その窓から見る景色は、灰色のような、セピアのような、とにかく物悲しい風景だった。
枯れた木と、錆びた自転車。いたるところに雑草が生え、庭はその秩序を失っている。
でも、音は違う。
鳥の声。子供の声。犬の声。猫の声。
その全てが僕の退屈を殺してくれる。
誰かが引くピアノの音が聞こえてくる。
バッハかな、モーツァルトかな。僕には教養がないのでわからないけれど、それは心が穏やかに鳴る音色だった。
きっとピアノの主は繊細で聡明な人に違いない。年は僕と同じ17くらいかな。いや年上かもしれない。ピアノの上手な髪の長い切れ目のお姉さん。その包容力で僕を暖かく包んでくれる。お菓子作りが趣味で、よくケーキを作っては甘いものが苦手な僕を困らせるんだ。でも僕は彼女の笑った顔が好きだから、多少の胸焼けなんて気にしない。僕は彼女のケーキ――それはきっと誕生日に子供がはしゃぐようなデコレーションに満ちたチョコシフォンケーキだ――を残らず食べるんだ。僕が甘いものが苦手だって知っている彼女はそんな僕を見て微笑む。それは慈愛に満ちた天使の微笑。見るもの全てを虜にする、魔性の笑みだ。でも僕は知っている。その魔性が発揮されることはないことを。なぜなら彼女の笑みは僕だけに向けられるものなのだから。そうして僕らは暖かな日差しの中で照れながらキスをするんだ。軽い、触れるだけのキスだ。見詰め合う僕らに言葉はいらない。そう、そこにあるのは愛だ。愛だけが、その空間に広がっていく。僕らはその熱にうなされるように、手をつなぎ、指を絡める。いいだろ、と僕が聞く。いや、と短く彼女が答える。でもそれはNOじゃない。彼女の態度がそれを教えてくれる。やがて僕らの影は一つに重なっていく。ああ、だめだ。そんなのはだめだ。僕たちにはまだ早すぎる。もっと、慎重に時を重ねよう。そうした恋愛が真の愛を育むんだ。なあ、そうだろう? 僕のマリア、許しておくれ。僕は君を処女のままにはしておけない。ああ、でもそうだな。もしかしたら彼女は年下の少女かもしれない。いまだ発展途上の青い果実。僕はその実を汚さぬように優しく彼女に接するんだ。でも、彼女は僕のその態度に焦れる。もう自分は大人だと主張する。その態度がまだ子供なんだ、と僕は彼女を諭す。そうして頬を膨らます彼女に僕は紅茶を入れよう。砂糖を多めに入れたとっておきに甘いやつだ。また馬鹿にして、と彼女は怒るけれど、それが一番好きなんだって僕は知ってる。紅茶を飲み終えた彼女はもう部活にいかなきゃと慌てて出かけていく。それは中学から始めたバレーだ。僕には教養がないので、バレーなんて腕が真っ赤に腫れる痛いスポーツくらいの知識しかないけれど、彼女はそれに熱中している。もうすぐレギュラーになれるかもしれないと、毎日遅くまで練習している。僕はそんな彼女の努力を誰よりも知っている。練習は辛い、と愚痴を零す彼女を支えるのが僕の役目だ。彼女は太陽、全ての人に元気を与える輝かしい存在。なら僕は、宇宙だ。太陽を輝かせる要因の全て、舞台の全て。そんな存在に僕はなりたい。そうしていつか彼女にありがとう、と囁かれる。努力も苦労も涙も全てはその一瞬のため。ああ、そのとき僕はどんな顔をしているんだろう。笑っているんだろうか。泣いているんだろうか。楽しみだ。未だ可能性の蕾。僕はただ待っていればいい。花が咲くその時を。そしてそのとき僕たちは初めてキスをするだろう。軽い、触れるだけのキス。見詰め合う僕らに言葉はいらない。そう、そこにあるのは愛だ。愛だけが、その空間に広がっていく。僕らはその熱にうなされるように、手をつなぎ、指を絡める。いいだろ、と僕が聞く。いや、と短く彼女が答える。でもそれはNOじゃない。彼女の態度がそれを教えてくれる。やがて僕らの影は一つに重なっていく。ああ、だめだ。そんなのはだめだ。僕たちにはまだ早すぎる。もっと、慎重に時を重ねよう。そうした恋愛が真の愛を育むんだ。なあ、そうだろう? 僕のマリア、許しておくれ。僕は君を処女のままにはしておけない。ああ、この世は悲しみに満ちすぎ過ぎている。僕たちがまだ出会ってすらいないなんて!!
その窓から見る景色は、しみったれた、クソったれな、ゴミの掃き溜めのような風景だった。
でも、音は違う。
鳥の声。子供の声。犬の声。猫の声。
そしてピアノのワルツ。
その全てが僕の退屈を殺してくれる。
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