No.317511

外史異聞譚~幕ノ十六~

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2011-10-13 03:52:20 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2676   閲覧ユーザー数:1644

≪漢中/田元皓&沮元明≫

 

元ちゃん達はとっても大変でした

 

過去形じゃないよね

 

現在進行系でとっても大変です

 

あまりの大変さに泣きながら踊っちゃうくらい大変です

 

 

まず最初の騒動は地方豪族の摘発と鎮圧からでした

 

これは当然なんですが、豪族というのは基本的には宮廷にそれなりの伝手があります

伝手があるということは、宮廷官吏の重要な財源でもあるという事です

 

これが南方の豪族ならそんな事はないんだけど、漢中というのはそれなりに洛陽に近く、関中にも接している漢室の要衝です

 

派手な粛清をやっちゃったので、洛陽への宮中工作がもうなんというかとんでもない事になりました

 

その最中に太守樣の後ろ盾であった大長秋が死んじゃったので、地位の維持のための工作も重なり、外交担当のみんなは元ちゃん達と一緒に毎日泣き濡れるような有様です

 

この点に関しては、以前以上の利益があるよ、という事を理解してもらう為に贈物をバラ撒けばなんとかなったんですが、子敬ちゃんの機嫌が日に日に悪くなっていくのが怖かったです

 

そして、これは元ちゃん達が悪いんですが、袁紹と揉めた事がここで足を引っ張る事になっちゃって、結局遠回しに顔将軍に泣きついて機嫌をとることになりました

 

これに関してはさすがはおほほ名族というべきだと思います

 

さすがの元ちゃん達も笑えないくらいのお金がかかって、血相を変えて怒鳴り込んできた子敬ちゃんに折檻される羽目になりました

 

ううう………

あれを思い出す度にお尻が痛いの………

 

 

閑話休題

 

こうして宮廷工作が一段落したと思ったら、今度は難民の流入です

 

ひとつの地方に難民が流入するというのはとっても目立つので、今度は諸侯からの苦情や直接間接を含めた袖の下の要求が相次ぎました

 

もう涙も出てきません

 

漢中内部では贈賄を厳禁しているといっても、それを宮中や諸侯に適用できるはずもなく、時候の挨拶等にかこつけて難民は帰せないけど機嫌は取るという作業を要求される毎日です

 

同様に鎮守府にやってくる諸侯の客人の接待も元ちゃん達の仕事です

 

なにしろ太守様は対外的には宿痾で一日の大半を寝て過ごしている、という触れ込みです

 

機密に触れさせないように案内をするのも一苦労ですし、開墾や建設の現場を視察したいというのを上手にお断りするのも大変です

軍の調練も当然見せられません

 

どうしても断れない客人の場合は、旧来の手法にする事を予め通達しなければならないので、そういった調整もお仕事です

 

 

なので外交に携わる文官は禿げたり老けたりするのが早い、という噂が飛び交うくらいに激務です

 

一刀ちゃんは

「こういうのはもうすぐ終わるから、もう少しだけお願いします!」

と言って元ちゃん達に毎日頭を下げています

 

確かに一刀ちゃんの言う通りの事になれば、今度は逆に相手が擦り寄ってくるような感じになるだろうとは思うし、一刀ちゃんの言うことが臆測や妄想ではないのは仲達ちゃんの指揮で各地から寄せられる情報を考察していても判ります

 

むしろこういう、自分達が下に位置する時が元ちゃん達のような仕事の腕の見せ所なので、もうちょっと泣きながら頑張ろうかな、と思います

 

 

一刀ちゃんが言っている事も元ちゃん達は間違ってはいないとは思うので、他のみんなのように考え込んだり悩んだりって事はありません

 

ただ、わざわざ遠回りしてるなあ、とは思うので、そこは元ちゃん達がなんとかしてあげようかな、とか考えてます

≪漢中/向巨達視点≫

 

あう……

 

みなさんが言うには、今一番激務をこなしてるのは仲達さんで、その次が私なんだそうです

 

とは言っても私がやっているのは、基本的にみなさんの業務の調整や修正が主で、官吏のみなさんも非常に協力的なのでそんなに大変だなあ、とか思った事はありません

 

まず最初に私が手掛けたのは、農地林業等の改革の為に漢中を飛び回っている伯達さんの代わりに鎮守府移転に関しての事柄を補佐した事です

 

これは、旧鎮守府所在地にある建材を可能な限り流用し、旧鎮守府を軍駐屯地として活用する、という案を提示することで本来予測されていた駐屯地や調練場の確保に関する手間を最低限にすることができました

 

煉瓦や漆喰に関しては、街道建設時に運び込まれた砂を流用して煉瓦を焼く事で、現地生産をして輸送の手間を減らす事に成功しました

石材に関しては、同時に建設中だった忠英さんの研究所のある場所から優先的に切り出す事で解決しています

 

関港に関しては軍船の往来は困難といえますが、商船の往来は十分可能な規模でして、上庸に隣接する港との定期便を構築する事で合意が得られたようです

事実上、漢中への中継地点として今まで以上の収益が見込めるとあって、上庸太守も機嫌が非常によかったそうです

これらの下地を調えてから港の建設に乗り出したため、むしろ建設はかなり前倒しになりました

 

ここで問題がひとつ出たので、子敬さんと忠英さん、一刀さんと相談し、漢中では独自の貨幣を扱う事になりました

理由は貨幣の偽造が激しく、他地方の貨幣があてにならないためです

これに関しては天の知識をお借りして、ちょっとした鋳造設備程度では偽造が困難なものを開発してもらいました

普及率はまだまだ低いのですが、将来的にはこれも子敬さんの指揮下で着実に浸透させていく、との事です

 

伯達さんから報告があった貯水池や水路などには、亀や鯉、田鰻といった丈夫で食用に適するものを放流してみることも試案しています

同時に田螺などといったものも輸入しています

 

これらも飢饉に際しては重要な食料となるでしょう

 

ただし、これに関しては一刀さんが“生態系”と称する、それまでそこに棲んでいた生物に配慮する必要もある、という意見から、関や柵で区切る事で影響を最低限に抑える工夫はしています

 

これら“養殖”に関しては、試験的に導入されている下水処理池でも行なっています

こうした事を行うことで、本来水が持つ浄化作用を上昇させる事を試行したいのだそうです

 

軍関連には専門の文官をみなさんの下に派遣することで作業の能率化を図らせていただいています

 

他には公祺さんや令則さんと図って“区役所”の設置に着手しました

これらは街道に点在する“宿場街”や各邑にも設置が決まっていて、鎮守府の出張所ともいうべき機能を持たせています

鎮守府での食客や遊説などを望む場合には、まず役所にいってもらう、という方法でみなさんの負担を軽減するようにもしています

 

そうでもしないと、毎日のように押しかけてきて業務が止まってしまう、という訳なんです

 

こうして日々みなさんの状況の調整をしながら案を加えたり修正したり、新しく導入されるものに関して取り扱ったりといった感じで、忙しいながらも非常に充実した日々を送っています

 

こうして働いていて思うのですが、確かに日を追う毎に一刀さんの仕事そのものは減少していっています

一刀さんの視点で重大な問題がある、と思われる報告には容赦なく追求をしてくるのですが、基本的には判子押しというか、多少の問題は現場で修正してまた報告してくるだろう、とか言いながら了承してしまうのです

 

なので最近の一刀さんは、日々あがってくる報告に目を通し、都度必要と思われる天の知識をみなさんに伝えるのを主な仕事としています

 

そうでない時には常に何かを書き留めているので、恐らくはそういった知識を書き留めては推敲しているのだと思います

 

 

こうして一緒に仕事をしながらたまに雑談等をしていて、たまに呟く一言がとても印象に残っています

 

それは

「こうしていずれは民衆が政策や統治にしっかりと関われる見識と余裕がもてる状態にしたいよね」

本当にそれが可能なのかは判りませんが、そうなれば多分お仕事は今以上に増えるんだろうなあ、と私は思いました

≪漢中/龐令明視点≫

 

私の仕事は、当初一刀様にお仕えしたときと基本的にはなんら変わることがない

 

日々警護をしている、ただそれだけだからです

 

ただし、与えられた職責はそれに留まるものではない

 

本来、軍や漢中で創設された司法隊の領分と思われる警備に関して、要衝の警備を私を筆頭とした近衛隊が請け負う事になったからだ

 

これは、門や関といった場所を一刀様が非常に重要視している、という事の証明でもある

 

特に、鎮守府下では武器を携帯しての街での活動を一般には認めていないのです

 

旅人が鍛冶屋などで武器を修理・購入する際には城門でその旨を届け出て、城門警備にあたっている近衛兵の立ち合いを要する、という徹底ぶりです

 

関では他地方の貨幣との換金や、一定以上の規模の商隊を管理する必要もある為、全軍の中から選抜された近衛に行わせる、という事にしたようです

 

このように近衛や司法隊は公共事業への参加そのものは免除されていますが、その綱紀と質は常に全軍で最も高いものを求められており、それの維持が私に課せられた職責、という訳です

 

同様に私は指南役として全軍の武芸の指導にあたる事になっており、決して暇があるといえる状態ではありません

近衛に課せられた任務は基本的に地味なものばかりではありますが、要人や他地方への出向を行う官吏達の警護、こうした要衝の管理と監視、全軍の規範となる行動や軍や役所での武術師範や教導といった、非常に名誉あるものばかりです

 

また、一刀樣が忠英殿に指示して作成されている武具の中で、本当に特殊といえるものに関しては近衛の管轄とされています

有事を考慮し、特に徒手格闘の習熟を要求されているのも、一般の兵との一番の差でしょう

 

ここで一刀様が神経質な部分は、実は近衛の人品です

 

とかく特別視されがちな位置にあるため、そこで選民意識を持つ人間を殊更に嫌うのです

 

誇りはすれど増慢する事なかれ

 

そういう事なのでしょう

 

 

こうして私が警護し接していて思うのは、とにかく一刀樣はご自身の価値を軽視しておられる、という事です

 

これら改革にせよ施政にせよ、他の誰にもできないであろうことを推進している人物であるにも関わらず、ご自身を民衆と同列に、ことによるとそれ以下に置いているように見受けられます

 

「俺は本来、いてはならない人間だからね」

 

仲達や私と食事を共にするときの、一刀様の口癖でもあります

 

天人などというものは、本来いてはならない存在だ、常にそう言っています

 

 

それでも天より降りてこられたのです

そこには必ず意味があるはず

 

ですので私は、この方を最後までお護りできれば、と考えています

 

例えこの方に逆らう事になっても、最後にはお護りできればよい

 

 

この鎮守府で常に一番粗末ともいえる食事を嬉しそうに頬張る一刀樣の顔を見る度に、私はそう思うのです


 
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