私は今、何処か知らない街に居る。不思議と何となく分かる、これは夢だって。
私の足は勝手に動き、知らない人の家に入って行く。
表札には【横島】と書かれていた。
『ナルニアに転勤ーーー!?』
『そうよ、学校から帰って来たら早く荷物をまとめるのよ』
『くそったれ、あの糞部長!!すぐに日本に戻って来て今度は奴をタンザニアに飛ばしてやる』
『油断したアンタが悪いのよ』
『嫌じゃーーっ!!そんな日本語も通じんような地の果てに行きたくはないわいっ!!』
――あれ?……あの人達誰だろう?……でもあの男の人、なんだか懐かしい感じがする。
『俺は日本に残るからな』
『そんな我儘を許すと思ってるのかい』
『諦めろ、母さんを怒らしたらどうなるか分かっているだろう《忠夫》』
――……え?……忠夫って……ひょっとしてタダくんなの?……
朝食を食べ終わったその人はブツブツ言いながらも部屋に戻って行った。
向こうからは私が見えないみたい。やっぱりこれは夢なんだ。
私は忠夫と呼ばれた人の後に着いて行く。
『冗談じゃない、俺は絶対に日本に残ってやるぞ』
そう言いながら彼は着替えを始めた。
『きゃっ!!』
私は慌てて振り返った。後ろからはパジャマを脱ぎ、学生服に着替える音が聞こえて来て、どきどきと私の心臓は破裂するかと思うくらい脈打っている。
本当にタダくんなの………少しくらいなら見てもいいかな?……やだ、私ったら。
『さてと』
突然後ろから手が伸びて来て机の上にあったバンダナを掴む。
着替え終わったんだなと振り返ると私は息を飲んだ。
――あ……あぁ………
バンダナを着けようとして露わになった彼の額には大きな傷があった……あの時の、バカだった私がタダくんに付けてしまった大きな傷が。
――タダくん、タダくん……タダくん!!
抱きつこうとするが私の体は彼の体をすり抜けてしまう。
――でもやっぱり生きてるんだ。知らない場所だけど…生きていてくれた……ぐすっ、なら何時かは本当に会えるよね。
それから私は登校する彼について行き、学校帰りに彼は色々なアルバイトを捜していた。
『くそう、何とかバイトを見つけて日本に残れるようにしなくちゃ』
――がんばってね、タダくん。
そうタダくんを応援しているとタダくんはある一点を凝視していた。
其処には《ボディコン》というのか、際どい格好をしている女の人がいた。
するとタダくんはその女の人の所に走り寄って行き……
『一生ついて行きます、お姉様ーーーっ!!』
ドカンッ
「い、痛い」
目を覚ました私は頭からベットの下に落ちていた。
「い、今のは……タ、タダくんなの?」
起きあがり、頭をさするとベットから落ちた時に頭を打ったらしくタンコブが出来ていた。
「うう~、頭もだけど……何処かも痛いよ、タダくん」
それでも、再び燃え上がった想いは消える事は無く楓は横島との再会に思いをはせて行く。
しかし彼女は毎朝、“その痛み”にしばらく悩まされ続ける事になる。
第十話「せめて人として、されど人として」(前編)
ごほごほ……
ああ、今日はちょっと辛いな。
でも大丈夫、この位なら普通に耐えられる。
あの日、ボクはお母さんに酷い事を言った。お母さんの気持ちも知らずに……
それを考えればこの位何でもない。
だからボクは人間じゃないといけないんだ。お母さんの、あの人の為にも人間じゃないと……
魔法なんか使えちゃいけないんだ……
そう思いながらボクは長く伸びた自分の髪に触れる。
コンコン
部屋の扉がノックされ、何処か間延びした母親の声が聞こえて来た。
「あ~ちゃん、おはよ♪」
「う、うん。お早うお母さん」
亜沙がそう応えると扉が開き母親の亜麻が部屋に入って来る。
白い帽子を被りオーバーオールを身に着けている母親というよりどちらかというと妹といった方が説得力のある女性だが、紛れもない亜沙の母親である。
お母さんはボクの長く伸びた髪を見るとそれまでの笑顔が突然曇り、涙顔で私に駆け寄って来る。
「あーちゃん!大丈夫?どこか痛くない?具合は?熱は?お母さんに何でも言ってね、何でもしてあげるからね」
「うん、大丈夫だよ。それから一つお願い」
「何?何をしてほしいの?」
「髪、切ってくれる?」
「分かったわ、あーちゃんがそうしたいのなら」
お母さんは「ちょっと待っててね」と言い残し部屋を出て行き、ボクはそんな母親の背中を何処か申し訳なさそうな顔で見つめる事しか出来なかった。
「(ごめんねお母さん)…ゴホゴホッ」
そう、心の中で謝るが再び襲って来た苦しさから咳き込む。
「大丈夫、まだ耐えられる。もう少し…もう少し…」
そして、ふと壁に掛けたコルクボードに貼っている写真に目をやる。
カレハと一緒に撮った写真、楓達と女の子だけで撮った写真、去年家族で海に行った時に撮った写真、そして忠夫ちゃんとタマモちゃんが来てから新しく撮った写真。
ボクはそんな写真の中でも一枚の写真を見つめる。麻弓ちゃんに頼み、忠夫ちゃんの腕に抱き付き強引に撮ってもらったツーショットの写真。
忠夫ちゃんはエッチなくせにこちらから強引に迫ると真っ赤に照れてうろたえる癖がある、現にこの時も腕に胸を押し付けてたけどあたふたするだけで何も出来ずにいた。
そんな忠夫ちゃんの顔を見てると何だか顔が熱くなって胸がトクトクして来る。
本当に不思議な男の子だ、楓達が好きになるのもなんとなく解る、出来る事ならボクも……。
そう言えば子供の頃に出会ったあの男の子、何となく忠夫ちゃんに似てるな。
……まさかね。
☆
所は変わって此処は木漏れ日通り。楓・ネリネ・タマモは左手に光る指輪を眺めながらにやけていた。
「「「えへへ~~~///」」」
まあ、それはシア・キキョウ・桜も一緒なのだが。
「「「えへへ~~~///」」」
「皆、周りの視線が痛いのでそろそろその辺で…」
「無理だ、諦めるしかないぞ稟」
横島達は海に行く時の水着を買う為にデパートへと向かう途中である。
楓達、横島ラバーズとシア達、土見ラバーズは横島と稟との絆の証でもある左手薬指の婚約指輪を眺め、頬を赤らめながら歩いている。
この二組の婚約はもはやこの界隈で知らない者は居らず、横島と稟は周りからの、特に嫉妬に狂った男達からの視線攻撃に晒されていた。
「えへへ、タダくん♪」
楓は微笑みながら横島の腕に抱きつく。その心からの幸せそうな顔を見ると横島もまたつられて顔を赤く染める。
「な、何だ楓?」
「くす、呼んでみただけ♪」
ザワワッ!!
周りから注がれる視線に今まで以上の、殺傷力が無いのが不思議なほどの殺気が注がれる。
「下に見苦しきは男の嫉妬だね」
「何を言ってるのよ。緑葉君こそ、つい殺気(さっき)まで向こう側に居たくせに」
其処に合流して来たのは樹とようやく補習を終えた麻弓、後は亜沙とカレハも一緒に海に行く為の水着を買いに行こうとこの場所で待ち合わせをしていたのだった。
「ところで稟、亜沙先輩達はまだ来ないのかい?」
「もうそろそろ来る頃だと思うがな」
俺はそう言いながら辺りを見回していると近くの電柱の影に何やら変な物を見つけてしまった。
……何だ、あの「段ボール」は?
「忠夫ちゃーん、稟ちゃーん!!」
丁度そこに亜沙先輩とカレハ先輩がやって来た、当然俺達に注がれる殺気の度合いも増して行く。
「お待たせ」
「遅くなって申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ」
「じゃあ、全員揃った所で出発なのですよ」
麻弓の合図で俺達は駅前のデパートへと歩いて行き、そして俺達の後を付ける様にあの「段ボール」も動き出す。
「なあ、忠夫…」
「気付くな、稟!!」
「そうだよ。気付いてはいけないよ稟、それは重大なルール違反だよ」
「し、しかしだな、あれだけあからさまな…」
「「俺達には何も見えていない!!」」
二人はそう言って目を逸らすが俺は気になってしょうがない。
何なんだ、何故俺達は街中で「段ボール」に後を付けられなければならないんだ?
ダメだ、やっぱり気になってしょうがない。
我慢できなくなった俺は振り向くと「段ボール」に駆け寄り掴み上げる。
「ふえ?」
「あれ?」
其処に居たのは小さな神族の女の子だった。
「あらら、ツボミちゃんじゃないですか」
「知ってるんですかカレハ先輩?」
楓がそう聞くとツボミちゃんと呼んだ女の子を抱きしめたカレハ先輩は満面の笑みで答えた。
「はい、ツボミちゃんは私の妹ですよ」
「は、初めまして、お姉ちゃんの妹のツボミです」
ツボミはカレハに肩を抱かれて照れながらも自己紹介をする。
「で、ツボミちゃんは何をしてたのかな?」
「はい。稟さまをストーカーしてました♪」
「「「「……はい?」」」」
「まあ、ツボミちゃんらしいですわ♪」
((((いや、らしいですませていいものなのか?))))
「所で一体何処でツボミちゃんとやらに粉をかけてたんだいMr、ロリペドフィン」
「人聞きの悪い事を言うな。この子、ツボミちゃんとは今日が初対面だ」
取りあえず、せっかくやって来たツボミちゃんを追い返す訳にも行かず彼女も連れて行く事にした。
「お兄さんが横島忠夫さんですね」
「俺の事も知ってるの?」
「はいです。お姉ちゃんのお話の中によく横島さんの事が出て来ます」
「へえ~~、『よく』ねぇ」
「な、何ですか亜沙ちゃん///」
「べっつにぃ~」
「で、ツボミちゃんは稟とはどうやって知り合ったんだい?」
「はい。2年ほど前私は駅前でとってもとってもしつこい男の人達に絡まれていた所を稟さまに助けていただいたんです」
稟はその事を思い出そうとしてる様だがどうやら思い出せない様だ。
「ごめんね、覚えてないよ」
「ま、稟には日常茶飯事の事だろうしね」
「でもそれって、困ってる人を助けるという事をごく自然にしてるって事ですよね。益々好きになっちゃいました♪」
「…稟、殴っていいかい?君が泣くまで」
「一人で泣いてろ…」
そんな話をしている内に目的地のデパートへと到着する。
シアや楓達はさっそく水着売り場へと移動しようとするが稟は何時の間にか横島が居なくなっているのに気が付いた。
「忠夫の奴、逃げたな」
「まあいいじゃないか、稟も何だったら何処かに行っててもいいよ。楓ちゃん達の水着は俺様がしっかりと選んであげるからさ」
其処に聞いた事の無い女の子の声が聞こえて来た。
「余計な事しない。樹に任せたらどんなイヤらしい水着を選ぶか分かったものじゃないでしょ」
「何を言うんだい、俺様は……え?」
話しかけられた樹が振り向くと其処には女性の姿になった横島が居た。
「忠夫?」
「タダくん、どうしたんですか。何で女の子の姿に?」
「稟達は見たと思うけど私の体にはちょっとシャレにならない傷があるでしょ。私は別に気にしないけど一緒に居ると楓達まで変な目で見られそうだから傷を隠せるワンピースの水着を選ぼうと思ってね」
「何だ、そう言う事かい。任せなさい、女性達の水着は俺様が責任を持って選んで…」
「人の話聞いてた?私は『ワンピース』を選ぶと言ったの。かろうじて危ない部分を隠せる程度の際どい紐ビキニなんて身に着ける気は無いわよ」
「何を言ってるんだい、忠夫。そんな人聞きの悪い」
「あ、あの、私も忠夫さまと同じ意見です」
「わ、私もっス」
「そ、そんな、ネリネちゃんやシアちゃんまで…」
「まあ、普段が普段ですから信用してもらえると思うのが間違いなのですよ」
シア達にやんわりと断られ打ちひしがれている樹にさりげなく止めを刺す麻弓であった。
「ねえ忠夫、あなた何か何時もと違う感じがするんだけど?」
「そう言えば…」
キキョウが横島に何か違和感を感じ、ネリネもそれに同意する。
するとプリムラが横島の周りを観察する様に回りながら歩き、そして何かに気付いた様に手をポンと叩くと。
「分かった。眼が紅いのに羽根が無い。それと声も何時もと違う」
「「「「それだぁーーーーっ!!」」」」
プリムラの指摘に皆は納得したように声を上げる。
「タダくん、これって」
「言って無かったけどヨコシマは翼を隠す事が出来るのよ。そして声は文珠を使って変えてるの」
「声は何時もの感じじゃ変に思われるしね」
「そうなんだ」
タマモの説明に横島が付け加える。
「そうだ、ツボミちゃんも一緒に海に行く?」
「ええっ、いいんですか?凄く凄く行きたいです♪」
「なら、ツボミちゃんも新しい水着を買わなくてはなりませんね」
「はいっ!!ちょうど新しい水着が欲しかったです♪」
「ならば俺様がツボミちゃんにお似合いの…」
横島はそんな風にほくそ笑む樹の目の前に二つの文珠を見せる。
「すみませんでしたーーーーーーーーーーーっ!!」
途端に樹はその場に土下座をする。
「ど、どうしたんだ樹?」
「いいからほっといて行きましょ」
横島はそのまま歩いて行き、楓達もその後に付いて行く。
横島がそっとポケットにしまった文珠には【不】【能】と刻まれていた。
デパートに着くと、直ぐに水着売り場へと移動して皆、それぞれに自分の水着を選んで行く。
ちなみに横島はさすがに男性としての意識も有った為に無難な黒と赤のツートンカラーのワンピースタイプの水着をさっさと選んで今は他の皆の事を待っている。
すると、亜沙が青い顔をしながらベンチの方へと歩いて行く。
横島はそんな亜沙に近づいて行く。
「どうしたの、亜沙先輩?」
「あ…ああ、忠夫ちゃん……。大丈夫、ちょっと疲れただけだから…」
「でも、顔色がかなり悪いわよ。シア達の回復魔法で…『ダメッ!!』…亜沙先輩?」
「……大きな声出してゴメン…。でもダメなの、魔法は……ダメなの…」
そんな亜沙に横島は何も言う事が出来ずにいた。
続く
《次回予告》
横島達は海水浴へと出かける。
そんな中、亜沙は倒れ、そして横島は全てを知る。
激昂する横島、困惑する亜沙。
そして二人は……
次回・第十一話「せめて人として、されど人として」(後編)
忠夫ちゃん、私は……
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にじファンには投稿したけど此処にうpするのを忘れていた。
今さらですがうpします。
そして今までの投稿分も書き足しと修正をしています。
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