8月31日のシンデレラ
今日で夏休みも終わる。そうすればこんな苦しい思いもしない。
高校に入って初めての夏休み。私はその夏を引きこもりのような生活ですごした。
これもあの男のせいだ。
「ミサトの同級生なんだ。かわいいね」
最初の印象は軽い男。
ちゃらけた格好で髪は真茶。日焼けした肌にやけに白い歯が印象に残った。
中学時代の友人ミサトとは高校になって学校が分かれて以来の再会。夏休みに入り一人買い物をしているときに、ばったりと出会った。私と同じで中学時代は黒い髪をおさげにした田舎の娘だった彼女も、今では長い髪をゆるい内巻きのパーマにまとめ、やわらかい栗色に染めあげた色は別人のようだった。
高校に入っても、私はちっとも変わらない田舎娘のまま、変わりたいとは思っても私にはまだその勇気がなかった。
「ひさしぶりだね。高校入って大分経つけど変わらないね。こっち彼氏のマー君同じクラスなの」
どちらかといえば内気だった彼女だが、服装というものは性格すらも変えてしまうようです。
男性に免疫のない私といえば、マー君と呼ばれる彼の言葉に、顔を真っ赤にしてうつむくばかりでした。
私たちは新しく始まった高校生活の話やくだらない世間話を交わしました。とはいってもほとんどはミサトが一人で喋っているばかりでした。私といえば伸びすぎた前髪で視線を隠しつつ、彼の笑顔を盗み見ることに一生懸命だったのです。
そのあと私たちはすぐに別れました。二人はこれからカラオケに行くとのことでした。私も誘われましたがもちろん断りました。お邪魔だということはもちろん、正直カラオケは苦手なのです。
これだけならいつもの何気ない日常に過ぎないのですが、事件はそのすぐ後に起こりました。
逃げるように小走りで家に帰ると、私の携帯がかばんの中で震えました。画面にはミサトからの着信を知らせる表示。私は少し悩みましたが通話ボタンを押しました。
「もしもし、分かるかな。俺だけど」電話からは男性の声がしました。もちろん誰からかは直ぐにわかりました。私の鼓動が早いのは走ってきたからだけではなかったと思います。
「さっき俺の事ちらちら見てたよね。俺も君のこと気になってたんだ。よかったら明日二人で会わない」
思いもよらない誘いに私は戸惑いました。ミサトのためにも断らなければならない。でも心にはもう一度会いたいと思う自分がいました。そんな私の心を見抜いてか彼は自分の番号と待ち合わせ時間を伝えると、さっさと電話を切ってしまいました。立ち尽くす私の手の中で携帯電話は悲しげな音を繰り返しました。
次の日、私は約束の場所にいました。断ることもできず私は恋のトライアングルにはまってしまったのです。こんなことは漫画かドラマの中での話だと思っていました。期待とちょっとした冒険心でうきうきした気持ちは時がたつに従いまったく違うものに変わって言ったのです。
その日のことは思い出したくもありません。彼と私の格好ではバランスが悪いと、まずは彼の勧めで美容室に入り初めてのカラーとパーマをかけました。続いて洋服も露出度の高いキャミとミニに、そして躓きそうになるほど高いパンプスを履かされ、私は変わっていきました。
はじめは楽しかったのです。変わりたいと思っていた私にきっかけをくれた彼に感謝さえしていました。でも、そうやって変身した自分の姿がガラスに映ったとき衝撃を受けました。そこにいるのはすでに私ではなかった。栗色に染め上げられゆるく内巻いた髪、派手な服装。私は昨日のミサトと同じ姿になっていたのです。私はすぐに彼の元から逃げ出しました。途中パンプスが脱げても、そのまま裸足で走り続けました。
その後、私は夏休みのほとんどを家で過ごしました。髪の色は黒に戻そうかとも思いましたが、そのままにしておきました。それが友人を裏切った罪人の証であると思ったのです。
でも、今日で夏休みも終わりです。さすがにこの髪では学校に行けないので美容室で色を戻してもらうことにしました。今の髪に似合う服はあの時の服しかないため仕方なく袖を通しました。
私は一月以上ぶりに町に出ました。今の私はおしゃれな罪人です。この姿を見られることは罪を攻め立てられることに等しかったのです。人の目を避け何とか美容室までたどり着いた私はそこで最も会いたくない人物に遭遇してしまいました。ミサトでした。
「やっぱりね」私は逃げ出したくなる足を必死で押さえて、ミサトの責めの言葉を待ちました。でもミサトの口からは意外な言葉が漏れました。
「いいのよ、あの男、他の女にも同じようなことしてたから。もう別れたの」
ミサトもあの男の呪縛から解放されるためここに来たのでした。
8月31日魔法は解けました。美容室から出てきたのは二人の田舎娘でした。
彼がもしあのパンプスを持ってやってきても、私は足を合わせることはないでしょう。私達は自分で変わることを選んだのだから。
END
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