≪鄭州北西・諸侯連合集合地点/世界視点≫
反董卓連合
それは、諸侯豪族それぞれの思惑があるとはいえ、その実質は袁家に諸侯が追従することを示した事実上の現政権に対する反乱勢力である
ただし、これはあくまで後世の歴史家による俯瞰したものの見方による評であり、当然当事者においては認識は異なる
代々三公をはじめとした漢室の重鎮を輩出してきた名門中の名門、貴族中の貴族である袁家にとって、肉屋の端女が産み肉屋の小倅が擁立し田舎豪族が保護している皇帝など、とてもではないが認める事などできはしない
正しい政事は正しい血統と身分から生まれる秩序によって保たれる
これは封建社会における事実あり真実でもある
ただし、仮にも至尊の冠を頭上に頂く皇帝を直接批判することは、貴族としてできる事ではない
そうであるならどうするか
答えは簡単にしてひとつである
その周囲にいて政権を壟断する田舎豪族を排除すればよい
都合の良いことに宮中に巣食う害虫共は田舎豪族が掃除をしてくれたのだ
後は清潔になった宮中に乗り込み、掃除人兼盗賊を排除し、正しい秩序を回復すればよい
これまた都合のよいことに、皇帝は天の御使いなどと自称する卑賎の輩を認めたと聞く
そうであれば、それを理由に今上帝には穏便にご退場願い、血筋も正しい幼少の帝を自分達で立てれば全ては解決する
後世に生きる人間にとっては暴言でしかない理論ではあるが、これが袁家が自信をもって諸侯に激を飛ばせた理由であり根拠である
この檄文に応じなかった諸侯豪族の有力者は、巴蜀の劉君郎ただひとりである
しかし、その理由も檄文を否定したという事では決してない
劉君郎自身に前漢の裔として天子たろうという野心がある事は諸侯豪族も薄々は気付いているところであるが、彼らが現在五胡の一角である羌族との攻防に謀殺されているのもまた、知られた事実である
これに加え、南蛮と呼ばれる勢力も散発的な襲撃と略奪を繰り返しており、実際に劉君郎自身が巴蜀の他に戦力を割く余裕が全くないのも認知されている
巴蜀が過去の流刑地であり、諸侯から見れば所詮は田舎、という認識も大きい
これらの理由から、事実上中立を宣言したにも関わらず、劉君郎は連合への不参加を肯定的に受容されている
こうした名門貴族として、また諸侯最大といえる実力を背景として、袁本初は激を発したのである
従妹の袁術の擁する兵馬を加えた兵力は実に15万に達する
これは諸侯連合の実に7割にも達する、現状で考えられる中では最大級といってもいい兵数である
しかも、遠征という性格上、これは袁家の全力ではない
袁家全体であるなら、この3~4倍の動員も不可能ではないのである
つまりこの諸侯連合は、袁家にとって漢室と貴族という秩序を天下に再認識させるための大宣伝の機会だという訳だ
大小様々な異論はあれど、これを無視しては諸侯として貴族として豪族として、後の自分達に少なからず影響がある
現在の袁家に逆らっていいことなど何一つなく、権力が空洞化している漢室に拠る理由も根拠もありはしない
多分に打算と保身の結果ではあるが、諸侯の大半がそう考えて参陣したところでおかしな事などなにもない
大義名分は既に与えられているのだから、むしろこれは功名の機会であり中央に進出する機会である
諸侯がそう考えたとして、それを責められる人間もまた少数であろう
ただし、諸侯には諸侯の都合がある
先の反乱とそれに前後する飢饉や災害による国力の減少は、諸侯に大軍を擁しての長期遠征をする事が敵わない程に影響を及ぼしている
それらの事情がなかったとしても、全力で1万2万がせいぜいといったところか
こういった事情と、事実上袁家をこの粛清というべき戦争の後にくる、宮中の事実上の盟主として暗に認めることにより、諸侯の大半は精鋭を選抜し多くとも千前後、地方豪族に至っては百数十という規模で参陣を表明した
袁家はこれを貴族らしい大度で受け止め、参加する事そのものが意思の表明であるとし、その兵数を問わなかった
この点でいうならば、袁本初は名門貴族として実に度量に溢れた見事な態度であったといえる
このような中で異彩を放った諸侯も僅かだが存在する
まずひとりは曹孟徳
彼女は実に2万という規模の軍を発し、袁本初の学友であり理解者であるとの触れ込みで参陣した
集合地点にほど近い陳留に任官していたという点を差し置いても、これは異常ともいえるものである
諸侯を待たせてはならないと先発した顔将軍率いる2万の先発隊の到着より3日遅れての参陣というのは、その兵数も含め、事実上諸侯連合の次席であると周囲に知らしめるには十分なものである
次は北平の公孫伯珪
彼女はその兵数そのものは諸侯の倍程度でしかなかったが、世に名高い“白馬義従”を引き連れての参陣である
人馬共に白一色に染め上げられた2千の精兵の威容は
“河北に公孫伯珪あり”
と諸侯に知らしめるに十分なものをもっていた
同じく河北は平原から劉玄徳も5千という軍勢を引き連れて参陣している
彼女は平原に赴任して時が短い事を諸侯の誰もが承知しており、その兵馬も実情は義勇民兵である事も知られている
その彼女が守兵を残したほぼ全軍を動員したという事実は、諸侯に少なくない衝撃を与えたと言っていい
そして涼州の雄、馬一族率いる精鋭一千の騎兵である
世に名高き馬寿成こそ参陣していないが、その娘であり“錦馬超”の異名を持つ荒武者馬孟起の参陣は、諸侯の立場として漢室に対する忠誠と正義は我にありと豪語するに十分な説得力を持つことになった
こうして参加を表明した全ての諸侯が揃う頃には、その数実に20万を超える、一大連合軍が誕生していたのである
蛇足ではあるが、この時点で予想されている董卓・天譴軍同盟の保有兵数はおよそ6~7万である
意気あがる諸侯連合にとっては、既に勝利は約束されたようなものであった
≪鄭州北西・諸侯連合集合地点/劉玄徳視点≫
なんというか、色々と疲れちゃうような軍議があって、私達は袁本初さんを盟主に進軍することになりました
軍議の席では孟徳さんとか伯珪ちゃんにも会えたり、他の諸侯や豪族の方々もいて、ものすごい人数でした
なんとなーく場違いかなとか思ったりもしたんだけど、引け目を感じる必要もないよね?
しかも私達は先鋒として進軍することになっちゃいました
あまりにあまりな状態だったので色々と口出ししちゃったのが悪かったみたいです
朱里ちゃんがその後をうまくやってくれたので、袁本初さんから兵や糧食、物資をもらえたのでなんとか1万の軍として先鋒に立つことができました
それで、作戦なんだけど
「雄々しく勇ましく華麗に進軍」
なんだそうです
私はこれを袁本初さんの冗談だと思って笑ってたんだけど、どうも本気だったみたいです
結論としていうなら
「汜水関と虎牢関を正面から力で押し通る」
という事らしいです
いくら私がおばかでも、ここまで無茶な事は考えないのにな…
一応みんなが斥候を出したり、孟徳さんや伯珪ちゃん、あと軍議で知り合った孫伯符さんとかが情報を共有してくれるということで、なんとかやっていけそうな感じになりました
朱里ちゃんが言うには
「これはもう、私達が勝手にやっていいっていう事ですから、自由にやっちゃいましょう!」
という事らしいです
最初は呆れて声も出なかったみたいで、しばらくぶつぶつと何か呟いてたんだよね
あれはちょっと怖かったなぁ…
孫伯符さんも前衛にまわってくれて、伯珪ちゃんは騎馬を利用して私達の伝令や斥候を引き受けてくれてます
伯珪ちゃんは最初は関わる気がなかったらしいんだけど、どうも私達を見捨てられなかったみたいで苦笑しながら斥候を引き受けてくれました
相変わらず優しいなあ、伯珪ちゃん
孫伯符さんは
「前衛を手伝うのはこっちの都合だから気にしないで」
と言って笑ってくれてます
確かに都合はあるんだろうけど、私達には非常にありがたいお話です
こうして後一日で汜水関というところで軍議になりました
前衛だけで開いてる軍議なので、私達と伯珪ちゃん、孫伯符さんとその軍師の周公謹さん、それに孟徳さんと妙才さん、文若さんが情報提供と右翼担当という事で参加してます
「それで、汜水関の情報はどうなってるの?」
孟徳さんの言葉を合図に軍議がはじまりました
それに答えるのは文若さんです
「不気味というべきなのでしょうが、いまだ汜水関に相手の兵が入った様子がありません
他の方々も確認しているとは思いますが…」
その言葉に朱里ちゃんと周公謹さん、伯珪ちゃんが頷きます
「私のところの騎兵で何度か様子を見に行かせたんだが、いまだに将兵が入った様子はないらしい」
そう伯珪ちゃんが言えば
「こちらの斥候も同様の報告をしている
どうも虎牢関にも兵は入っていないようだ」
周公謹さんも同じ報告があったと答えます
朱里ちゃんもそれに頷いています
「こちらでも同様の報告を受けています
関としての機能は放棄していないようですが、それでも平時の状態を維持しているだけのようです」
「なんかイヤな感じよね~…」
孫伯符さんは顔を顰めています
私もなんとなく気持ち悪くて顔を顰めてしまってます
そうやってみんなで眉や顔を顰めていると、曹操さんが顎に手を当てて考えながら呟きました
「空城の計、という線はあるかしら…」
それには軍師のみんなが首を横に振ります
「まず考えられませんね
むしろ今の時点で考えられるとすれば洛陽での決戦なんですが…」
「容易にこちらの補給と兵力に損失を与えられる汜水関と虎牢関に兵を入れない理由がない、か…」
「敵にしてみればこちらの欠点が“連合軍”である事と“補給に不安がある”という事は先刻承知のはず
なのにどうして…」
軍師のみんなが次々に意見を述べて、再び難しい顔をしています
そこで私は、ふと思ったことをそのまま聞いてみる事にしました
「もしかして、戦う気が最初からないんじゃないかな?」
「どういう事?」
「説明しなさいよ」
孫伯符さんと曹操さんにそう聞かれて、私はなんとなく思った事をそのまま言います
「えっと…
この諸侯連合が檄文のままの内容じゃないっていうのは、なんとなくみんな知ってますよね?」
全員が頷くのを確認して私は続けます
「だから、もし董卓さん達が檄文や風評と違うんだったら、別に戦う理由がないんじゃないかなって…」
するとみんな、更に深く考え込んでます
もしかして私、ヘンな事いったかな…
内心でそう冷汗をかいていると、周公謹さんがぽつりと呟きました
「もし本当にそうだとすると、これはまずいな…」
その呟きに文若さんが反論します
「でもありえないでしょ!?
そんなもの、自分で自分の死刑執行書に署名するようなものよ!?」
「でも、本当にその策をとられたとしたら、私達に大義はなくなります
そして…」
朱里ちゃんの呟きを受けたのは曹操さんでした
「その上でこちらを責めることなく、大度を示されてしまえば私達は天下に向けて自分の大恥を喧伝することになる
そういう事よね」
重い沈黙が軍議を支配します
「もしそうなれば、私達にはむしろありがたい事なんだけど、他はそうもいかないか」
孫伯符さんはむしろそれを歓迎したい、という感じです
袁公路さんの客将という事だったので、何か複雑な事情があるのかも知れません
それに、身分が“客将”という事で、実際にその被害を被るのは孫伯符さんにしてみれば袁公路さんだというのもあるんだと思います
それが理解できたのか、周公謹さんも頬を緩めます
「確かに
我らにしてみればむしろ歓迎すべき、と言えるかも知れんな」
「そっちはそうでしょうけど、私達には笑えないわよ!」
文若さんがそう怒鳴りますが、私もどちらかといえば孫伯符さん側かな…
私が恥をかくだけでいいなら、私が我慢すればいいだけだもんね
朱里ちゃんも私の考えがわかったのか、表情は強ばっていますがちょっと苦笑してます
「ともかく、その策を用いられた場合の出血を抑える策を私達も考えましょう
もしそれを用いるのであれば、少なくとも虎牢関を抜けるまでは何も起こらないはずですから」
「そうね…
今はそれしかないわね」
文若さんの呟きにみんなが頷いたところで曹操さんがまとめにはいりました
「では、虎牢関までは敵の襲撃があると仮定した上で、徹底的に情報収集をする事にしましょう
そうなるとどうしても機動力がいる
公孫伯珪殿、こうなれば貴女が頼りよ
お願いしてもいいかしら?」
「ああ…
本当にそうなら私も笑えないからな…
できる限りの事はするよ」
こうして、伯珪ちゃんの言葉を機に軍議は解散となりました
そして翌日
汜水関の前で私達は敵と対峙することになりました
500にも満たない騎馬を背に高々と翻る、漆黒の華旗と
≪数日前・洛陽宮中/華猛達視点≫
私は先日の軍議より、眠れぬ日々を過ごしている
稽古にも調練にも身が入らぬ有様で、霞や恋に心配されるくらいだ
何より好きな武芸にも身が入らぬ理由ははっきりしている
(私は果たしてこのままでよいのか)
全てはこれに尽きる
私はただひたすらに考える
内心に滾る怒りは消えぬままだが、今はそれを凌駕する冷えた部分がこの裡にある
私はこの怒りのままにただ金剛爆斧を奮いたいのだろうか
答えは否だ
私が最初に感じていた怒りは既にない
己の武を、忠や義を辱められたといった感情は、ありがたい事に霞や恋、そして月や詠、ねねの言葉によって既に静まっている
ならば、この胸に残る怒りはなんだ?
私にとって己の武に疑いを持たれる事以上に怒りを覚えるような事などなにがあった?
あの時点では確かに怒りのあまり声も出なかったが、我らが辱められたことは後程諸侯連合が自らの不明をもって、更なる恥をかくことで贖われる
ならば私は何が不満なのだろう
皆が面目を躍し諸侯が袁紹が大恥をかく
それで十分ではないのだろうか
心のどこかで
「それは違う」
という声がする
私は再び、それを言葉に出して自問する
「なにが違う?
皆の名誉は補われるではないか」
心のどこかから再び声がする
(陛下の、皆の、仲間達の瑕ついた心はどうなる?)
ああ、そういう事か
私はそれにずっと怒りを鎮められぬままだったのか
そういえばいつも霞に私は怒られていたな
『自分が戦場でしか役にたたん思うて、猪突するのもいい加減にしいや!
後ろで心配してる人間もきちんとおるんやで!』
なるほど……
私はこうやって私を心配し愛してくれる皆に、あんな顔をさせた事がずっと気に入らなかった訳だ
冷めていたものがすとんと胸の奥に滾っていた何かに落ち込み、再び火が燃え上がるのを自覚する
やはり私は色々と自制がきかぬ人間のようだ
怒りの根源が自分に対するものでないと知ってしまった今では、この衝動を抑えきる事はできはしない
私は机上にあった筆刀と竹簡を手に取ると、ゆっくりとそれを刻み始める
(ふっ……所詮私はこうやってしか生きられぬ
また皆に迷惑をかけてしまうと知っていてもな…)
要件に徹したそっけない文章だが、私は文士ではない
これで十分であろう
傍らに立て掛けてあった金剛爆斧を引き寄せ、竹簡を机上に置いて、私は部屋を出る
名ばかりの名門名族貴族諸侯豪族
それら全てに本当の義と忠がどういうものか
それをただひたすらに叩きつける、そのためだけに
(もし生きて帰るような無様をしたら、そのときは存分に叱られるとしよう)
もう、許してくれとは言えぬからな………
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