No.317216

真説・恋姫演義 北朝伝 終章・第五幕

狭乃 狼さん

まいどw
駄文作家の狭乃狼ですww

北朝伝、その終章の五幕をお送りします。

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2011-10-12 20:12:04 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:15416   閲覧ユーザー数:11443

 

 烏林。

 

 荊州は長江中流域に位置し、水上貿易の要衝でもあるその地に、現在その陣を張っている軍勢の姿があった。その本営として張られた天幕には、蒼色に染められた地に十文字の描かれたものと、晋と描かれたものの二種類の旗が立てられ、風に(なび)き揚々とはためいている。その天幕を中心に、周辺一帯にも同様の旗を立てた天幕が無数に張られ、烏林の河岸沿い一帯を埋め尽くさんばかりの光景をなしていた。

 

 「……そか。劉協帝はこちらの思惑通り、江陵の地を出立したか……」

 「はい。袁公路殿配下の紀霊、雷薄、孫承の三将とともに、元袁術軍であるその旗下の兵十万を伴い、意気揚々と出陣したそうです」

 

 本営として張られた天幕のその中において、現在軍議を行っている一刀たち。その顔ぶれはと言うと、まずは総大将である一刀。その腹心である徐庶に李儒、姜維に徐晃。そして袁紹とその直臣である顔良、文醜らも顔を揃えている。そしてさらに、そこに同席している人物が後二人いた。  

 

 「あの、晋王閣下?今名前の挙がった孫承という袁術軍の方ですが、その、蓮じゅ、いえ、文台様だと言う噂は本当でしょうか?」

 「ええ、間違いなくご本人だそうですよ。だろ、麗羽?」

 「はい、正真正銘、孫文台さん御本人ですわ。……やはり、想いは複雑ですかしら、孫叔朗さん。黄公覆さん」

 『……まあ、それは確かに』

 

 そう。そこに同席しているのは、呉の重鎮である二人の将、孫皎と黄蓋の姿だった。

 

 何故、呉の将である二人がこの席に同席しているのか。それは、これからこの地にて行われる事となっている、その戦に関するその打ち合わせを、一刀らと密かに進めるそのために、彼女達は主君である孫策の密命を帯びて、この地に二人だけで訪れていた。

 

 過日、彼女ら孫呉の本拠である柴桑の地を、突如として訪問した袁紹と李儒二人の説得により、孫呉は一刀ら華北勢と密かに、その手を取り合っていた。

 

 では、その時のやり取りを、少しだけここで語らせていただく。

 

 

 

 「し、少帝陛下だと?!何を馬鹿なことを言っている雪蓮!あの方は随分前に亡くなられただろうが!それに、確か少帝陛下は“男子”の筈!だが、ここに居るのは間違いなく女人ではないか!」

 「そ、そう言われてみれば、確かに……。でも、そのお顔は間違いなく先の陛下だし……。えっと、あの、え、袁紹?この人って、その、だから……本物?それともそっくりさん?まさか、ゆ、“幽霊”なんてこと……」

 

 突如晋の使者として孫策の下へ訪れた、袁紹とその副使である李儒。孫策らは始め、あの袁紹がまともに使者らしい態度で挨拶した事に、かなりのショックを受けた。まあ、過去の袁紹と言う人物を知っている彼女らからすれば、現在の袁紹のその姿は相当に衝撃的なものであった事は想像に難くないと思う。しかし、孫策が本当の意味で仰天し、完全にパニック状態に陥ったのは、その後の仮面を取った李儒の素顔を見たその瞬間であった。

 

 仮面のメイド李儒=先の少帝、劉弁。

 

 その図式を当然知らない孫策は、その瞬間大きく脱力して玉座からずり落ち、その指で李儒の事を指差しながら口をパクパクさせたのち、以下のように思いっきり大絶叫をしていた。

 

 『……し、し、し……!!し、少帝陛下ーーーーーーーっっっ?!』

 

 そんな孫策の絶叫を聞き、すぐにはその言葉の意味を理解の出来なかった、彼女の軍師である周瑜だったが、一瞬の後にはすぐに冷静さを取り戻し、先のような当然の疑問をその口にしたのである。

 

 「孫策さん。それに周公瑾どの。そのお気持ちは良く分かりますけれど、ここにいらっしゃるのは間違いなく……ですわ」 

 「……それを証明出来るのかしら?」

 「証明か。ふむ……確かにそう言われると困るのう。なにせそんなものを証明する手段など、今の妾は持ち合わせておらんしな」

 自身に向けられた孫策のその鋭い視線を、李儒は一切気にする事無く、顎にその手を当ててそう(うそぶ)いて見せる。

 「……へえ。それってつまり、貴女は自分が少帝陛下ではない、と。そう認めるってことかしら?」

 「……何か勘違いをして居るようじゃが。……孫伯符よ、妾がいつ、先の少帝であると名乗った?」

 「え?……あ、そ、それは」

 「それに、じゃ。……妾が本物の少帝であるかどうかなど、今この場においては瑣末な事だ」

 「え?」

 「妾が今ここにこうしておるは、この先の互いの国の命運を賭けた話し合いのためだ。なのにそなたらはそのことよりも、他国の一将校の正体なぞに気を取られ、事の大事を見失っておる。……そちらの事の方がよほど問題だと妾は思うが、さ、返答や如何に?」

 『……』

 

 ぐうの音も出ない、と言うのはまさに今この時の孫策らの事を指すのであろう。この訪問が如何に秘密裏なものであるとは言え、正式な使者としてやってきた人物のことだにその気を取られ、本来すぐにでも行うべきであった、使者の口上を聞くという事すらも、彼女達はその思考の片隅に追いやってしまっていた。

 そしてその事を李儒の口から問いただされた孫策らは、自分達のその失態を大いに恥じ入った。そしてそれと同時に、孫策はその心中にて完全に確信を得ていた。先ほどの問いかけを、自分に対して正面から堂々とぶつける李儒のその姿に、かつて虎牢関にて拝謁し、その真直で感じた少帝劉弁のその迫力と威圧感、そして天子たる人物の風格を、彼女は感じ取ったのである。

 

 (……こりゃ間違いなく本物だわ。……となると、今私がするべきことは、と)

 

 「……御使者どの、ここまでの数々の失礼、どうかお許しを願いたい。そしてもしお許し願えるのであれば、卿らの主たる御仁よりのお言葉、どうかこの孫伯符めにお話いただきたく……」

 

 まるで嘆息にも似た息を一息だけ吐き、孫策はその場で拱手をしつつ、袁紹と李儒に対して礼を取り、改めて今回の用向きを聞かせて欲しいと願った。

 

 「いえ。こちらこそ、一臣下の身でありながら一国の王である方への非礼な言葉、どうかお許しくださいませ」

 「……私からも、謝罪の言葉を送らせていただきたく思います、孫伯符どの。……では改めて、晋王閣下より孫伯符様への“要請”を伝えさせていただきます」

 

 李儒に続いてその顔を下げた袁紹は、孫策が笑顔でその顔をあげ、再び玉座に座ったのを確認した後、一刀から預かったその文を懐から取り出し、滔々(とうとう)とそれを読み上げ始めた。

 

 徐庶と姜維、そして司馬懿の三人がその知恵を絞って練り上げた、この動乱の時代を終らせる、その最後の大舞台を整えるための、一世一代の大戦略(シナリオ)を。

 

 

 

 と言うところで場面を再び、烏林の一刀達の所へ戻させていただく。

 

 「にしても、堅殿が無事だったのは何よりじゃが、何でまたあの袁術の所にとどまって、その家臣なんぞしておられるのやら」

 「ご本人曰く、美羽さんが相当に可愛くて堪らないらしいですわ。実際、まるでわが子のように可愛がっておられますし、美羽さんの方も『かか様』なんて呼んで懐いてますしね」

 

 袁術の下にいる孫承と言う名の人物が、実は行方不明となっていた孫堅その人であることは、孫皎も黄蓋も今回この場に訪れて始めて知った。呉で随一の諜報員であるあの周泰ですら、その正体を掴めて居なかった人物が、まさか自分達の元主君であったというその事実に驚きはしつつも、その生存が確認された事にほっと安堵の息を漏らす二人であった。

 

 「……伯母様が生きておられたそのことは、私も素直に嬉しいのですが、その伯母様が傍に居ながら、何故袁術殿は劉協帝によって人質とされたのでしょう?」

 「ふむ。確かにそれは皎殿の申される通りじゃな。あの堅殿が近くに居たのならば、むざと袁術の身柄を拘束などさせまいとおもうが」

 「……その点については、俺達も掴めてはいません。なにしろ袁術さんが劉協帝の虜になったのは、麗羽たちが南郡を離れたその後だったわけですし」

 「……その辺りの事情については、伯符殿が直に本人から聞く事になるじゃろう。件の御仁は今、協の奴に従って向こう側に向かっておるわけだしの」

 「……顔を合わせた瞬間、雪蓮が腰を抜かさないといいけれど」

 「まあ、策殿も権殿も、皆一様にして確実に抜かすじゃろうなあ……」

 『は、はは……』

 

 行方不明だった母親がいきなりその場に現れ、久々の親子対面を果たした時の孫策らの反応を予測し、少々乾いた笑いをこぼす一同。

 

 「……えっと。それで、ですね。劉協帝が出陣した後の江陵なのですが、どうやらその守りには蜀の軍勢があたっているようです。蜀主である劉玄徳公を大将に、五虎大将軍と名づけられた、蜀でも指折りの将である者達の内、関雲長、張翼徳、魏文長の三将がそれに従い、雛里…龐士元がその参謀として残っているそうです」

 「そう。劉備さんは“予定通り”江陵に残ったんだ。……ん?ちょっと待って、輝里。江陵に残った軍師は龐士元だけなのかい?もう一人……諸葛孔明は?」

 「朱里…諸葛孔明は、劉協帝に同行しているそうです。……正直言って、私達にとっても予測の範疇外でした。……あの娘の行動だけは」

 

 劉備ら蜀勢が江陵に残る、その事自体は元々一刀たちも織り込み済みのこと。先日劉協の下へとそ知らぬ顔で足を運んでもらった孫策に、劉備らを江陵の地に残すよう、それとなく劉協を誘導してもらうようにも、一刀たちは頼んで置いたからである。

 そしてその結果、策を立てた徐庶らも呆気にとられるほど簡単に、劉協は孫策の誘導に乗って蜀軍を江陵に残し、かの地を発った。しかし、その劉協が蜀軍から諸葛亮だけを自らに同行させた、そのことだけは完全に予想の範疇外な出来事だった。

 

 「……劉協帝には、何か思惑があると思うかい、命?」

 「……いや。あれのことじゃから、諸葛孔明を同行させたのは、おそらく玄徳らに対する人質ぐらいの腹積もりしかなかろうて」

 「せやね。劉協帝の側近である、董承はんが江陵に残っていることを鑑みても、その可能性が一番高いと思うで、カズ」

 「となると、これからの展開の中に孔明さんを助け出すための手段も、盛り込む必要が出て来たわけだ」

 「そこは私に任せてください、一刀さん。朱里は必ず、私の手で無事保護して見せます。……なんて言っても、可愛い後輩ですから」

 「……分かった。けど、あんまり無茶はしないようにね?戦も策も大事だけど、それ以前に、輝里の身の安全の方が俺にとっては大事なんだからさ」

 「……はいっ!」

 『……む~』

 

 最後に行われた一刀と徐庶のやり取りを見て、その瞬間になにやら真っ黒な気をその背に背負った李儒、姜維、徐晃の三人であったが、その場に居る孫皎と黄蓋という二人の客人への体面というものもあるため、その場ではあえて言葉を発する事はせず、とってもいい笑顔だけを一刀に向けていたのであった。

 

 「……祭。私、何だか寒気がするんだけど」

 「……奇遇ですな、皎どの。……わしもです」

 

 

 

 その後、策全体の最後の細かな調整を確認しあったところで、孫皎と黄蓋は長江の対岸に部隊を展開している、自分達の陣へと戻って行き。一刀たちもまた、それぞれの役割を果たすために各々行動を開始。全ての準備は着々と進んでいった。

 

 そして、それから三日後。

 

 孫策ら呉軍の下に、劉協率いる漢帝軍が合流を果たし、ここに、舞台の役者は揃った。長江を挟んで対峙する、晋と漢・呉連合の両軍。それぞれの思惑を胸に秘め、両者は決戦前のその最後の一夜を、それぞれに過ごす。

 

 晋軍が陣を張る烏林側の川岸では、その対岸をただじっと見つめ、一人佇んでいる李儒の姿が見られた。

 「……協……。そなたは今、その心中にて何を思っておるのかのう……。……母上様をその手にかけ、妾の命も狙い、そして己に従った全ての者を利用してまで、お主が望むはまこと、漢の復興だけなのか……?」

 永らくその顔を見て居ない、この世でただ一人の妹の顔をその脳裏に思い浮かべつつ、李儒は暗闇の中一人呟き続ける。

 「もはや狂気とも言える程のその妄執、それは一体何処にその因があるのだ?……双子の姉妹である妾にすら知らぬ、よほどの想いがそなたにはあるのか?……これだけ多くの者を巻き込んでまで、そなたが叶えたい想いとは何なのだ……?」

 時刻はもはや深夜。見張りの兵が時折その姿を遠めに見せる位で、周囲には一切人影は無い。それ故今はいつもの仮面をその顔に着けず、普段どおりのメイド服姿のまま、その視界の中の暗闇に見える、対岸にて煌々と燃える篝火をじっと見据え続ける。

「……だがな、協。そなたにどのような思惑があれ、その心底にいかな想いあれど、これ以上はもう、そなたの妄執に全てを付き合わせはせぬ。……漢土の為、そこに住まう数多の民のため、そして、我が愛人(あいれん)たる一刀のために、な」

 一旦そこで言葉を区切り、大きく息を吸う李儒。そして、きっ、と唇を噛み締めた後、その決意を、誰に聞かせるでもなく、暗闇に向かって宣言した。

 「……そして、その必要あらばそなたの首、妾自身の手で取る事すらも、今の妾はけっして辞さぬぞ……!!」

 

 

 そして、偶然という物は、得てして起こり得るもの。

 

 

 ちょうど李儒が最後の言葉を紡いだその時、彼女の居る場所のその対岸にて、同じようにその反対側の岸へと視線を送っている一人の少女が居た。

 「……ついにこの時が来た、か……」

 白い夜着に袖を通したその小柄な少女、漢の皇帝たる劉協は、その冷めた目を正面の暗闇に向けたまま、ポツリと呟いた。

 「……明日、日の出とともに、全ては決する。……そう、全てが決するのだ……。“忌み子”と呼ばれ、実の親にすら嫌われた朕が、漢の皇帝として今こそ大陸に平穏をもたらすのだ……!」

 その瞳に宿るは憎悪。身に纏いしは妄執と言う名の衣。孫策や劉備らの前ではかろうじて保っていた、皇帝としてのその体面を、独りきりである今は全て脱ぎ去り、狂気に彩られたその素顔を晒している彼女。

 「……双子の妹として、ほんの少しだけ後からこの世に生まれたという、ただそれだけの理由で朕を疎んじ、遠ざけ、声をもかけてくれなかった父母よ。今頃は地下深くにて悔いておられよう。貴方方が忌み嫌った片割れの方が、間も無く漢に再びの威光を取り戻そうとしていることを!」

 両腕を大きく広げ、闇だけが広がる眼前に向かって独りで語り、高揚からか次第に声の大きくなっていく劉協。

 「そう!朕は明日、姉上を超える!そして漢に昔日の栄光を蘇らせるのだ!父よ!母よ!そして愚かなる姉劉弁よ!草葉の陰よりその一部始終、しかと見届けられるがよい!ハーッハッハッハッハ!」

 

 皇室に、双子として生れ落ちたその姉妹。両者のその想いは、既に遥か遠き地をそれぞれに歩みつつも、再びこの地にて交わろうとしている。……そして両者が邂逅を果たすその時に、その想いもまた、再び交わる事があるのだろうか?それとも、空しくただすれ違うのみなのか。

 

 ……全てを決する運命のその時が、東の空に昇るその日輪とともに、もう間も無く訪れようとしていた……。

 

 ~続く~

 

 


 
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