No.304502

僕と進路調査と主婦と主夫

バカテスは最終回前に大攻勢を。
ほとんどが放置作品を最近再執筆したものですが。
今回は進路調査


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2011-09-21 00:32:48 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:7272   閲覧ユーザー数:3969

僕と進路調査と主婦と主夫

 

「それじゃあ今渡した進路調査用紙を記入して明日提出すること。お前らはバカなんだから特によく考えてから記入するように」

 終業後のHRの時間、鉄人は面倒なものを僕らにプレゼントしてくれた。

 進路調査用紙。

 学力最底辺で落ちこぼれている僕らFクラスにとっては特に荷が重いもの。

 大学受験すら絶望的な僕らに将来の夢なんか思い描けないし、思い描けた所で僕らに何が達成できると言うのだろう?

 でも、鉄人の物言いは何か引っ掛かった。

「バカだから特によく考えてってどういうことですか?」

「それはだな……」

 鉄人は教室をグルッと見回した。

「お前ら、まさかとは思うが“就きたい職業”に“自由人”とか“ニート”とか書いてみろ。そんなフザけた奴は1日中補習室でたっぷり可愛がってやるからな」

 クラスメイトの大半がビクッと肩を震わせた。

 それから慌てて消しゴムやら修正液を取り出してゴシゴシし始めた。

 なるほど、鉄人が注意したのはそういうことか。

 そしてさすがはFクラス。

 将来に夢も希望も抱いてない生徒が多すぎる。

 今の鉄人の一言で慌てなかったのは10人もいなかったんじゃないだろうか?

 でも、逆に言えばその驚かなかった少数の生徒は将来の夢を持っていることになる。

 その内の1人に僕は近付いてみた。

 

「秀吉は将来の夢がもう決まってるんだよね~」

 秀吉の将来の夢なら僕にだってわかる。

「ああ。長い間ずっと志してきた夢じゃからのぉ。夢の実現の為の鍛錬も毎日欠かしたことはない」

 夢を語る秀吉はいつもより凛々しくて輝いて見えた。

 やっぱり夢に向かって歩いている人は格好良い。

「ワシは役者になるという夢に向かって突き……」

「秀吉が僕のお嫁さんになる為に毎日鍛錬を欠かさないなんて嬉しいよぉ~」

 しかも、花嫁修業を毎日欠かさないなんて僕は男冥利に尽きるじゃないか。

「はぁ? 何を言っておるのじゃ明久は?」

「だから、秀吉は”就きたい職業”に”お嫁さん”って書くっていう話」

 秀吉ほど”お嫁さん”が似合う女の子もいないと思う。

「ワシは男じゃともう100回ぐらい言っておるというのに」

「裁判を起こせば誤って登録された性別も正せるって100回ぐらい言っているのに」

 秀吉は何故か男でいることに拘っている。

 役作りの一環なのか、高校時代は男として通えという漫画みたいな教育方針が存在しているのか。

 お姉さんの優子さんが誰よりも男らしいのを見る限り後者である可能性が断然高い。

「わかったよ。僕も家庭の事情にはこれ以上口を挟めない」

「何を意味不明に納得しておるのじゃ、おぬしは?」

 秀吉のご両親は僕の将来の義理の両親でもある。だから円満な関係を築かないといけないよね。

「とにかく秀吉が”就きたい職業”に”お嫁さん”と書くつもりなのはよくわかったよ」

「何もわかっておらぬではないか。それ以前に”お嫁さん”は婚姻関係を結んでいるという状態を示すものであって、職業ではないぞ」

「ええ~? そうなの~?」

 秀吉の言葉に驚かされる。”お嫁さん”が職業じゃなかったなんて。

 そして秀吉の言葉に驚かされたのは僕だけじゃなかった。

 

「あの、西村先生っ!」

「西村先生っ!」

 姫路さんと美波が凄い勢いで立ち上がり、鉄人の元へと駆け寄った。

「”就きたい職業”に”お嫁さん”と書いちゃダメなんですか?」

「ダメなんですか?」

 2人は泣きそうな瞳で鉄人に詰め寄っている。

 鬼と称せられる鉄人も女子生徒2人に詰め寄られてはタジタジだった。

「あ~、”お嫁さん”と言うのは”専業主婦”のことか?」

「「そうですっ!」」

 シンクロして答える姫路さんと美波。

 一体何がそこまで彼女たちを燃え上がらせているのだろう?

「いや、俺は”専業主婦”という生き方を否定するつもりはない。だが、就職してから結婚し、それから”専業主婦”として生きるかどうか考えても遅くはないんじゃないか?」

 鉄人は姫路さんたちに気圧されている。上げた両手が2人を制しているというよりも降参のポーズに見える。

「「そんな遠回りしてたんじゃ”お嫁さん”になれなくなっちゃいますっ!」」

「何故そこで2人してワシを鬼の形相で見るのじゃっ!?」

 姫路さんたちは怒りとも嫉妬とも判断できないもの凄い怖い瞳で秀吉を睨んでいる。

 一体、どうしたのだろう?

 姫路さんたちの行動がまるでわからない。

「姫路と島田の”お嫁さん”に賭ける熱い意気込みは俺も十分理解した。だがな……」

 鉄人は面倒くさそうに僕を見た。一体、何故?

「あれで本当に良いのか?」

「「いいんですっ!」」

 鉄人と姫路さんたちが僕の付いていけない謎な会話を繰り広げている。

「じゃあ、こう考えよう。単純な算数の問題だ」

 何故ここで算数の問題が出て来るのだろう?

「将来を悲観せざるを得ないバカ男子生徒と、学校を代表する優秀な女子生徒、それからドイツ語、英語、日本語の3ヶ国語を駆使できる語学万能な女子生徒。将来多く稼げそうなのは男子生徒と女子生徒のどっちだ?」

「そんなの女子生徒に決まっているじゃないですか。バカな僕にだってわかりますよ」

 鉄人は何故そんなわかりきった問題を訊くのだろう?

 でも、姫路さんと美波の反応は違った。

 肩を大きく震わせ始めた。

 一体、どうして?

「しかも、そのバカな男子生徒は勉強はからっきしだが、独り暮らしをしていて家事の能力だけは一級品。今すぐ主夫になっても何の問題もないという。これならどうだ?」

 相変わらず鉄人が何を言いたいのかさっぱりわからない。

 そのバカな男子生徒の家事の腕前が上手だと姫路さんたちの将来にどう関係するって言うのだろう?

 ところが姫路さんたちは予想外の反応を示した。

 突然僕の所に凄い剣幕で詰め寄ってきたのだ。

「明久くん、私、頑張って働きますからっ! 明久くんに経済的に不自由な思いは絶対にさせませんからっ!」

「アキは家で専業主夫をして、仕事で疲れて帰ってきたウチを子供と一緒に暖かく出迎えてくれればそれで良いからっ!」

「なっ、何を言っているの2人ともっ!?」

 2人が何を言っているのかまるで理解できない。

「アキ、ちょっと進路調査用紙を貸しなさいっ!」

「明久くん、借りますねっ!」

 姫路さんたちは僕から進路調査用紙を奪い取り、油性マジックを取り出した。

 そして”就きたい職業”に”専業主夫”、”お婿さん”と書き込んでしまった。

「って、これ油性マジック、しかも太いのだからもう絶対に消せないよね? どうするの、これ!?」

 姫路さんと美波の行動の意図が全くわからない。

 困り果てて鉄人を見る。

 鉄人は優しい瞳で僕を見ていた。

「吉井、お前1人の安い犠牲で優秀な女子生徒を2名も社会に送り出すことができるんだ。実に得な取引だとは思わないか? こんな簡単な算数、そうはないぞ」

 こんなに優しく語り掛ける鉄人を見たのは初めてだった。

 そして詳細は把握できないのだけど、僕は売り払われたのだとわかった。

 こうして僕の”就きたい職業”は”専業主夫””お婿さん”に決まってしまった。

 

 

 

「良かったじゃないか、明久。”就きたい職業”が教師公認で”専業主夫”なのは全国広しといえどもお前ぐらいのもんだぞ」

 雄二が小ばかにしながら僕の進路調査用紙を覗き込む。

「他人事だと思って気楽に言わないでよ」

 まあ、進路について悩まなくて済んだのはラッキーだったんだけど。

「大体、そういう雄二だって”就きたい職業”は”霧島グループ社員”ってもう決まってるじゃないか。不動の公認だよ」

「何故俺が翔子の家の会社の社員にならないといけないんだ?」

 不満そうな雄二。

「でも、もう調査用紙にそう書き込んであるじゃないか」

 雄二の用紙に目を移す。

 そこには”霧島グループ社員”と油性マジック(太)でデカデカと記入されていた。

「何ぃいいいいぃっ!? 一体、いつの間にぃいいいいぃっ!?」

 大げさに驚く雄二。

「……雄二が遅いから私が代わりに書いておいた」

 驚く雄二の横に霧島さん登場。

「いつものことながら霧島さんは用意周到で仕事が早いよね~」

「……夫を支えるのは妻の役目、だから」

 照れる霧島さんが可愛い。

「何を勝手なことをしてくれてんだ! 俺の将来を勝手に決めるんじゃねえっ!」

 雄二は照れくさいのか顔を真っ赤にしながら霧島さんに詰め寄る。

 だけど、霧島さんは冷静に雄二の首に手刀を打ち込んで黙らせる。

 さすがは内助の功。対応が的確で冷静で手馴れている。

「……ちなみに私の用紙はこれ」

 霧島さんが見せてくれた進路用紙。

 そこには”坂本雄二のお嫁さん”と可愛らしい文字で書かれていた。

「へ~。霧島さんにぴったりの可愛い夢だねぇ」

「……照れる」

 霧島さんは小学生の時から雄二のお嫁さんになるって決めていたそうだし、ピッタリな進路じゃないかと思う。

 結婚相手が雄二なのは選択ミスかなって思わないでもないけれど。

「俺の将来を勝手に決められてたまるかってんだっ!」

 だけど素直になれないバカは霧島さんの手から進路用紙を奪い取り引き裂こうとした。

「破れない、だとっ!? な、何でだっ!?」

 でも、雄二が幾ら力を込めようと進路調査用紙は破れなかった。

「……破こうとしても無駄。その紙には既にダイヤモンドラミネート加工を施してある」

 さすがはこの学校1番の天才である霧島さん。用意は周到だ。

「だったらせめて俺の進路用紙を引き裂くまでだっ!」

 雄二は霧島さんの用紙の破壊を諦めて自分の進路調査紙を手に取った。

 そして全力を込めながら縦に引き裂こうとする。

 だけど──

「これも破れない、だとぉっ!?」

「……雄二の用紙に記入した時に既に加工を済ませておいた。抜かりはない」

「くっそぉ~~っ!」

 ガックリとうな垂れる雄二。

 バカな雄二がしっかり者の霧島さんに敵うはずがない。最初から無謀な戦いだったのだ。

「……雄二のテレ屋さん」

 霧島さんは床に落ちていた雄二の進路調査用紙を拾い上げ、自分の用紙と重ねる。

 そしてちょうどFクラスの外を歩いていた高橋先生に2枚の用紙を手渡した。

「受理します。何の問題もありません」

 高橋先生は2枚の紙を目を通した後でそう告げた。

 さすがは学年主任の高橋先生。仕事が早くて完璧だ。

「俺に味方はいないのか。畜生ぉおおおおおおおおぉっ!」

 幸せ者が涙を流しながら吼えた。

 まあ、幸せ者の言うことなので誰も耳を貸さなかったけど。

 

 

 

 雄二だった抜け殻に別れを告げて次なる対象者を探す。

 姫路さん、美波、秀吉の進路は聞いた。

 僕と雄二の進路も決まった。

 他の男子生徒たちはニートの新しい呼び方を考えるのに夢中。

 となると、Fクラスでまだ進路がわかっていないのはもう1人しか残ってなかった。

「ムッツリーニは進路調査になんて書くの?」

 ムッツリーニはムッツリだけど、その持っている才能はFクラスで最も多彩。

 カメラの技術は超一級だし、諜報任務もプロレベル。料理を作らせればお店を開けそうなレベルだし、学校の勉強以外は何をやらせてもエキスパート。

 それが土屋康太ことムッツリーニという男だった。

 

「ムッツリーニくんが何て書くのかボクも気になるなぁ~」

 と、A組の工藤さんが僕の隣に現れた。

 工藤さんは興味津々と言った表情でムッツリーニの用紙を覗き込もうとする。

 だけどムッツリーニは用紙に身体を覆い被せることでそれを拒んだ。

「…………工藤愛子、お前に見せる義理はない」

 ムッツリーニは子供みたいに必死に隠している。

「え~何で~? 見せてくれたっていいじゃん」

 工藤さんは顔はニコヤカに笑っている。

 だけど、フェイントを交えて体を懸命に動かして何とかムッツリーニの進路調査を見ようと必死だ。

 2人とも何でこんな必死なのだろう?

「ムッツリーニくんなら、カメラマンでも探偵でも料理人でも何でもできるからねぇ。そんな多彩な選択肢の中、何を選ぶのかボクも興味があるんだよ」

「…………うるさい。だったらお前の用紙を先に見せてみろ」

 ムッツリーニの反撃。

「いーよ。ホラっ」

 工藤さんは簡単に自分の進路調査用紙を見せた。

 ムッツリーニが横目でジッと用紙を覗き込む。

「…………空欄じゃないか」

 ”就きたい職業”には何も書かれていなかった。

「いやぁ~まだ決めかねていてねぇ。別にムッツリーニくんの意見を参考にしようとか、ムッツリーニくんと同じものを書こうとか、そんなことは全然考えていないよぉ」

 工藤さんは笑いながら頭を掻いた。

 今の言葉の真意は鈍い僕でもわかる。

 つまり、工藤さんはムッツリーニが書いた職業以外の職種を選択しようというつもりなんだ。

 学校での最大のライバルであるムッツリーニと職業希望が重ならないように調整するつもりなんだっ!

 この不況のご時世、強力な競争者の存在はご免こうむりたいという工藤さんの気持ちは痛いほどよくわかる。

 工藤さんはムッツリーニと争わずに済む生き方を模索しているんだ。

 

「ムッツリーニ、意地悪せずに工藤さんに進路調査用紙を見せてあげなよ」

「…………明久、お前は何を言って……ウッ?」

 ムッツリーニの体を脇に手を挟んで上へと引っ張り上げる。

「さあ、工藤さん。ムッツリーニの用紙を確認すると良いさ」

「…………離せ、明久っ!」

「ありがとう、吉井くん♪」

 ムッツリーニの用紙を覗き込む工藤さんと僕。

 そこに書かれていたのは……

「えっ? “サラリーマン”?」

 あまりにも意外すぎる回答だった。

「ねえ、ムッツリーニ。これは本気なの?」

「…………俺はいつも本気だ」

 真面目な表情のムッツリーニは嘘を言っているようには見えない。

「でも、“サラリーマン”じゃムッツリーニくんの特技を活かせないよ。カメラも諜報も料理も、何も活かせないよ」

 工藤さんはムッツリーニの回答を見て大きく当惑していた。

 声が震えていた。

「…………趣味は趣味。仕事は仕事。別物だ」

 ムッツリーニは意外とドライな考え方をしていた。

 

「でも、ムッツリーニくんの特技はみんなプロ級だよ。特技を活かして探偵とかすればきっと繁盛すると思うよ」

 工藤さんは声が上ずりながらムッツリーニに再考を促している。

 すごく焦っているみたい。

 ムッツリーニの職業がサラリーマンなら工藤さんの競争者にはならないのにどうしてだろう?

「…………俺クラスの能力を持っているヤツがプロにはゴロゴロいる。俺は傑出した才能を持っていない。だから、プロとして成功する保障はない」

 ムッツリーニクラスの盗撮能力を持つ人がゴロゴロするなんて。本当にプロの世界ってのは恐ろしくて厳しいんだなあ。

 けれど、ムッツリーニのその言葉を聞いても工藤さんは諦めなかった。

「じゃあさ、じゃあさ。1人でやっても成功しないのなら2人でやってみるのは、どう、かな?」

 工藤さんはチラチラと恥ずかしそうにムッツリーニを見ている。

「…………2人?」

「そう。2人でやればお互いの足りない部分はカバーできるし、成功率は格段に上がると思うんだ」

 なるほど。工藤さんの言うことは一理ある。

「…………成功率が上がるかはパートナー次第。俺に誰と組めと言うのだ?」

 ムッツリーニはドライに状況分析を続けている。

 確かに足を引っ張るだけの人と組んでも成功率は上がらない。

 ムッツリーニと同等の能力を持つパートナーが必要なはずだ。

 でも、そんな能力を持った人は文月学園には……あっ、1人だけいた。

 だけどそのたった1人である工藤さんはムッツリーニとは違う道に進みたいはず。

「例えばさ……ボク、と一緒に探偵事務所を興してみるとか」

 工藤さんは真剣な瞳でムッツリーニの顔を覗き込んだ。

 えっ?

 何、この展開?

 工藤さんはムッツリーニとは異なる職業を選ぼうとしていたんじゃないの?

 何で工藤さんがムッツリーニとコンビを組もうって話になっちゃうわけ?

 そんな工藤さんの視線を真正面から受け止めるムッツリーニ。

 そして出した答えは──

「………………お前はもっとまっとうな道を歩め。分の悪い賭けに挑む必要はない。お前にはそれだけの学力と社会的ステータスがある」

 NOだった。

「あ、あのね、ムッツリーニくん。ぼ、ボクは……」

 尚も食い下がろうとする工藤さん。

「…………ムッツリ商会の商売の時間。俺はもう行く」

 けれどムッツリーニは工藤さんの話を聞かずに席を立ち、教室外へと出てしまった。

 

 

「ムッツリーニくんはそんなにボクが迷惑、なのかな?」

 工藤さんはすごく落ち込んでいた。

 工藤さんはムッツリーニと違う職業に就きたかった筈なのに、ムッツリーニの仕事のパートナーになることを断られて傷心している。

 理解の範疇を超えたこの事態に僕は何と言って彼女を慰めれば良いのかわからない。

 いや、そんな諦めモードじゃダメだ。

 工藤さんも僕の大事な友達じゃないか。

 友達が悲しんでいるのに慰めの言葉の一つも掛けられないなんて人間としてダメだ。

 だから考えるんだ、明久。

 考えて考えて最高の慰めの言葉を工藤さんにプレゼントするんだ。

 工藤さんは仕事のパートナーを探していた。

 ムッツリーニに断られたから悲しんでいた。

 だったら、僕が彼女に言ってあげられることは、これしかないっ!

「工藤さん」

「うん? な~に、吉井くん?」

 工藤さんは今にも泣きそうな顔をしている。

 やっぱり、言うしかないっ!

「工藤さんのパートナーには僕がなるよっ! 僕と2人で探偵事務所を興そう!」

 工藤さんの心を癒す最高の一言を発する。

 これで工藤さんも立ち直ってくれるはずだ。

 そして──

「プッ。あっはっはっはっはっは」

 工藤さんは笑ってくれた。

 僕の予想通り、元気になってくれた。

「あはは。吉井くん、何それ? ほんと、おかし過ぎるんだけど。あっはっはっは」

「工藤さんが元気になってくれて良かったよ」

 みんなは僕のことをバカだバカだ言う。

 でも、僕はこうして工藤さんを立ち直らせることに成功した。

 僕はただのバカなんかじゃないっ!

「いやぁ~まさかボクが吉井くんにこんなにも熱い告白をされるなんて思わなかったよ」

「へっ? 告白?」

 告白って何のこと?

「でも、そういう告白は瑞希ちゃんか美波ちゃんにしてあげないとダメ、だよ」

「へっ? 何でここで姫路さんと美波の名前が?」

 全くわからない。

 何故2人の名前がここで出て来るの?

「まあでも吉井くんのおかげでちょっと元気が出たからボクはもう行くね」

「あっ、うん」

 工藤さんは首の後ろで手を組みながらゆっくりと教室を出て行く。

 それから扉の前まで行った所で僕の方を振り向いた。

 そして笑顔で話してくれた。

「元気付けてくれたお礼に1つだけアドバイス。後ろの2人に気を付けてね♪」

「後ろの2人?」

 振り返った時にはもう遅かった。

 ゴンッという鈍い音がごく付近でした。

 それが自分の頭から鳴った音だと気付くと同時に僕は床に倒れた。

 意識が、急速に薄れていく。

 僕は犯人が誰なのかだけでも確かめてダイングメッセージならぬ気絶イングメッセージを残そうと思った。

 残された力を全て振り絞って僕を鈍器で殴った犯人を見る。

 

「明久く~ん」

「ア~キ~」

 見たこともない恐ろしい形相を浮かべた夜叉が2人、立っていた。

 1人は大きなリボンで結わえたポニーテールの髪型でペッタンコな胸が特徴だった。

 もう1人は長いフワフワな髪と高校生とは思えないぐらい豊かな胸が特徴だった。

 

 とても怖くなったので僕はそれ以上何も考えずに気絶することにした。

 いや、やっぱり気絶じゃ済まなくて永眠な気もするけれど。

むしろそっちの方が後が怖くないから良いかも……。

 

 

「明久くん、愛子ちゃんにプロポーズするなんて幾らなんでも節操なさ過ぎます」

「ウチらだってまだプロポーズされたことないのに」

「それにしても土屋くんは本当に不器用ですね」

「あれって、工藤さんが不安定な職業に就かないようにする為の配慮でしょ。わざわざサラリーマンなんて似合いもしないものまで書いて準備しちゃってさ」

「愛子ちゃんの訪問を予想していたぐらいなんですからちゃんと説明してあげれば良いのに」

「ガキだから好きな女の子に素直に自分の考えを伝えられないのよ」

「明久くんといい、坂本くんといい、土屋くんといい、Fクラスの男の子は女の子に対して正直じゃない人ばっかりですね」

「まあ、そこが可愛かったりもするんだけど」

「ですよね。そういう男の子を好きになっちゃった私たちはいつも大変ですけど」

 

 

 意識が完全になくなる直前、夜叉たちから何かやり取りが聞こえたような気がした。

 

 

 了

 


 
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