わっていることに気付いた。
「あれ? 七乃さんがやってくれたのか……。珍しいこともあるもんだ」
今日は午後をそれに費やそうと決めていたので、逆にやるべきことがなくなってしまうと、時間を持て余してしまう。
警邏の視察に行くか、それとも麗羽さんの手伝いでもしようかな、いや、せっかく時間が出来たのだから、もっと有効に使いたいな――なんて、午後のことを考えていたときであった。
「か、一刀っ! ……い、いるか?」
「ん? あぁ、焔耶か。どうした? 何か俺に用か?」
「い、いや……その……別に用があるとか……そんなんじゃなくて……」
何故か顔を赤らめ、しどろもどろでそう言う焔耶に、俺はそっと近づくと、額に手を当てた。
「ひゃあぁっ!」
「熱はないみたいだな……。どこか具合が悪いのか? 顔が赤いし、ちょっと変だぞ?」
「ちょっ! 近いっ! 私は別に何も患ってなど――」
「お、おい、急にそんな動いたら――」
「うわぁっ!」
焔耶が俺の手を撥ね除けようと急に身体を動かしたため、バランスを崩して、転びそうになってしまった焔耶を、何とか身体を掴んでそれを防いだ。
その結果、俺たちは抱き合うような形になってしまった。
「――――――っ!!!」
「ご、ごめんっ! 悪気があったわけじゃ――」
「だったら早く離せ、この馬鹿者がっ!」
「ごぶはっ!」
焔耶に強烈な一撃をもらい、そのまま床の上に倒れてしまった。
「か、一刀……? 大丈夫か?」
「う、うん……。ごめん」
「いや、私の方こそ、ごめん」
「…………」
「…………」
非常に気不味い間が流れてしまった。
いや、この場合、不可抗力とは言え、俺が悪かったわけだし、こうなってしまっても仕方ないのだけど……。
「じゃ、じゃあ、私はこれで」
「ま、待ってくれ。俺に何か用があったんじゃないのか?」
「う、うん――いや、大したことないから、大丈夫だ」
「そっか。焔耶、今日は確か非番だったよな?」
「そ、そうだけど?」
「じゃあ、俺と付き合ってくれないか? 今日やろうとしていた政務も、七乃さんが終わらせてくれたみたいだし、午後は暇なんだよ。さっきは悪いことしたし、その罪滅ぼしくらいはさせてくれよ」
「え? そんなに言うなら」
「いいのか?」
「わ、私も偶然非番で、偶然お前の政務室の前を通りかかって、偶然お前が何しているか気になっただけだからなっ!」
「うん? まぁ、いいや。それじゃ行こうぜ」
手早く身支度を済ませて、焔耶と共に、とりあえずは街へ行くことにした。
江陵は益州と比べて人口も多く、これまで平和だったためか、かなりの賑わいを見せている。やはり中原から近く、戦乱を避けた商人やら多くの民が、移住した影響もあるようだ。
「何か懐かしいな」
「何が……だ?」
「いや、憶えているか? 俺と焔耶が初めて二人で永安の街を歩いたときのこと。あのときは、焔耶とどうやれば仲良くなれるか必死でさ、でも結局上手く出来なかったなって」
「あぁ、そうだった……な」
「何だ、焔耶、元気ないな? まださっきのことを引き摺っているのか? 悪かったって。お詫びに何か奢るからさ、機嫌直してくれよ」
「わ、私は別に不機嫌なんかでは……」
「そうか? 奢るっていうのは本当だぞ? 何か欲しいものとかないのか?」
そうして、永安とはまた異なる品物が売られている店を数軒回った。
「あ……」
「ん? 何か気になるものでもあったか?」
「い、いや何でもない」
何か欲しいものがあれば、買ってあげるつもりだったけど、結局、焔耶は何も欲しいものがないと言って、機嫌を直すことはなかった。
まぁ、それだけ焔耶に嫌なことをしてしまったということか。これは何としてでも、焔耶に気分よくなってもらえるように、俺の切り札を出すしかないようだな。
焔耶視点
うー、どうしてこうなってしまったんだ。
よくよく考えてみれば、何も考えなしに一刀の部屋に行ってしまったこと自体、失敗だったのだ。もう少し、心の準備とか何を話すとか決めていれば良かったのに。それに、会っていきなり一刀のことを殴ってしまうなんて、私は一体何をしているんだ。
「本当に、私の馬鹿私の馬鹿私の馬鹿……」
「焔耶?」
「な、何でもないぞっ!?」
「ん、そうか」
一刀、やっぱり痛かったかな? 加減なんてしなかったから、もしかして、どこか怪我とかしてないよな? 今も、私のために痛みを堪えているんじゃないだろうな?
あーっ! 駄目だ、気になって、何も考えられない。
「……焔耶?」
「えっ、やっぱりどこか痛いのかっ?」
「はい?」
「い、いや、何でもない」
「う、うん。そうか」
せっかく一刀から誘ってもらえたのに、どうして私はこうなってしまうんだ。
あまり会話も盛り上がらないまま、私たちは街を歩き回っただけで、既に夕方になってしまった。
私自身は、一刀とこうして一緒にいられただけでとても嬉しかったのだけど、一刀はつまらなかっただろうな。今日はせっかく一刀が私のために、時間を使ってくれたのに、こいつを楽しませることが出来なかった。
「そろそろ、良い頃合いかな」
「え?」
そうか。そうだよな。明日だって、一刀は朝から政務とか忙しいんだろうし、私と違って時間を無駄にすることなんて出来ないよな。
「分かった。じゃあ、今日はここで――」
「あ、焔耶、ここでちょっと待っててくれないか」
「何だ?」
「あー、いや、ちょっと花を摘みにな」
「花? まぁいいか。分かった」
一刀は少しの間、どこかへと行くと、再び私の前に戻ってきた。
「あれ? 花なんか持ってないじゃないか」
「うん。気にするな。じゃあ行くぞ」
「おい、どこに行くんだ? 今日はもう終わりじゃないのか?」
「何言っているんだ。これからが本番だぞ」
そうして、私の手を引いて一刀は歩きだしてしまった。
「ここは……?」
一刀に連れられて来た場所は、江陵から少し離れた丘の上だった。
そこからは丁度、陽が山間に消えていくのがはっきりと見えた。橙色に染まる空がとても美しかった。益州は山に囲まれているから、こうして夕焼けを見る機会も多くなく、私も桔梗様との旅で何回か見たことがあるくらいだったから、こうしてじっくり見るのも久しぶりだった。
「綺麗だろ? 前に偶々ここら辺を通ったときに見つけたんだ」
「あぁ」
とは言ったものの、確かに夕日はとても綺麗だったが、それよりも、夕日の光を浴びて、影の出来た一刀の凛々しい顔の方に、私は見惚れてしまっていた。
「どうだ? これで少しは機嫌直したか?」
「うん……」
そう言う一刀の顔を、私は見ることすら出来なかった。
「ほら」
さらに一刀はどこに隠し持っていたのか、どこかから包みを一つ取り出して、私に差し出した。
「これは……?」
「俺からのプレゼント――贈り物だよ。さっき、これを欲しそうな目で見てたろ?」
一刀が私にくれたのは、一緒に街を歩いているときに、私が見つけた髪飾りだった。とても可愛らしい趣向が為されたもので、桃香様や斗詩のような可愛い女の子にこそ似合うものであって、私のような男みたいな女には似合うものではないと思っていたものだ。
「ほら、つけてあげるよ」
「え? あ……」
一刀は素早く私の髪にそれを付けてくれた。
「やめろよ……、私みたいな女には似合わないよ」
「……よし、うん、可愛いぞ、焔耶」
そう言って、一刀は私の頭を撫でてくれた。
ぽんぽんと優しく撫でるその手の温もりが、私に向ける温かい微笑みが――一刀のことが、私は堪らなく愛おしいんだ。何よりも、私は一刀が好きなんだ。
「か、一刀っ!」
「何だ?」
「私は……」
何て言えば良いのだろうか。こんな風に他人のことを想ったのは、生まれて初めてのことで、どのようにしてこいつに私の気持ちを伝えれば良いのか分からなかった。
だから、私は――
一刀視点
どうやら、焔耶は機嫌を直してくれたようだ。ここは、俺が見つけたお気に入りの場所で、まだ誰にも教えていないんだから、これでも喜んでくれなかったらどうしようかと思っていた。
さらに俺はここに来る前に、焔耶に内緒で、とあるお店で売られていた白い花を模した髪飾りをプレゼントしてあげた。
「ほら、つけてあげるよ」
「え? あ……」
俺は焔耶の髪に髪飾りを付けてあげた。
「やめろよ……、私みたいな女には似合わないよ」
「……よし、うん、可愛いぞ、焔耶」
焔耶の黒髪に、白い髪飾りが良いアクセントになって、焔耶の女らしさを際立たせた。焔耶はボーイッシュなところも、充分魅力的ではあるのだけれど、こうして女の子っぽいものをつけても可愛い。
「か、一刀っ!」
「何だ?」
「私は……」
何か言おうとしているのだろうか、どうにも歯切りが悪く、いつもの焔耶らしくない。普段であれば、言いたいことははっきりタイプなんだけど、そういえば今日はずっとこんな調子だった。
「えん――」
名前を呼ぼうとしたときだった。
焔耶は俺の身体を強く抱きしめたのだ。
思わぬ展開に、俺は言葉を発することが出来なかった。
「ごめん……一刀」
「どうして謝るんだ?」
俺の胸に顔を埋めながら焔耶は謝った。どうしてこんなことをするのか、そして、どうして謝ったりするのか、俺にはまるで分からなかった。
「今だけでいいんだ。このままでいさせてくれ」
「ま、まぁそれは構わないんだけど、俺の質問の答えにはなっていないよな?」
「もっと早く気付いていれば、もしかしたらって思ったけど、もう気付いたときには遅かったし、だけど、私は自分の気持ちを抑えることなんて出来ないし、でも、こんなことしたらお前を困らせるのは分かっていたし、でも――」
「お、おいおい。俺にも分かるように言ってくれよ」
「お前のことが好きなんだよっ!」
強く俺を凝視しながら、焔耶はそう言った。
その瞳には涙が一杯に溜められていて、ふとした拍子に零れ落ちそうだった。
「え?」
「お前が大好きで大好きで、でもお前が紫苑様と愛し合っているのは知っているんだ。だから、私なんかがその邪魔をするなんて……出来るわけない」
絞り出すような声でそう言う焔耶。
焔耶が俺のことを好き?
焔耶が?
俺のことを?
好き?
正直なところ、それは俺の予想をはるかに上回っていて、最初に感じたことは困惑だった。まさか焔耶が俺のことをそんな風に想っていてくれたなんて、一体誰が想像出来たって言うんだ。
だけど、その困惑はすぐに消え去り、紫苑さんの言葉が浮かんだのだ。
――私はそういう女性の気持ちに、これっぽっちも気付いてくれない、あなたの鈍感さに怒っているのよ。
――一刀くんもあなたを慕う女性の気持ちには応えて欲しいのよ。
焔耶は苦渋の表情を浮かべていた。
さっき焔耶が言っていた、自分が俺と紫苑さんの邪魔を出来るわけない――という言葉に、焔耶の気持ちが込められているのだ。
俺をずっと想っていてくれたのに、俺と紫苑さんのことを一番に考えて、自分の気持ちを噛み殺していたのだ。
俺はそんなことを露知らず、普通に焔耶と接していたのだ。焔耶の気持ちなんて全く考えずに――ずっと彼女は直向きに俺のことを慕ってくれていたというのに、俺はなんて馬鹿野郎なんだろうか。
そして、そんな焔耶の気持ちが分かった瞬間に、嬉しさが溢れだした。俺みたいな人間を、ここまで想ってくれていたことに――好きだって言ってくれたことに。
思わず、焔耶の身体を抱きしめ返していた。
「か、一刀……? やめてくれ、お前に優しくされると、私は諦められなくなる」
「いいよ」
「で、でもっ! お前には紫苑様がいるだろう!」
「俺は紫苑さんのことも好きだけど、俺のことをこんなに慕ってくれる女の子の気持ちを、踏み躙るなんてことも出来ないよ。それに、紫苑さんも分かってくれるさ」
「いいのかっ? 私みたいな乱暴者で、今日だってお前のことを殴ったし、紫苑様みたいに大人っぽくもないぞ。それに他の将みたいに可愛くだって……」
「焔耶は充分可愛いよ。俺には勿体ないくらいの魅力を持った女の子だよ」
「一刀……っ!」
焔耶の瞳から涙が零れ、顔をくしゃっと歪ませた。
「ほら、泣くなよ。可愛い顔が台無しだぞ」
俺は焔耶の頬を伝う涙を指で掬い取ってあげた。
「だって……私、絶対無理だって……ひぐっ……だけど、一刀に好きだって気持ちは……伝えたくて……」
涙声で、何を言っているのか、ほとんど聞き取れなかったけど、俺はただ焔耶の言うことに頷いた。焔耶の頭を撫でながら、子供をあやすようにしていると、徐々に焔耶も落ち着きを取り戻してくれた。
「本当に、私みたいな女でもいいのか? お前はもう益州の君主だから、望めばもっと綺麗な女の人だって――」
「何度も言わせるなよ。俺は見た目だけでは判断しないし、焔耶が俺を好きだって言ってくれたことが本当に嬉しかったんだよ」
「うん……」
俺の言葉が恥ずかしかったのか、焔耶は顔を赤らめたまま、それが嬉しそうにはにかむように笑った。その笑顔は、これまで見てきた焔耶の表情の中でも一番輝いていた。
「焔耶」
「一刀」
俺たちは、既に夕日が完全に沈み、星と月だけが見守る中、静かに唇を合わせるのだった。その日だけ、焔耶はこれまでの気持ちもあったのか、俺に甘えるように何度もキスをいねだるのだった。
あとがき
第六十話の投稿です。
言い訳のコーナーです。
さて、現在正体不明のスランプに陥っている作者でございますが、皆様はどうお過ごしでしょうか。今回はなかなか筆が進まず、前回焔耶のフラグ回収の話にすると明言しておきながら、それを撤回しようかなと思ったほどです。
結果、この様です。この台詞も既に何回使用したかは定かではありませんが、賢明な読者の皆様なら、これが仕様であることもそろそろ分かって頂けたでしょう。
常日頃から駄作製造機と自称している作者ですが、どうにもこうイチャラブ回を書くのが苦手で――いや、普通に物語を進めることすら出来ていないのですが、そんな作者にとって拠点以上に難しいものはないのです。
この作品をずっと御覧になっている皆様は、作者が既に原作キャラを崩壊させまくってしまっていることを御存知だとは思いますが、そうなると、イチャラブ回で違和感が出てしまって、何というか、非常に申し訳ない限りですね。
さてさて、今回は焔耶回です。
ずっと抱いていた一刀への想いに気付き、そして結ばれるまでのお話。
今回はいつもよりも種馬度が増しております。イケメン度も倍増です。
最初は少しギャグに走りながら、デレッデレの焔耶を書いてみました。先述の通り、作者は原作のキャラを崩壊させており、焔耶に関して言えば、一刀と最初から行動を共にしていたので、良好な関係を気付いていました。なのでツンなんて知りません。
焔耶に関して言えば、謀絵師様が神的な焔耶を描いたり書いたりしているので、作者の書く焔耶なんてあの御方に比べれば、と思うのですが、少しでも満足して頂けることを切に願うばかりです。
前回のコメントで一刀と幸せになって欲しいキャラとして、麗羽様が多く挙げられましたが、彼女のイチャラブ回なんてもっと悲惨なことになりそうで、恐ろしいですね。
ちなみに、本作品の進渉具合から考えて、このようなイチャラブ回を書けるキャラクターも、それ程多くはありません。多くても五名くらいでしょうか。あくまでもこれは紫苑さんがメインヒロインですので、ハーレムにするつもりはありません。
また誰か書いて欲しい人がいらっしゃいましたら、コメントで残してくれれば採用するかもしれません。
さてさてさて、次回の話は未定です。
普通に物語を進めるのか、それとも誰かの拠点を書くのか、この話を書くので精一杯でしたので、まだ何も考えていません。
末筆となりますが、本作な何度も言うように駄作製造機が書くものなので、過度な期待は禁物です。つまらないと思ったときは、何も言わずに「戻る」を押して下さい。
相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。
誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。
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第六十話の投稿です。
ずっと胸に抱いていた一つの悩みの正体に気付く焔耶。その許を訪れたのは意外な人物であったのだが、果たして彼女はどのように行動するのか。そして、無事に想いを遂げることが出来るのか。
毎度毎度申し訳ありません。最初の注意をよく読んだ上で、先へ進んで下さい。それではどうぞ。
コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!
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