誰にも言ったことが無いのだけれど。
むしろ、気にされないように頑張ってすらいるのだけれど。
実は……私はこの無造作な髪型にこだわりを持っている。
この金髪のふわふわってのは、自然に出来るものじゃあないんだ。
ボサボサって言われるけどな。でもさ、ボサボサってのは見苦しいだろ?
私のは、違う。可愛く見えるように計算しているんだ。
みんなは知らなくていい。私が一人で、勝手にこだわっているだけなんだから。
『魔理沙のくるくる』
あぁもうっ。
これだから猫っ毛ってやつは嫌なんだ。
朝から何度も櫛で梳いているんだけれど、私の髪は一向にまとまる気配がない。
外では梅雨時の、軽くて柔らかい雨が降っている。
おかげ様で、起きてみたら見事に頭が爆発していたというわけだ。
わからない人もいるだろう。
雨の日でも髪のコンディションに影響が無い人もいるらしいからな。
でもな、猫っ毛な髪の毛ってのは膨らむんだよ。
ぼわぼわのぼっさぼさで、もう最悪なんだ……
しかも昨日はソファで力尽きてしまったから、寝る前のケアを全くしていないときている。
結果、どこもかしこも寝癖だらけみたいなステキ頭に仕上がっている。
変じゃないところを見るける方が難しいほどの芸術作品だ。
爆発オチなんした覚えは無いんだけどなあ。
いっそアフロにしてやろうか、なんて投げやりになるのもいい加減にしないといけない。
今日は神社へ行く約束がある。急いで支度をしなくちゃいけないんだ。
正直なところ、どれだけの時間がかかるかわかったものじゃあない。
くそぅ、勢いであんなこと言っちまったから…
「だけど、明日は天気が崩れそうよ。悪いことは言わないから、家で研究でもしてなさいな」
「なにを言う。私の行動は天気なんかで左右されないぜ」
「損な生き方ね。疲れるわよ」
「疲れる。それがいいんだ。だから来る」
「べつにいいけどね。ついでだから宴会でもしようかしら」
「そいつはいいな。霊夢が仕切ってくれるなんて珍しいな」
「たまにはね。まあ人が集まればだけど」
「いいぜ。酒が飲めるとなれば集まるに決まってるさ」
「そんなに期待しない方がいいわね」
「いや、期待するぜ」
これで私が行かなきゃ話にならないだろ。
もうっ、くそっ。長いこと梳いているのにまだ引っかかるじゃないか。
いつもパワーだぜとか言ってるけどな、こればっかりは力じゃどうしようもないんだ。
力を入れると、ほらブチって音がした!何本か切れたなあちくしょう。
あああああああああもう、これはだめだ。
お風呂に入って、髪を洗ってリセットしてしまおう。
時間も手間もかかるけれど、もうどうにかなる気がしない。
気の長い私でもさすがに耐え切れないぜ。
しっかしこりゃあ、乾かすのにどれだけの時間がかかるんだ。
待ってられないな。
どうにかならないか……
そうだっ
「さすが私だ。瞬時に思いついたにしてはいい作戦だろう」
ミニ八卦炉。
あとは軽い魔力なら吸い取ってしまう系統のマジックアイテム。
確かいくつか持っていたはずだ。
えぇっと。この本の山奥にある棚の下の方にある箱の中に…は入っていないか。
じゃああっちに固めてある箱群の中、で…対戦用具を詰め込んである…
のはどれだっけ。
ええと違う、違う、これも違う。
これも違って、こいつじゃない。
…ことはないな。
これだ。
そうだこの紙切れもそうだったはずだ。
探していたものよりも力は無いけれど、まあいいだろう。
ちょっと試してみるか。
火力調整は、まあ小さめで。いけっスパークっ!
ぶいぃぃぃぃぃん
ちょっと強いか。
これじゃあ紙切れが吹き飛んじまうかもしれないな。
ってことで、少し威力を弱めて…ぷちスパークっ。
ぷいぃぃぃん。
よし、ミニ八卦炉から出た光がちゃんと紙切れに吸い込まれて……
これでいいだろう。
簡易ぷちスパーク髪乾かし機の完成だ。
光から放出される力で起こる風を利用した傑作さ。
さてさて使い心地は……おおっ、快適じゃないか。
熱風がぶわっときて、みるみる髪が乾いていくぞ。
こりゃあ売れる。後でにとりに話を持っていかなきゃな。
取り分は私が7でにとりが3、材料費は河童持ちってところか。
売れたら神社に賽銭でも入れてやるか。
っと、急がないと。
と。
お、おおおおおおっ。
なんか変な癖がついてないかこれ。
熱風で煽られたまんまの流れが生きちまってるぞ。
おいおい待てよ、これじゃあ一からやり直しか。
いやーそれじゃあ間に合わない。いっそ逆に考えよう。
癖がつくなら櫛を持ってきてだな。
櫛をこう、型作るように巻いていってだな。
わざと癖がつくように、軽く近づけて遠ざけて……
おっうまくいった、かな。
いつもよりふわふわなのはご愛嬌だ。おかしくはないだろう。
この調子でどんどん乾かしていけば、よしっ。
できた。これなら大丈夫だ。
それから、今日は降りが強いから雨合羽にしよう。
せっかく整えたのに、着いたときにはまたボロボロってのは勘弁願いたいからな。
いつも可愛くしているつもりだけど、
今日みたいな日は特に『頑張った姿を見て欲しい』って思うんだ。
……
…
ちくしょう、頑張った結果がこれかよ。
楽しみにしていた宴会も無し、頑張った甲斐すら無し。
そういえば霊夢が言ってたっけなあ、期待するなって。
まさか嵐になっちまうとは思いもしなかったよ。
あれはこういう意味だったのか。
さすがは巫女の勘だ。見事的中、めでたいめでたいあーめでたいなっと。
さあ寝よう、今すぐ寝よう。
枕はどこだ。今すぐ枕と仲良くなりたいんだ。
寝床へ倒れこむんだ。そうすればもう夢の中さ。よそいきの服なんて気にするな。
おまえにはもっと大事なことがあるだろう魔理沙。
小さい時からいつもそうしてきただろう。悔しい時は、枕を顔につけて悔しがるんだ。
声を殺して悔しがるんだ。
さあ今だ、もう限界なんだ。
私はもうこらえることが出来そうに無いんだよっ。
コンコン
雨の音もわずらわしい。
何かがぶつかる音なんてもっと酷い。
ありとあらゆる音が消えて、私をたった一人にしてくれればいいのに。
そうすれば大きな声でも泣けるだろう。誰が聞き耳を立てることも無いんだから。
霧雨の家では誰かがどこかで聞いていて、いつも誰かが話を大きくしてしまう。
だから嫌いだった、だから出てきたんだ。
もう泣けるのに、昔ついた癖はいつまで経っても抜けやしない。
ああ、まただ。
また家のことを考えちまう。
嫌なことがあったときはいつもこうだ。落ち込んだ時もいつもこうなんだ。
コンコン、コンコン
霧雨の家では辛いことがたくさんあった。私の幼い頃のこと。
いつもあの頃に戻ってしまう。
今日もまた悲しい日だった。寂しい日だった。
もう寝よう。
それが一番いいはずだ……
コンコンっコンコンっ
ドンドンッ!
「もうあけるわよー。雨が散ってきて濡れちゃうからね」
誰っ。
ええと、今の声は。
よく聞いてなかったからわからないけれどたしか、
「やっぱりいるじゃない。どうして開けなかったのよ」
霊夢っ。
なんでこんな時に、ちくしょう顔が上げられないじゃないか。
「霊夢か。何しに来たんだよ、私はもう寝るところだぜ」
枕が声を曇らせてくれるはずだから。
眠そうに答えておけばそのうちに帰るだろう。
「そうなの、あら残念。宴会が出来なかったお詫びにとっておきのお酒を持ってきたのに」
酒っ。
いやいや、それより大事なこともあるんだ。
「そうか。そりゃ惜しかったな。あと数十秒でも早かったら私は寝床に居なかったのにな」
助かったけどな。
早く来られていたら何を言っていたか想像もつかない。
「あら、いいタイミングだと思ったのに。私の勘もたいしたことないわね」
たいしたもんだよ。
「そうだな、私の魔法にゃ勝てないな」
このセリフが冗談に出来るほどにな。
「勘と魔法でどうやって勝負するのよ。ってか、何これ」
これ、ああアレか。
「ああ、今日試作した髪乾かし機だ。これを作っていて遅れそうになった」
順序は逆だけどな。
「ふーん。でも私の髪も濡れているけど全然乾かないわよ」
そりゃあな、スパーク出てないからな。
「私の偉大な魔法の力で動くんだ。だから寝る寸前の今は動かないな」
そういや、どうして濡れてるんだ。
「動かしてよ。このままじゃ風邪引いちゃうじゃない」
風邪って、何でだ。
風邪引くくらい濡れるってどういうことだろう。
ちょっとだけ
顔でも見てみ……
「おまえっ、びしょ濡れじゃないか。ちょっと待ってろ、タオル持ってくるから。風呂もあるから入れよ」
「おおげさねえ」
「おおげさじゃねえよ。傘とか何か持ってこなかったのか」
「そうすると間に合わないような気がしたのよね。何にかってのはよくわからないんだけど」
「ああもういいから、とりあえずほれっ」
ぷいぃぃぃん
「あら、これいいわね。体もちょっと暖かいわよ。暖房にも使えるかもしれないわね」
「でも八卦路と魔法吸収のマジックアイテムがいるんだ。ちょっとやそこらじゃ材料が集まらないぜ。ほらっとりあえずタオル」
「ありがと。ああお風呂はいいわ。あったまるものなら持ってきたから」
「ふーん、何だこれ。ラベルが無いじゃないか」
「そう、言うならば密造酒ね。自家製なのよ」
「おまえ色々作るけど、お酒も造れたのか」
「いいえ。これは先代が作ったお酒」
「先代って、巫女のか」
「そうね。何本か造って置いていたみたい。修行が終わってしまった時や、初めて飛べた日なんかに飲んでいたのよ」
「大事なものなんじゃないのか」
「いいのよ。だって、飲んでみなさい」
「じ、じゃあ。ちょっと待ってくれ」
これは一大事だ。こっちも取って置きの器を用意しなきゃな。
「これだ」
日本酒を飲むためのもの。盃。私はぐい呑みよりもこっちの方が好きなんだ。
「あら、見たことの無い盃ね。真っ白じゃない」
「これはな、その昔ばあちゃんがくれたんだ。よくわからないけどいいものらしい。私の結婚式の時にはこれで三々九度をってな、まあ遺言みたいなものだ」
「そんなに大事な盃、いいの」
「いいんだ」
「ふふふ、飲んだら驚くわよ」
「そりゃ楽しみだ」
酒にはそれなりにうるさいんだ。ダメなお酒もいとおしいけれど、いいお酒はもっと好きだからな。それじゃあじっくり味わいますか。
「って、おい。なんだこりゃあ」
「ほらおどろいた。美味しくないでしょう」
「いや、まあ」
「はっきり言っていいわよ」
「これはお酒になりきってなくないか。確かに酔いみたいなものは来るけど、なにか違うぞ」
「うん。どうもね、お酒が苦手だったみたいなのよ。それでお酒っぽいものを造ってそれを一人で飲んでごまかしていたみたい」
「涙ぐましい努力だなそりゃあ」
「そうなのよ。先代は努力家だったの」
「今代とは大違いだな」
「そうね。私はなにもしない。でも、たまにはそれを恥じることもある」
「そうなのか」
「たまによ。だってやらなくてもいいことでしょう。なら、しない方がいいのよ」
「私はしなくてもいいことしかしないぜ」
「あんたはそれでいいのよ。でも私は幻想郷を管理する立場にいる。本当はもっと努力をして、何があってもいいような力をつけなきゃいけない」
「私にはやらなきゃいけないことのように聞こえるが」
「それがそうでもないのよ。何かあるときには勘が働く。それに運もいいみたいだから、自然とうまくいくようになっているのよ」
「なんだそりゃ」
「本当にそれよ。なんだそりゃ。変に力をつけない方がね、いいような気がするの。きっと、その方が幻想郷を長持ちさせる」
「よくわからない話だな」
「そう、よくわからない話なの。まあいいんじゃない、何もしなくていいんだから。私はお茶さえあればそれなりに安心できるのよ」
「酒はいらないのか」
「あればあるだけいいわね」
「なら、私の取って置きを出してやろうか」
「あんたが小さい頃に作ったお酒とかは無しよ」
「こっちは本物さ。ちょっと前にな、こっそり家から借りてきた記念のお酒だ。上等だから許可なく触るなっていう場所から取ってきたやつさ」
「珍しい。家に行くなんて。何で行ったの」
「たまにね、なんとなく意趣返しをしたくなるのさ。そういうのは人にゃ言えないから、だいたい一人で飲んじまうんだけどな」
「もったいない。みんなで飲んだ方が美味しいわよ」
「全くだ。だけどこればっかりはな。変に高級酒を持っていって、入手先を聞かれたら困っちまう」
「正直に言えばいいのよ、盗ってきたって。いつものように」
「失礼な、一生借りているだけだぜ」
「消え物をどうやって借りるのよ」
「形あるものは、いつかみんな消えちまうんだ。同じことだろ」
「ふう、仕方ないわね」
「そう、仕方ないんだ」
「そういう意味じゃないんだけどね」
「ところで霊夢」
「何よ」
ぷいぃぃぃん
「それな、あんまり使っていると髪の毛に癖がつくぞ」
「へ。あああああ、私の髪があああっ」
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『魔理沙の髪って、絶対に無造作じゃないよね』
そんな思いから書き殴った、未完成な第一稿。
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