No.317035

真・恋姫無双 ~一刀失踪事件~ 事件は玉座の間で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!~後編

くらのさん

ようやく上げることが出来ました。出来ればヒャッハーと言えるように作品を書きましたので是非ともご賞味を。もし、コメントを頂けたら大学で「ヒャッハー」と言いながら歩いてみます。それではケロリとお楽しみを

2011-10-12 08:11:40 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:24299   閲覧ユーザー数:18490

早朝、凪は一刀の部屋の前におりました。その顔はどこか緊張を含んでおり、いつもの様な――隊長を起こせるという幸せそうな――表情ではありませんでした。

凪の脳裏に蘇るのは怒った顔の一刀でした。もしかしたら、まだ怒っているかもしれない。そう思うと、ノックをしようとした手が震えました。しかし、ここでためらっては先に進めない。いつもより少しだけ力を弱めて扉を叩きました。しかし、中からの反応はありませんでした。

 

「隊長、失礼します」

 

 寝ているのかもしれないと思い、凪はそっと開きました。

しかし、そこには一刀の姿は無かく、綺麗にたたまれた布団、そして開いた窓だけ。

 

「もう、でかけたのか?」

 

どこかに行ったのだろう。凪はそう思い、気にせずに出て行きました。

 

事態が急変したのはその日の午後でした。

 

「なぁ、凪。今日、隊長、見んかった?」

「いや、今日は一度も見ていないが」

「凪もかぁ」

「? 隊長がどうかしたのか?」

「ちょっと聞きたいことがあったから探し取るんやけど。誰も見とらへんって言うんや」

「街の方じゃないのか?」

「そう思って警邏の奴らに聞いてみたんやけど、誰も見とらへんのや」

「まさか、隊長の身に何かあったんじゃ……。華琳様に聞いてくる!」

「ちょっ、待ち! うちもいく!」

 

 

 華琳達がいる玉座の間に二人が入った時、華琳の様子はおかしく感じました。

「……華琳様?」

「一刀見たかしら?」

「い、いいえ。実を言いますと今日は誰も見てないようでして」

 

 いらいらとした口調で聞いてきましたが、凪の言葉を聞いて眉をひそめました。

 

「誰も?」

「そうなんですよ。他の将達に聞いてみても誰も見とらへんみたいやし」

「今朝、私が部屋に行った時も居ませんでした」

「今朝から?」

 

 何か琴線に触れたのでしょうか、何か考えるそぶりをした後、小さく華琳は呟きました。

 

「……もしかして誘拐された?」

 

その瞬間、凪と真桜の顔色が変わりました。

天の御使いである北郷一刀。利用価値としては十分です。それだけでなく、曹操の寵愛を受け、魏の将達が想いを寄せている。身代金を要求するに足る人材です。

 

「凪っ、真桜! すぐさま将達を集めなさい!」

「「ッ!」」

 

 青を通り越して白くなっている二人に声をかけると声も出ないのか、首を振って駆けだすことで精いっぱいでした。

 

「……一刀」

 

誰も居ない玉座で小さく呟きました。

 

一刀が居ない。この事実は城を瞬く間に広がり、緊急会議が開かれました。

 集まったメンツの顔にあるのは焦燥。そして恐怖。今までどんな緊急の会議の時よりもその表情は厳しいものでした。

 

「桂花、稟、風。報告を」

 

 華琳の声も硬く冷たく感じます。それは自分の心の内を見せないようにするためなのでしょうか。

 突如居なくなった、天の御使い、北郷一刀。誘拐なのか、それとも……。華琳はそこまで考えて首を振って消しました。何一つ情報が無い状態でする推測程危険な物はないことをしっていますから。

 

「はい、侍女たちからの情報ですと、北郷を見たのは昨日の夜が最後みたいですね。城内ではですが……」

「城内では?」

「はい、早朝、日が昇り切る前に一刀殿が出て行くのを目撃している兵士がいます。そして馬が一頭無くなっていますね」

「ということは誘拐の線はないのね?」

「はい、恐らく本人の意思で出て行ったものかと……」

 

その言葉が出た瞬間、将達から安堵のため息がもれました。しかし、王と軍師達の顔色は変わりません。それどころか暗い雰囲気を漂わせています。

 

「と言うことは。一刀は出て行ったのよね。自らの意思で……」

 

その言葉でようやく将達も気が付きました。誘拐ではない、ということは一刀自身がこの魏を出て行ったということなのですから。

 

「ん? 一体どうしたんだ?」

「姉者……」

 

その事実に気付かない春蘭に対して流石の秋蘭もため息を吐いてしまいました。

 

「少し気になる事があるわね。一刀の部屋に行きましょう」

そんな彼女達に目もくれないで華琳は立ち上がり、そう言うと出て行き、他の将達も黙々と付いて行きました。

 

 

一刀の部屋はいつも以上に綺麗になっていました。普段も侍女達が綺麗にしてはいるのですが、書簡などが置かれている棚は当たらないので雑になっていました。しかし、そこさえも綺麗に片付いており、埃ひとつありませんでした。

 

「綺麗に片付いてるわね」

「はい。普段はもう少しちらかっているのですが」

「ん~。まるで旅立ちの前の大掃除といった感じですね~。風も家を出るときは綺麗にしました」

 

華琳と凪の会話の横で書簡のある棚を見ながらポツリと風が呟きました。

その言葉にピクリ、と肩を震わせる華琳でしたが。何か思い出したように書簡のあるた棚をあたり始めました。しかし、見当たらないあのか、困ったようにため息を吐きました。

 

「真桜。この棚はあなたに作らせたのよね」

「そうですけど?」

「この棚に隠し扉があるわよね?」

「なんで大将がしってるんです?」

「前に見たことがあったのよ。それよりも真桜? その扉開けれる?」

「勿論やけど。……ええんですか?」

「今回は緊急事態だから、私が許すわ」

「分かりました」

 

そう言うと、真桜は棚を当たり始め、カチャカチャと動かしたかと思った瞬間。棚の側面にある板が上り、扉が現れました。 

 

「これでいいんですか?」

「ええ」

 

 そう言うと何一つためらうことなく、扉を開けた。そこには――

 

「……無くなってるわ」

「何がです?」

「一刀に上げた褒賞としてあげた宝石の類がないのよ」 

 

 中にあったはずの褒賞として与えた宝石やお金はほとんど残っていませんでした。

 

「華琳様、これは?」

 

 稟が棚の中に残っていた宝石を差しだしました。そこにあったのは宝石の中でも上等に入るであろう綺麗な宝石でした。

 

「! ……そう、やっぱりそういうことなのね」

 

 稟から渡された宝石を手に取り、そっと握りしめて諦めたように呟きました。

 

「華琳様?」

「これは私が褒賞としてではなく、個人的にあげた物なのよ」

 

 それがどういったことなのか、周りの将達には伝わらず、困惑した表情を浮かべていました。その表情に気付かないのか、強張った表情で皆を外に出るように促します。

 

「とにかくこの部屋を出ましょう。流石に狭いわ」

 

 

玉座の間に着き、華琳が玉座に座り大きくため息を吐きました。

 

「どうやら一刀は私を見限って出て行ったみたいね」

「そ、そんな筈は!」

 

その言葉に春蘭は否定をしようとします。三人で一緒に華琳を支える。その約束を一刀が破るわけがないと。しかし、華琳は小さく首を振りました。

 

「この宝石、私があげた物なのよ。気まぐれにだけど。その私だけの宝石を置いて行ったのよ。つまり私が嫌いだから出て行った。っていう手紙代わりかしらね。珍しく一刀にしては器用なことをしてくれるじゃない」

 

 ふふっ、と面白そうに笑おうとする華琳でしたが、口元からこぼれるのは乾いた音だけがもれました。

 

「で、でもどうして」

「よくよく考えれば仕方が無いのかもしれないわね。元々一刀はただの市井。しかも勉強をするのが仕事のようだったのよ。それが突然、生きるためとはいえ『天の御使い』だなんてものをやらされ、いつ死ぬかもわからない戦場に立たされて。嫌になっても仕方がないわよ。それに加えて昨日の件が決め手になったんじゃないのかしら。怒られる言われも無いのに怒られ、他の者達からは冷たい視線を向けられて。流石に出て行きたくなったんでしょうね」

 

凪の戸惑いの声に華琳はため息交じりに答えました。

 

「悪いわね、凪。せっかくの言葉も一足遅かったみたいよ」

「ちょ、大将、諦めるんかいな! うちはこのまま別れるなんて嫌やで! すぐに一刀を連れ戻して来たる!」

「そ、そうや! 姉さんの言う通りや。隊長のことやからきっと戻って来てくれる」

 

そんな二人の会話に呼応するように他の将達からも賛同の声が上がりました。しかし、そんな中、桂花だけが反対をしました。

 

「止めなさいよ! ようやくあの全身精液男が居なくなってくれたのに連れ戻そうとしないで頂戴よ!」

「桂花。いくらなんでも酷過ぎやろ。……もしかしてお前が一刀を追いだしたんやないやろな」

「ちょ、ちょっと何で私がそんな事を言われなきゃならないのよ! あいつは自分で出て行ったんでしょ! それにもし出て行ったんならそこに居る脳筋が毎回毎回剣を振り回して追いかけてくるのが嫌になったかもしれないでしょ!」

「な、なんだと貴様ー! 貴様こそことあるごとに北郷に対して酷いことを言ったり、落とし穴に嵌めようと画策していたではないか!」

「そんなの命の危険に会うよりよっぽどましでしょ! それに他にも理由を探せばあるんだからね!」

「あいつが毎回毎回、警備隊の報告書をまとめようとしてたときいつも苦労してたのよ! どっかの誰かさん達がまともに警邏をしないでサボってたみたいだからね!」

「ちょっ! 今それ関係ないやん!」

「そうなのー! それに私達そんなに迷惑かけてないのー!」

「……だが隊長に迷惑をかけていたのは確かだ」

「ちょっ、凪まで何言いだすんや!」

「凪ちゃんだって、気弾を使って物壊して店の人に隊長が頭下げてたのー!」

「そ、それは捕まえるため、仕方なく……」

「そうですねー。確かに三羽鳥がお兄さんの悩みの種の一つなのは確かだったんじゃないですかねー」

「酷いのー! 風ちゃんだって隊長の心にとどめを指して楽しんでたのー! 風ちゃんのほうが極悪なの!」

「……ぐー」

「寝るななのー!」

「お、おおう。つい耳が痛いことを言われてして流したくなってしまいました~」

 

ひとたび付いた責任の行方は互いへの罪のなすりつけ合いともとれるような口論となりました。そして、責任を追及されなかった人達も心の中で思い思いに自分が一刀に対して行ってきた行動を振り返り、後悔をしていました。

 

「兄ちゃん。そんなに嫌だったのかな……」

「季衣……。私達、何も気づかなかったんですね。兄様の気持ちも考えないで」

「いや、お前たちは何も悪くない。本来なら私達がもう少し考えてやるべきことだったんだ」

「秋蘭様ぁ……」

 

小さな体を抱きこむ秋蘭の瞳には深い罪悪感が映し出されていました。

そしてそのそばでは霞と稟が何かを諦めているような達観した表情を浮かべていました。

 

「なぁ、稟。うちら何しとったんやろうな」

「何がです?」

「うち一刀がいれば良かったんや」

「それは……私達も同じですよ」

「でも……。一刀は誰が居れば良かったんやろうな。そんな存在になろうなんて思ったことない」

「……そんなこと誰も考えていませんでしたよ。だからこそ、こういう事態になってしまったんです。……ふふっ、私は軍師失格ですね」

「ははっ、流石にそれはちゃうやろ。なぁ、稟。……正直な話、うち怖いねん。さっきは何も考えんで、探しに行く、言うたけど。もし、このまま一刀を追いかけて一刀の口から『嫌いだ』なんて言葉聞くかもしれへんと思うと、怖くて動けへんのや。はは、おもろいやろ。『神速の張遼』が怖くて走れへんなんて。ほんとに笑い話にもならへん」

 

自嘲の笑みを浮かべ笑いあう二人でした。 

 

そんな混沌とかした玉座で凛とした声が響きました。

 

「静かにしなさい!」

 

覇王の一喝はそれまでの喧騒を吹き飛ばし、皆に冷静さを取り戻させました。辺りを見まわし、全員が冷静になっているのを確認すると華琳は続けました。

 

「一刀は居なくなった。これは一刀の意志。私達がどうこう言う問題じゃないわ! 一刀が私達を見限ったというのなら、それは私が一刀をここに留めておくだけの器量がなかった。それだけよ」

 

 誰一人音を立てずに華琳の声を聞いていました。

 

「今日は皆も疲れたでしょう? 今日はもう休みなさい」

 

 その言葉が解散の合図となり。一人、また一人と出て行き、最後に残ったのは華琳だけでした。

誰も居ない玉座の間でただ一人座る華琳。そこには表情は無く、ただ虚空を見つめていました。

 

「……出て行くならせめて面と向かって言いなさいよ」

 

 ぽつりと呟きが空気に溶けて行きました。

 

 

一刀が居なくなってから一週間後。

城の中は今までの騒ぎはなく、しんとした静けさが漂っていました。笑いもなく、誰かが怒って追いかける音も無い。ただひたすら停滞しているような。しかし、城の文官や武官は感じていました。徐々に確かに近付いてくる「死の気配」を。

将や軍師だけでなく、王でさえも。ただひたすら仕事をこなすだけでした。誰一人、仕事をさぼろうとも、早く終わらせようともしません。何故ならさぼったところで付き合って笑ってくれる人がいないのです。早く終わらせても、一緒に買い物をしたり、遊びたい相手がいないのです。

覇王はただ淡々とこなしていき、笑うことも無く仕事をしました。王が笑わず、将も笑いません。そうすれば文官、武官も笑うことも無くなり、侍女も其の空気を感じ、笑うことは無くなりました。

 

 

その日。凪は警邏をしていました。その表情は暗く、何も見てないかのようにただ地面を見つめていました。

 

「……隊長」

 

周りの兵達も暗い表情を浮かべていました。本来ならもし、そんな顔をしていれば一人の青年が笑みを浮かべて笑わしてくれていました。しかし、その人の姿は無く、それが原因なのですから。

その時、凪の耳に入ってきました。

 

「でさ、この間の恋文どうだったの? 御遣い様なんて返してくれたの?」

「もう! その話はやめてよ。結構落ち込んでるんだから……」 

 

その会話を聞いた途端、凪はその女性に声をかけていました。

 

「今の話、聞かせてもらっていいか?」

 

それは鬼気迫る表情でした。

当然、声をかけられた女性は首を縦に振るしかありませんでした。

 

 

「で? あなたが一刀に恋文を送ったのね?」

 

 玉座の間。全ての将達が揃い、その真ん中で女性が泣きそうな顔をして頷いています。突如声をかけられ、気が付けば覇王とその将達に囲まれれば泣きたくなるもなります。

 

「ははっはははいっ! そそそそのとおりでございます!」

「そう。……それで返事は何だったのかしら?」

「…………へ?」

 

何か悪さをしたのだろうか、もしかしたら知らず知らずのうちに悪いことをしていたのかもしれない。と考えてただけにその質問に変な声が出ました。

 

「だから、一刀はその何て言っていたの?」

「あ、はい。えっと。『気持ちは嬉しいけど、ごめん。俺には大切な人達がいるんだ。何一つ取り柄のない俺でも彼女達が安らげる場所になってるから。側に居てやりたいんだ』って。だ、だから『曹操さま達ですか?』って聞きましたら。すごく嬉しそうに頷いて――」

「そう、それはいつ?」

 

その質問に彼女が答えました。それは一刀が出て行く前日。つまりあの恋文を発見して問い詰めた日でした。

 

「あ、あの曹操様? それがどうかしましたか? ここ最近御遣い様を見ないのと関係が?」

「いいえ。少し気になったことがあっただけよ。ありがとう。下がっていいわ」

「は、はい」

 

 彼女が居なくなった玉座の間は誰もが動きませんでした。いえ、動けませんでした。

一刀は自分達を何よりも大切にしていた。それを伝えた、その日に大切にしようとした人達に疑われ、信じてもらえなかったのです。どれほど傷ついたのか、誰にも分かりません。

 

「ふふ、ここまで馬鹿をすると自分を笑うことも満足に出来ないのね」

 

 自嘲的な笑みを浮かべようとする華琳ですが、それに応える声は誰もいません。皆、一言でも言葉を漏らせばそのまま泣き喚いてしまいそうになるのをこらえるのに精いっぱいでした。

そんな誰もが何も言えない状態。そんな中、かすかに外がうるさくなってきました。ドタバタと。そして、一人の文官が息を切らして飛び込んできました。

 

「そ、そそそ曹操様!」

「何、どうした? 賊でも入った?」

 

 だったら今すぐ殺してあげるわ。と言おうとしたところで文官の次の一言でそんな言葉は消え去りました。

 

「み、御遣い様が帰って参りました!」

 

 

 

時間は少し戻ります。

 

「ふぅ、ようやく帰って来たな」

 

そうため息を吐いたのは、少し疲れた表情を浮かべながらも、確かに北郷一刀でした。

 

「皆元気にしてるかな?」

 

そんな事を呟きながら城に入ろうとした途端、近くに居た兵が一刀の顔を見て驚愕の表情を浮かべていました。

 

「た、隊長!?」

「ああ、久し振り! 一週間ぶりかな?」

「え、あれ? 隊長出て行ったんじゃ!?」

「はぁ? いや、確かにちょっと出かけていたけど」

「だ、だって楽進様も于禁様も李典様も……あ、あれぇ!?」

「? なんだって言うんだよ」

「と、とにかく一度玉座の間へ」

「そりゃ、帰って来たんだから。報告ぐらいはするけど」

 

 そう言い、城に入って行きました。

 

「あれ? ここってこんなに静かだっけ?」

 

普段の喧騒などなく、どこか静かな――と思った所で側を通った文官達が大騒ぎをして居なくなりました。

 

「なんだ? 何かあったのか?」

 

そう思いながら玉座の間に着きました。そして中に入ると。

 

 

「あれ? 皆どうしたんだ揃って?」

 

そこには出て行った筈の一刀の姿でした。

 

「か、一刀?」

「どうしたんだよ皆? そんなお化けでも見たような顔して。っとそれよりも皆、ただいま」

 

今まで何度も見た筈の一刀の笑み。しかし、それは彼女達にすれば最高の笑みでした。

 

「か、一刀……」 

 

と霞が駆け寄り抱きしめようとするよりも早く、霞の横を通り過ぎた人がおりました。

ドンッ、と一刀に抱きつき顔を埋めました。

 

「か、華琳!?」

「……」

 

一刀の声に華琳は首を振って顔を見せようさえしません。

しかし、かすかにグス、グスッ。という音と、服が濡れる感覚がありました。

 

「華琳……。もうどこにも行かないから」

 

そう呟いてギュッと抱きしめてあげました。

 

 

「それで一体皆どうしたんだ?」

「どうしたって……。その一刀! この前はすまんかった。うちら一刀の言葉を信じへんで疑って……」

 

頭を下げる霞。それにつられるように多くの将達も頭を下げました。皆、同じ気持ちなのです。

大切にしてくれていた人を疑うような、そんなことをしてしまった自分達が許される筈がない。しかしそれでも謝りたい。そんな思いで頭を下げました。

しかし、帰って来たのは罵倒でもなく、ただ間の抜けた声でした。

 

「この前? ああ、そんな前のことを。っていうか皆どうして集まってるんだ? 何かあったのか? っていうか華琳。その苦しいんだけど」

ギュッと腰にしがみついている華琳に声をかけますが、首を横に振るだけでその手が緩まることはありません。

「ほ、北郷。それで、その……ここに帰って来たということはまた、その私達と一緒に居てくれるんだな?」

 

秋蘭のおずおずと聞いてくることに一刀は訝しみながらも頷きました。

 

「あ、ああ。っていうか、そんなに俺が帰って来たことがすごいことなのか? 確かに俺は春蘭達みたいに武力も無いけど。それでも警備隊長なんだから。ちょっと遠くの邑に行って帰るぐらいは出来る――」

「――ちょっと待て。北郷。何て言った?」

「え? 確かに俺は春蘭――」

「――違う、次だ」

「え、行って帰るぐらい――」

「――北郷。お前私達に愛想を尽かしたから出て行ったんじゃないのか?」

「はぁ!? 何で俺が出て行くんだよ? いや、俺は用事があったから出かけただけだぞ? どこをどう転んでそんな話になってんだよ」

 その話を聞いた覇王様の体がピクリと動いたかと思うと、一刀の体に埋めていた顔を出し、一刀を見上げました。

「……そんな話聞いてないわよ」

 

 目は真っ赤。鼻声になって髪の毛も少し乱れていましたが、華琳はそんなこともお構いなしのようでした。

 

「あれ? 俺確かに桂花に提出したよな?」

 

 その瞬間、桂花に突きささる視線。その視線に

 

「ちょ、ちょっと何の事よ!? 何でそんな嘘をつくのよ! 私そんなの受け取ってないわよ!?」

「いやいや、前に渡したじゃないか。報告書を渡す際に、言っただろ。そしたらその辺に置いとけって言うから置いたんだが……」 

「……………あ」

 

途端、鋭くなる視線に比例するように桂花の顔色がドンドン悪くなっていきます。もうう青を通り越して白です。真っ白です。

 

「……桂花?」

 

 地の底から聞こえそうな程低く、冷たい覇王の声に桂花の震えは酷いことに。

 

「い、いえ。そ、その。その日は忙しくて! 見るのなら明日でもいいかと思いまして、そのまま棚に入れて忘れてしまっただけで。決して……」

「でもそのまま忘れたのよね?」

「も、申し訳ございません!」

 

桂花と華琳の様子を見ていた一刀は尋ねます。しかし、華琳の返答はそっけないものでした。

 

「一体どうしたんだ?」

「いいのよ別に。それよりも一刀。あなた一体何をしに行っていたのよ?」

「あ、えっとさ。その、ほら俺っていつも皆に迷惑ばかりかけっぱなしだろ? だからせめて何かプレゼント、贈り物をしようかと思って。それで何が良いか分かんないんだけど。宝石とかはあんまり興味ないだろうし。だから、手作りだったらいいんじゃないかって思ってさ。これを皆に」

 

そう言って一刀が取り出したのは銀色に光る指輪でした。

 

「綺麗……」

 

 誰が呟いたのか、しかし、その思いは皆共通したものでした。飾りも無い、質素だけれども、その光は優しく。それを作った

 

「これ、一刀が作ったの?」

「ああ。一応全部作った。……って言いたいんだけど。結構手伝ってもらったよ」

「じゃあ、私があげた宝石が無くなってたのはこれのため?」

「? 何で知ってるんだ? まぁ、いいけど。そうだよ。渡すならいいものが良いかなって思ってさ」

「じゃ、じゃあ。私が個人的にあげたのはどうして残したの?」

「華琳からの贈り物を売れるわけないだろ?」

 

その瞬間、華琳の顔は真っ赤に染まり、目も潤んでいます。

 

「華琳?」

「い、いえ。何でも無いのよ」

「えっと、それで華琳。これ受け取ってくれるか?」

「ええ」

 

 スッと手を伸ばして来たのを一刀はやんわり止めました。

 

「出来ればこっちに」

 

 そう言うと、一刀は華琳の左の薬指にはめました。ぴたりとはまった指輪を幸せといった表情で華琳は見ました。

 

「気にいってくれたか?」

「ええ。大切にさせてもらうわ。それで、左の薬指って何か意味があるの?」

「ああ、ちょっとしたことさ」

「……まぁいいわ。他にもあるのかしら?」

「ああ。皆の分を用意してる」

 

 そう言って一刀は一人ずつに渡して行きました。貰った将達の反応はまさしく恋する乙女でした。

 

「良かった。気にってもらえて。ほんとのこと言うとさ。俺、喧嘩したまま出て行ったから皆に嫌われたんじゃないかって怖かったんだけど」

 

その言葉に反応したのは凪でした。

 

「そ、そんなことはありません! それどころかいつも私は隊長に迷惑ばかりをかけて。もしかしたら嫌われたのではないかと……」

 

そんな凪の言葉に一刀は苦笑を浮かべ、ポンと凪の頭に手を置いた。

 

「隊長?」

「ったく、何言ってるんだ。俺が凪を嫌いになる筈ないだろ? それは皆もそうだぞ。俺は皆が好きなんだ」

 

その言葉に将達は笑顔を浮かべました。

 

「っと、そうだ。俺が行った邑で色々あってさ。それの手助けしたらお土産貰ってさ。そこの邑の郷土料理なんだってさ。一緒に食べようぜ」

 

そう言って取り出したのは一つの袋。中身を取り出そうと手を突っ込んだ時、硬い感触がありました。

 

「ん? 何だ。……手紙? 食べ方でもかいてあるのか?」

 

そう思い、広げました。そこには食べ方なんて書いてなく、代わりに一文のみ。

 

 

 

 

 

 

 

      『愛する一刀さんへ

              いつまでも待っています』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「? どうしたの一刀?」

 

動きを止めた一刀を不審に思った華琳は後ろに回り込み、手紙を読みました。読んでしまいました。

 

ピキッ。

 

「へ、へぇ。やっぱりあなたはどこに行っても一刀みたいねぇ」

「ご、誤解だ!」

「問答無用! あ、こら! 待ちなさい一刀!」

「待ったら酷い目に合わせる気だろうが!」

「いいから待ちなさいー! 皆! 一刀を追いかけるわよ!」

「「「「「「「はっ」」」」」」」

 

 玉座を飛び出し、逃げ出す一刀を多くの将達が追いかけます。だけど皆楽しそうに。ようやく城に活気が帰ってきました。もしかしたら、これが平和なのかもしれません。

 

「ぎゃ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

……………………………………おそらく。

                    おしまい

 

 

はい、遅筆で有名、くらのです。皆さんいかがお過ごしでしょうか。前編が出てから一カ月。ようやく終わりです。

申し訳ありません! 何気に大学が忙しく、死にそうな目にあっていたのです。

さて、そんなわけでどうにか終わりました。いかがでしたか。結局、一刀って皆を嫌いになることはないんでしょうね。そんなわけで落ちはこんな感じです。

どうでした? 自分が思い描いたオチでした? 皆さんが喜んでくれたら嬉しいです。それでは。そろそろ。

次回は、花嫁ですかね。ついに彼女が動き出します。それではそれまでしばしのお別れを。See you next again!

 


 
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