No.320236

外史異聞譚~黄巾の乱・幕ノ五~

拙作の作風が知りたい方は
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2011-10-18 12:57:46 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2738   閲覧ユーザー数:1681

≪冀州/世界視点≫

 

張三姉妹は現在、黄巾党と呼称される一大反乱勢力の首魁として扱われている

 

理由は簡単で、彼女達が信者と称する公演の観客達が地方反乱や農民反乱、潜伏していた盗賊達を飲み込んで各邑を荒らしてまわりながら洛陽を目指したり“本隊”と称される彼女達が公演をしながら移動している集団に日々合流してきていたからである

 

彼女達が太平要術に倣い“太平道”と称して活動していたことと、芸名として“公”の字を用いていたことも、これに拍車をかけた

 

現在“太平道”は、張三姉妹の全く意図しないところでではあるが、希望のない現状を否定し漢室を否定することで新しい世界を創るという、反体制の一大旗手となっていたのである

 

しかしそれも、既に当初の勢いはない

 

漢室と諸侯が本気になったことで、それらの勢力は急速に鎮圧されていったからである

 

これに加えて、渠師と呼ばれる各地の信者を纏めあげる立場にいた者達が次々と討ち取られ死罪となっていったことで“方”と呼ばれる集団の解散と本隊への合流が相次ぎ、結果として身動きがとれなくなったという事情もある

 

これにより、現在残っているのは約20万という、規模としては非常に大規模なものだが、その内実は諸侯に降れば死罪しか待っていないような犯罪者や帰るところもない奴隷や流民ばかりといったもので、実際に諸侯の軍とやりあえば半分の兵力差でも負けるだろうという烏合の衆である

 

このような中でも三姉妹は日々公演を行い、その士気を保つことに努力を重ねていた

 

彼女達の合言葉はただひとつ

 

『いつか大陸一の歌姫になって大陸中を旅しよう!』

 

ただこれだけである

 

 

こうして苔の一念ともいえる夢に支えられながら歌い続ける彼女達であったが、そこに新たな凶報が運び込まれる

 

彼女らが食料や生活物資を蓄えていた要衝が、諸侯の手により陥落したとの報告である

 

 

元々、一度は3万もの信者と共に洛陽へ向かったのをたったひとりの将軍に阻まれるという、彼女達にとっては恐怖と悪夢でしかない事件より、一度活動を縮小しこれらの騒動をやり過ごそうと考えていた三姉妹にとって、この報は更なる悪夢の引き金でしかなかった

 

このままでは自分達も含めて20万人が飢えて暴徒と化す

 

いまだに親衛隊が彼女達の安全に細心の注意を払い、その生活を保護してくれているといっても、20万もの人数はどうにもならない数字だ

 

物資がなくなった以上、残るは破綻しかない

 

そう考えて絶望に打ち拉がれる彼女達に、親衛隊よりひとつの提案が齎される

 

 

冀州にある打ち捨てられた古城を利用して体制を立て直し、折を見て解散してはどうか

 

 

太平要術を携えているとはいっても、そこはやはり年頃の少女達である

 

いざとなれば脱出の手筈は整える、という親衛隊の言もあり、今まで着いてきてくれた信者達にきちんと感謝とお別れも言えるようならそうしたい

 

そう考えた彼女達は、その案を受け入れる事で再び希望を見出した

 

 

これこそが、この反乱の終幕にして、最初から描かれていた結末だと知る事もなく

≪河北西部・袁紹軍本陣/袁本初視点≫

 

まぁ~ったく、なんなんですの一体!

 

三公を輩出した名門であるこのわ・た・く・し・の領地で反乱なんて、一体何を考えているのか、袁家伝来の白鳥マワシを着けて躍らせながら問い質したい気分ですわ!

 

…まあ、所詮は農民ということですわね

 

よろしいでしょう、このわたくしが華麗に鎮圧して、名門に逆らうことの愚かしさを愚民共に思い知らせてやりましょう

 

肉屋の小倅に命令されるのは非常に気分が悪いことですが、それでも漢室の重鎮は重鎮

秩序は守りませんとね

 

それもいずれ、宮中からぽいっと追い出して、私が名門に相応しい地位に就くことで権威と秩序のなんたるかを天下に見せつけてさしあげますわ

 

「おーっほっほっほっほっほっ!!」

 

わたくしがこの素晴らしい考えに満足して笑っていると、文醜さんと顔良さんがやってきます

文醜さんは名門に相応しいわたくしの臣下なのですが、どうもいまひとつ優雅さに欠けるのだけがよろしくありませんの

顔良さんも名門に相応しいわたくしの臣下なのですが、やはりいまひとつ雄々しさに欠けるのがよろしくありませんわね

 

それもまあ、仕方がないと諦めてはいます

 

だって、全てにおいて完璧で、全てにおいて優雅で、全てにおいて華麗で、全てにおいて雄々しくあるのはこのわたくし、袁本初しか存在しないのですから!

 

「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!!」

 

「あ…

 だめだこりゃ…」

 

「どっぷり浸っちゃってるねぇ…」

 

「あたしらの活躍もあったけど、こっちの反乱軍は弱かったからな~」

 

「そうだね~

 姫や文ちゃんの大好きな“正面から一気に叩き潰す”だけでやれたもんね」

 

「小難しい事は面倒だからいいんだよ

 雄々しく華麗に敵を粉砕!

 いいじゃねえか」

 

「姫や文ちゃんはそれでいいんだろうけどさぁ…」

 

「?

 あなた達?

 一体わたくしの前で何をしていらっしゃいますの?」

 

まったく、このわたくしを無視して会話をするなど言語道断!

 

「あ…

 姫がやっとこっちに戻ってきた」

 

「姫、ここの反乱鎮圧は終わりましたよ」

 

あら、もう終わってましたの

 

さすがはこの名門袁本初の軍!

 

素晴らしいですわ!!

 

「では、次の反乱鎮圧に向けて華麗に進軍…」

 

「あー、姫、ちょっと待った」

 

なんですの文醜さん、その困ったような顔は

 

「あのですねぇ…

 もう反乱軍、いなくなっちゃいました…」

 

??

顔良さんまで一体どうしましたの?

…って、反乱軍はもういない?

ということは…

 

「なるほど!

 このわ・た・く・し・の!

 華麗さに反乱軍が平伏して勝手にいなくなったという事ですわね!

 なーんて素晴らしいのかしら!

 さすがはわたくしですわね!

 おーっほっほっほっほっほっ!」

 

「いや、そうじゃないですから…」

 

「はぁぁ………」

 

……おや?

どうしてふたりともゲンナリしてますの?

 

「???

 何か違いますの?」

 

「えーっとですね

 私達が鎮圧するはずだった反乱軍を、別の人達が退治しちゃってるんです」

 

「アタシらの獲物を横取りするなんて、いい度胸してるよなー…」

 

「文ちゃん!」

 

「へいへい…」

 

えーっと、つまりどういうことですの?

 

「それでですね、確認のために斥候を出したんですけど、そしたら洛陽からの鎮圧隊だってことで、一応使者を出しておいたんですけど…」

 

「めんどっちぃよなぁ…」

 

「こら!

 それで使者が戻ってきて、姫に挨拶したいって事なんですけどどうしますか?

 相手は漢中軍と名乗っています」

 

………なんか色々と面倒そうですわね

 

「それで、相手の方は官位などはお持ちでいらっしゃるのかしら?」

 

「いえ、董軍令の要請で出動しているようで、官位としては漢室のものは持ち合わせていないようです」

 

「だったらわたくしがわざわざ会う必要はありませんわね

 文醜さんと顔良さんにお任せしますわ」

 

「ちょ!

 姫、それはいくらなんでも…」

 

「相手に失礼なんじゃ…」

 

「ああもう!

 そんな面倒なことはあなた達に任せるといっているのです!

 ぐだぐだいってると袁家伝来の白鳥マワシをつけて使者をさせますことよ!」

 

そうですとも、この名門たるわたくしが、どうしてわざわざ高祖縁の地とはいえそんな田舎の、しかも身分もなにもない者に気を使わなくてはならないというのですか!

 

「うわ、でたよ…

 姫必殺の白鳥マワシ…」

 

「もうアレはイヤだよぅ…」

 

「仕方ない、アタシらでいくとするか…」

 

「そうだね……

 じゃあ姫、私達はいってきますけど、撤収準備しといてくださいね?」

 

「くれぐれも!

 くーれーぐーれーも!

 姫が自分でやろうとしないでくださいよ!?」

 

「親衛隊の人達に言っておきますので、姫は優雅に待っていてくださいね?」

 

そうそう、そうやって名門の臣らしく華麗に働けばようのですわ

やっぱり文醜さんと顔良さんはよくわかってらっしゃいますわね

 

「ええ、後はこの袁本初に全て任せて、ぱぱーっとやっておしまいなさい!

 よろしいですわね?

 おーっほっほっほっほっほっほっほっほ!!」

 

『はあ……』

 

なぜか肩を落として退出するおふたりに小首を傾げつつ、わたくしは親衛隊に命令を出します

 

「それではみなさん!

 名門袁家の軍に相応しく、華麗で優雅に雄々しく凱旋と参りますわよ!

 おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほ!!」

≪河北西部・漢中軍陣内/張儁乂視点≫

 

拙者としては非常に困った事になっている

 

元々河北方面の鎮圧を一任された故、いずれ袁家の軍との接触はあるだろうと思ってはいたのでありますが、河北袁家は予想以上に強力な軍備を有していたようです

 

これらを元皓殿と元明殿に尋ねたところ

 

「おーっほっほっほ、は不愉快だけど無能ではないよ」

「おーっほっほっほ、は視野も思考も狭いけどその範囲では有能だよ」

「名族生まれでなければ一角の人物になったかもね」

「妾腹でなければもっと度量もあったかもね」

『生まれ育ちを間違えた典型だと思うな』

 

との評をなされておりました

となれば、方向性を間違えているだけで、基本的には侮れない人物という事になります

確かに、いかな名門名族といえど、それだけでどうにかできるほど甘いものではないわけで、数を揃えられるということは一定の支持を得て結果を出しているという事でしょう

 

こちらの出方次第では戦闘になりかねない危うさもある訳で、必然慎重にならざるを得ない訳であります

董軍令指揮下として、反乱鎮圧に関しての裁量はいただけている訳でありますが、そういう錦の御旗が通じる人為なのかが非常に微妙なのです

 

『多分大丈夫』

「途中で面倒になってこないと思うよ」

「顔将軍に全部押し付けて笑ってると思うよ」

「基本的に思いつきで生きてるしね」

「基本的にしつこいけど飽きるのも早いしね」

『だから私達の旗を降ろして隠れてれば問題なし』

 

お二方を信じない訳ではありませぬが、それを楽観していては拙者の職務は成り立たぬ訳で…

 

結果、相手の出方が判るまでは動く事も適わず、非常に困っているという訳です

 

使者が来た以上陣を動かす事も適わぬ訳で、まんじりともせぬ数日を送ることとなったのです

 

状況が動いたのは最初の使者がきてから実に5日

 

元皓殿と元明殿はのんびりと

 

『顔将軍相変わらず苦労してるなー』

 

と笑っておられますが、拙者は正直笑えません

捕虜の監視と護送の関係上、鎮圧には実質与えられた兵力の7割程度を擁するしかなく、拙者らは現在5千程度の兵力しか持っておりません

対する袁家の軍といえば、どう見積もっても5万はあります

 

策を用いて容易に鎮圧できた反乱軍ならともかく…

 

正直胃が痛くなってくるのを抑えられぬ心境です

 

「ご報告申し上げます! ただいま袁家軍より使者が参りまして、間もなく文将軍と顔将軍が当陣に慰問に参られるとの報告が入りました」

 

慰問、でござるか…上から目線でありますな…

 

その報告を聞いて元皓殿と元明殿は爆笑しております

 

「こっちに宮中官位がないからこっちに来るには対等にって訳にいかないんだよ」

「あっちは身分があるからどうしても上から目線でないと動けないんだよ」

『名門名族の部下も大変だよね』

 

ともかく、こちらに参られるとの事ですので、おふたりには陣中に隠れてもらい、拙者は両将軍を出迎えに参ることにします

 

「この度は河北での反乱平定にご助力いただきありがとうございます

 私は顔叔敬、袁家の主である本初の名代として本日はお伺いしました」

 

「あたいは文季徳

 よろしくな!」

 

文将軍の言葉に顔を被っている顔将軍ですが、我々が格下であるなら仕方がないことでしょう

ただまあ、顔将軍、さぞ苦労なされておることでありましょうな…

 

大量の馬車と共に両将軍はこられまして、このような挨拶の後につつがなく本陣にご案内し、反乱平定に対する助力を感謝し賞賛され、という、非常に儀礼的なものとなったのは、拙者としてはありがたいことでありました

 

大量の馬車は“慰問”と称した以上手ぶらではこれないという事らしく、半月分ほどの糧食を供与されました

これを受け取る訳にもいかぬので最初はお断りしようとしたのですが、これを受け取らないと袁家の面目に関わると言外に示され、後日漢中よりお礼を申し上げるという事で話を纏めました

 

この後、軽い軍議となりましたが、文将軍はどうも形式や格式というものが苦手なお人柄らしく、妙に友好的と申しますか、対応に困るお人柄でありました

 

「いやー、しっかしやるなぁお前ら!

 反乱軍なんて全部あたいがぶっ飛ばしてやろうと思ってたのに、お前らがやっちゃうからあたいの分がなくなっちまったよ」

 

「は、はあ…

 それはなんと申しますか、申し訳ござらぬ…」

 

「んー?

 なんだなんだ、かたっ苦しいじゃねえか!

 いいから気にすんなって!」

 

「文ちゃん!

 あの、なんというか、ほんっとーっに、ごめんなさい!」

 

「いいじゃねえかよー

 お前も気にしてないよな?

 な?」

 

「は、はあ…」

 

「文ちゃん!!」

 

とまあ、このような感じでありました

 

元皓殿と元明殿が

 

『顔将軍の苦労が袁家を支えてるよー』

 

と笑っていたのが納得できてしまった拙者に罪はないでござろう

 

さすがに手ぶらでお帰りいただく訳にはゆきませぬので、漢中より持ち込んだ林檎酒をお持ちいただいて、双方の行動予定を確認して軍議は解散となりました

 

なぜでありましょうな、何か非常にいたたまれぬというか、意味もない徒労感に襲われたというか、そのような心境でありました

 

ちなみに、両将軍が帰られてから元皓殿と元明殿に言われた言葉で、拙者がしばらく悪夢に魘される事となったことを付け加えておき申す

 

 

『元ちゃん達があのまま袁家に仕えてたら、そのときは儁乂ちゃんも顔将軍と仲間なかまー』


 
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