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少女の航跡 第3章「ルナシメント」 4節「嵐を抜けて」

カテリーナが行方不明になってから1年。西域大陸では都市が次々と謎の軍勢に襲われているのでした。

2011-10-04 13:07:27 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:967   閲覧ユーザー数:262

 

 カテリーナが私たちの目の前から連れ去られて1年近くが経とうとしていた。

 彼女がどうなってしまったのか、私達には何も知る術が無かったし、死んでしまったとしても、私達にはそれを助ける事もできない。

 だが、私は心のどこかで、カテリーナは守られているのだと思っていた。

 決して過酷な事をさせられているわけでも、殺されてしまいそうになっているわけでもないはずだ。

 何故なら彼女は、私と1年近くも行動を共にしていた、あのロベルトに連れ去られたのだから。

 あのロベルトは決して悪い人ではなかった。

 カテリーナを連れ去ってしまったのも、もしかしたら何か目的があるのではないのか。

 私はそう自分に言い聞かせていた。

 

 

 だが、カテリーナが行方不明になっている間、私達の住んでいる『西域大陸』は、激動の歴史を送っていた。

 わずか1年間。1年しか経っていないにも関わらず、4つの大都市が壊滅してしまったのだ。

まず初めに『ベスティア』の首都である《ミスティルテイン》が壊滅した。『ベスティア』を支配していたクローネ大領主の安否は不明となっており、『ベスティア』の中央政府は現在機能をしていない。

 この『ベスティア』の陥落を皮切りにして、次々に都市の壊滅が進んでいった。

 『レトルニア』『エトルリア』など、沿岸三カ国の海岸沿いの街が次々と襲撃される事によって、海上での交易が大幅に衰退した。

 南部の国で、まだその難を受けていない『リキテインブルグ』も、交易の衰退によって大きな経済的打撃を受けた。

 次々と襲われる民と人々。私達は、想像以上の速さで自分達の文明が衰退していく姿を目の当たりにしていた。

 そしてまた今日も、ある漁村が何者かの襲撃を受けていたのだ。

 

 

「火の周りが速いぞ!急いで避難だ!」

 村に駐屯していた『リキテインブルグ』の街道警備隊の兵士が叫んでいた。

 警告を示す鐘は村中に鳴り響き、所々で火の手が上がっている。更にもう一つの小屋が爆発した。

 その爆発はすさまじく、周囲にいた者達を吹き飛ばし、周囲の家10戸も巻き添えにして粉々に吹き飛ばしていた。

「火薬に引火しないようにしろ!」

 誰かが叫ぶ。

 この漁村はもともと、魚介類の漁と交易のためにある村だったのだが、『リキテインブルグ』の一大漁港である《ハルピュイア》の機能が停止して以来、外来の火薬を積んだ船の非常停泊地となっていたのだ。

 王都である《シレーナ・フォート》にも近い事から、一時的に火薬を保管していく目的でもこの村は使われていた。

 だがその火薬こそが、漁村に壊滅的な被害をもたらすものとなってしまった。

 火薬が再び爆発した。家々が次々と吹き飛んでいく。

 そんな燃え盛る家々の向こう側から、巨大な影のような姿が現れた。その影は家一つ分くらいの大きさがある何かで、まるで猪のように家を押し倒し、人々へと襲いかかっている。

 逃げ惑う人々へと襲いかかる怪物が、2、3体はいる。黒い影のようなそれは、同時に巨大な戦車のようでもあった。

 悲鳴が上がり、怪物達は物を言わないままに迫って来る。だがそこへ、

 何者かが太陽の光を遮って上空から怪物へと奇襲をかける。人技とは思えないほどの跳躍をして、その何物かは、怪物へと斧を振り下ろしていた。

 長い柄を付けられた斧は、岩をも砕きそうな衝撃で怪物の頭部へと命中する。実際、岩でも砕けたかのように、怪物の破片が飛び散った。

「硬い!何て硬いの!こいつら!」

 斧を振り下ろしていたのは女だった。黒髪に銀髪が混じった女で、その身には自らの動きを制約しない程度の鎧を身につけている。

「ルージェラ様!」

 怪物達を取り囲むようにいる馬に乗った姿は騎士達だった。

 街道警備隊のような簡素な装備ではなく、皆がしっかりとした甲冑を身につけている。

「住民を避難させなさい!あたしはこいつらを何とかするから!」

 と言い放ち、ルージェラと呼ばれた女は、再び怪物の頭上へと斧を振り下ろしていた。

 だが、頭部にひびが入るだけで、巨大な岩の猪のような生き物は、全く手ごたえが無かった。

「火薬に水をかけても遅いわよ!水を使っている間に爆発しちゃう!それより、あんた達はさっさと逃げるのよ!」

 ルージェラは警備隊の兵士達にも向かって言い放ち、彼らを即座に行動させた。

 直後、別の小屋で爆発が起こり、怪物ともどもルージェラの体も吹き飛ばされてしまっていた。

 何メートルも飛ばされたルージェラは頭から他の家の中に突っ込み、うめくしかなかった。

 そこへ、同じように飛ばされてきた怪物が即座に体制を立て直してルージェラに迫って来る。

 斧を構えなおすような暇もない。巨大な怪物はルージェラの目の前へと迫って来ていた。

 その時、素早く怪物の目の前を通過する姿があった。通過した何物かは、素早く怪物へと切りつける。

 刃の閃光は怪物の目のような部分に切り付けられており、怪物は思わず怯んでいた。

 素早くルージェラの目の前を通過していったのは、ブロンドの少女だった。彼女は奇妙な形状の剣を持っており、更に盾を構えていた。

「大丈夫ですか、ルージェラさん!」

 その少女がルージェラに向かって叫ぶ。だがルージェラは、

「あんたねえ…!避難を手伝いなさいって言ったでしょう…!もう」

 と言いつつ、再び斧を構えなおす。

 ルージェラが私の背後で怪物に向かって斧を構える。私も共に剣を構え、怪物へと立ち向かおうとした。

 この怪物は非常に巨大な存在で、形容するなら黒い岩の塊と言ってもよいだろう。

 果たして私達だけで立ち向かえるのかどうか?分からなかった。

 怪物は猪のように突進してきて、家々を次々と壊していく。私達も、崩れる家の瓦礫をよけながら転がるだけで、攻撃を加える暇さえなかった。

 いや、攻撃を与える事が出来たからと言って、こんなに巨大な怪物に傷一つだってつけられるかどうか分からない。

 無駄な抵抗をしているだけなのかもしれない。

「ほら!よけて!」

 ルージェラに体をひっぱられ、私は別の方向からやって来た怪物からの攻撃をかわした。

「全く!一度にこんなに相手をしなきゃならないなんて!」

 ルージェラが斧を振り下ろしながら言い放った。新たに現れた怪物も、私達の目の前で家々を破壊している。

 そこへ、

 一筋のオレンジ色の光が出現し、怪物の目の前で爆発を起こした。起こった爆発の威力は火薬が爆発したほどの威力もある。

 怪物は怯み、顔の半分ほどが崩れた岩のようになってしまっていた。

「あたしの存在を忘れているんじゃないわよ!」

 と、言い放ち、私達の背後から現れたのは、紫色のつばの広いとんがり帽子をかぶり、紫色の装束を纏った魔法使い、フレアーと、その使い魔のシルアだった。

 彼女はこの激戦の場にはとても似つかわしくない、非常に無防備な姿をしていた。

「別に、忘れてなんかいないわよ…。でもね、魔法を喰らわせたおかげで、こいつらは余計に怒っちゃったみたいよ!」

 ルージェラが自分の目の前に、立ちはだかる怪物を見上げて言った。

 黒い岩の怪物は煙を上げながらルージェラ達の方を向き、8つある目で私達を見下ろしてくる。

 その視線だけでも凍りついてしまいそうな迫力があった。

「ええい!もう一回やるだけだよ!」

 と言って、フレアーは怪物に向かってもう一回爆発を起こさせた。彼女の掲げた杖からは炎の弾が吹き出し、それが何倍にも増幅して怪物の体を打ちのめした。

 だが、更に顔の一部が吹き飛ばされても、岩のような怪物は全く動じることなく、むしろ怒りを私達に向けるかのようにして、迫って来るのだった。

 フレアーは悲鳴を上げ、私も一目散に逃げるしかなかった。

「そもそも、この生き物は一体何なのォ?」

 フレアーが自分の帽子が吹き飛ばされないように、帽子を押さえながら走っていく。

「知らないわよ!いきなり出てきて、人々や街を襲う!《ミスティルテイン》も、この怪物に壊滅させられたのよ!」

 ルージェラも叫びながら答えた。

「ええい!こうなったらもう最後の手段よ!これだけは使いたくなかったんだけどね!」

 ルージェラは突然立ち止まり、斧を構え、怪物の方へとその姿を向けた。

「ルージェラ!何やってんのよ!」

 フレアーが叫ぶが、

「いい?私の合図であの小屋に向かって魔法を放ちなさい!火よ!火の魔法を使うのよ!分かってる?」

 ルージェラはまるで彼女の言葉を遮るかのように言い放って制止させた。

 目の前に迫って来る怪物。ルージェラは正面からその怪物へと迫って行き、その頭上の位置に向かって斧を振り下ろす。

 相手の突進力を逆に利用して、ルージェラ自身は素早く身をかわしながら斧を振り下ろす。ルージェラのように人間離れした瞬発力が無ければ、とてもできない芸当だろう。

 素早く斧を振り下ろして逃れなければ、あっという間に怪物に押しつぶされてしまうだけだ。

 だがルージェラはその芸当をやってのけ、素早く怪物の背後へとのがれる。

 怪物は、今起こった出来事に動揺したようなそぶりを見せ、急にルージェラの方を振り向いた。

「ほ~ら、こっちよ、来てみなさい。怪物さん」

 ルージェラが怪物の背後で斧を振り上げ、注意を向けている。

 ルージェラは注意を引くから攻撃するようにと言っていた。今しかない。

 フレアーは杖を掲げて、炎の弾を怪物の脇にある小屋の方へと向けた。火の玉が小屋の中へと飛び込んでいくと、次の瞬間、私達の体をも背後へ何メートルをも飛ばすような爆発が起こり、私達の体は背後へと吹き飛んだ。

 小屋は粉々に爆発し、爆風と爆炎が周囲へとまき散らされる。私達は続いてやって来るその爆発から身を守らなければならなかった。

 爆発が止んだ時、私達の目に飛び込んできたものは、その体が半分ほど吹き飛んだ岩の怪物の残骸だった。

「敵の攻撃手段を逆に利用して打ち倒す。正に策士でしょ、あたしって」

 と自信満々に残骸の背後からルージェラが言い、こちらに向かってきていた。

 だが、そんなルージェラの背後から、別の怪物が迫ってきていた。

「ルージェラ!後ろ!後ろ!」

 フレアーが叫ぶ。村の通りの向こう側から迫って来る怪物は、今倒した怪物と同じような、岩の塊になったような生物だった。

 ルージェラは振り向き、斧を構えようとするが間に合わない。怪物は猛烈なスピードで彼女へと迫って来ていたからだ。

 彼女に怪物の巨大な体が激突する。そう思った時だった。

 空中に何かが飛び上がり、それは一直線に怪物の頭上へと落下してきていた。

 何者かは、大きな何かを振り上げたまま跳躍していた。その何かは長い鉄槍のようなもので、怪物の頭上へと鉄槌のように振り下ろされようとしている。

 その何者かが鉄槌のように振り下ろしたものは、怪物の体を打ち砕いてしまった。

 激突の瞬間、何かが光り輝いたように私には見えていた。同時に衝撃波が辺りへと放出され、それさえもが怪物の体を打ち砕いていく。

 怪物の頭部が粉々に吹き飛んだ時、その怪物がいた場所に立っているのは、重武装の甲冑を身に付けた人物だった。

 真紅の色に染まったその甲冑を私達は知っている。そしてそこにいる人物の正体も知っているのだ。

「ナジェーニカ・ドラクロワ?」

 ルージェラが驚いたように名前を口走っていた。

 そこにいる人物は兜の面頬を挙げることはせず、多分顔だけルージェラの方を見上げた。彼女は鎧に加えて兜までかぶっているものだから、その表情が伺い知れないし、向いている方向も良くは分からない。

「あ、あんた…、どうしてこんな所に…」

 ルージェラは目を見開いて驚きながら言った。私達も、突然現れた彼女には驚かされた。

 なぜなら1年以上前に行方不明になっていて、彼女の消息も全くつかめていなかったのだから。

「ぐずぐずしている暇なぞないぞ。さっさとこの場から逃げなければ、こいつらは大勢やってくる」

 全身に甲冑を纏ったナジェーニカはただそれだけを私達に言った。

 地響きのようなものが迫って来ていたし、無事な住民はすでに避難を終えたようだったから、私達もナジェーニカに続き、この場所を脱出する事に決めるのだった。


 
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