~真・恋姫✝無双~ 魏after to after preludeⅢ(流琉)
――不味い。
それが自分の作った料理を食べた素直な感想だった。
(美味しくない・・・なんて、酷い味)
皿に盛られた料理を口に運びながら、そんな評価をしているのは覇王・曹操の親衛隊にして、魏が誇る料理人の典韋こと流琉である。
彼女の魏随一の料理の腕は今、陰りを帯びていた。
理由は言うまでもないく分かっている。
あの人が――兄様がどこにもいないからだ。
兄様が天に帰ったと告げられて早ひと月。
ようやく、気持ちが――整理こそできてはいないが、ざわめきが落ち着いて何かをしようと思って行動に移してみた結果があの様だった。
間違いなくいつも通りに作った筈なのに――いつもどおりに出来上がった筈なのに、美味しくない。
材料だって、調味料だって良い物を使っている筈なのに、とてもじゃないけど食べられたものじゃなかった。
だけど、作った手前、料理を捨てるなんて私の誇りが許してくれないからこうして今食べているわけだけど、ハッキリ言ってつらい。
今すぐ吐き出したい衝動に駆られてしまう。
「ああ、流琉・・・ここにいたのか」
「秋蘭さま」
調理場に顔を見せたのは秋蘭さまだった。
「ほう、相変わらずいい出来だ。少し貰おうか」
「あ、秋蘭さま・・・」
駄目です――と言い終わるよりも先に秋蘭さまはレンゲを一掬いして炒飯を口に運んだ。
酷い味の料理を食べさせてしまった事に更に気が滅入る流琉だったが、秋蘭の口から出たのは、予想の遥か斜め上をいく感想だった。
「ふむ、やはり流琉の腕はいいな。炒飯一つにしてもこれ程とは・・・」
「そんな筈ありません!!」
思わず声が出てしまい、恥ずかしくなって縮こまってしまう。
「そんな筈ありません・・・美味しい筈・・・ありません」
「流琉、そんな事はない。いつもの流琉の味だと思うが?」
「嘘です・・・作った私が美味しくないって思ってるのに・・・他の人が食べて美味しい筈がありません」
俯いたまま、ブツブツと流琉はそう繰り返し続けた。
秋蘭はただただ途方に暮れるだけだった。
その日から、自分の作った料理が何一つとして美味しくないと感じるようになってしまった。
日を追うごとに包丁を握るのが億劫になってゆく。作った料理を食べることが苦痛になっていく。
だというのに、自分以外の手で作られた料理だけは、いつもと変わらず美味しく感じるのが不思議 で、でもどこか納得できてしまう自分がいいた。
あれ一月が過ぎようとしているのに、兄様は一体何処にいるのでしょう。
こんな悪戯はもう止めにしてください。幾らなんでも悪ふざけが過ぎます。このままじゃ華琳様に怒られちゃいますよ。
今出てこられるのなら、私も一緒に華琳様に謝りますから。
だから兄様――兄様、にいさま・・・・にいさま――――――。
こんなに叫んでいるのに兄様は全然来てくれなくて、途中から声がかすれ、何を言ってるのか分からなくなった。ただ悲しみが溢れかえって、もう抑えておくことが出来なくて、ただただ泣き叫び続けた。
「うわああああああああん!!」
途中、誰かが声を掛けてくれた気もしたが、視界は涙で歪んでいてそれが誰であったのか全然わからなくて、意識が突然霞むまで私は声を上げて泣き続けた。
見知った天井――自分の部屋だ。
「わた、し?」
いつの間に寝てしまったのだろう。全く覚えが無い。
「季衣?」
手に暖かな物を感じた私は視線をその場所へと向ける。すると、そこにいたのは部屋の同居人で、一番付き合いの長い友達――季衣だった。
どうしてこういう状況に至ったのかまるでわからず首を傾げていると、
部屋の戸が開く音と共に秋蘭さまが入ってきた。
「流琉よ、気分はどうだ?」
そう訊ねられても、今の自分がおかれている状況が全く分からないのだから答えようがない。
自分はどうしてこうして寝台にいて、季衣が手を握っていくれているのだろう?
ええっと・・・兄様の事を思って、辛さが募って・・・涙が溢れて・・・それから?
・・・だめ、記憶がそこから途切れてる。
「?」
無意識に首を傾げてしまうと。ほんの少し苦笑して、申し訳なさそうに今に至る経緯を話して下さいました。
「お前が部屋で泣いているところに季衣が帰ってきてな、心配して声をかけたのだが、全く聞こえなかったようでな、心配した季衣はたまたま近くを通った私と姉者に事情を説明し、話を聞いた私は、姉者に華琳様をお連れするように頼み、季衣と二人で部屋に入ったのだが、お前は私と季衣に気付く素振りも見せずにひたすら声を上げて泣いていてな・・・事情を聞こうにも声が届かずどうしたものかと頭を捻っていたところ、華琳様と姉者がやってき、多少強引ではあるが気絶させよとの御命令でな」
「そうだったんですか」
痛む胸にそっと手を当ててそう答えた。
ううん、そうじゃない・・・そう答えるのがやっとだっただけだ。
兄様・・・どこにいるんですか?
痛みが増していくのがハッキリと分かる。考えれば考えるほど疼く心・・・苦しい。
もう、秋蘭さまが何を言っているかさえ分からなかった。ただ兄様のことばかりを考えて、兄様への思いが募っていくばかりで・・・・自分が今何も見つめいているのかさえ分からない。視界に映るすべてのモノが朧に見える。
――今なら凪さんの気持ちがよく分かる気がします。
こんなに辛いのにどうして頑張らなきゃいけないんでしょうか・・・
どれだけ頑張っても、どれだけ一生懸命にやっても・・・一番認めてもらいたい人がどこにもいない・・・。
こんなにやりがいのない人生、生きている意味があるのでしょうか?
いっそ楽になってしまえば兄様に――。
「楽になったところで一刀には逢えないわよ」
私の耳に届いたその一言は、あまりにも鋭利で、残酷だった。
「・・・出て行ってください」
「琉流」
「出て行ってください!!華琳さまも、春蘭さま、秋蘭さまも、季衣も、今すぐ出て行ってください!!私に構わないでください!!!」
もう、相手がどうとかどうでもよくて、ただ誰の顔も見たくなかった。
華琳さまが何も言わずに、春蘭さまに出るように促し、秋蘭さまが戸惑っている季衣の手を引いて退出していく。私は誰もいなくなった部屋でただ泣くことしかできなかった。
それからというものの、私は他人とかかわるのを一切拒絶した。
仕事自体も親衛隊の仕事は謹慎を命じられ、特に何をすることもなくなってしまった私は、捨てることもできない包丁を手入れすることしかなくなった。
誰に話しかけられても私は事務的に応じるだけで、ただ無為に日々を過ごし続けた。
時々、牢に入れられている凪さんの様子を見に行ったりもした。他の人は凪さんを説得したくて足を運んでいるらしいけど、私はそんなつもりはなく、ただ羨ましいなと思うばかり。
凪さんのように行動に移せない自分が恨めしかった。
今日もまた、愛用“していた”包丁を手入れする。
水に濡れて光を反射する刃を見て、これで腕を切ればなんて考えが浮かんですぐにその気が失せる。頭ではそう考えていても、心がそれを実行に移すことを許さない。
結局いつものように、道具を片付け、私はまた無意味に一日を過ごす。そんな日々を過ごす自分を誰も咎めず、それに安堵しつつ何処か腹立たしかかった。
毎日、季衣が食事を持ってきてくれる。
何の会話もなく、黙々と食べるだけ。正直なことを言うならば、食事が私には一番の苦痛だった。
一口、食事を口に運ぶだけで、兄様との思い出がよみがえる。兄様の表情や言葉が、一つ一つ鮮明に浮かんでは消えていく。その繰り返しの中、一体、どれだけ兄様の姿を探したことだろうか。
何度も部屋のあちこちに顔を向ける私のことを、季衣はどんな気持ちで見ていたんだろう。
そもそも、季衣は一体どんな気持ちなんだろう。季衣もまた、兄様のことが大好きだったはず。私みたいな気持になってはいないのかしら。
でも、それを聞いてみようという気持ちさえ湧き上がることはなかった。
そんなある日、久しぶりに兄様の夢を見た。いつかの二人で食事をした日の夢を。
今思えば、きっとあの時から私は兄様に惹かれていったんだ。
――好きという気持ちが、愛しいという気持ちになったのは。
兄様は、料理をしている私の姿を見て、「なんか・・・いいな」なんて言われて、私はうっかり鍋をひっくり返しそうになった。
そのあとも何度も似たようなことを言うものだから、ほんのちょっとだけ、悪戯心が働いて兄様を困らせた。
困った顔をされる兄様をみてささやかな満足感を得て、料理をさっと仕上げ、二人で食べた。
海月の和え物と鳥ひき肉で作った麻婆豆腐、そして、兄様が好きなちょっと硬めに炊いたご飯。
そこで、私はほんの少しだけ気になっていたことを聞いた。
――季衣の時みたいに、助けに来てくれますか。
そう聞いたら、兄様は、何の躊躇いもなく「当たり前だろ」と不思議そうな顔をして答えてくださいました。
まるで、変なことを聞くんだなと言わんばかりの顔で、さもそれが当然のことであるかのようにあっさりと。
そのあと、華琳さまも来られて、華琳さまの分も用意して、辛さを抑えるように言われると、兄様がそれをからかわれたりして。
そんな光景に私はただびっくりしつつ、兄様の答えがうれしくて、ただの後片付けが、すごく楽しかった。
そして、次に見たのは定軍山での光景だった。
あの時、私は自分の人生がここまでなのだと何処かで諦めていた。
追い詰められて、疲弊して、次第に逃げ場はなくなっていって、逃げる手段もなくなって行って、諦めばかりが強くなっていくそんな中で、唐突に春蘭さまたちが駆けつけてくださって、秋蘭さまと 私、そして多くの兵の方たちが命を長らえることができた。
後になって私は、それが兄様のおかげであると知って。ただただうれしかったことをよく覚えてる。
それが、兄様の未来と引き換えであるということも知らずに。
そこで、私はふと思った。
兄様は、それを知っていたうえで私たちを助けてくださったと後で聞いた。
なら、この命は、今の自分があるのは誰がどれほどの覚悟を持って与えてくれたのかということを。
そのことに気付いた瞬間、私の周りを光がつつんだ。
目が覚めて、起き上がった。
頬を熱いものが伝う。
ああ、そっか――私、なんて馬鹿なことを考えていたんでしょう。
死んで、兄様に会えたとしても、きっと兄様は喜んではくれない。悲しい顔をされると思う。
だって、兄様が私の――ううん、魏のみんなのためにつらくて苦しいのをこらえて頑張ってくださったのは、生きていてほしいから。
――生きて笑っていてほしかったからだ。
絶対に、死ぬことなんて望まれるはずがない。
「どうして・・・こんな簡単なことに気が付かなかったんだろ」
少し考えればわかったはずなのに――。
頬を伝う涙が、止まってくれない。
けどいい、涙が流れるたびに、自分で作ってしまっていた殻が、少しずつ溶けていくのを感じることができたから。
だから、今は泣こう。
大切なことに気付くことができたから、今はひたすら泣いていよう。
みんなに心配をかけてしまうかもしれないけど、ごめんなさい。
今はいっぱい泣いていたいんです。
泣いた後、わたしは暫く立っていなかった厨房に立った。
手入れだけはしっかりしていたはずだったのだが、握った感触が随分と懐かしく感じます。
――トントントン。
小刻みよく響く材料を切る音が心地いい。
さあ、ささっと仕上げちゃいましょう。
――料理が、ただ楽しかった。
それからたくさんのことがありました。
今まで静かだった五胡が三国にいきなり攻めてきたり、そんな五胡に対して、凪さんが独断専行で魏領に攻め入っていた五胡をめちゃくちゃに掻き回し、そこに霞さんた真桜さんに沙和さんたちが駆けつけて五胡の先行部隊を撃退。
それを機に一気に反撃に出はしましたが、五胡側の物量は凄まじく、わずかではあったけど、敗戦の空気さえ漂いかけたとき、呉と蜀の二国が私たちのもとに駆けつけてくださいました。
二国の助力もあって、私たちは五胡を撃退することに成功しました。
戦が終わったとき、私は天を見上げて、胸の中でそっと
――兄様、私たち・・・頑張りました
そう呟いた。とくに理由はなかったけど、何となくそうしたかったから。
そして・・・戦が終わって、戦後のいろいろなごたごたが終わって。
久しぶりに丸一日の休みがもらえたある日のこと。
卓上に並ぶのは、海月の和え物、鳥ひき肉の麻婆豆腐、硬めに炊いたご飯などなど、いつかつくった品々ばかり。
「いただきまーす♪」
こんな気持ちで食事をするのは本当に久しぶり。
レンゲで麻婆を掬い取り、口に運び、しっかりと味わう。
「美味しい」
こぼれたのは、あまりにもわかりやすい短い言葉だったけど、私自身が満足するには十分。
「こんなに簡単なことだったんですね・・・兄様」
死ぬなんてことは、兄様の思いを踏みにじるだけだ。
兄様のやったことを無駄なものにしてしまう。
兄様のことを本当に思うのなら、絶対に死んじゃいけない――生きて、笑っていなくちゃ、顔向けできません。
それに――どうしてでしょう?
あの夢で大切なことに気づいてからというもの、不思議な気持ちが一向に消えてくれません。
――兄様にいつかまた会える。
根拠もないのに、妙な自信があってそれを否定する気持ちが全然湧いてくれません。
親衛隊に復帰して、今日も今日とて料理の腕を磨く日々。
毎日が充実しています。
いつかまた、兄様に腕を振るうのが楽しみで仕方ありません。
だから兄様、私・・・待ってますから。
「兄様、楽しみにしていてくださいね♪」
~あとがき~
ずいぶん久しぶりとなりました。
どうも、kanadeです。
孫呉伝を楽しみにしていた皆様には申し訳ないと、ただ陳謝するばかりです。
今回お届けしたお話ですが、メインキャラはタイトルでお分かりいただけるでしょうが、琉流です。
彼女の視点を中心としているため他のキャラの出番はほとんどありません。
あとがきもすっごく短いです。
久しぶりなのにとは思いますが、すいません。
一応触れてはおこうと思いますが、このafter to after preludeは魏のヒロイン全員を書く予定ははっきり言って未定です。
メインは基本的に“孫呉伝”シリーズを中心に、それに次いで“ただいま・・・おかえりなさい”シリーズとなっておりますのでこのシリーズの次回投稿は、優先順位が三番目となっております。
短いあとがきで申し訳なくは思いますが、今回はこのあたりで失礼させていただきます。
それでは次回の作品でまた――。
Kanadeでした。
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preludeシリーズの琉流編となっております
孫呉伝の続きはすいませんが今しばらくお待ちください
それではどうぞ