それは一刀たちが今だ許昌に居た頃の事。
「しかし久しぶりじゃの~、こうして三人で昼を食べに行くのも。のう、一刀」
「そだね。ここんとこお互い、中々同じ時間に手が空くってこと無かったからな」
「ですね。……まあ、本当は?私と一刀さんと“二人で”、行きたかったんですけど」
「そうじゃな。本当は、“妾と一刀の二人で”、な」
『フッフッフッフッフ』
「……あ~っと。あ、あははは……その、仲良く行こう、ネ?」
一刀を挟み、それぞれ両の腕の片方づつをがっしりと掴んで、牽制と言う名の笑いを相手に向ける、李儒と徐庶。いわゆる両手に花状態の一刀はと言うと、嬉しいやら困ったやら、どう反応したらいいものか分からず、引きつった顔で乾いた笑いをこぼす事しかできずにいた。
そういう状態で街の大通りを歩く事数分。三人は目的の場所に到着した。ここ最近、昼食といえば定番になっているその飯店、『
「こんにちわ~」
「店主~。今日もとびっきり辛い麻婆をたのむぞ~」
「……良くあんな『赤い汁』食べれますね。舌がおかしいんじゃないですか?命さま。……って、あれ?瑠里ちゃん?」
『瑠里?』
「……あ。ども」
店内に入り、彼らの目に入ったそのよく見知った景色の中に、さらによく見慣れた光景が映った。それはもうとても幸せそうに、ちゅるちゅるとラーメンの麺をすすっている、黒いゴスロリを着た銀髪ツインテールのその少女。司馬仲達こと瑠里の姿であった。
「なんだ。瑠里も今日はここでご飯だったんだ」
「……はい。事務仕事が予定より早く終わったので。……ずずず」
「……相変わらず幸せそうに食べるの~」
「顔、恍惚としてるもんね」
「……/////」
彼女、司馬懿にとってはまさに大好物の、纏華羽特製ラーメン。ここ、許昌の街を一刀たちがその統治下に置いて少ししてからこの店を発見した彼女は、一発でこの店のラーメンの虜になってしまった。それ以来、ほぼ毎日といって良いほど、彼女は足しげく通っているのである。そのせいもあってか、ここの主人夫婦とも相当に仲が良くなったらしく、今では真名すら預けているほどで、また主人夫婦の方も、司馬懿のことをまるで我が子のように可愛がっているそうである。
「瑠里ちゃ~ん。お待ちの特製春巻き、あがったよ~。……お?あ、これは御太守ご一行様。毎度どうも」
「秋斗~。そろそろ休憩にしない~?……って、あ!御太守様たち!こんにちわ~!……ぶいっ」
厨房から春巻き片手に顔を出した、この纏華羽の主人であるその人物と、その主人に続いて同じく厨房から顔を見せた女性が、一刀たちに向かって何故かVサインをしてみせた。
ちなみに、なんでその女性がVサインなんか知っているのかというと、司馬懿が一刀から教わったその挨拶を、その司馬懿からさらにその女性が教わって、とっても気に入ったらしいとのことである。
「……えーっと、特製
「妾はもちろん、超
「私はラーメン定食、麺・ご飯超特盛で」
「はい。蝦盛丼に超吃驚麻婆飯、ラーメン定食麺ご飯超特盛ですね。少々お待ちを。百合夏~!準備してくれ~」
「は~い!」
店の主人夫婦が一刀たちの注文を聞いて足早に奥へと引っ込んでいく。それを見送った一刀たちは、卓の上にあった茶器でお茶を始めながら、司馬懿も交えての歓談に供する。最も、司馬懿は相変わらずラーメンに夢中で、時折一刀たちの話に頷いて見せるだけなので、会話に加わっているとは少々言いがたいところだが。
「はいは~い!ご注文の品、お待たせいたしました~!」
そうして暫くしたのち、纏華羽の女将である女性が、一刀たちがそれぞれに注文した品をお盆に載せ、両手で器用に運んできた。白いご飯の上に特大サイズの海老の揚げ物をメインに、様々な野菜の天ぷらのようなものが添えられた、一刀注文の蝦盛丼。単なる赤い汁としか言いようの無い見た目の麻婆豆腐を、これまた白いご飯の上に乗せた李儒専用超吃驚麻婆飯。徐庶が頼んだ、一見、普通のラーメンを中心とした定食。しかしその麺とご飯の量は、それぞれ軽く五人前は在ろうかと言うデカ盛りサイズ。
「……命の激辛麻婆も大概だけど、輝里もその体型で良くその量が入るね……」
「生まれつきのこの力のせいですかね~?朝と夜はともかく、お昼はこれぐらい食べないと、一日体力が持たないんですよ」
「……それで太らんのだからの~。……妾もそのぐらい食べれば、も少し背が伸びるかのぅ?」
「……命さんはその分、胸に栄養が行くと思いますけど」
なにわともあれ。そうして出された食事をそれぞれに平らげ(もちろん、激辛もデカ盛りも)、食後の一服をしていたその時、“その事”が店の主人夫婦から一刀に告げられた。
「あの、北郷さま?」
「はい?なんでしょうか」
「その。不躾なのは承知の上でお頼みするんですが、北郷様からもぜひ、瑠里ちゃ…いえ、司馬仲達さまにお口添えをしていただけないでしょうか?」
「(ぴく)……その件はお断りしたはずですが」
「……何の話だい?瑠里」
「大したことじゃあないです。この人たちが私を、養子にしたいと言っているだけです」
『へ?養子?』
つまりはこういう事である。
この店の主人夫婦には、嘗て一人娘が居た。だが、当時二人が住んでいた邑に流行り病が発生し、その時二人の娘も亡くなってしまったそうである。失意にくれた二人はこの街へと移り住み、今の店を始めた。死んだ娘の事を少しでも忘れられるようにと、必死になって働いたお陰で、店は順調に軌道に乗り、当時この街を統治していた曹操からも、その味にお墨付きをもらうほどの有名店にまでなった。
娘の事もどうにか過ぎ去った出来事として乗り切ることが出来たある日、この街の統治者が一刀たちに替わり、その配下である司馬懿がこの店を始めて訪れた。その時、二人はまるで、死んだ我が子が帰って来たのではないかとの錯覚を覚えたそうである。
「……瑠里ちゃんはあの娘と何処か似ているんです。髪の色や顔立ちは違いますが、その仕草から話し方が……」
「あの娘の面影を彼女に重ねているのは、分かっています。ですがそれとは関係なく、私も妻も彼女を本当に気に入っているんです。ですので既に何度か瑠里ちゃん本人には話をしたのですが」
「……にべも無く断られている、と」
『はい……』
気持ちは嬉しいですけど、私にはその気、全くありませんから、と。主人夫婦の再三再四の願いを、司馬懿は頑なに拒否し続けていると言う。
「で、俺に彼女の説得を頼みたい、と?」
「はい」
「……一刀様まで巻き込んだところで、私の答えは変わらないです。それじゃ、御代はここに置いておきます。ご馳走様でした」
「あ、瑠里ちゃ」
いつも通りの鉄面皮。その表情をまったく変えることも無く、店から立ち去る司馬懿の背を見送った後、店主夫婦はがっくりと肩を落とす。
「……のう、一刀。なんとか力になってやれぬものかのう?」
「ですね。……せめて、あの娘があそこまで頑なになってる理由だけでも、聞き出せないものでしょうか?」
「……今夜辺り、彼女と話してみるか」
そしてその日の夜。
「瑠里、ちょっといいかい?」
「あ、はい」
入室の許可を部屋の主から取りつけ、一刀が中に入る。部屋の中には一切の飾りつけはなされておらず、本当に年頃の少女の部屋なのかと思ってしまうほど、彼女、司馬懿の部屋はいたってシンプルなものであった。
「何か御用ですか?急ぎの仕事はもう無いはずですけど」
「……えーっと。その、だな。……昼間の件で、ちょっと話に来たんだけど」
「……だったら何も言うことは無いです。明日もまた早いんで、お帰り願いますか?」
「(……取り付く島もないってかんじだな)……せめてさ。理由ぐらい教えてくれたっていいんじゃないかな?あの店の店主さんたち、瑠里のことほんとに可愛がってくれているんだろ?」
「……おせっかいですね、ほんと。……別に大した理由じゃないです。……父さんと母さん。私がそう呼ぶべき人たちは、あの二人じゃない。それだけです」
「あ……」
自分が父母と呼ぶのはあの二人ではない。
司馬懿からそういわれたその瞬間になって、一刀は漸く彼女の気持ちを理解する事ができた。……司馬懿にとって、両親と呼べる存在は“あの時”自分を庇って死んだ、二人だけなのだと。彼女はその無表情な顔で、冷徹にそう言ったのである。
「……それに」
「?それに?」
「……あの人たちの子供になら無くても、私にはもう“家族”がいますし」
「それって」
「女の人にだらしなかったりとか、家計を圧迫させるような大食漢とか、いつも仮面被ってる趣味の悪い人とか、無駄に元気な小さい人とか、頭の回転が速いんだか遅いんだか分からないような人とか、色々世話の焼けるお兄さんやお姉さんばっかりですけど」
「……あ、はははは……」
見事なまでに大正解なそれぞれの票価に、乾いた笑いしか出ず、その顔を引きつらせる一刀。
「……でも」
「……でも?」
「それでも、とっても優しくて、とっても頼れる、素敵な家族です。……今の私には、一刀様たちが居れば、それ以上望むべきものはありませんから」
「……そっか」
「はい。あ、それから一刀さま?」
「ん?なんだい?」
「……今のは他の皆さんには秘密にして置いて下さい。……恥ずかしいですから」
「……分かったよ。俺と瑠里だけの秘密、な?」
「……です」
確かに、彼女の中に両親や姉妹達に関するトラウマは、いまだくすぶり続けてはいるようである。だが、それもどうやら、もうほとんど心配はなさそうだなと。顔を真っ赤にしてそむけている司馬懿に、一刀はその優しい笑顔を向けるのであった。
でもってその翌日。
「ちょっとそこの性欲魔人!貴方って人はとうとう幼女趣味に走ったんですかー!?」
「ちょ!何朝っぱらから人聞きの悪いことを言ってるんです、朔耶さん!」
「とぼけても無駄です!昨晩、遅くに瑠里ちゃんの部屋から出てくるのを、この目でちゃんと見たんですよ!?」
「激しく誤解だ!あれは……」
早朝の朝議の場に出るその前。朝食を済ませたばかりの一刀に、いきなり食って掛かってきた伊籍。どうやらその理由は、昨晩一刀が司馬懿の部屋を訪れたことにあるらしかったが、その場で二人だけの秘密だと約束した以上、一刀は本当のことを話すこともできず、どうしたものかと脳をフル回転させて考え抜く。そこに、
「……朝から元気ですね。何がどうしたんですか?」
「あ!瑠里!ちょうどいい所に!夕べの件で朔耶さんが思いっきり誤解してるんだ!頼むから君からも何とか言ってやってくれよ!」
「……ああ。そう言う事ですか。……朔耶さん」
「どうしたの、瑠里ちゃん?やっぱりこの性欲魔人に貞操を」
「……はい。それはもう泣き叫ぶ私を無理やりに……しくしく」
「ちょっー!?瑠里!何事実を捏造してるの!?」
「……おのれこのち○こ太守!今日と言う今日は許しません!私の薙刀で宦官にして差し上げます!!」
「だーっ!!濡れ衣だー!瑠里ー!頼むから命に関る冗談は止めてー!!」
何処からとも無く取り出した薙刀を手に、その場で一刀を追い掛け回しだす伊籍。でもってそれに必死で抵抗し、伊籍から逃げまわる一刀を見ながら、当の問題発言をした司馬懿はというと。
「朔耶さん。今のは嘘ですよ?そんな事位見抜けるようになってください」
「へ?嘘?」
「です。でもまあ、それを信じられてしまう一刀さんにも、責任はあると思いますけどね」
「……返す言葉もございません」
「じゃ、そろそろ朝議に行きましょうか。……多分今頃、輝里さんと命さんがめちゃくちゃ怒ってると思いますよ?」
てこてこと。その場から一人歩き出す司馬懿。後に残された一刀と伊籍はというと。
「……太守様?瑠里ちゃん……何かあったんですか?なんか、最近すっごく明るいんですけど。……今みたいにお茶目なことも言うようになったし」
「……彼女だって、何時までも過去の事に縛られてるってわけじゃあない、ってことさ。さ、それじゃあ朝議に行きますか?……輝里たちの雷が落ちないように祈って」
「う。……ですね」
そうして慌てて二人も、司馬懿の後を追って駆け足を始める。後ろから走ってくる二人の様子を、歩きながら視線だけをそちらにやり、その視界の片隅に捉えつつ、司馬懿は一人小声で呟いていた。
「……父さん。母さん。それからお姉ちゃんたち。瑠里は今、こんなに素敵な家族に囲まれています。色々騒がしいけど、優しくて温かい、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちに。だから」
ぴた、と。不意にその足を止め、欄干から蒼い空を見上げ、その遥か先にいるであろう家族に向かって、彼女は最後にこう呟いた。
「……瑠里は今、とっても幸せです」
その顔に、飛び切りの笑顔を浮かべて。
~終わり~
というわけで、久々北朝伝更新は、瑠里拠点の幕間をお送りしました。
この北朝伝で唯一の遊びネタ。出展はもちろん、皆さんご存知の通り(?)、某撫子でございます。纏華羽屋の主夫婦の元ネタも、その登場人物でございます。
何気にあの二人の当て字が一番悩んだ部分だったりしてw
さて。
北朝伝の幕間シリーズは、次回の輝里&命の分で終了です。
その後はいよいよ最終章に入ります。昨年年明け前から始めたこの作品も、なんだか長いようであっという間だった気がしますが、出来れば最後までお付き合いのほど、よろしくお願いします。
それでは次回。
輝里と命の幕間話にてお会いしましょう。
再見~( ゜∀゜)o彡゜
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ども。狭乃狼です。
久方ぶりの北朝伝。今回は司馬仲達こと瑠里の拠点をお送りします。
今回は多分に遊びネタを含んでおります。
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