≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫
そんな風にして再び穏やかともいえる日々を過ごそうとしていた俺達の元に、ひとつの凶報が舞い込んできた
それは霊帝の崩御と少帝の即位、そして大将軍による董仲穎の洛陽上洛の報だった
俺はこの、俺にとっては待ち望んだ凶報が舞い込んできた翌日、全員に緊急招集をかけた
丁度いい頃合だし“奥”を公開するとしようと思ったのだ
全員を呼んだ場所は、今まで立ち入り禁止としてきた鎮守府の奥にある一室だ
何故今まで禁止してきたかというと、その部屋に必要な肝心なものが用意できていなかったためだ
それが用意できたのがつい先日で、いつ皆に教えようかと考えていた矢先の事だったので、都合がいいといえばその通りなのだが
そんな訳で、俺は珍しくひとり、その“部屋”で皆を待っている
程なくしてほとんど同時に全員がやってきたのだが、皆一様に席に着こうとしないでいる
ま、そうだろうな
今までを考えればこれが理解できるはずはないんだから
俺がその様子をにやにやしながら見ていると、意を決したように儁乂さんが尋ねてきた
最初は懿か公祺さんかと思ったんだけどな
「一刀殿、これは一体なんのおつもりですか?」
「なんのつもりも何も、見たままなんだけどな…」
席についたままにやにやしている俺に、今度は仲業が問うてくる
「ボクも一刀の悪趣味にもいい加減慣れたけど、これは流石に説明がいると思うよ」
ま、引っ張ってもしょうがない、説明するとしますか
「悪趣味って訳じゃないんだけどね、これは俺の世界では“円卓”と呼ばれてる」
『円卓?』
全員がそう呟いて首を傾げる中で、俺は説明を続けることにする
「平たくいっちゃうと、席に上下をつけないことにより行われる政治の方式、というところかな」
理解が全く及ばないらしいので、詳しく説明することにする
「そうだなあ…
組織としては、順の上下が必要なのは確かだけど、全てを上のたったひとりの人間が“最終的に”判断して…独断といってもいいかな
そうやって物事を動かす方法ではなく、可能な限りみんなで相談し、少しでもよい方法を模索して、納得した上で政事を進めよう、という事を形にしたもの、という感じなんだけどね」
何事もまず形式からってのは大事だ
有名な騎士王の導入した“円卓”を、俺も遠慮なく導入させてもらうことにしたって訳
「でもそれじゃあ時間がかかるよね」
「色々と面倒なことも増えるよね」
『そこはどうするのかな、一刀ちゃん?』
皓ちゃん明ちゃんの言に、我が意を得たと首肯する
「うん、これの意味は正しく“それ”なんだよ
俺の国の言葉に“三人寄れば文殊の知恵”っていうのがあってね
これは特別に頭が良くなくても三人集まって相談すれば何かしら良い知恵が浮かぶものだ、という意味なんだ」
全員の顔を見渡す
「つまり、組織として緊急時やそれぞれの権能の範囲での指揮権の順序は当然必要だけど、そうでない場合には可能な限りみんなで考えて決めていこう、という事なんだよ
だからむしろ、面倒で時間をかける事に意味があるんだ」
そうやってあらゆる事態を考慮して普段から話し合っておけば、いざというときに困ることも少なくなる
人間ひとりでは限界がある、という事を理解して欲しいのだ
「なるほどね…
これがアンタが言ってた“民主主義”ってヤツの胆ってことかい」
腑に落ちたのか公祺さんが頷いている
それを横目でみながら子敬ちゃんが笑う
「異才や天才が出す十全の回答ではなく、凡百が集まって出す八割の回答の方が価値があるって意味っすかね?
効率悪っ!
くきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」
「でも、それだと確かに責任を誰かに押し付ける事はできませんよね…」
伯達ちゃんがそう呟くと、それを令則さんが受ける
「確かに、知らなかった聞かなかった判らなかった、とは言えませんからねー…
あくまで自分を律することができればですが」
「あう…
全員にそれを求めるのは難しそうなのです」
巨達ちゃんの言葉に全員が一斉に頷く
そして、俺が言うより早く“それ”を言葉にしたのは、やはりというべきか懿だった
「我が君が求めているのは、まさに今こうして私達がしていることですよ?
最初から肯定的である必要はどこにもないのです
他と違うのは、王や君の意思に沿うように論議を交わすのではなく、私達が模索して結果を出すことに意義がある
そういう事なのでしょう」
そうして自分はさっさと俺の左側に着席する
色々な意味で如才無い懿である
それを見て“やられた!”という表情で令明が俺の右側の席を確保する
いやキミタチ、これってそういう競争とかじゃないから…
この二人にはなんというか色々とツッコミたい気分なんだが、それを口にするとまたややこしくなるので、とりあえずスルーして話を進めることにする
「まあ、実際は進行役…議長って言うんだけどね
それがいないと話がまとまらないのも事実なんだけど、それはその時の案件を専門に扱ってるひとがやればいいと思うんだ
例えば大方針なら俺だし、外交なら皓ちゃん明ちゃん、経済なら子敬ちゃん、農林業なら伯達ちゃんって具合にね」
「より視野を広く持ち、見識を深めるためと考えれば有りでござるな…」
「報告会も兼ねれば無駄も減ると考えれば有用かも…」
「くきゃきゃっ
定期的に顔を合わせていれば無駄に腹を探らずに済むってのもいいかもね」
儁乂さん、元直ちゃん、子敬ちゃんがそう言うのと同時に全員が頷き、思い思いの席に着く
俺は、全員が席に着いたのを確認してから、はじめてとなる会議の開催を宣言した
「では、これより記念すべき第一回の円卓会議をはじめるとしようか」
≪漢中鎮守府・円卓の間/北郷一刀視点≫
円卓会議にあたってのいくつかのルール(発言は挙手なりの意思表示をして、その時の議長役が了承をしてから、など)を説明してから、俺は今回の本題を提示した
「今日集まってもらったのは他でもない
もう皆の耳に入っているとは思うけど、何大将軍が皇帝として劉弁を擁立した、この事についてなんだ」
全員の顔を見渡して話を続ける
「もう全員知ってると思うので、俺が天の御使いであるという前提で話すんだけど、これは俺が予想していたよりかなり早いんだ
涼州の豪族である董仲穎が洛陽に入るのも俺の予想を超えて早い時期になっている」
これに軽く挙手をしたのは元直ちゃんで、俺は視線で発言を促す
「これは前提となる部分なので最初にお聞きしたいんですが、一刀さんはその“天の知識”で、どの程度先までを予測できるんですか?」
「うん、それについては必ず聞かれると思っていた
恐らく俺が予測可能な範囲は、この後発生するであろう大規模な農民反乱と、その後の政治状況から来る諸侯豪族の大連合が結成されるだろう、という部分までだね」
これに発言を求めたのは伯達ちゃん
「このお話の流れからいくと、そこに董仲穎が関わってくる、という事でしょうか
正直、涼州の豪族としては有力だと思いますが、それほどの影響力があるとも思えないのですが」
「確かに、涼州の騎兵は中央とは比較にならぬとは思うのでござるが、官位という面から考えた場合は弱いと言わざるを得んでござろうな…」
儁乂さんが呟くのを皮切りに、各自で議論がはじまる
これが俺の意図していた方向なので、敢えて状況がまとまるまで放置することにした
ひとしきり議論が出尽くし、全員が“董仲穎はその兵力を使い捨てにされて終わるだろう”という意見でまとまったところで、俺の知る事を話すことにする
「まあ、普通に考えればその通りなんだ
なんだけど、何進が本来その地位に見合った力量をもっていないのは皆理解してると思う
で、その結果宮中闘争に敗北することになるんだよ
ま、そこらのドロドロした部分は置いておくとして、漁夫の利を得ようとするのか自衛の為なのかは判らないけど、董仲穎は自分で帝を立てるかして宮中を掌握する必要に迫られる
場合によっては今上帝を引き摺り下ろす事によってね」
押し黙る一同に向かって俺は言葉を続ける
「何進が董仲穎の持つ武力を当てにしてるのは事実だろうし、実際にこれから起こる農民反乱においては十分に利用されるだろうというのは確実だ
しかし、俺はその後がこうして予測できるだけに、これを利用できないかと考えている」
「利用、ですか?」
令則さんが眉を顰めて呟く
彼女の性格を考えれば、確かに気に障る内容だ
「うん
言葉は悪いけど飾っても仕方がない
今はこうやって俺達も漢中にいれるけど、宮中の状況ではどうなるかも判らない
ならある程度状況を加速したり操作する事で、俺達の立場を明確にしようと思うんだ」
巨達ちゃんがその言葉に挙手をする
「あう…
具体的には何をどうやってです?」
さて、納得してもらえればいいんだけどね
自分でいうのもなんだけど、我ながら酷い事を考えてるからなぁ…
「おおまかな流れをいっちゃうと、農民反乱をこちらで誘発してある程度操作し、その前後に董仲穎と交渉をし、その後に来るだろう諸侯の連合を利用して名望を得ようってところかな」
懿と令明を除く全員が顔を顰める
その内心を言葉にすれば、恐らくは“そこまでやるか?”だろう
「実際にそれを可能にする状況にもっていくには1~2年はかかるだろうし、それまでにやらなきゃならない事もたくさんある
まあ、漢中だけの事を考えるなら、ここまでやる必要はどこにもないんだけどね」
「で、大将としてはどうしたいと考えてるんかな?
私にはそこが判らんのだけど」
中英さんの問いにはこう答える
「董仲穎の味方をすることで、五胡と交易ができる状況を作りたい、というのが今のところの希望かな?
ついでに宮中の獣共を一掃して、そこらの部分は董仲穎に被ってもらって、同時に俺は“天の御使い”として“天子を補佐しに降りてきました”とでもしたいところだね」
「うわ、性格わるっ、くきゃきゃっ!」とか聞こえたけどキニシナイ
「そうなりますと、最終的には涼州連合には…」
「うん、早期に滅んでもらうつもりだよ。どうせ現在の彼らには五胡と共存はできないからね」
懿の呟きにそう答えた俺の言葉に、彼女を除く全員が凍りついていた
≪漢中鎮守府・円卓の間/北郷一刀視点≫
俺の予想に反して、会議はそれから7日もかかった
董仲穎の側につくかは別としてまずは交渉を持ってみる、という点では即時合意を得られたのだが、農民反乱を誘発するのに太平道を利用するという策に強硬な反対が出たからである
俺としてはこの部分で皆が反対するのは仕方がないと思っていたのだが、皓ちゃん明ちゃんに子敬ちゃんが割とあっさりと「策としてはあり」と認めた事により論議が紛糾した
これにより文官組が条件付き同意を示したのに対し、特に令則さんと懿のふたりを中心に武官組が反対したのである
武官組の反対理由はどちらかといえば感情論であるが、人としては正しいものである
もっとも、懿は毛を逆立てた子猫みたいになって
「太平道には私は関わりたくありません!」
と珍しくも真顔で言っていた
後で聞くとみんなそれにツッコミたかったらしいが、なんかネジ切られそうなので我慢したらしい
結果としてこれらの議論の中で出たいくつかの案を後日検討し直す、という棚上げにより会議は終了した
一言で言えば董仲穎の出方次第、となった訳だ
次にもめたのが董仲穎との交渉に誰が赴くかである
宮中の身分的に俺がいかなきゃならないのに、まずこれに皆が反対
そこを納得させたと思ったら、今度は誰が同行するかで揉めに揉めた
同行者の枠から早々に漏れた伯達ちゃんと巨達ちゃん、中英さんがしょんぼりと肩を落としていたのが印象的だった
今回の交渉の目的は“天水の通行許可”と“後日の布石”ということで、護衛として令明と騎馬500騎、他に武官側から令則さんと懿、文官側から皓ちゃん明ちゃん子敬ちゃんが同行するという事で落ち着いた
この決定に最後までごねていたのは実は公祺さんで
「アタシはいつも留守番ばっかりだよ…」
と拗ねるのを、伯達ちゃんと巨達ちゃんが両側から頭を撫でて慰めていたのが微笑ましかった
思わず仲業と握手を交わしたんだが、周囲の目が痛かったのもよい思い出だ
これらが決まった時点で、不在時の漢中の方針と、特に予備農地の視察をお願いすることにした
これの理由は、宮中に顔を出す以上、周辺の賊や反抗勢力の討伐を言い出されるのが確実と予想されたため、降伏してきたそれらを農奴として連れ帰る事を視野に入れていたからである
他に、停滞していた諜報組織の拡充と再編、どうしても一定の割合で出てくる破産者の扱い(具体的には娼館の国営化と民間営業の禁止等)や軍用犬と警備犬の導入の試行、長期療養や隔離療養を必要とする人間に対しての専用の邑の設置や孤児院の設置や国営金融の開始などなど、先送りにしていた問題に一気に手をつけてもらう事になった
こうして万全とはいえないが準備を整え、大将軍何進と董仲穎、十常侍に早馬を出し、俺は再び洛陽へと足を運ぶこととなる
栄華と廃頽に膿み腐る、背徳の都へ
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