To:xxxxxxxxxxxxxxdbxxxxxxxxxxxxxx@darkness.or.black
件名:Hello
本文:My name is Minami Murayama.
メールを確認して美波は送信ボタンを押した。携帯をパタンと音をたてて閉じると座っていたベッドに横になる。美波は体を横に向けて虚無の目で携帯を見ている。美波は自分の今いる環境が嫌になっていた。そこで別世界へ行けるという都市伝説にかけてみることにしたのだ。
その内容は至って簡単だ。dとbを14個のxで挟んだアドレスにメールを送る。ドメイン名は@darkness.or.black。それだけだった。条件はすべて英語で文面を打つこと。件名には任意の言葉を入れ、本文には自己紹介をする。どんな世界に行くかまではわからない。ただ失敗例もまた多く聞いていた。だから何となく送ることにしたのだ。
しかし送信エラーのメールすら来なかった。だからそのアドレスが本当に存在するのかもしれないと思ったが、そのうちエラーメッセージが届くだろうと思っただけで考えるのをやめた。
***
美波の携帯がけたたましい音で鳴った。設定はマナーモードにしていたし、聞いたこともない着メロだった。穏やかなメロディー、しかし音はけたたましい。矛盾を感じつつも美波は音に耐えられず、携帯を手に取り開くと決定ボタンを押した。ふと天井を見ると電気がつけっぱなしだった。あのまま眠ってしまっていたようだ。美波はむしゃくしゃする心境を隠そうともせず、あからさまにいやそうな表情をした。
しかし携帯を見てメールを確認すると、さっきまで感じていた苛立ち等も吹き飛んでしまった。
From:xxxxxxxxxxxxxxdbxxxxxxxxxxxxxx@darkness.or.black
件名:Hello. Miss Minami Murayama.
本文:村山 美波様
いらっしゃいませ。以下のURLよりお越しください。
Enter/darkness.or.black/
先ほどメールを送ったアドレスからだった。簡潔すぎる文章とURLとは呼び難いアルファベットの羅列のみが載せられている。だが確かにリンクとして貼られていた。美波は出会い系サイトか何かだろうと思いつつ接続してみた。すると体が黒いものに包まれた。グラリと視界と脳が揺れ、気がつけば真っ黒な空間にいた。あたりを見渡すも特に大したものもなく、ただ正面に真っ黒な女がいた。黒く長い髪に、黒いフォーマルワンピース、黒い靴、爪には黒いマニキュア。何から何まで黒だった。女は笑って美波を見た。
美波は臆すことなく女に向けて歩き出した。女の1メートル手前まで来ると足を止め、女の目を見た。目も黒い。闇のように黒い瞳だ。女は美波に対して口を開いた。
「村山美波さまですね」
女の問いかけに美波は無言で頷く。女は美波本人であることを確認してお辞儀をした。
「よくいらっしゃいました。私は水先案内人の者です。こちらへ」
案内人は歩きだし、美波はそのあとを静かに追っていく。少し歩くと人影が見えてきた。近づくとまたも黒い女がいた。違うところといえば服がぼろぼろの黒いワンピースで、片手には巨大な鎌を持っている、そして髪がぼさぼさであることだった。
「あんたが願望者?」
「間違いございません」
女が美波にそう聞くと案内人が答えた。
「確認も致しました。それに、願望者以外は我々に声が届くこともなければ、ここに来ることもできません。ですから間違いは」
「能書きはもういいよ」
女は案内人の言葉を遮る。
「……ではクロナ様、お願いします」
案内人がそう言って一歩下がった。クロナと呼ばれた女は美波に背を向けて大鎌を振り上げ、勢いよく振り下ろした。すると黒い空間の中に黒い洞窟のようなものができた。クロナが振り下ろした鎌を挟んで二つ、よく似ているが何かが違う。そんなことを考えながら美波は一連の出来事を見ていた。一度も動揺せず、ただ見ているだけだった。
「へえ、さすが願望者。何を見ても顔色一つ変えないなんて」
クロナは首だけを美波の方に向けてそういうと今度は体ごと美波の方を向いた。
「じゃあ選択の時よ。選びなさい、Darkness or Black?」
美波は特に言葉の意味は気にせず、黒い洞窟を見比べた。ニュアンスの問題だったが、左の洞窟のほうが惹かれるものがあった。何も聞かず、何も言わず、左の洞窟の前に立つ。右隣にいるクロナが美波を見て笑いながら問いかける。
「そっちでいいの? 戻れないわよ、後悔しない?」
その問いに美波は失笑してクロナを見た。
「何を今更後悔するの? 私はどこに行っても同じでしょ。今を抜け出せるならためらいなく、自分の望む方に進むわ」
美波はそう言い残して洞窟の中に進んでいく。美波が洞窟に足を踏み入れると右側にあった洞窟が消え、3歩目を踏みしめると美波が入った洞窟も消えた。その気配を感じるとクロナは満足そうに鼻で笑い、その場で胡坐をかいて座った。
「今日は意気のいいのが来たねー。しかも迷わずDarknessに進むなんて、なかなかだね」
クロナが案内人に言うと案内人は深く頷いた。
「普通の人間なら根掘り葉掘り意味を尋ねてきますが、何も言わず進む方を私を初めて見ました」
「そうそういないよ。10年に一人いるかいないかくらい? あんたはまだ8年だっけ? 長くいればあんなのもいるし。まあ何にせよ、楽しんでくれたらいいよ。自分が選んだ次の世界を」
クロナは煙草を取り出し吸い始める。しばらく息を止め、たくさんの煙を一度に吐き出した。
「ちなみに、あの方の世界はどのようなものだったのですか?」
「んー?」
クロナは上機嫌に案内人を見て答える。
「茨であっても望むのは自分を知るすべての人間に忘れられて深海で生きられる世界。最も望まないのは自殺を図り多くの人間に見送られて逝く死後の世界」
***
こぽりと息が漏れる音がする。深くから上ってくる多くの泡たちが視界に入る。美波はしばらくぼーっとしていたが今いる場所を把握できると満足そうに笑った。体が泡たちと反対に落ちていくのが分かる。深い、深い、暗い、深く暗い深海だった。息も不思議なことに苦しくない。誰も見ない、誰にも見られない。見えるのは神秘に満ちた生物たちと世界だけ。こぽり、美しい音が聞こえてくる。美波は逆らうことなく、深く暗い世界に落ちて行った。
End.
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あなたが茨であっても望む世界と最も望まない世界は何?
こんばんわ、クローク-clork-と申します。
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