≪洛陽宮中・評定の間/北郷一刀視点≫
さあ、そういう訳でスーパーお説教タイム開始といこうか
とりあえず、今まで砂袋やら敷物にされた恨みも込めて、みっちりといくとしよう
本当に怒っている訳ではないんだが、やる事はやっておかないとね
合法的に恨みを晴らせるチャンスを逃す気はないというのも本音だけどな
「さて、誰でもいい
まずは弁明を聞こうか」
この言葉に意外そうな顔をしたのは徳だった
まあ、わざとそういう言い方をしたから勘違いしたんだろうな
問題はない、と俺ははっきり言ってるしね
ならどうして説教になるか、というのは実は簡単で、これが“俺だから笑って済ませている”という事を再認識してもらう必要はあるからだ
これが彼女達の部下がやったことなら、みんな笑って済ます事はまずないだろう
………公祺さんは笑って済ませそうな気がしなくもないんだが
閑話休題
俺達は主従ではないが道理は存在する
特に、戦乱時にありがちではあるが“結果よければ全てよし”では困るのだ
曹孟徳や織田信長ほど厳しいのもどうかと思うが、そういう乱世にありがちな気質や、目上の為にやったのですという気風、個人的意識による善行の行使は必ずしも組織としては正しい行いではない、という点には問題提起をしておく必要がある
まあ、大陸史上最高にして最悪の改革者とまで言われる悪役の代表である曹孟徳にしてからがこの悪習から逃れられないままだったのだし、これを責めるのも酷ではあるのだが
「我が君、今回の事は…」
「謝罪はいらないから、まず弁明を聞かせて」
気まずそうな空気の中で先陣を切ったのはやはりというべきか懿だったけど、俺はそれを跳ね除ける
なぜなら俺が言いくるめられかねないからだけど
すると、儁乂さんが席を立って弁明をはじめた
「言い訳は何もござらぬ
処罰はいかようなものでも甘んじて受けるつもりでござる」
訂正
弁明じゃなかった
すると、全員が立ち上がって一斉に
『どのような処罰でもお受け致します』
とか来ちゃいました
いや、そういう事じゃないんだけどな…
う~ん、どうしようか…
「まあ、処罰はとりあえず後回しとして、それじゃあ理由を聞こうか」
これには仲業が即答する
「あの時の一刀の物言いがあまりに酷かったからだね
ボクは“馬”を提供してでも彼女達の感情と行動に手伝いをすべきだと思った
付け加えるなら、仲達ちゃんと元直ちゃん、子敬ちゃんは反対してたし、最後も渋々同意、というところだったよ」
俺はそれに頷いて、忠英さんを見る
「君が許可を出した理由は?」
「偉そうに言わせてもらうなら、重要度が低いものだってのがひとつ
あとはまあ、これで恩も売れると思ったのはあるさね
ついでにいうなら一刀、あんたの言動を弼匡しようってのもあった」
弼匡ってことは、非があったからそれを補ったってことか
「俺はそんなに酷かったかい?」
儁乂さんが頷く
「然り
内容に間違いはないと存じますが、あのような言いようでは拙者らも納得はいき申さぬ」
なるほど、それは俺のミスだな
次に言葉を発したのは令則さんだ
「一刀さんの性格が悪いのは諦めてますが、言葉を選ぶくらいの余裕はありましたよね?
むしろ無いとか言われたら困りますけど」
いや、故意に選んだんだけどね
あまり俺達に親近感持たれてもやりづらいでしょ、色々と
公祺さんが、そんな俺の顔を見て溜息をついている
「だめだこりゃ…
アタシらがどうしてこんな事したのか、この西瓜頭は多分解ってないよ…」
………なぜだ?
どうして場の空気が俺を非難するものに変わってるんだ?
「元ちゃん達は一刀ちゃんが嫌われるのが嫌だったんだよ」
「元ちゃん達はひとりだけ悪者になる一刀ちゃんは見たくなかった」
『だからみんなで相談してやったんだよ』
………はい?
多分あっけにとられているであろう俺の顔を見て、儁乂さんが溜息をつく
「やはり判っておらぬようでありますな…
拙者らは一刀殿の立場を今回は優先したのでござるよ」
伯達ちゃんも首を横に振りながら呟く
「反対した人達は
『そんな事をしても一刀さんは喜ばない』
と言って反対したんです」
あー…
うん、確かにそんな理由なら俺は多分許可してない
なんとなく理解できてきた
これって子供だけで計画したサプライズパーティの乗りなんじゃないか?
俺の立場や面子を優先したってことだよな、俺に内緒でさ
「これを知れば一刀様は必ず反対するだろうと確信しておりましたので」
珍しく徳までが発言してる
やはり俺は色々と見誤っていたようだ
確かに、外史の登場人物は基本的に“善良”だ
「あうあう……
やっぱり怒ってます、よね…」
困った…
これは俺の予想の斜め上だ
怒らなきゃいけないんだが、これを叱るのは正しいんだけど間違ってるよな
「あー…
うん、まあ、なんだ…
とりあえずありがとう、その心遣いには感謝する」
うん、礼はいうべきだよな
しかし、俺の言葉に緩みかけた空気は引き締めないとならない
それはそれ、これはこれ
今は心に棚を作るべき時なのである!
「確かにその気持ちは嬉しいし、本当にありがたいと思う
しかし!!」
人の上に立つ以上、その優先順位は叩き込まずばなるまい!
具体的にはこれに懲りて二度と同じような事をしなくなるまで!!
それから俺は延々1刻に渡って説教を続けた
打たれ強いはずの懿や公祺さんの口から「ごめんなさい」が聞こえてから半刻は続けたと思う
ちなみに、大陸の人間が頭を下げずに謝罪するのは俺達日本人から見れば謝罪のうちに入らないように見えるのだが、大陸文化に“頭を下げて謝る”というものは実はない
つまり、この言葉が出るというだけで本気で謝罪してるのである
三国志演義等の大陸文学を読み返してみるといい
実は日本人が訳しているから謝罪しているように見えるだけで、読み込むと彼らは決して頭を下げてはいなく、むしろ開き直りにみえるくらいの勢いで“断罪”を要求している場面が大半だという事に思い当たるはずである
蛇足だが、他人の前で叱るのも大陸ではタブーである
自分に非があって尚、それは侮辱と受け取るのが基本なのだ
それを理解していて尚、俺は説教を続けた
組織の上に立つものは、選ばれた者であるからこそ、八徳の優先順位を間違えてはいけないのだ
民衆に支えられる立場であるなら尚更に
こうして、骨身に沁みるまで説教をしたところで、ようやく俺は皆を開放した
涙目で項垂れているみんなに向かって、俺は最後に声をかけた
「でも気持ちは嬉しかったよ、本当にありがとう」
≪洛陽宮中・天譴軍本営/向巨達視点≫
あうー……
本営に戻ってきた私達は、全員が力尽きてます
仲達さんにしてからがいつもの微笑みが出ないくらいに徹底的に叱られました
「あのド腐れ野郎、いつか刺す…」
子敬さんがものすごく物騒な事を真顔で呟いてますが、気持ちは判ります
「その時には拙者も呼んでくれ」
「ボクも同行しよう
ボクは腕一本でいいからさ」
「死ぬ前に実験台にしてもいいよな…」
「首だけ綺麗に残していただければ問題ありません」
みなさん次々と物騒な事を呟いてます
あう…
瞳が底光りしてるのがとっても怖いです
ふふふふふふふ、という暗い笑い声が隣にいる伯達さんからずっと聞こえてきてたりするのが洒落にならなすぎて笑えません
なにもここまでやらなくてもいいのに、一刀さん容赦なさすぎです
私も一刀さん刺殺大会開催時は参加したいかな、と思ってるので同じ穴の貉ですが
と、ひとりこれに参加してなかった公祺さんが苦笑しながら手を叩きました
「全く同感だがそのくらいにしておきな
あの西瓜頭がそういうヤツだってのが再認識できたってことで今回はやめとこう」
『でも!!』
私を含めて一斉に反論しようとしたところを、公祺さんは仕種で止めます
「ま、ムカつくのは確かだが、あの鈍感野郎にゃ言ってもわからん
アタシらに『一緒に汚れてくれ』なんて言っておいて、結局一人で汚れようとする大馬鹿野郎だ
あれは一生治らん、保証してもいい」
その言葉に全員で溜息をつきます
あうあう…
そうなんですよね、それこそが一番の問題だっていうのに
「私心がないっていうのも困ったものですよねー
私もあまり人の事は言えませんが」
ぽつりと呟く令則さんに、元直さんも呟きます
「言いたくはないですが、何が楽しくてああいう歪み方をするのかは知りたいところです」
歪んでいる、か………
あう、確かにそうかも知れないです
私の立ち位置はみなさんの仕事の調整や補填が主なので、物事を俯瞰して見る癖がついてきています
そうして見ているとよく判るのですが、一刀さんは基本的には積極的に動こうとすることはほとんどありません
適宜に天の知識をそれぞれに合わせて提案することはしますが、最終的には私達に考えさせる場合がほとんどなんです
逆に、過度の労苦や心理的負担を要求されるような計画に関しては、事後承諾といってもいいくらいに完璧に近いものを提示してきます
実務部分で動き回れる体力があったなら、恐らく全部自分ひとりでやってしまうだろう、というくらいに
仲達さんはこれを“見ているものが全く違う”と表現していました
同じ景色を見ていても、そこに見ているものがまるで違うのだ、と
みなさんがどこまで自覚があるかは私にはわかりませんが、一刀さんに不満を持っている一番大きな部分は多分そこです
私は現在一刀さんと似た部分が多い位置で仕事をしているので、それがよく判ります
天譴軍が発足してから、一度だけ、独り言ですがこのような事を呟いていました
「俺にできる仕事はそろそろ終わりだな」
これを聞いてから、私はずっと考えています
この言葉が一体どういう意味なのか、と
今はまだみなさんに問うべき時期ではないと思っていますが、遠からず私はこの言葉について全員に問う時がくるだろうな、と漠然と思っています
そんな事を考えていた私の耳に、こんな言葉が飛び込んできました
「とりあえず、次に陛下といちゃついてたらこの倍は説教しよう
とりあえず足腰立たなくなるまで」
私もそれにみなさんと一緒に頷きました
多分、遠からず開催されると思います
だって、陛下はそういう部分を隠そうとなさっていないし、一刀さんは鈍感すぎて防御も下手ですから
あう…
みなさんが本当に暴走する前にそろそろ止めないとまずいかな…
お酒飲み始めたし……
私は、この後の惨劇を想像して諦めることにしました
あう……
私も飲みたい気分なんです、許してください
蛇足ですが、翌朝一刀さんが涙を堪えながら呂将軍と張将軍の出兵を見送った事を付け加えておきます
何があったんでしょう?
覚えてないや………
≪洛陽宮中/羅令則視点≫
多分私と仲達さん、それに一切お酒を飲まない忠英さんしか覚えていないでしょうが、一刀さんのお説教のあと、私達は不満を解消するために宴会を開き、その勢いで泥酔者が一刀さんのところに乗り込んだのを機に、逆に明け方までお説教をする、という暴挙を敢行しました
あれはなんというか、確かに可哀想ではあったんですが、多分泥酔者は脳内で一刀さんを刺殺しながら説教というか絡んでいたので、私達に止める術はありませんでした
実はかなりすっとしましたし
ともかく、私が昨日の事で確信したのは、一刀さんの手法では同盟者にいらぬ疑心と侮りを与えてしまうだろう、という事です
私達の在り方は非常に特殊で、漢中での手法はあくまで“一地方”だからこそ今の時点では浸透させることができている、という事実があります
一刀さんは、あまりに遠くを見すぎているため、そういった足元の事に今は視野が向いていないのです
この事には恐らく仲達さんも気付いているとは思いますが、彼女は誰が見ても判るくらいに一刀さんに“女性として”惚れ込んでいます
そんな彼女に一刀さんに断罪を要求するような悪役になれ、などとは私にはとても言えません
ならばどうするべきか
やはり、何かの折に私が一刀さんに逆らってみせる事で、我々の在り方を知ってもらう必要がある
私はそう考えます
現在の律を矯めるのは私の仕事です
言い換えればその律の厳しさを一番知っているのもまた私です
ですので、このような事に他の方を巻き込む訳にもいきません
これは確信ですが、一刀さんはそうなったときに、私を簡単に殺しはしません
死罪というものは一見簡単ですが、その恐怖はずっと尾を引きます
律に恐怖されるようでは困るのです
親しんでもらうよりは恐怖される方がましですが、畏怖はされても恐怖されるのはまずいのです
そうであるならばどうするか
多分、考えられる限り重い苦役を課そうとするでしょう
ただし、私がそこまでやる以上、一刀さんにも知ってもらう必要があります
一刀さんは“急ぎすぎている”という事を
その理想は気高く、真に民衆の為を思っているからこそ、その歩みを緩めるべきなのだと
民衆に向ける仁の何分の一かでもいい、それを将兵や武を志す人間にも向けて欲しいのだと
英雄や豪傑を否定しそれが必要とされない世界を目指すのであればこそ、それらにも仁を向けて欲しいのだと気付いていただくために
恐らく今の一刀さんにとって、華将軍の生き様と死に様は、思考で理解はできても他では全く理解も共感もできないものでしょう
民衆の飢えや苦しみは理解できても、武将の気概や忠義は全く理解できていないはずです
それは何故なのか、私はそれがずっと疑問だったのですが、ようやく昨日のお説教で理解できました
同時に、律に仁はいらないと切って捨てた時よりずっと抱えていた違和感にも納得がいったのです
一刀さんは、漢中にて兵を調え乱世を武力で乗り切る覚悟をしていますが、その本質としては戦争そのものを否定し嫌悪しているという事です
力でもって争う事そのものを嫌い、厭い、憎んでいるといってもいいでしょう
だから律に触れる行いがいかに不利益であるかを知らしめるために、そこに慈悲を求めない
だから武将の気概や忠義というものに価値を見出さない
それらの矜持は無用の争いの種でしかないと、そう考えているという事です
しかしそれは違うのだ、という事を私は知ってもらわなくてはなりません
言を尽くして知識として理解するのではなく、その感情と感覚で理解してもらわなくてはならないのです
そうでなくては、遠からずやってくると一刀さんが予測している戦乱の中にあって、彼は壊れてしまうでしょう
壊れてしまった一刀さんなど、一体誰が望むでしょうか
そう、私を含めて彼に付き従っている人々、誰一人としてそのようなものを望んではいないのです
天譴軍が掲げる天律を同盟者に、ゆくゆくは天下に知らしめ、一刀さんにもその事を知ってもらうには、次の機会で私が動く必要があるでしょう
これは、律を矯める事を任された私にしかできない仕事なのです
そして、その機会が遠からず来るであろうことを、私は確信していました
なぜなら、たったこれだけの事でこの騒乱が終わるはずがない、それを確信していたからです
私の予想通り、その機会はすぐにやってくる事になります
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