「桃香様達、遅いですねぇ…。」
紫苑が菓子をつまみながら心配そうに言う。
「心配そうだな。紫苑。」
「そりゃあね、鈴々ちゃんがご主人様を探しに行ってから大分たつもの。」
ふっ、といつも通りに笑うと、星は酒を呷った。
「はわわ、確かに鈴々ちゃんがご主人様を探しに行ってから随分たちますね…。あと星さん、昼間からお酒は…って言っても無駄なんでしょうね。」
「もちろんの事。」
はわぁ、と朱里はため息をつく。
「桃香様達も帰ってきませんし…やることは山積みなんですのに…。」
ぶつぶつと呟きながら黒いオーラを雛里と一緒に出す朱里を紫苑がよしよし、と撫でる。
「全く、2人とも慌てすぎだ。」
「でもぉ…。」
涙目になりながら2人は星を見上げる。(しっかりお菓子は食べ続けている。)
「とにかく、こういう時は落ち着くことだ。桃香様や主ではないが華琳殿や雪蓮殿も手を貸してくれる。心配はいらない。」
そう言いながら星は再び酒を呷った。ちなみにこれで4献目である。
「そですか…?」
「そうだとも。」
その言葉に、そうですね…と呟く2人。そんな景色を見て皆の顔が綻んだ。
「…ん?」
「どうした?焔耶。」
「感じる…感じるぞ…。」
「は?」
私はおかしなことを言い始めた焔耶を見て『ついにおかしくなってしまったのか?』とさえ思った。
「感じる…。いや、分かるぞ…。」
右手を頭にあて(左手は菓子を口に運んでいる)、椅子の上にたって目を見開きながら呟く焔耶。見ていて恐怖さえ覚える光景だ。
「え、焔耶?どうした?」
「ワタシの『桃香様せんさー』が反応している…。桃香様が近づいてくる!!!(菓子を食べながら)」
焔耶がわけの分からんことを言い出した!!
「せ、『せんさー』?何だそれは?」
「焔耶、椅子から降りんか。行儀が悪いぞ。」
戸惑う私をよそに桔梗がぴしゃりと言い放つ。言うの遅くないか?
「は、申し訳ありません桔梗様。…『せんさー』というのは人の気を感じる物の事だ。前にお館から教えてもらった。」
「ほほう、それは中々。やはり天の世界には便利なものが沢山あるのだな。」
「で?桃香様は近くまで来ているのか?」
「はい!間違いありません!!」
「あら。本当みたいね。」
「はわ?」
「あわ?」
紫苑が森の方向を指差した。
「愛紗ちゃんがいるわ。」
「本当です!!」
「…ん?だがおかしくないか?桃香様を抱えている上に、手に何かを…?」
「はわわ、何があったんでしょう…。」
「あわわ、もしかして桃香様が怪我でもしたんじゃ…。」
「何ぃ!?愛紗め、なんということを…!!」
皆がぎゃーぎゃーと騒ぎ始める。内心は誰よりも不安である自信があるが、ここで私まで慌てるわけにはいかん。何より恥ずかしい。
「よく聞け、皆の衆。先程も言ったであろう。『落ち着け』と…」
「皆!!早く!!早く医者を呼んでくれっ!!!」
愛紗が叫びながら走ってくる。全く、何だというのだ。
「鈴々がっ!!!」
愛紗が手に抱えていたのは血まみれの鈴々だった。
星は飲んでいた酒を残らず噴きだしていた。
「はああああああああああっ!!!」
ぶおん!!
ダガーを振り続ける。でたらめに振っていない、【男】の動く先を読んで攻撃している。のに、
(当たらない…!!)
ひょいひょいと紙一重でかわされてしまう。
「くっ…!」
蹴りや体当たりとかもしっかりと防がれてしまう。
「……。」
バッ!
バックステップで距離をとる。
さっきから攻防を続けているが、全く勝てる気配がしない。っていうか相手にされてない。
1人じゃ勝てないから愛紗が来るまで耐えるしかない。愛紗が皆を連れてきたら、この【男】にも勝てるだろう。
…それはなんか癪だ。
勝てないから諦めて他人に頼る。そんなのヤダ。
しかも。
戦ってる内に分かった。
…あいつの手の黒いグローブが赤く染まっている。しかもまだ
……あいつが鈴々ちゃんをやった。
そんな奴を相手に諦めるなんて絶対に嫌だ!!!
一撃。
せめて一撃だけでも入れる!!
「どどどどどどどどどどうしたというのだ鈴々!?」
「はわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!?」
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!?」
「落ち着きなさい!3人共!!」
取り乱す星ちゃんと朱里ちゃんと雛里ちゃんを私が必死で宥めるかたわら、桔梗が鈴々ちゃんに応急手当をしていた。
「星ちゃん!!貴女らしくもないわ!!朱里ちゃんと雛里ちゃんも!!」
「しか、しかし…!!」
「はわわ」
「あわわ」
臆面もなく慌て続ける3人についに紫苑は怒鳴った。
「いい加減にしなさい!!!」
「誰かが怪我してるのを見るのは初めてではないでしょう!?新兵じゃないんだから!!慌てるのはよしなさい!!」
「う、うむ…。」
「「は、はい。」」
紫苑に怒鳴られて、3人は多少は落ち着いた様子を見せた。
「とにかく、桔梗が応急手当をしているけどそれじゃ間に合わないわ。」
「そうだろうなぁ。鈴々、とにかく出血がひどい。」
自分の服を引きちぎり、布の代わりににして傷をふさぎながら桔梗が言う。
「…朱里ちゃん、『華陀さん』の場所はわかるかしら?」
「…はい、覚えてます!!確か町の宿にいたはずです!!」
「そう、なら星ちゃんと一緒に行って、来てもらうようお願いしてきてくれる?」
「はい!!」
やるべき事がわかり、しゃきっとした様子。星ちゃんの手を引いて町の方へ走って行った。
「紫苑さん、私達は…。」
皆一様に動揺している。
無理も無い。
『あの』鈴々ちゃんがここまでやられたのだ。
戦時中に幾度も怪我をする事を見る機会があれど、ここまで重傷、いや、瀕死の鈴々ちゃんを見る事は無かったからだろう。
かく言う私も、表に出していないだけでかなり動揺している。動揺しても事態は好転しない。それどころか『最悪の事態』になる。
そんなことは絶対にさせない!!
この子は私の娘。
この子だけじゃない。
蜀の将、蜀の民、全てが私の子。
自分の娘に等しいこの子を死なせるわけにはいかない!!
なにより『あの方』が悲しむ。
きっとこの場の誰よりも。
『あの方』が悲しむ顔は見たくない…っ!!
そう思い、紫苑は皆に指示を飛ばし続けた。
バキバキ…ッ!!ズズン……!!
木々がなぎ倒されていく中、詩織は【男】の攻撃から逃れ続けていた。
「う…!!ぐっ!!」
腕や足に木の破片が飛んで来、詩織の皮膚を傷つけていく。
痛みで動きが鈍ったところに【男】が容赦なく手刀で突きを放ってくる。
「く、ぅわっ!!」
必死でそれを避け、いなす。しかし痛みのせいか、動きを完全に捉えきれなかった。
「はあ、はっ、はあ。」
防戦一方。
いまの状況を一言で言えばそれだけだった。
さっきからこちらの斬撃は一度も当たっていない。向こうの攻撃を一方的にくらい続けている。
(『あれ』さえ決めればどこに当てたって勝てるのに…!!)
『あれ』は一回限り。でたらめに【男】に放っても避けられる。確実に当てれる距離じゃないとどうしようもない。
そう思った時、【男】が距離を詰めてきた。
「それは――。」
困る。と言おうとしたが、【男】の猛攻がそれを許さなかった。
手や体に気を纏わせながらの攻撃に必死で対応する。まともに食らえば鈴々ちゃんみたいにやられる――!!
しかし
ついに首をとられた。
ドンッ!!
「ぅあっ!!」
首を右手でわしづかみされ、そのまま後ろの木に体を叩きつけられた。そのままギリギリと首を締め付けられる。
「ぐぅあぁ…っ!!っ…!!」
苦しい。
苦しい…!
息が苦しい。死ぬ。死んじゃう。殺される。でもこの距離なら絶対に当た、る……!!
ポケットに手を伸ばして、中の物を握る。その時に【男】と目が合った。
「――っ!!」
空っぽの目。
こちらを見返す目に一片の感情もなく、ガラス玉のようにしか見えない。人形のような目。何も伝わってこない目を見て、詩織は嘲笑うような顔を作った。
「ふ、ふふっ……。」
「……。」
「作り物、みたい、だね、あんた、のその目。」
ギリ、と首を絞める力が強まる。
「ぅうぐぅっ…!」
や、ば…!!首…折れ、る…!
でも、もっと気を引けば…当てれる!
「なー、ん、にも見、えない、よ…!あん、ぅうっ、…たの、目から…。」
苦しい!苦しい苦しい苦しい!!死ぬ…!!
「ホント、に、人間?」
「……。」
そろそろヤバイ!首の骨が折れる前に窒息する!
「アタシの、お、にぃ、ち、ちゃん、と、全然違う……!!!」
唾をぺっ、と【男】の顔に吐きかけて言う。
「気持ち悪い。」
すっ、とガラスの目が細くなる。空いてる左手が青白い気に覆われる。
チャンス。
ポケットから『銃』を取り出して【男】の眉間に突きつけ、そのまま撃ち抜いた。
ズガァァァン!!!
森の中に銃声が響いた。
「何だ今の音は!?」
全速力で走りながら愛紗が言ってくる。
「わからん。詩織殿が無事だといいんだがな。…焔耶はどう思う?」
「ワタシに聞くな!!」
なんとか華陀を見つける事ができ、今鈴々を看てもらっているところである。紫苑、桔梗は華陀の手伝い。
朱里と雛里の2人は事態はかなり危ないと見、これ以上先手を打たれるのを防ぐべく出兵の準備に取り掛かり始めた。
そして一番重要な事。
私、愛紗、焔耶の3人で詩織殿の救出に全速力で向かっていた。
「愛紗、その場所まであとどれくらいだ?」
「あそこだ!!」
「っ!!」
自然と武器を握る手に力が入る。…話を聞く限り、どう考えてもその【男】が鈴々をやったのだろう。いくら愛紗に勝ったといえど、鈴々を倒した者に勝てるとは考えにくい。
間に合えばいいが……。
そう思った私達が見たのは、詩織殿を脇に抱える黒い【男】の姿だった。
「な……!!」
「貴様!!」
全員が武器を構える。【男】と(おそらく)気絶している詩織殿を除いて。
「詩織様を放せ。」
ゆっくりと愛紗が言う。【男】は聞こえていないかのようにつっ立っている。
「聞こえているのか貴様!?その方に手を出すなよ?手を出せばワタシ達が貴様を潰す。」
私は何も言わない。しっかりと【男】を観察する。
肩に小さな穴が2つ。腰から肩にかけての大きな斬撃の痕。……おかしい。どう見ても負傷の傷なのに血が一滴も出ていない。
「貴様…本当に人間か?」
慎重に切り出す。
「………。」
無反応。顔が見えないから何を考えているのかすら分からない。
「妖、では無かろうな?」
「………。」
再び無反応。こいつ、一体何なのだ?
【北郷一刀。】
「「「!?」」」
喋った!?しかも主の名を!?
【北郷一刀、そしてその妹の北郷詩織。】
急に喋りだした【男】。気味の悪い声だ…!!
【一度にこの2人が手に入るとは…僥倖だな。】
な
「何だと!?」
「貴様!!お館を!?」
何てことだ…!主までも!!こんなことなら私が行けば…!
…いや、誰が行こうと同じだっただろう。鈴々がやられたのだ。探しに行った人間が必ずこの【男】にやられたに違いない。
「許せん……!!」
情けない自分自身が。『この平和を必ず守る』と誓っておきながらこの体たらく!!仲間はおろか己の主まで!!しかもその妹君も!!
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
一斉に【男】に飛びかかる。しかし。
「………。」
パチン。
【男】が空いている指を鳴らす。すると空間から鎧を着た兵が降ってくる。
「こいつらは!?」
「五胡!?」
「妖術か!」
数人の兵達が私達に襲い掛かる。大して強くはない。しかし数が多い!!愛紗も焔耶も私と同じく【男】に近づけないでいる。
ザッ
「――!!待て!!貴様!!」
【男】が背を向けて去ろうとする。止めなければ!!ここで止めなければ!!なのに、こいつら一向に数が減らない!?
【聞け。貴様等。】
「!?」
【私こそが『管理者』に認められた『正しい天の御使い』だ。】
「な!?」
「貴様…何を言っている!?」
「貴様が天の御使いだと!?」
【我々の目的の為にはこの兄妹は必要。…もらっていくぞ。】
ぶちん
こいつ…!?いきなり現れて勝手なことを…!
「行かせるかああああああああああ!!!!!」
前の兵を一閃し、【男】に近づく!!その首を――!!
ふっ
私の刃は空を切った。【男】は黒い煙となって消えた。詩織殿を連れて。
それと同時に五胡の兵どもも消えた。
逃げられた。
奪われた。
完全に負けた。
「そんな…。」
「お、館。」
「う、う、うう、」
主が
「うあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
〈続く〉
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