天翔る隼-The Sky Falcon- 近松燐太朗
第一話
校舎の窓の向こうに広がる青空は、人間の目から見れば確かに“ホンモノ”の青空だった。しかし、その薄皮の青空一枚はさんだ向こう側は、すぐに星空が広がっている。
違いといえば、空に鮮やかな青を湛えているのが大気か極薄型ディスプレイドームか位のものだ。
要するに、この空は偽物だった。あくまで地球の空を本物とするならばであるが。
そんな雲ひとつ無い青空に、一筋の雲が出来た。ジェットエンジンの咆哮と共に出来たその雲は、瞬く間に伸びていく。
窓を眺め続けていたエディは、自然とそれを目で追ってしまう。恐らく自分の学校の機体だろう。
やがてジェットエンジンの爆音も遠のき、伸びきった飛行機雲も散り始める。
常にご機嫌な空模様なコロニーの、日常の風景だった。
ユーリイ・ガガーリン少佐が「地球は青かった」の発言をしてから百年余り。かつて少佐が苦労した宇宙飛行はもはや既存技術になって久しい。
しかし、何億十年もの間地球の空に輝いた、太陽という加護のもとから離れて、より遠く―たとえばエッジワースカイパーベルト天体よりも向こう側―へ行く程には進化していない未来。
宇宙へ出たは良いものの、結局太陽の庇護のもとから離れられない人類が選んだ道が、満天の星空に浮かぶ、スペースコロニーだった。
こういう経緯もあって、見事コロニーは宇宙に浮かび、地球人の多くが移住した。
人口の移行に際して、それに見合うだけの数のコロニーも作られた。どこにそんな資源があったのかは疑問だが。
かくして人類は、自ら「母なる大地」を作り出すことに成功した訳だが、それは同時に、新たな戦乱の火種でもあった。
人類の歴史は戦火と共に在ったといっても良い。人類はその知恵を存分に活用して、同種同士で殺し合いをしてきた。
痛ましい歴史だった。しかし人類は、どうしてもその行為をやめられない。まるで地球の支配者のようにのさばってはいるが、その実野生動物のころから大して進化はしていないのではないか。
しかし、技術は確実に進化していた。地球においても、コロニーにおいてもである。
技術の進歩は、やがてコロニーに住まう人々にとって、大きな自信になった。
「もはや我々は、地球の庇護など必要ないのではないか」
コロニーの住人は、そんな意見を声を大にして叫ぶようになった。自分はもう子供ではないと、親に反抗する子供のように。
誠にくだらない理由からではあったが、地球はコロニーの独立は認めたくなかった。
地球人側の感覚としては、マンションの住人が「ここは今日から独立国だ」等と訳の分からない事をのたまって、次の日には一つの国として、自分たちと肩を並べるわけだ。
よほど柔軟な思考の持ち主でもなければ、劇的な変化を認めることなど到底出来るわけが無い。
当然、といえば当然か、それは認められなかった。
もしくは、地球側のちっぽけな矜持、あるいは既に数百年ほど時代遅れな、植民地の支配者の様な感覚―飛んだ思い上がりだが―がそうさせたのか、今となっては知る由もない。
なにはともあれ、独立を望むコロニー諸国と、それをよくは思わない地球との軋轢は、徐々に大きくなり、不信感となって双方にのしかかった。
その不信感が、エディが今所属しているような、空軍大学校の設立をはじめとした軍備拡張を双方に迫る理由にもなった。
コロニーで生まれ育ったエディは、物心ついた時から偽物の空を見ながら育った。もっとも、コロニー生まれのエディにとって、本物も偽物も変わらなかったが。
ある日―一ヶ月や二ヶ月ではなく、もっと昔―エディ少年は、自分の頭上にある空に、“オリジナル”があることを知った。それ以来、オリジナルの空は、彼の憧れになった。
少年が青年になって、将来のことを考える様になったとき、彼の家系がその進路決定に大いに意見した。
コロニー宇宙軍として「軍隊」という組織が出来てから間もないとはいえ、軍人であった彼の父は、彼も是非そうあって欲しいと願った。だからこそ、彼は空軍大学校の校舎の窓から空を眺めている。
「エディ、おいエド、聞いてるか?」
目の前で数度指を弾かれて、エディは我に返った。
「あぁ、アシュレイ。聞いてなかった。何だ?」
「なんだじゃねえよ、ったく・・・。飯の時間だぜ」
「・・・・・・、入り口ンところで待ってんのは、お前とのお食事を待ってる子達じゃないのか?」
確かにエディの言うとおり、彼等のいる教室の入り口から、数人の女子生徒がこちらを見ている。
「あぁ、まあいいんだよ、あれは」
「まったく、お前ほど意味の分からない男はいないと思う。俺なら喜んで女の子についてくけど」
アシュレイは「ははは」と小さく笑うと
「男女の関係よりも、バディとの関係のほうが大事だろ」
と言って、また小さく笑った。
「そうは言っても、何も言わないで無視するってのも可哀相じゃないか?」
エディがそう言うと、アシュレイはすまなそうなな笑顔で―しかしとびきりの作り笑顔で―入り口に向かって手を振った。
今日は昼食を一緒に食べられないと悟った女子生徒たちは、がっかりしたように散っていった。
「これでオッケー。さ、屋上にでも行こうぜ」
「ああ」
二人は各々の弁当を持って、学校の屋上へ上がった。
屋上へ続く扉を開けると、心地よい風が吹き込んできた。
「相変わらずここは気持ちいいな。なあ、エド?」
「何でこんなに人が来ないのか不思議なくらいだよな」
エドの言うとおり、天気のいい日には絶好の昼食ポイントのはずなのだが、どういうわけか誰も来ていないのだ。
有り体に言えば、屋上は立ち入り禁止だったわけだが、入学当初から何も言われていなかった為、二人がそれを知らなかっただけなのだが。
「そう言えば、午後から実習だっけか」
エドがそう聞くと、横でサンドイッチを頬張っていたアシュレイは、何事かフゴフゴ言いながらやや大げさにうなずいた。
「あぁすまん。飲み込んでからでいいよ」
アシュレイは口いっぱいに頬張ったサンドイッチを飲み込んだ。
「そうだ。久しぶりにまた飛べるな」
約一週間ぶりの飛行実習。この学校の訓練生の中で、楽しみにされているカリキュラムの一つだった。
「先週はエド、お前教官との模擬戦でボロ負けしたもんな」
「うるさいな。あんなの教官の暇つぶしだろ?逆に俺らみたいな訓練生に負けてる教官とか、戦場でも生き残れやしないだろ」
アシュレイが前回の実習での出来事を思い出して噴き出すと、エドはアシュレイの頭を軽く小突いた。
「痛ぇな、何すんだよおめぇ。大事な相棒の頭を小突くんじゃねえよ」
「手加減したんだから、大した事無いだろ」
この学校の通例として、実習の際にはバディを組み、基本的に卒業までそのペアとともに実習を行うことになっている。この二人もそうだった。
そんな二人の耳に、遠くから近づくジェットエンジンの音が聞こえてきた。二人は、自然その音に耳を澄ます。
「何だこんな時間に。教官機か?」
「エド、左前方、距離五千」
アシュレイは、最後のサンドイッチを飲み込んでからそう告げた。
アシュレイに言われた方向を見ると、戦闘機が接近していた。やがてその機体は屋上のはるか上空を通過し、飛び去っていく。
その機体の機首に描かれたターゲットマークは、間違いなくこの学校の教官機のものであった。
遅れること数秒、戦闘機に引き連れられていた突風が、屋上の二人を襲った。二人は堪えきれず目をつぶる。
風が収まると、二人は恐る恐る目を開く。殺風景な屋上に特に変わった点はなかった。いや、一つだけある。屋上の床に、食べ物だったらしき残骸が。
「随分派手なウォーミングアップだな」
その惨状に気が付かないエドが教官機を見送りながらのんきに呟いた。
「そうだな。お前の弁当撒き散らすくらいには派手だったな」
「え?あ、あぁぁぁ!俺の弁当がぁ」
ようやく惨状に気が付いて、エドは屋上の床に跪いて嘆いた。しかし、嘆いたところで彼の昼食が戻ってくる事はなかった。
第一話あとがき
どうも、始めましての方が多いと思います。あ、でももしかしたら東方の同人小説のほうを読んで下さっている奇とk(ry いや、ありがたい読者の方々もいらっしゃるかもしれませんね。
まだ東方のほうは読んでないって方で「よ、読むくらい別にどうってことないわよ!」ってかたは、ぜひ読んで頂けると幸いです。あと、意見頂けると、感無量です。
オリジナル小説の構想は、大分昔からあったんですが、なにぶん飽きっぽい性格でして、あまり書く気にもなれなかったんですが、
「オリジナルを書いてください♪」
って可愛らしくリクエスト頂いたんで―嘘です。本当は普通に頂きました―やる気を出して書きました。いや、むしろやる気よりも厨二精神のほうが前面に押し出されてます。
いやぁ、SFって便利な言葉ですよね イヤ、タイハナイデス。
そんなわけで、近松燐太朗名義の第一作「天駆ける隼」今後も皆様をぶっちぎって連載させて頂きます。
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厨心が私にこうさせたんです。SFです。あと、近松燐太朗は、一応オリジナル作品のときの名義ってことでお願いします