私が1年ぶりにロベルトに出会った時、彼は変わり果てた姿で横たわっていた。
ぼろぼろになったマントに包まれた大柄な体は、まるで死んでしまっているかのように砦の城壁の下の草地に横たわっている。
「ロベルトさん…」
私は彼が死んでしまっているのではないかと思い、思わずつぶやいていた。ルージェラと兵士達が彼の傍に近づき、彼が生きているのか死んでいるのかを調べる。すると、
「大分危ないけれども、まだ生きているみたいね。急いで中に入れて、応急処置をしなさい」
ルージェラはそのように兵士達に指示を飛ばした。ロベルトの大柄な体は、すぐに兵士達によって担架に乗せられ、砦の中へと連れ込まれていく。
「ロベルトさん、生きているんですか…?」
私はルージェラに尋ねた。彼は私にとって父のような存在だったから、その身はとても案じてしまう。
もし彼が死んでしまっていたら?いや、そんな事は考えたくもない。
「大丈夫よ。生きている。ただ、大分弱っているみたいだけれどもね」
ルージェラは私を安心させるかのようにそう言ってきたが、その次に発した言葉は、まるで私に対しての忠告だった。
「でも、言っておくけれども、彼は重要指名手配犯よ。カテリーナの居場所を多分知っている。何しろ、連れ去ったのは彼なんだからね」
ルージェラは私に対してきっぱりと言った。
「は、はい。分かっています」
私はそんな彼女に気押しされるかのようにそう答えていた。ルージェラは更に言葉をつづけた続けた。
「じゃあ、あたしが、カテリーナの居場所を聞き出すために、何をしても構わないって事を認めたのね?あたしも、カテリーナを連れ去ったあいつには容赦しないわ」
ロベルトは、死にかけているのに、ルージェラははっきりとそのように言った。まるで彼女が自分自身に言い聞かせているようである。
「は、はい」
そんな彼女に対して、私はそのように応えるしかなかった。
ロベルトは、砦内部の病人や怪我をした者達をかくまう部屋に連れ込まれた。だが、あまり人目を引いてしまってはまずいと判断されたのか、彼は個室へと連れ込まれるのだった。
砦内部には、私達が怪物から救いだした人々で、怪我をした人が大勢いたし、まだ多くの人々が治療を待っていたのだ。
とはいえ、ロベルトもとても危険な状態になっていると言う。彼の治療や処置も優先して行わなければならなかった。
ロベルトは所々に傷を負っていた。深手になるような傷は無いが、体がかなり衰弱してしまっているのだと言う。
彼ほどの大柄な体躯を持つ人物が、体が衰弱してしまうなど、どのような状態なのか?私にはとても想像する事が出来なかった。
恐らく普通の人間ならば、死んでしまうほど衰弱しているのだろうか?
一体何の為に、そこまでして私達の元に戻って来たのだろう。彼には目的があったはずだ。
ロベルトは3日、そして4日と、ただ眠り続けていた。
看護に当たっている人達に言わせれば、どうやら今のロベルトには長い休息が必要だと言う事だ。
1週間以上眠り続けてしまっても不思議ではないらしい。
私はただひたすら、ロベルトの回復を待った。その間、砦では怪我をした民達の看護や、謎の怪物達から避難してきた人々への、食料の配給、寝床の確保などで大忙しで、私もそれを手伝ったのだが、心はロベルトの方にあった。
彼が目覚めれば、カテリーナの居場所が分かるかも知れない。そして何よりロベルトは、私にとっては父親のような存在だ。
早く回復して欲しかった。
ロベルトが発見されてから4日目の夜。私は彼の傍にいた。
眠り続けるロベルトは、大分髭も伸び、髪も長くなってきてしまっていた。どうやら、私達が彼を最後に見た時から、満足に街にも行っていないようにも見えた。山奥に篭っていたかのような姿である。
カテリーナを拉致した後、彼は一体何を続けてきたのだろう?
私はそれを彼から聞き出したかった。
4日目の夜。私は連日の難民たちへの活動で疲れ切っており、眠ってしまいそうだった。
そんな転寝をしている私の腕を、突然掴んでくる何者かの姿があった。
私ははっとして目を覚ました。
思わず浮かんできた手を振りほどこうとするが、非常に強い力で掴まれており、私には振りほどく事が出来ない。
「カテ…、リーナはどこ…だ?」
今までに聞いた事もないような恐ろしげな声と共に、何者かが私に言って来る。私は思わず悲鳴をあげそうになった。
「な…、何…?」
私を掴んでくる手は、ロベルトの眠っているベッドから伸びてきているではないか。掴んできているのは彼だった。
「カテリーナは…、どこだ?」
再び聞こえてくる言葉。それはロベルトの声だった。あまりに彼の声が変わってしまっていたため、分からなかったのだ。
「ロベルトさん…。私には、その…、分かりません…」
私はロベルトの大きな手を掴んで言った。
「ここは…、どこだ…?私は一体、どれくらい眠っていたのだ?」
さっきまで死んだように眠っていた彼にしては、はっきりとした声をしていた。どうやら彼は何かの目的の為に必死なようである。
「ここは、『リキテインブルグ』北部にある砦で、あなたは4日間も眠っていたんです」
私はロベルトが尋ねてきた質問に答えた。
「4日も…。いや、もっとだな…。いかん…。こうしている間にも、カテリーナは…!」
ロベルトは必死になって体を起こそうとした。だが彼はまだ体力が戻っていないらしく、すぐにベッドに倒れ込んでしまう。
「だ、駄目ですよ。ロベルトさん!あなたはもっと休んでいないと!」
と私は叫びかけるものの、ロベルトは再び体を起こそうとした。
「こうしている場合ではないのだ…。私は、カテリーナを救わなければならない。そうしなければ、この世界は…」
まるでうなされたかのような声でロベルトは言う。
彼の意識は朦朧としているらしく、何度もその言葉を繰り返すだけだった。
「“カテリーナを救わなければならない”ですって?」
私が、ロベルトの言っていた言葉をそのままルージェラに伝えると、彼女は私の言葉をそのまま繰り返して言ってきた。
「ええ…。何だか、とても必死な様子でした」
と私は言うのだが、
「自分でカテリーナをさらっておいて、今度は見つけなければならないですって?一体、何をしようとしているのよ、あいつは!」
ルージェラは苛立ったような声を上げて答える。彼女も何が何だか分からないんだろう。
カテリーナを連れ去ったロベルトは、1年ぶりに突然戻ってきて、すぐに何かの行動をしたがっている。だが、その目的も何もかも、私達には分からなかった。
「あいつが目を覚ましたって言うんなら、すぐにでも、カテリーナの居場所を聞き出さないとね。もし、本当にあいつがカテリーナを見つけなければならないと言っていても、居所の見当ぐらいは付けているはずよ」
とルージェラは言って、まるで自分を奮い立たせるかのように次の行動に移ろうとしていた。
彼女は兵士2人を連れて、ロベルトを看護している部屋へと向かった。
「ルージェラさん!一体、どうしようって言うんです?」
私はルージェラの後を追いかけて尋ねた。
「何って?無理矢理にもあいつからカテリーナの居所を聞き出すにきまっているじゃない!」
まるで自分自身をいきり立たせるかのようにルージェラは言い放った。普段は温厚なはずの彼女だったが、今は何かに突き動かされているかのようである。
ルージェラは兵士をロベルトの横たわっているはずの部屋の前に配置し、荒々しくその扉を開いた。
中には、意識も朦朧としたロベルトがいるはずだった。だが、
「あいつはどこに行ったのよ!」
と、次にルージェラの声が砦の廊下に響き渡った。私は慌ててルージェラと共に部屋の中を覗きこんだ。
ベッド上のシーツは剥がされており、そこには誰もいない。部屋は狭くどこにも隠れる事はできないはずだった。
「逃げられたわ!全く、見張りは何をしていたっていうのよ!」
ルージェラが声を上げて言い放つ。次いで私の方を向いて言葉をぶつけてきた。
「あなた。もしかして何か彼が逃げ出す手伝いをしなかった?」
とんだ濡れ衣だ。私はルージェラにそんな事を言われるなんて心外だった。彼女がこんなに慌てている様子を私は見た事が無かった。
「してません!そんな事!」
私は濡れ衣を着せられるのなんて嫌だったからはっきりと答えた。
「ああそう?じゃあ手伝いなさい。あんたが、あいつを最後に見たのがほんの5分前くらいだから、多分あいつはまだこの砦の中にいるはずよ!探しなさい!」
ルージェラは、この砦で最も権力がある人物よろしく兵士たちに言い放った。
兵士たちはルージェラに突き動かされるようにしてその場から動きだした。
ルージェラの命令によって、砦にいた兵士達が次々と動き出す。彼らは草の根をかき分けるかのようにしてロベルトの捜索を始めた。
私は、ルージェラに直接命令されたわけではなかったが、すぐに砦の中の捜索に加わった。
彼はまだ体が弱っていたから、それほど遠くには逃げる事が出来ないはずだ。
まして、この砦の兵士達から逃れることなどできるだろうか?今の彼だったら、私にだって捕らえることができそうなくらいだった。
だが、ロベルトはそう簡単には見つからなかった。砦の兵士達が、砦の暖炉の煙突の中や厨房の棚の中まで捜索しても、ロベルトは発見できなかった。
砦の捜索範囲はさらに広範囲に広げられた。砦の周辺にまで広げられ、逃げ出したロベルトの捜索は続けられた。
私も砦の外に飛び出し、彼の捜索を始めた。
砦の近くには森があり、おそらくそこにロベルトは逃げたのだと思われていた。ルージェラ達の命令で、兵士達の次々に森の中への捜索を開始していた。
私も、ロベルトを探すべく森の中へと入り込んでいく。
私は、どうして彼が逃げ出したかったのか知りたかったし、カテリーナの居場所も知りたい。そして、今度こそ彼の正体を知りたかった。
何故、過去に私を助け、1年前に忽然と姿を消してしまったのか。全てを知りたくて仕方が無かったのだ。
例え、森の奥深くに迷い込んでいくような事があったとしても、ロベルトの正体はどうしても突き止めたかった。
もしかしたら、彼には多くを語る事が出来ない理由でもあるのだろうか?
もしそうだったとしたら、語る事が出来ない理由を知ってみたい。そんな心が、私の今を突き動かしていた。
やがて、私はどんな兵士よりも森の奥深くへと潜り込んできてしまっていた。
このまま砦に戻る事はできないくらい深い場所へ、私は潜り込んできてしまっていたのだ。
突然、何かの物音が聞こえ、私ははっとした。
もしかしたら、人を襲う怪物がここにも潜り込んできてしまっているのではないか、そう思ったからだ。
だがそうではなかった。木々の間の中に隠れるようにして、一人の男がうずくまっていたのだ。
彼は私の姿を確認すると、ぬっとその姿を私の目の前に見せてくるのだった。
それはロベルトだった。
彼は私だからと安心して姿を見せてきたのだろうか?だがその手にはすでに銃が握られており、油断していないようである。
会話は私の方から始まった。
「ロベルトさん…!どうして逃げ出したりしたんです!今、砦の人達が必死になって探しているんですよ…!」
と私は言ったが、彼はいつもながらの謎を含ませた言葉で言ってきた。
「悪いが…、私は掴まっているわけにはいかない…。カテリーナを見つけるまではな」
その言葉に対して、私もいい加減彼から全ての事を聞き出したかった。
「ロベルトさん。あなたはカテリーナの居場所をご存じなんですか?」
私は周囲の様子を見まわしてから言った。もしかしたら、ルージェラに命令された兵士達がそこらに来ているかもしれない。
もしロベルトが捕まってしまったら、カテリーナの居場所を聞き出す事は出来ないかもしれない。
「いや、実は知らない。だが、カイロスが突き止めたという事は聞いた。だから私は奴を探している」
「カイロスさんを…」
私の中にあの若い男の顔が思い浮かんでくる。私にとってはほとんど面識もない男だったが、あの顔はロベルトと合わせてどうも印象に残っていた。彼が居場所を突き止め、ロベルトは彼を探そうとしているのだろうか?
「私は、カテリーナを救出したい。君もそうなのだろう?だったら、この私を見逃してほしい」
と、私に言ってくるロベルト。
しかしそれは私にはできない。もしここでロベルトを逃してしまうのなら、それはすなわちルージェラ達に嘘をつき、裏切る事になるからだ。
だが、私はロベルトの事を信頼していたし、彼の言う言葉も本当だと確信していた。
もしロベルトがカテリーナを探しに行くと言うのならば、私も付いていきたかったのだ。しかし私が迷っていると、突然、森の中をかき分けて誰かが姿を見せた。
「ここにいたのねッ!全く、世話をやかせてくれちゃって!でも、もう逃がさないわ!」
森の草木をかき分けて姿を見せたのはルージェラだった。彼女は何人もの兵士を引き連れ、夜の森の中を松明の炎でかざしながらこちらにやってきていたのだ。
ルージェラは自分が最も先頭に立ち、ロベルトへと迫る。
「話は途中からだったけれども聴かせてもらったわ。あなたはカテリーナの居場所を知っているそうじゃあない?」
松明をロベルトの方へと近付け、彼女は言い放った。
ロベルトは観念してしまったのかどうかは分からなかったが、両手を広げ、降伏の姿勢をして見せる。だが、銃だけは腰につるしていて油断も無い様子だった。
「ああ、私の仲間が知っている。彼とはこの近くで合流する予定だった」
「じゃあ、その仲間をひっ捕らえて、私はカテリーナの居場所を聞き出すだけよ。あなたには、仲間の居場所を喋ってもらうわ!」
ルージェラはロベルトに迫る。ロベルトは降伏の姿勢を見せていたものの、あくまで態度は冷静だった。
彼はルージェラに口を開く。
「ああ…。だがもっと平和的にいかないか?私は君達に危害を加えるつもりはない。しかもカテリーナを救い出すと言う点では目的も一致しているだろう?」
ロベルトはルージェラを落ち着かせるかのようにそう言ったが、彼女には通用しなかった。
「駄目ね。あなたとは平和的になんていかないわ。何しろ、カテリーナを連れ去った張本人はあなたなんだし、あなたはどんな目的でカテリーナを使おうとしているのか、それさえあたし達は知らないんだから」
ルージェラは更にロベルトに迫った。必要あらば、ルージェラはロベルトに斧を振り上げることさえしたかもしれない。
だがそれよりも先にロベルトは言った。
「では、このままカテリーナの居場所を知るカイロスの元へと向かおう。言っておくが、奴は、こんなに大人数で行っても姿を見せないぞ。いいな。もしカテリーナの居場所を本当に知りたいんだったら、行くのは5人までにしておけ。それに、私以外は姿も見られないようにしておくしかない」
と、ロベルトはルージェラと共にやって来た兵士達皆に向かって言い放った。
「いいわ。じゃあ、連れていきなさい」
ルージェラはようやく納得したかのようにロベルトに言った。しかし、彼が振り向いて行くのを前に、ルージェラは彼女の背中に自分の斧を突き出して言った。
「ただ。一つだけ覚えておきなさいよ。おかしな行動は取らないようにね。あなたの背中には常に私の斧が向けられているんだから」
と、ルージェラは凄む。しかしロベルトはそんな事など分かっているという様子で答えるのだった。
「ああ、分かった」
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一年前にカテリーナを連れ去ったロベルトは、変わり果てた姿で発見されることになります。ブラダマンテはその看病をする事になるのですが―。