No.313469

いつもの、あの人

※本編ネタバレ有り、白衣性恋愛症候群、堺さゆりSS。
かおりが無断欠勤をしたその日の朝の出来事。
いつものようにかおりを待ち受けていたさゆりは、いきなりやってきたやすこに面食らい、かおりが来ない理由を尋ねるのだが――

2011-10-06 03:01:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1985   閲覧ユーザー数:1979

 本を読む手を止め、置き時計を見ると、そろそろいつもの時間だった。

 彼女が来たら今日はどうやってからかってやろう、と考える。これは別に、彼女をいじめているわけではない。これはあくまで、患者としての正当な権利を行使しているだけなんだから。

 それに……あのきつく言った後の怯える顔がたまらないよのよね、あの人。あの顔を見ていると、何だかもっといじめたくなってしまう。人徳……とはまた違うのだろうし、本人が聞いたら腹を立てるのかもしれないのだけれど。

 と、そこにノックに続いて、女性の声が聞こえてきた。

「点滴の交換に来ましたー」

「どうぞ」

 応じながら、声と調子がいつもと違うな気がする、と思っていると、扉が開いて入ってきたのは、沢井さんではない別の看護師だった。確か……山之内、とかいっただろうか。

「じゃー少しだけ我慢な。サクッと終わらせるからなー」

 そう言いながら持ってきたボトルを手際よく交換していく山之内さん。沢井さんとは違うベテランの手さばきだが、なにか物足りない。と思ってじっと見ていると、

「ん? なんや、うちに惚れたか?」

「ち、違います!」

 わたしは慌てて否定する。こんなちゃらんぽらんな看護師に、誰が惚れるもんですか!

「愛の告白でもないとしたら、じゃあなんやの? そないにうちを見て」

「……あの、沢井さんは今日、どうしたんですか?」

 周期を考えれば、確か今日は日勤のはず。急患でも入ったんだろうかとも思ったけれど、新人にそんな仕事を押し付けるとは思えないし。

「ああ、沢井か? そういえば今日は見とらんなぁ。もしかして、どっかのワガガマ娘があんまりにも苛めるから、仕事が嫌になったのとちがうか?」

「えっ?」

 一瞬、心臓が止まりそうになった。確かにこれまできつく当たってきたけれど、そんなつもりでいた訳じゃ……それに、沢井さんだってそんな素振りは一切――でも、もしかしたら、意外と傷ついていたのかしら。

 などと考えこむわたしを見て、山之内さんは歯を見せてにやりと笑った。

「あはは、嘘や、嘘。……けど、沢井が無断欠勤なのはほんとや。詰所でも結構騒ぎになっててな、後で様子を見に行こうって話になっとる」

「……そ、そうですか」

 あの、沢井さんが無断欠勤? とても信じられなかった。あんなに自分のせいでもないのに勝手に責任を感じてしまうような人が、そんなことをするとはとても思えない。

(ということは、やっぱり、わたしのせい――?)

 手が震える。もし本当にそうならそうなら、謝らないと。でも、どうやって? 電話番号も、メールアドレスだって知らないのに――そういえばわたし、あの人のことほとんど知らないんだ――。

 点滴のボトルを交換した山之内さんは、わたしの顔を見て大きくため息をついた。

「……はー、もう。ちょっと待っとき?」

 そう言って、山之内さんはポケットから携帯電話を取り出して、何かを調べ始める。

「びょ、病室で携帯電話なんて――」

 非常識な、と言いかけたわたしの額に、山之内さんはおもむろに何かをぺたりと貼った。

「わえっ!? ……な、なんですかこれ!」

 わたしが慌てて剥がしたそれは黄色い付箋紙だった。まじまじとそこに書かれた文字を見ると、数字が一,二……全部で十一個並んでいる。あれ、もしかして、これって。

「沢井のや。なんやきになることがあるなら、直接聞いたらええやん。あ、うちが教えたってのは内緒やで?」

 はっとなったわたしが顔を上げると、山之内さんはウィンクをして、さっさと出て行こうとする。わたしは慌てて山之内さんを呼び止めると、

「ん?」

「あ、あの……ありがとう、ございました」

 わたしが頭を下げると、山之内さんは少し驚いたような顔を見せた後、にこりと笑った。そしてそのままひらひらと手を振りながら、部屋を出ていった。

 そうね、聞きたいことがあるなら、ちゃんと直接聞かなくちゃ。それと、もし寝坊したーとかくだらない理由だったら、ちょんけちょんにしてやるんだから!

 そう独り言ちてから、わたしは慌てて財布を手に取ると、点滴を引っ張るようにして公衆電話に向かい駈け出した。

 

        ☆        ☆        ☆

 

 やすこが部屋を出た後すぐに走って出ていくさゆりを、やすこは311号室の入り口の壁にもたれたままそっと見守っていた。

「ファイトやでー、堺。……いやぁ、でもちょいとからかい過ぎたかなぁ」

 さゆりの不安げな顔を思い浮かべながら、やすこは頭を掻いた。けれど仕方がないのだ。あんないかにも「いじめてくれー」って顔をされてしまったら、いくらやすこでも我慢できなくなってしまう。

「そーいう意味じゃ、沢井と似てるんよな、堺は」

 かおりの、あの小動物のように震える姿を思い出して、やすこはいししと笑った。

「……しっかし、沢井はいろんな子に好かれるなあ。藤沢はまあともかくとして、主任も興味をもっとるようだし。うちの病棟は気の強いの多いからなあ……後で刺されたりせんといいけど」

 かくいうやすこも、沢井には悪い感情は抱いてはいない。まあ、まだまだ足手まといではあるので、それだけは直して欲しいとは思っているのだけれど。

「山之内さーん、308の点滴交換お願い!」

「へーい! ……さーて、お仕事お仕事」

 そう呟きながら、やすこは次の点滴交換に向かって歩きだした。


 
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