(4)後日談
「貨物列車木端微塵: 運転手奇跡的に無傷」
朝刊には間に合わなかったが、夕刊ではトップだった。
あわわ、と怯えるぼくを尻目に、ともえさんは仏壇から顔を出し、鼻をひくつかせてお茶の湯気を味わいながらいった。
「そりゃ、無傷じゃろうて。助けたからな。」
橘れんがぼく達に「公開処刑(命名:橘れん)」を見せなかったのも、頷ける。無関心を装っていても、自分の武勇談を聞かせたくて、うずうずしているのは一目瞭然だった。
「どこの鬼だか知らんが、わらわに一騎打ちを挑んで来るとは愚の骨頂じゃ。一騎打ち無敗伝説を更新中だからのぉ」
「あのぉ、それよりきっと、鉄道関係者達は今頃、頭を抱えているんじゃ……」
「倶利(くり)伽羅谷(からだに)のいくさでも、宇治川の合戦でも……」
「聞いてないし」
昔の人の話は長くていけない。ぼくは霊をよそ眼に仏壇の鐘をチンと鳴らした。
あの後、寝ボケた宙ちゃんを家まで連れ帰ったりして色々と大変だった。
サンドリヨンに関しては、翌朝、歯を磨いているときに珠恵おばさんが教えてくれる。
「シャルル・ペローだな」
「ひゃ(・・)るる(・・)・ぺろー?」
ぼくは奥歯にブラシをあて、鸚鵡返しに訊ねる。
「シンデレラのことだよ。知らないのか?」
「いや、シンデレラは知ってるけど……」
「シンデレラは『ペロー童話集』だと『サンドリヨン(灰っ子)』というタイトルなんだ。グリムだと『灰かぶり姫』となるが意味は同じだな。どこでシンデレラと呼ばれるようになったのかは諸説ある。『赤ずきんちゃん』や『青ひげ』などグリムとペローの童話は幾つもかぶっていて、残酷なグリム童話の方が一般には有名だ。私は古いぶん、口承により近いペロー派だがな。お前もぜひペロー派になれ」
「えぇ? おばさんは単にマイナーな方が好きなだけなんじゃないの?」
「ひょう(・・・)ともいえる」
珠恵おばさんは口のまわりを泡だらけにしながら誇らしげに胸を張り、「うええ」と口をゆすいだ。
「でも、やっぱりグリムの方が性格が悪いからな。『サンドリヨン』だと意地悪な二人の姉をこころよく許してハッピーエンドだが、『灰かぶり姫』だと姉達は靴に足を合わせるために爪先や踵をナイフで切ったり、鳩に眼を潰されたりと踏んだり蹴ったりなのだ」
「おばさんなら、性格が悪い方が好きなのかと思ってた」
「にゃははは」
彼女はタオルを手に取り、バカ笑いしながら口元を拭った。
まひるの夢遊病は今も続いている。
ぼくも桃の木七星剣を武器に、橘れんやともえさんと夜な夜な、この家に攻めてくる化け物達と戦いを繰り広げている。
一度、ふらふらと夜の街へと歩き出そうとするまひると庭先で出喰わした。
「にんにく、にんにく……」
今宵も裸足で夜露を踏み、摩訶不思議な呪文を寝言で唱える。
その日は妖怪共との決戦に備えるため、急遽、石楠花(しゃくなげ)の木の幹に蔵王権現(ざおうごんげん)の像を彫りに……まぁ、それについてはまた別の機会に語るとして、ぼくはパジャマ姿の彼女に声をかけた。
「まあちゃん……また。」
返事には期待していなかったのだが、思いがけず返事があった。
「あんたこそ、また、変なのと闘うのね」
「まあちゃん¥ 起きてるの?」
「寝てたわよ。まったく、話かけられたから起きちゃったじゃない」
そういって、彼女はこちらを振り向いた。
眼は瞑(つむ)ったままだ。白い頬に月光が差し、近寄られると、くちづけをせがまれているようで、どぎまぎする。
「あのさ、カエデ」
「な、なぁに?」
「……あの女が宙ちゃんには見えてなかったこと、覚えてる?」
ぼくは心臓を鷲摑みにされたような気がした。
橘れんのことだった。
確かに、あの踏み切りで、宙ちゃんは彼女にではなく、赤い紐に向かって話かけていた。
「橘れんはぼく達にしか見えていない?」
口にしてみたが、そのことが何を意味していたのか、ぼくにはまだわからなかった。
橘れんの正体があきらかになるのは、これよりずっと後になってからだった。
――あの森の奥深くで、磔(はりつけ)となった彼女がぼくに正体を明かすまで……。
一方、まひるはというと、全くとんちんかんなことで腹を立てているようだった。
「あんた、あんな女のどこがいいのよ?」
「え?」
「あの女のために毎晩、遅くまで闘っているんでしょ?」
「違うよ、まあちゃん。ぼくはこの家のみんなのために……」
そういいかけたとき、まひるの眼が開く。瞳孔が月に照らされて、きらりと光った。
ぼくは黙った
自分が何かを偽っている気がしてならなかったからだ。
ぼくは本当に、家族やまひるや、鬼よりも怖いともえさんのために闘っているのだろうか?
「ぼくが闘っている理由は……」
だが、彼女はぷいと視線をそらし、話題を変えてしまった。
「ふざけるなぁ……って、いったよね。剣を投げたとき」
「う、うん」
「あのときのあんたの気持ち、なんとなくわかるわ」
「あ、あのまあちゃん……?」
「あの女があんたを連れてゆこうとしたら、あたしもやっぱり、剣を投げると思うの」
言葉に詰まった。
……あの瞬間、七星剣を投げたのは何故か?
それはやはり、彼女を奪われて悔しかったからだった。
見ず知らずの男に。突然、あらわれただけの男に。
それが単なる独占欲だったのか、嫉妬だったのかはわからないけれど、ぼくは怒り狂っていたのだと思う。
「まあちゃん、ぼく……」
そういいかけたとき――。
「敵が来ましたっ!」
離れの扉が開き、橘れんが飛び出してきた。
「空を覆い尽くす程です: 蔵王権現は彫れていますかっ¥」
彼女は幣を振り回しながら戦闘態勢をとっていた。
まひるはぼくの手から桃の木七星剣を引ったくると、威嚇するように構える。
「後にしてもらえませんか? サンドリヨン。今夜は二十日ネズミと、かぼちゃの化け物が七百体も攻めてきて……」
橘れんは嘆息し、煩わしげにいった。
「黙れ: 仙女;」
彼女は幣を、まひるは七星剣を手に、芝生の上でいがみ合う。素足は牛乳を零したみたいに月光を浴びていた。
彼女は靴をはかない。
仙女とも仲が悪い。
だけどサンドリヨン。
……泥のついた足はぼくが拭(ぬぐ)ってあげる。
「二人共! 蔵王権現を彫るからどいてっ:」
ぼくは二人の少女を押しのけ、石楠花の木へと走る。
今宵も月が出ていた。魑魅魍魎が騒ぎ出す時間だ。
――公開処刑は少女に見せるな (了)
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オリジナルライトノベル「ムは夢中空間のむ」番外編小説最終話。
第一話からはHPで読んでください。http://www.ne.jp/asahi/site/kasi/