「貴官は第七連隊に配属となる。孫呉に忠を尽くし、これからも武芸に励みむように」
「はっ!!」
配属が書かれた辞令を文官から受け取ると脇に挟むようにして持ち直し敬礼する。
検定試験を無事通過した俺たちは、
これから何処に配属されるのかと妙にソワソワとした雰囲気がこの会場を満たしていた。
そうしてしばらく待つこと数十分。いよいよ俺の名前が呼ばれる。
「北郷!!」
「はっ!!」
しっかりとした、迷いのない足取りで文官の前に立つと、その文官はわざとらしくコホンと咳をしたあと辞令を読み上げる。
「貴官は第十六独立部隊に配属となる。少数精鋭の部隊だが慢心せず日々精進するように!
それと・・・・」
周りに聞こえない小さな声で付け足す。
「この任命式が終わったら王様とのご面談がある故ここに残るように」
「・・・・はっ!!」
そして先程の兵士のように、丁寧な動作で辞令を持ち直し敬礼する。
「では・・・・・次・・・・」
こうして俺たちは任命式を終えたのであった。
「お~い、北郷」
徐盛がこちらに駆け寄ってくる。
彼の手には、辞令があった。
「おい、北郷やったな!!お前甘寧様の部隊じゃないか!」
「ああ。ありがとう。徐盛お前は第十四独立部隊配属になったんだな」
「おう。周泰様のところだ。ただ・・・・」
「ただ?」
「彼女、ちょっと大人しいというか、まぁ子供っぽいというかさ・・・・。苦手なんだよな。なんかこう上手く云えねぇけどよ」
俺はそのことに心当たりがあった。
おそらく史実による人間関係が関係しているのであろう。
史実の徐盛は周泰を軽んじおり、その嫌悪は周泰のもとに配属されたことを孫権に直々に抗議するほどだったと聞く。
となると蜀の関羽が最後に殺される相手である呂蒙や諸葛亮を危険視して暗殺を画策した周瑜。
これらもこの世界で影響を与えるのだろうか?
(・・・・やめとこ。考えるだけ無駄だな・・・・)
いつもささいなことで考えてしまう自分の悪い癖だ。軍師のころの癖がまだ抜けきってない。
そんな自分に内心苦笑する。
「気乗りしないのか?お前からしてみれば大抜擢だろ?」
そう云う俺に確かになと苦笑する。
「まあな。でも俺ももう孫呉の軍人だ。文句なんか云ってられねぇよ」
と某有名ゴルファー顔負けのはにかんだ笑顔を向ける友人に対し俺は祝言を投げかける。
「・・・そうか。頑張れよ」
「ああ。そっちもな」
とことん笑顔が似合うやつなのだった。
朱然と徐盛には昨日の件で俺が天の御使いであったことを話した。
当初驚いた様子だったが、それでも態度を変えることなく付き合ってくれる友人たちに頭が上がらない思いだった。
彼らを信用してよかったとまさにこの一言に尽きた。
「えっと・・・。朱然は?」
そう。何か違和感があると思ったら、もう一人の友人が居ないのだ。
「さぁな?何か文官に呼び止められてたところを見たんだけどよ、それっきり何処に行ったのか・・・・・」
「う~ん。あ!いた。おい、朱然。お前どこに行ってたんだよ」
「ああ・・・・。ちょっとあの文官に呼び出されてさ・・・・・」
「お前辞令はどうなった?」
「ああ。それがな、・・・・もらってないんだ。そのことを質問しても《辞令は気にするな。そのことは、おって指示をだす》の一点張りでさ」
そう云う朱然は顔を俄に強ばらせて俯く。
彼の肩がこころなしか震えているように見える。
それに気づいた俺たちはすかさずフォローを入れる。
「だ、大丈夫だって。お前俺よりも優秀なんだぜ?ここで脱落って訳じゃねぇだろう。なぁ北郷?」
「ああ。お前が落ちたら、こいつだって落ちてるはずだろ?心配するなって。な?」
おい!お前は一言余計だと徐盛が抗議するがあえて無視することにする。
「そ、そうだよな。文官にも云われたし大丈夫だよな・・・。うん」
朱然が自分に言い聞かせるように呟く。
実際優秀な成績の朱然。しかしもしものことを考えるとやはり気持ちが沈んでしまうようだった。
表情は未だに悪く血の気が引いたように真っ青だがそれでも心配かけまいと朱然は、
「大丈夫だ。悪いな。柄にもなく落ち込んだりしちまって」
と気丈に振舞おうとする。
それを見かねた徐盛は、
「そうそう、あとでさ景気づけに一杯やろうぜ。どうせお前もさ北郷みたいに孫権様に呼ばれるんだって。だからさその祝も兼ねてさ・・・」
と彼なりに元気になるように励ます。
朱然は苦笑しながら、
「お前昨日も飲んだじゃん・・・」
「いや。昨日は昨日。今日は今日ってな」
「ったく・・・・。お前は相変わらずだな」
と朱然はいつも見せるような苦笑いを浮かべる。
彼が元気を取り戻したことに俺たちは顔を見合わせて安堵した。
「・・・そうだな。根を詰めて考えるのはよくないかもしれない。このバカに免じて今夜も一杯やるか」
「よっしゃ~!!」
喜んでいる徐盛だが彼は今、二日酔いのはずだが大丈夫なのだろうか?
「二日連続ですまないな北郷。本当は、お前さんとお世話になったあの店の家族とお別れ会を開くつもりだったんだろう?」
「いや、二人いたら盛り上がって楽しいからってオヤジさんも云ってくれてさ。
どのみち俺も云うところだったから、気にしないでいいぞ」
「な?行ったとおりだろ?じゃあ今夜いつものところでな!
ぐししし。朱然今夜は寝かさねぇぜ・・・」
となにやらいやらしい笑みをむける徐盛に朱然はいつものように苦笑しつつ受け流す。
「誤解されるようなこと云わないでもらいたいな?」
「えぇ~?ねぇ朱然~?私と貴方の仲じゃないのよぉ~ん」
クネクネとしたなにやら気持ち悪い動作でこちらに擦り寄ってくる。
なんというか、キモイ。
「気持ち悪いからやめてくれる?!」
と何時の間にか徐盛がボケで朱然がツッコミ、そして俺が笑っているといういつも(?)の光景が戻ってきていた。
どうやら徐盛には人を元気にさせる天性のなにかがあるらしい。
(こいつらこの乱世が終わったら漫才でもやんのかな?)
なんてことを考えていると何時の間にか二人が静かになっていることに気づく。
二人は俺の後ろに気を取られとているらしく、
(おいでなすったか?)
後ろを振り返ると俺も驚愕せざるおえなかった。
そう。
《江東の大都督》
周公謹がそこにたっていたら--------
「久しぶりだな。北郷」
「「しょ、将軍?!」」
三人の声が思いがけないことに思わず声が裏返ってしまい甲高い変な声になってしまう。
彼女は面白いものを見たというような目で笑っている
「なぜ私がここに来たのかお前たちは気になるようだな?
理由は二つある。一つは、私がお前を孫権様のところに案内するようにと仰せつかったからだ。そして二つ目は・・・・、朱然の件に関することだ。朱然」
「はっ!!」
「お前の辞令は私が発行するゆえ、心配は無用だ。ただお前とは少し話がしたい。私の執務室まで来てもらえるか?」
「御意!」
「よろしい。ではいくぞ北郷。王様がお待ちだ」
周瑜は俺を孫権のところまで案内しようと部屋を出ていこうとしたが、何かを思い出したかのように立ち止まり再び振り返る。
その視線の先は徐盛に向けらている。
徐盛はというと将軍に目を向けられたことでカチコチになっている。
まぁ、なんというかベタな反応なのは確かだ。
「そういえば、お前の名前を聞いてなかったな?教えてはくれまいか?」
「じ、自分は徐盛 字は文嚮!第一四独立部隊所属であります!!」
「徐盛か・・・・、覚えておく。これからもこの国のために頼んだぞ?徐盛」
「は、はい!!」
名前を覚えられたのが嬉しいのだろう。鼻がピクついており彼の顔は紅葉のように真っ赤だった。
部屋を出てしばらくすると、奇声と何かを咎めるような声が後ろから聞こえてきた。
恐らく、徐盛が周瑜に話しかけられて舞い上がっているのだろう。
「周瑜将軍」
「なんだ?」
「申し訳ありません。将軍がいながら、気づかずにあのような狼藉を・・・・・」
「それは気にしなくていい。仲積むまじい光景をみて、声を掛けづらくなってしまっただけだからな」
「そうですか・・・・」
「あと北郷。今は私は非番ゆえ、敬語じゃなくていい」
「しかし・・・・」
「公私の区別を付けてくれればそれでいい。お前には休暇までも上司として接してもらいたくはないからな・・・・」
「分かった。じゃあそうするよ」
「助かる。では北郷、是非お前の近況を教えて欲しいのだが」
「ああ。じゃあ------」
二人の友人。配属先が決まったこと。そして優秀な成績でこの練兵期間を終えたこと。
・・・・と俺は周瑜に自分の近況を要約して、話した。
「心底驚いたものだ。
本当にお前は変わった。一年前のお前とは大違いだな」
「・・・・やめてくれ。一年前の俺は黒歴史なんだからさ」
「孫呉に天の血を入れると四六時中、女の尻を追いかけていたことがか?」
「まぁな」
彼女の問いにただただ苦笑するしかない俺だった。
自分の弱さを棚に上げ、綺麗事を並べるだけの理想狂。
一年前の自分はこの一言に尽きた。
(殺し合うことなく、平和に物事を解決できる方法があるはず。みんなとは分かり合えるはずだ)
そんなことを考えていた自分があまりにも滑稽で思わず笑ってしまう。
あの当時、多分自分が汚れるのが嫌だったのだろう。
だから出来もしない理想をただ並び立てて、それで自分の身を守っていた。
自分の手が、そして体が血で真っ赤に染まらないように--------
そうして世間話に花を咲かせているうちに、いつの間にか孫権が待つ部屋の廊下へとたどり着ていた。
「北郷ここで少しまて。蓮華様に取り次いでくる」
と周瑜が部屋へと消えていった。
しばらく待つと、周瑜が出てくる。
「取り次いできた。入ってもいいぞ北郷。蓮華様に粗相のないようにな」
「ああ」
「ついでに蓮華様の護衛は極力つけないようにとの命が発せられているゆえ、護衛は少数しかつけられん。もしものことがあった場合は蓮華様を逃がしつつ、応戦するように」
「わかった。だがなぜ護衛の数を少なくする必要が?」
「蓮華様はお前と二人で話がしたいそうだ。まぁ、あの方がこういった願いを仰られるのは初めてだからな。出来る限りは蓮華様の希望に添いたいといったところだ」
「なるほど」
「では、私は失礼する。北郷、〔また今度〕会おう」
「ああ。有難う周瑜」
彼女の最後の言葉になにか引っかかるものがあったが、なにも言わずに別れた。
聞いてもはぐらかされるに決まっているし、今の自分に知る資格がないと思ったからだった。
一人、足を進めていくと書庫、中庭、廊下と見知った風景が俺の前に映っている。
王宮の深くまで入ったのは今から一年ほど前だったはず。
懐かしさ。歓喜。そして悲しさといったドロドロとした感情がこみ上げて、吐き気がする。
(久しぶりにここに来たが、変わってないな。何処かから、雪蓮が出てくるんじゃないかってつい思ってしまう・・・・)
俺は周りを見ず、ただただ前を向くように努めた。
周りを見ると、雪蓮と過ごした思い出が鮮明に思い出されてしまう。
俺はどうにかなってしまいそうだった。
孫権の部屋の守衛を顔パスで通過しいよいよ執務室へとたどり着くと孫権の侍女に入室してもよいかという旨を伝えると、
「どうぞ、お入りください。孫権様がお待ちです。わたくしめは外で待っていますゆえ、なにかありましたらなんなりとお申し付けくださいまし」
とホテルの受付嬢顔負けの応対をし、中へと案内してくれた。
案内されている中、これから孫権に会えることにとても嬉しいと感じる一方、相変わらず俺は泣きそうだった。
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