No.312049

トランキライザー

2003年9月14日作

2011-10-03 15:52:14 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:405   閲覧ユーザー数:404

最期の時。

…この空気を感じるのは、きっとこれが最期になる。

僕自身が、そう決めたから。

そう、だから、

この錠剤に頼るのも、これで最後になる。

 

 

 

 

君の元へ、いくんだ。

 

 

 

 

何度、この薬を口にしただろう。

大して美味しい訳でもなく、

さほど何かの魅力が有る訳でもないこの薬を、

 

僕は、何度。

 

 

君が僕の元から消えてから、何度。

 

 

この身体に染み込ませたのだろう。

 

 

 

 

混乱は直せなかった。

誰にどんなに優しい言葉をかけてもらおうと、

 

 

君の声には敵わなかった。

 

 

僕を癒せるのはどんな言葉でもない、

ただ静かに微笑む君のその小さな声だけだと、

 

今更のように、気が付いて。

 

 

苦しくて苦しくて苦しくて、

抜け出せない自分に気が付いて、

 

 

僕はこの薬に頼る事を覚えた。

 

 

それも一時的にしか抑えられなくて、

効き目がとければ前以上に苦しむ事になるという事を、

何度も感じて、解っていたはずなのに、

それでも僕の手はこの錠剤に伸びる。

 

 

 

               Tranquilizer

 

 

 

偽りでも、一時でも

安定を求めて。

 

 

この混乱したままの精神を

どうする事もできないこの想いを

治したくて、戻したくて、

 

 

忘れたくて壊れたくて

 

 

 

忘れられなくて。

 

 

 

思い切れば良いんだ。

ふと、そう、気が付いた。

 

僕がこの世界に居続ける意味なんてもう何処にも無い。

君が居ないこの世界、僕は何を見つめ、

何を支えに生きていれば良いのか、

見出せないのだから。

 

消えるんだ、僕も。

 

君と同じ様に。

 

君と同じところへ。

 

 

そう決めたんだ。

もがいても届かない思いにもう囚われなくても良い。

見えない君の幻影を想って泣き続けなくても良い。

 

僕自身も、消えるんだ。

君と同じ場所へ、

 

逝くんだ。

 

 

いつもより多い量の薬を手に取る。

僕が求めるのは、

 

 

これ以上に無いくらいの安息。

 

そこに欠かせない、

 

君の姿。

 

 

飲み込んだ錠剤が喉の奥に引っ掛かって、少し苦しい思いをした。

…それも最期の感情。

 

ゆっくりと、瞳を閉じる。

静かな音が聞こえる…

 

黒い世界が、瞳を覆う。

ゆっくり、ゆっくりと、

 

まどろみの中へ、溶けていく。

 

 

 

 

もう、何も見えない。

そう、何も……

 

 

――何も…?

 

 

 

 

愚かな僕は、闇の中に包まれて

静寂の音を耳に感じてから気が付いた。

 

 

 

僕が選んだこの行為は、

僕の存在をただ消す事ができただけで。

 

 

僕自身が消えた所で、

 

 

消えた君に出逢える事は無いんだと。

 

 

 

今の君に、場所なんて無いんだと。

 

 

 

そう、気が付いたところで、

 

全てが今更で、

僕は灰になって、

 

 

 

僕の有る場所も無くなって。

 

 

 

そして僕は、

 

 

最高の、

これ以上に無いくらい最良の、

 

暗い安息を手に入れた。


 
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