No.321157

聖六重奏 2話 Part2

今生康宏さん

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2011-10-20 10:57:58 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:252   閲覧ユーザー数:252

黄金を縛る第四の糸

 

 

 

 舟幽霊に先導されて行く道には、方向音痴の僕にでも見覚えがある。

 何故なら、いつも放課後には通っている道だからだ。

 そう、それは生徒会尖塔への道。一瞬、案内が間違っているのではないかと不安になる程に意外だった。

「……しかし、杪に大事なことを聞くのを忘れていましたね」

 塔の真下まで着いて、もう案内の必要もない。会長は歩調を緩めて言った。

「と、言いますと?」

「杪は、筒ヶ内さんの霊力を探っていた筈。なのに、退魔器を出して行けと言った。少しおかしくはありませんか?」

「いえ、だってそれは、相手が些希さんと一緒に……」

「何故、彼女をさらった相手。恐らくは悪霊を、杪は探知出来なかったのでしょうか」

 はっ、と気付いた。そういえばそうだ。

 些希さんの存在感は人並外れて低い、だから今まで見つけることが出来なかった。

 でも、その理屈をこの事件の犯人にまで当てはめることは出来ない筈だ。

「思った以上に、厄介なことになっているかもしれません。危険と判断すれば、いつでも逃げ出す心積もりを」

 長い螺旋階段を上りきり、会長は扉のノブに手をかけた。

「……はい。副会長達と合流してから、もう一度ですね」

 そんな悠長なことをしていて、逃げられないか心配だったが、今は仕方がない。

 会長は僕の返事を確認して、一気にそれを開けた。

 同時に剣を構え、油断なく部屋を見渡す。剣道でいう、八双の構えを取っていた。

 僕も後ろから部屋の中を伺うと、一人の男子生徒が居た。

 ぱっと見た感じでは些希さんに気付かなかったが、よく見てみると、ベッドに寝かされているらしい。

 その男子生徒からは、生気が感じられないし、些希さんと同じ様にその存在感もあまり感じられなかった。

 幽霊。人に害を為しているということは、悪霊と呼んで良い存在の様だ。

「……元、この学校の生徒ですか。会話は出来ないものと判断して、構いませんか?」

 相手の様子を見て、会長は話の通じる相手かどうかわかるらしい。

 その言葉通り、向こうは何も反応を返さない。

 ただ、自衛はするつもりなのか、会長の剣がぴくりと動くと、構えらしいものを取った。

 右手を前に突き出し、左手は人差し指だけを立て、それを曲げて釣り針の形にする。

 ――そう、まるで銃の引き金に指をかける様に。

「会長――!」

 同じ退魔器を持つ者として、相手の退魔器が銃だということには簡単に想像が行き着いた。

 程なくして、銃声と共に鉛ではなく、霊力で形作られた弾丸が放たれる。

「真っ直ぐに心臓。つまらない軌道です」

 銃弾が会長に向かって放たれたのだとわかった時には、既にその弾は消えてしまっていた。

 会長の剣の構えは、数秒前と同じだったので何が起こったのかわからなかったが、会長が銃弾を剣で斬ったと考えて間違いはないらしい。

「では、神に祈りなさい」

 右袈裟に、黄金の剣が降り下ろされた。

 空気を削り取る様に剣は進み、悪霊に当たる直前、というところで敵の右手に握られた、もう一つの退魔器――短剣、カトラスによって阻まれた。

 だが、それは程なくして中ほどから折れてしまう。

 最強と謳われる会長の「神罰の剣」による攻撃を、完全に防ぎ切ることの出来る退魔器など存在しないのだろう。

 それでも、剣の軌道は逸れてしまった。それを修正して、会長は再び剣を振るう。

 今度は左から右への払い。首をその切っ先に捉えた、凄まじいスピードの一撃だ。

 次の瞬間には剣は振り切られていて、しかし、悪霊はダメージを受けている素振りはなかった。

 すんでのところで後方に飛び退いたらしい。

「好都合ですね。河原さん、踏み込みますから、後方から援護を」

「はい――」

 と返事をする頃には、もう会長は動き始めていた。

 慌てて右に動いて、狙いを付ける。僕の銃の特性から考えると、足を狙って足止めを狙うのが一番だろう。

 銃で剣を受け止められるとは思えない、腕の動きを抑制するのは、会長の身体能力を考えると意味は薄い。そんなことをしなくても、弾も銃本体も叩き切ってしまいそうだ。

 会長の振り上げた剣が、鈍い音と共に空を裂く。今度の速攻には、相手も反応し切れなかったのか、体の一部が千切れ飛んだ。とはいえ、霊体なのでそれほどダメージはない。

 悪霊は敵わないと判断したのか、更に後ろに下がろうとする。窓から逃げ出すつもりなのだろう。

 その瞬間を狙い、僕は引き金を引いた。

 狙いは左足。

 過たずに弾は命中して、動きが止まる。

「カーテンフォールです。祈りを胸に、神の下へと還りなさい」

 相手に逃げる術はない。そして、会長の剣を止める方法はない。

 ゆっくりと、相手に祈りの時間を与える様に会長は歩み寄り、剣を最上段に構えた。

 時代劇で見る、切腹の介錯人の様だ、と思った。

 会長の退魔器の名前は、「神罰の剣」。神々しい武器の姿に因んで付けられた名前の様に感じるけど、神に代わって悪霊を裁く、そんな使命を暗示させる名前なのかもしれない。

 剣が、振り下ろされる。

 もし相手が銃で反撃に出ようものなら、それを逆に撃とうと僕は構えたが、そのつもりはないらしい。左手はだらりと下げられている。

 ――そう、左手は。

 光輝く黄金の剣が、一条の光の様に悪霊に向かってその刃を食い込ませる。その瞬間になって、剣身に絡み付く物があった。

 糸……いや、それよりずっと太い。

 一本の太いザイルの様な鉄のワイヤーだ。

 本来は硬質な筈のそれが、しなやかに剣に絡むと、それを取り上げる様に、会長とは逆方向に引かれて行った。

 その根元は、観念したかの様に見えた相手の右手にある。

 いつの間にかに、その人差し指にワイヤーが指輪の様に巻かれていた。

 だが、急な事態にも会長は冷静に対処する。無理に剣を引っ張り返そうとはせず、簡単に手を離して、相手がその反動で仰け反る瞬間を狙って、左腕に巻かれた鎖を射出した。

 楔が悪霊の右手首に打ち込まれ、その動きを縛る。

 その隙にまた一本、鎖を伸ばして剣を奪い返した。ワイヤーは相手の右手が封じられたことによって解かれている。

「いくつ退魔器を持っているんだ?」

 僕は無意識で呟いていた。

 普通、退魔器というのは一人に一つしかないものだ。

 時には双剣や双銃、もっと特殊なケースだと、会長の様に剣と数本の鎖と、複数の武器が現れることもあるが、こいつは今まで三つもの武器を見せている。

 しかも統一性のない、ばらばらのものだ。

 これはあまりにもおかしい。

「恐らく、いくつでも持っているのでしょう。現にこれは、筒ヶ内さんのものを彼なりにアレンジした結果……ピアノ線を何十本と編み上げてワイヤーを作り、更にそれを何本も使ってザイルを作った……残りの霊力を全て注ぎ込んだ最後の足掻きでしょうが、付け焼刃は私には通用しませんよ」

 会長は鎖を悪霊に打ち込んだまま、今度は振り被ることもせず、剣を相手の体に滑り込ませた。

 剣は霊体の体を突き進んで行き、それを静かに壊す。

 霊の最期というのは、どれも無音だ。

「つまり、だ。もえたん無双じゃね?」

 部室に帰って、杪さん、副会長、冰さんに全てを話した結果、返された言葉がこれだった。

「え、えーと……」

「あたしは期待してるーとか、散々発破かけてた覚えがあるんだけどねぇ。やってることが昨年度と変わらないっていうか。ま、多少は役立ってたかも、ってのは認めるけどね」

 それさえ否定されていたら、いよいよ僕は無能認定されてしまうところだった。

「で、今回のMVPであるもえたんは、些希たんを運んで保健室、ね」

「なんでお前が運ばなかったんだよ」

 副会長から容赦の無いツッコミが飛んで来る。

 くっ、完全に僕がアウェーだ。わかっていたけども。

「迅速な治療が必要なぐらい、些希さんが精神的にダメージを受けてたから、です」

 これも事実。

 悪霊に物理的なダメージを与えられることはないが、その攻撃を受ければ精神は大きな打撃を受ける。

 そうして精神を傷付けられたままだと、退魔士としての力が弱まるだけではなく、神経衰弱や廃人状態さえ巻き起こしてしまうと言われている。

「確かに、退魔器を出していればもえたんの身体能力は上がって……あれ?」

「萌さんは、瞬発力は高くてもそれほど走るのが得意じゃなかった様な」

 冰さん、その事実については触れて欲しくなかったです。

「その、僕じゃ些希さんを抱えて上手くは走れなくて……その、失礼だけど、重くて」

「もやしが」

「弓道DQNに言われたくないです」

 あ、久し振りに心の声が出てしまった。

「おま、弓道舐めんな弓道!将来はアーチャーのサーヴァントとして召喚されるかもしれないんだぞ!」

「死亡フラグ建設要員にはなりたくないですよ……常識的に考えて」

 おっと、まただ。最近絶好調。

「まあ、それは良いんだけど、ウチの学校にんな悪霊が居たってのは、なんとまあ、穏やかじゃあないね。しかも比較的新しい霊だろうに、吸収能力まで持ってるとは」

「吸収、ですか」

 会長もそんなことを言っていた。

「イレギュラーもイレギュラー、突然変異種の類とも言えるかな。他の霊体を取り込み、強くなる、というのは全ての悪霊について言えることだけど、たまにその能力まで奪い、自由に使える様になるのも居るんだな、これが。でも数は相当少なくて、一人の退魔士が一生の内に一度会うか会わないかぐらい……んー、学生の時点でそれを経験するとは、あたし達はなんというか、ツイてる、みたいな?」

 なるほど。杪さんは家が神社、専門家なのだから知っていたのだろうが、二年生二人の様子を見る限りでは彼等も初めて聞くらしい。

 それなら僕が知らないのもおかしいことじゃないだろう。

「ただ、相手がどれほどの悪霊だったかにも寄るけど、問題は些希たんがどれぐらいのダメージを受けたか、だな。下手すると、数ヶ月、数年というレベルで退魔士としての力を失うっていうから」

「そんなになんですか?」

 この学校では、ペーパーテストの点数より、退魔業の成果の方が重要視される。数ヶ月でもそれが出来なくなると、留年はほぼ確定してしまうだろう。

 そして、退魔士学校を留年するということは、社会に出てからの退魔士としての評判を大きく傷付ける。

 今回の事件だけで、些希さんが未来を断たれかねないかもしれないというのは、大きな衝撃だ。

「だから、完全に相手の強さ、些希たんの資質次第なんだけどね……何分、あの娘はその、気が読みづらい訳だし、精神力の絶対量がわかってないから、今の時点じゃ何とも言えないんだよ」

「そうですか……」

 それ以上、誰も言葉を続けられず、部屋がしんと静まる。

 春なのに、少し肌寒く感じられるのは、最近よくある異常気象の所為ではないだろう。

「で、そういえばもう一人、生徒が失踪してたよな。それは見つかったのか?」

 沈黙に耐えかねてか、やっと副会長が声を出した。

 本当にそういえば、その話を忘れていた。

「はい。些希さんほど衰弱してなくて、僕が肩を貸せば普通に歩ける程度でした。詳しく話は聞けてないんですけど、悪霊は自分に特別な感情があった訳ではなかったみたいだ、と言ってました」

「力を付ける為に、とりあえず手軽なところを襲ってみた、って感じかな。霊から見れば、ここの学生は皆ご馳走らしいからね。だから、昭和に退魔士学校を設立するとなった時、結構な反対意見も出たんだよ。結局、教員と生徒の代表がしっかりと管理すればいいでしょう、という形に収まったのは結構最近だったかな。ちなみにウチのお母様なんかも、反対派だったり。元、退魔士学校の生徒だから結構なムジュンだけどねー」

「へぇ……」

 普段はそう見えない(失礼)のに、やっぱり杪さんは博識で、誰よりもこの世界のことに詳しい気がする。

 こういう面を見せられてからでは、知識の象徴である本が退魔器、というのも素直に頷ける。

「さて……んじゃ、一応あたしと森君の口から先生方に事件の収束を伝えに行こうず。冰たんは、風紀委員会とかその辺りにお願い。今回、地味に一番の功労者だし。で、河ちゃんは些希たんンとこに行ってあげな。素人が専門的な治療の場に居合わせても意味ないけど、お互いの心のことを考えたら、それが一番でしょ?」

「……!ありがとうございます!」

「いやいや、そういうのは良いって。あたしだってその辺りの空気は読めるんだぜ?」

 杪さんには、本当に初日からお世話になりっぱなしだ。

 今度、何かをお礼させてもらわないと。

 僕はもう一度、深くお辞儀をしてから、保健室に向かって走った。

「おい馬鹿。保健室は逆の方向だぞ」

 うん。副会長、その指摘は嬉しいけど、KYですよ。

 些希さんが目を覚ましたのは、日がどっぷりと暮れてからだった。

 しばらくして話すだけの体力を回復した些希さんは、今回の事件の主犯たる悪霊と、自身の関係を語ってくれた。

 堂島忠也は、些希さんの幼馴染で、数年前、この学校で命を落とした。

 彼は悪霊によって飛び下り自殺をさせられており、退魔士としての才能に恵まれていた彼は、自身もまた悪霊となってこの学校に残り続けていた。

 そうして、自分を殺した悪霊への復讐の想いから、吸収能力を得たと推測される。

 が、既に自分の仇の悪霊は祓われており、いつしか復讐の対象は学校そのもの、更にその想いはもっと私的なものへと変わって行き、今回の事件は大半が私怨と、人としての復活の願望が引き起こしたものだった。

 写真部のフィルムは、自分の生前見た景色をもう一度見たいという願望。

 杪さんを転落させたのは、自分の死を想起させる彼女の飛び下りという行為への苛立ち。

 些希さんをあそこまで衰弱させたのは、幼馴染の独占欲、だろうか。

 どんな人間でも、死んでしまうと酷く身勝手になり、欲が暴走してしまうという。

 もしかすると、忠也は生前から些希さんに行為を抱いていたのかもしれない。それが今では歪み、彼女を苦しめる結果となった。

 ……悪霊は元は人間で、悪の心だけを持つ怪物ではない。

 僕は、初めてそれを真の意味で認識したのだと思う。幸い、些希さんの症状は比較的軽度のもので、退魔業にも支障は出ないというのに、気持ちが晴れなかった。

 霊と関わって生きて行くということは、これからも何十、何百回とこんな経験をするのだろうか。

 そうなった時、僕は自分を退魔士だと堂々と名乗り、自分の仕事を人の為だ、と言い切ることが出来るのだろうか。

 

 そんな疑問が、心の中に残った。


 
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