15 鬼(怨・醜)
茉莉絵・千奈都・富貴江の三人は、休日だというのに学校に来ていた。
小さな町で、さほど娯楽施設のない学生にとって、学校というのはいい暇つぶしの場所になっているので、出てきている生徒も多い。殆どの生徒がクラブ活動に出てきているのだが、茉莉絵達は別になにをする訳でもなく教室で話をしているだけだった。
机を二つ並べ、スーパーで買ってきたジュースやお菓子を摘みながら、たわいもない話に花を咲かせている姿は、まさに暇人と言う言葉がピッタリくる。
「暇ねぇ〜……なんで学校来たんだっけ?」
「なにしに来たんだか忘れた。いい男でも現れんもんかね。こんな可愛い子が三人もたむろしているというのに……」
「そう言えば、茉莉絵。双葉は誘ったの?」
「そりゃ誘ったわよ。でも、なんだか忙しいらしいのよね。そう言えば、知ってた。咲耶ちゃん達と双葉ちゃん、親戚なんだって。亡くなった双葉ちゃんのお母さんが、月神神社の娘だったらしいよ」
「そりゃあ、知っていますよ宮上さん。なんでも、超有名な美人巫女だったらしいですよ。その血をあの本城双葉が受け継いでいるわけですから、男子生徒が騒ぐのも仕方ない。私らには、勝ち目がないってことですよ」
思春期の女の子が三人も集まれば、異性の話に発展していくのは至極自然なことだった。茉莉絵はともかく、千奈都や富貴江は別に気になっている男子生徒がいるわけではないので、みんなが騒いでいる高彦をミーハー的に追っかけているだけだった。実は今日も剣道部の練習があるから、それもかねて学校に集まったのだが、高彦は月神神社で一葉の相手をしているのでいるわけがない。
あての外れた三人は、こうして教室にたむろをするハメになったのだ。
「神無月の家系にゃ〜勝てないよね。咲耶も知流も可愛いし、お姉さんなんて、もの凄く美人じゃない。お祭りの時しか見ることできないけど遠くからも瑞葉さん目当てで来るって話だもん。それに、お兄さんは完璧だしね。どうもこの町は神無月家にみんな持って行かれているような気がする。まぁ、由緒正しい家系だもんね。出が違うってことか」
千奈都が机に倒れ込んでぼやいた時、教室の扉が開かれ三人の視線が扉に集中する。クラブで出てきた生徒なら教室に来るはずがない。生徒が少ない分、教室が余っているので、各クラブともかなり広めの部室を持っているので、休日に教室を使っている生徒など茉莉絵達くらいだろう。
そんなところに突然の訪問者だ。驚くのも無理はない。見回りの教師だと思ったが、入ってきたのが生徒だとわかると、三人ともホッと胸を撫で下ろすのだった。いくら休日だからと言って、お菓子を広げているのは不味いとわかっているらしい。
「あれ、悠木君? どうしたの。珍しいね、悠木くんが休みの日に学校来るなんて」
教室に入ってきたのは剛だった。学校も休みがちな剛が、休日に学校に来たことなど初めてのことだろう。そのことにも三人は顔には出さないが驚いていた。なにか忘れ物でもしたのだろうか。
しかし、教室に入ってきたのは、茉莉絵達が知っている悠木剛の態度ではなかった。
「ちょっと、皆さんを捜してましてね」
いつもの弱々しい剛からは考えられない口の利き方だ。堂々としていると言うより威圧的と言った方がいい。そんな剛の変貌ぶりに三人は首を傾げると同時に、なんとも言えぬ恐怖を感じていた。
「私達を……なに?」
「協力して欲しいことがありまして、聞いてくれますか」
ポケットに手を入れながら、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。茉莉絵達は、剛の不敵な笑みに、恐怖を感じながらも逃げ出すことができなかった。まるで、脅えた小動物のように、足がすくんでしまいイスから立ち上がることもできない。
「な、なに……どうしたの? なんか変だよ。いつもの悠木くんと違う」
「そうですか? いつもと違いますか、どこら辺が違うのかなぁ、完璧に化けているはずなんですけど……あっそうか、この態度か。まぁ、彼奴はこんな狡猾な態度なんて取れなかったでしょうからね」
剛はなにを言い出したのだろう。茉莉絵達には言っていることがわからなかった。ただわかったことは、目の前にいる剛が、茉莉絵達の知る剛でないことだけだ。何故こんな話し方をしているのか。しかも、自分のことをまるで他人の話をしているような言い方に、茉莉絵達は言いしれぬ恐怖を覚えていた。
「…………」
「あれ、もうお話しはしないんですか、ゆっくりとこれからのことを話しましょうよ。神無月一族を倒す話をね」
剛の瞳が輝くと白い肌が、見る見る黒く変色していく。そして、筋肉が膨張して体がどんどん大きくなっていった。成長に耐えられなくなった制服が破けると、剛は邪鬼〈怨〉の姿に変貌したのだった。
「………………」
突然現れた鬼に、茉莉絵達は悲鳴を上げることもできない。
──なにこれ? なんだって言うの。悠木くんが……悠木くんが……
恋心をいだいていた剛の姿が、突然鬼の姿に変わってしまったのだ。そのショックは、精神崩壊させる寸前だった。
そんな脅える茉莉絵達の姿を見て、怨は満足したかのように微笑んでいる。人間が恐怖に震える顔を見るのが楽しくて仕方がないようだ。
恐怖に歪む茉莉絵達の顔を堪能すると、狼のように裂けた口を大きく開いた。その中には鋭い牙が何本も連なっている。
「カアァァ……」
怨の口から、霧のような物が発せられた。霧は、三人を包み込むように広がっていく。そして、その霧を吸い込んだ途端、茉莉絵達はその場に倒れ意識を失ってしまった。だが、意識を失ったことは、茉莉絵達にとって幸いだったかもしれない。もしこのまま邪鬼の姿を見続けていたら、確実に精神崩壊を起こしていたことだろう。
三人が倒れると教室は何事もなかったように静まりかえった。
怨はゆっくりと歩き出し、茉莉絵達に近づき三人を見下ろす。
「キキキキッ、喰っていいのか」
「ダメだ。こいつ等は、本城双葉に近い人間だ。こいつ等を利用させて貰う」
そう言いながら、怨は剛の姿に戻っていく。破れた制服など気にもしていない。
「利用するって、こないだ人質とっても無駄だって言ったじゃねぇか」
「月神神社にいる奴には通用しないだろう。しかし、本城双葉は〈月の繋人〉だが、どうも事情が違うようだ。どこか普通なんだよ。その普通の人間が人質を取られて冷静でいられると思うか? まず無理だろうな。後は、本城双葉を使って三種の神器を月神神社の外に出せばいい。外で戦うなら神器を使いこなせない奴らなど取るに足らん。じっくり、いたぶりながら皆殺しにしてやろうじゃないか、クックックックッ」
夕暮れの近づいた教室に、怨の不気味な笑い声が響き渡った。夕陽の差し込む教室に立つ怨の顔は、まるで勝ちゲームを楽しんでいるような笑みが浮かんでいるのだった。
* * *
学校で、茉莉絵達が邪鬼に襲われていることも知らず。双葉は、八尺瓊勾玉の力を引き出す修行を行っていた。
瑞葉に言われたとおり、双葉一人で八尺瓊勾玉の力を引き出すことに挑んでいる。その成果は確実に上がっていた。二人で行うよりも安定して八尺瓊勾玉の力を引き出せることができているのだ。
「やはり、一葉さんと双葉さんは、別々に力を使った方が安定しているようですね」
二人で八尺瓊勾玉を使うよりも力は弱くなってしまうが、戦うに際しては安定している方がいいだろう。
八尺瓊勾玉を使っている時の双葉の瞳は、先程の一葉と同じように、ダークグリーンの瞳をグリーンに輝かせていた。これは、二人の力がアップされている現れなのかも知れない。このような現象は、瑞葉や高彦には現れなかったことだ。二人が〈双心子〉の時には瞳を輝かせるほどの力を発揮することはできなかった。それなのに何故、一葉と双葉は力が引き出せるのだろうか。
それが何故なのかは瑞葉にもわからない。しかし、こうして八尺瓊勾玉を使えるようになってきたのだから、今はそれを素直に喜んだ方がいいのかもしれない。
「少しはマシになってきたようだな」
その様な憎まれ口を叩きながら高彦が戻ってきた。咲耶達には言っていないが、高彦は自らにかなり厳しい修行を課している。特に、三種の神器の力が弱いとわかった時から更に厳しくしているのだ。
いつも平然として、身なりを整えて戻ってくるので気付いていないが、瑞葉一人だけがそのことに気が付いていた。
「土蜘蛛の時とまでは行きませんが、随分と力を引き出せるようになりました」
「そうですか。でも、その程度ではまだまだ使えん。双葉、もっと精進しろ」
そんな言葉を残して、高彦は再び何処かへ行ってしまった。
〈精進しろったって、どうすればいいんだ。双葉、なんかボクに手伝えることない? これじゃボク役立たずだよ〉
《そんなことないよ。さっきの一葉ちゃん凄かったよ。それに、私もどうすればいいのかわからないの……だって、ジッと見つめてるだけで、使ってるって感じしないんだもん》
ただ集中して八尺瓊勾玉を見つめているだけで、特に変わったことをしている感覚はない。双葉の集中力が力を左右するのであれば、この辺りが限界なのかも知れない。
「大丈夫ですよ。双葉さんは今まで通り集中してくれればいいのです。それに一葉さん。あなたにはあなたの役目があるのですから、役立たずだなんて考えないで下さい」
〈あっ、はい……〉
体の中で話していることが瑞葉に聞こえていることを忘れてしまうので、突然会話に入ってこられるとビックリしてしまう。この会話にも慣れなくてはいけない。
〈でも、ボクになにかできないんですか。戦うこともできないし、勾玉を使うこともできないんじゃ──〉
「気にすることはない。茜の子よ」
その時、京滋がなんの前触れもなく現れ、一葉の言葉を遮った。
月神神社に訪れるようになってから、何度も会えないかと瑞葉や咲耶達に頼んだのだが、忙しいらしく一度も会うことはできないでいた。
「
瑞葉、咲耶、知流がその場に、座り頭を下げ迎え入れる。
〈この人が、お父さんの言っていた。お母さんのお兄さん……〉
なんとも言えぬ威厳に満ちた出で立ちだ。ただ、立っているだけで存在感がある。
「お初にお目にかかる。月神神社の主、神無月京滋です。ここにいる子等の父親でもあります」
一葉と双葉は京滋のことをもっと怖い人なのかと思っていた。しかし、京滋は穏和な表情で頭を下げるのだった。
「あっ、双葉です。よろしくお願いします。あと、私の中に一葉ちゃんが……」
「大丈夫ですよ。私も月に関わる者、〈双心子〉の内なる声は聞こえます。そのままお話し下さい」
〈始めまして、一葉です。あの、気にするなって言われても、このままじゃボクいなくても良くなっちゃう。双葉にばかり負担がかかるなら、一つになった方が──〉
「なに言ってるの一葉ちゃん。この間約束したじゃない。もうそんなこと言わないって」
一葉は、一人苦しんでいた。一葉が出たところで、魔物に対抗できるような力は持っていない。そして、このまま八尺瓊勾玉を使うことができないのなら、自分の存在の意味がないのではないかと……月神神社、月の運命を知らなければ、このままでいられた。しかし、魔物と戦う運命ならば皆が生き残ることを考えなくてはならない。高彦が言っていたように、一つになってしまえば三種の神器を完璧に使いこなすことができる。その資質があるのは、一葉ではなく双葉なのだから……
しかし、京滋は微笑みながら一葉の考えを否定してくれた。
「双葉くんの言うとおりですよ。一葉くん。あなたはそんなことを言ってはいけません。そんなことをしては、君達のお父さんにどう謝っていいのかわからなくなってしまう。君達のお父さんが、ここへ来たのは聞いているかな」
「いいえ。でも、なんとなくわかっていました」
「そうか、それでは話を聞いていないのは仕方がない。月の運命を知って君達のお父さん。秀明くんがどう納得したのか話さなくてはいけないようだ」
考えてみればその通りだ。秀明は〈双心子〉のことを聞いている。そして、その運命も。
〈双心子〉の運命、それは融合し一つにまとまることなのだ。一葉が存在していることに気付いた秀明が、月の運命と言うことだけで納得したはずはない。どちらが消えるにしろそんなことを許すわけがないのだ。
「このことは、瑞葉。お前達も知らないことだ。お前達も一緒に聞きなさい。私は、茜が身ごもり、咲耶と知流が双子で生まれてきてから今日まで、月神神社に残る文献を色々調べてみた。そして、わかったことがある。そのことが秀明くんを安心させたのだ」
その話は〈双心子〉に関わる内容だった。〈双心子〉として産まれた〈月の狩人〉〈月の守人〉になる子供達は、いつの時代でも一つになり、立派な〈月の狩人〉〈月の守人〉になっていった。しかし、〈月の繋人〉だけは、月神神社に伝わる歴史のどこを紐解いても一つになったとは書かれていない。
〈月の繋人〉は常に〈双心子〉のまま八尺瓊勾玉を操っていたのだ。なぜ、〈月の繋人〉だけが、〈双心子〉のまま三種の神器を使えるのかは定かではない。詳しい文献がどこにも残っていないのだ。
「本当なのですか、父様」
そのことを初めて聞かされた瑞葉は少なからず驚いていた。と同時に安心もしていた。これで、一葉と双葉が「一つになったほうが」と悩まなくて良くなったのだ。
「本当だ。残された文献を全て調べたのだから間違いはない。そのことを秀明くんに告げ、少なからず納得して貰った」
この京滋の発言が、秀明を安心させたのは間違いないだろう。しかし、これは真実なのだろうか。京滋が嘘をついているだけではないのだろうか。一葉は今ひとつ釈然としなかった。
〈それじゃあボクは、なんのために双葉の中にいるんです。これじゃ、ボク……〉
「私は〈双心子〉の苦しみを理解することはできないが、一葉くんには少なくとも双葉くんを支えるという役目がある。それに、一葉くんにもちゃんと〈月の繋人〉の力は備わっているのだ。君にもやることはいっぱいある。わかるね」
〈……はい〉
納得はいかなかった。今、こうして八尺瓊勾玉を扱えないのであれば役立たずでしかない。それでも、今は京滋の言葉を信用するしかないのだろうか。いや、今は京滋の言葉を信じて自分を誤魔化すしかない。一葉のことよりも重大なことが目の前に迫っている。邪鬼がこの町に進入しているのだ。いつ戦いが始まってもおかしくはない。今はそれに備えるしかないと納得することしか今の一葉にはできなかった。
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鬼達は月神神社を出し抜くべく着々と作戦を遂行していた。それを知らず双葉は八尺瓊勾玉を使いこなすべく修行に励むのだった。
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