●三題噺 お題:アクエリアス・金科玉条・金魚
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「残念だったなーお嬢ちゃん、こいつはオマケだ」
屋台の親父はそう言いながら、その”オマケ”を入れた小さなビニル袋を、私の隣で仏頂面をしている妹に差し出した。
それを見て妹は一瞬だけ嬉しそうな顔をしたけれど、すぐに仏頂面を繕いなおし、手にしている穴の開いた輪っかを睨んだまま動かない。
袋を差し出したまま困り顔で固まってしまった親父を見兼ねて、
「ありがとう」
と、妹の代わりに私がビニル袋を受け取ると、親父はホッとした様子で仕事に戻っていった。
「さ、行こう」
私は妹の穴の開いた輪っかを持っていない方の手を引き、その場を後にした。
「かわいい!」
先ほどの仏頂面はどこ吹く風、私の手から奪い取ったその赤いオマケ――ビニル袋の中ですぅと揺れる金魚を眺めながら、妹は目を細めて微笑んだ。
もちろん、金魚だけで機嫌が治ったわけではなくて、そこに至るまでにイカだのタコだのリンゴだのを妹に与える必要があった事は敢えて語るまい。
私としては、この華やかな日に仏頂面をしている妹など見たくはない。機嫌をとる理由としてはそれで充分。
「ちゃんと世話をするのよ?」
「うん!」
「水も換えるのよ?」
「うん!」
「餌も忘れずにね?」
「うん!」
元気に応える妹の笑顔は、周りの屋台と夜空を彩る花火に照らされてキラキラと輝いていた。
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私はあのいつかの美しい情景を思い出しながら、小さな泣き声にあわせて小さく震える小さな妹の背中を静かにさすっていた。
「そうだね、金魚さんを元気にしようとしたんだよね」
私が静かに問いかけると、妹の背中が少しだけ強く震えた。
妹が両手で包み込むようにして持っていたコップが震え、中に浮かぶ赤い金魚が静かにすぅと揺れる。
数日前から弱々しく泳いでいた金魚は、その疲れを癒すかのようにして水面に横たわって眠っていた。
遅かれ早かれ、この時が来ることは分かっていた。
屋台で掬った小さな命が、果たしてどれくらい生きる事が出来るのかを私は知らない。
しかし、金魚が我が家にやって来てからというもの、ずっと私の言葉を金科玉条の如く守り続けて甲斐甲斐しく世話を焼いていた妹の姿を私は知っている。
だから、きっと長生きをしたほうなのだと、私は信じたい。
例え、その幕引きを妹がしたのだとしても。
妹が持つそのコップは、妹が水槽の水を換える際に金魚を一時的に退避させていたものだ。
いつものように水槽の水を換えようと、妹はこれもまたいつものようにそのコップに金魚を移した。しかし、その”いつも”と違う事が1つだけあったのだった。
いつだったか、妹が高熱を出して寝込んだことがあった。
その時、私が「元気が出る水だよ」と言って飲ませたものがあった。
妹はその事を覚えていたのだろう。
だから、金魚に元気を出してもらおうとして、水ではなくそれでコップを満たしたのだ。
それは少しだけ白い水。
≪みずがめ座≫を意味する、『アクエリアス』。
果たしてスポーツドリンクが本当に引き金になったのか、それとも金魚の躰に残されていた体力が移動に耐えられなかっただけなのか、それは私には分からない。
ただ、幼い妹の無知が金魚の命を奪ったのだとは伝えたくなかった。金魚を救おうとした妹の意志を、私は汲み取りたいと思った。
だから、私は妹の小さな泣き声にあわせて小さく震える小さな背中を静かにさすり続ける。
白いみずがめの中で、赤い金魚がすぅと揺れる。
いつまでも。
いつまでも。
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ザ・インタビューズで、質問だけじゃつまらないということで、三題噺のお題を募集したところ、こちらを頂きました。ありがとうございます。
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