真司達のクラスがプール解禁初日だったその翌日。
一日遅れで恵理佳達のクラスも体育でプール解禁日を迎えることになっていた。
本日も見事な晴天。
まさにプール日和だった。
「やっと私たちのクラスも入れるな!」
「陽那はずっと楽しみにしていたものね」
プールサイドに元気な少女、陽那の声が響く。
隣には苦笑しながら座る恵理佳の姿があった。
「陽那は新しい体育の種目が始まる度に、いつも同じこと言ってるじゃない」
「馬鹿言うな、プールは特別なんだよ!」
冷ややかに突っ込みを入れつつ恵理佳の隣に霧月が座る。
「そういう霧月はどうなんだよ?」
「・・・眼鏡外さないといけないし・・・苦手」
霧月は本当に憂鬱そうにため息混じりに呟く。
陽那とはテンションが正反対だった。
「眼鏡無くても一応見えるんでしょ?」
「一応、ね。でも視界がぼやけるし、出来れば外したくはないな」
「家で本ばかり読んでるからそうなるんだよ。もっと運動するべきだ、霧月は」
お互いの家には数え切れないほど遊びに行き来している仲良し三人組。
趣味や嗜好は重々承知していた。
「・・・疲れるし、暑いじゃない」
「夏なんだから暑くて当然、疲れるほど動かなきゃ訛るぞ?」
恵理佳を挟んで二人は対照的なテンションで会話を続ける。
「私は陽那みたいに頭の中まで筋肉になりたくないし、遠慮しておく」
「私はお前みたいなもやしにはなりなたくないし」
段々会話が口論になってきていた。
「・・・まぁまぁ・・・そろそろ並ばないとね」
そんなときは決まって恵理佳が仲裁に入る。
喧嘩するほどとはよく言ったもので、二人はことあるごとに衝突する。
その癖いつも一緒に居る。
自他共に認める親友の関係だった。
そんな二人のいつものやり取りを宥めつつ、三人は郁先生が来るのを並んで待つことにした。
・・・・・・
しばらくして、郁が真司達の時と同様、水着姿で現れた。
やはりクラスメイトの反応は同じだった。
そして、今回がまた自由時間になったことも言うまでも無い。
郁は受け持ったクラスのプール初日は皆自由時間としているらしい。
皆が皆、それぞれ今年最初のプールを満喫する中、恵理佳達も準備体操を終え、プールへと向かう。
「さーって、どうしようか?」
「・・・私は見学」
見るからにウキウキ気分の陽那に冷めた言葉で答える霧月。
「久しぶりだし、ちょっと試しに泳いでみようかな」
恵理佳もやぶさかではなかった。
「じゃあ私と霧月は適当に遊んでいるから終わったら声掛けてくれ」
「ちょっと、私は・・・」
「分かった、ごめんね」
恵理佳のちょっとの泳ぎがどんな泳ぎか分かっていた二人は気持ちを汲んでしばし別れる事にした。
嫌がる霧月を無理矢理連行し、プールの中へと入っていく陽那。
そんな二人を見届けると恵理佳もプールへと入っていく。
久しぶりの独特の匂いと久しぶりの景色。
去年最後にここで泳いだことを思い出しつつ、泳ぎ始める。
運動全般が得意な恵理佳は水泳も例外ではなく、水泳部並の泳ぎを披露する。
すぐさま折り返しのターンをし、そしてまた壁まで泳ぐと折り返す。
全力では無かったが、身体が感覚を取り戻すまで水の感触を味わうようにしばらくの間泳ぎに専念していた。
「おーい、恵理佳ー!」
しばらく泳ぎ、二人の下へ戻ろうと辺りを探っているとプールサイドの方から名前を呼ばれた。
周りのクラスメイトたちに注意しながら歩いて二人の下へと戻る。
「ごめんね、もう大丈夫」
「おかえり」
申し訳無さそうに詫びる恵理佳に無表情ながら出迎えてくれる霧月。
「全く、霧月と来たらすぐに泳ぐの止めちゃってさぁ・・・」
「そんなずっとなんて泳いでられないし」
言われて霧月を見れば確かに眼鏡をしていた。
肌も濡れていないところを見るとだいぶ前に水から上がったようだ。
「それじゃ揃ったところで勝負でもしようか!」
陽那が待ってましたと切り出す。
「・・・恵理佳に負けるの分かってるでしょ?」
性格も体型も体育会系の陽那は何度と無く恵理佳に勝負を挑んでいる。
全敗とまでは行かなくとも、勝てる方が稀な程度の勝率だった。
が、互いに切磋琢磨するおかげでお互いに運動の成績はより伸びる結果となっていた。
「バカ!誰が泳ぎでなんて言った?」
「「・・・?」」
「水中息止めでケツは今日の昼食買出し係でどうだ?」
「・・・子供・・・」
ノリノリで話す陽那にいつものように冷ややかに霧月が突っ込む。
「ま、泳ぎはおろかこんな単純な勝負すら私に勝てない霧月は大人しくそこで見ていればいいんじゃない?」
「・・・ビリはパシリね?」
冷静ながらも闘志を燃やし眼鏡を外し、臨戦態勢になる霧月。
(・・・話が勝手に進んで行く・・・)
下手に口を挟めなかった恵理佳は流れで参加することになった。
「よーい・・・」
三人は互いに息を吸い、肺に酸素を溜め込む。
陽那の挙手の合図で一斉に水の中へ。
三人は三角を描くように互いが見える位置で潜った。
これで最初に水面に出た者が昼休みの買出しになるのだ。
古今東西、昼食の購買は死活問題に成る程混雑する。
鎮守高校も例外では無かった。
誰もが出来うることならば買出し係は避けたかった。
そんな思いで皆が我慢している、そんな時・・・
(・・・霧月・・・?)
三人の中で唯一苦しい顔になってきた霧月がそっと陽那に近づいた。
陽那もそのことに気がついてはいたが恵理佳と同じくハテナ顔だ。
次の瞬間・・・
「ごばはぅッ!!」
謎の言葉を叫びながら陽那が水面へと浮上した。
霧月に高速の手つきで脇を擽られた陽那は無残にも大量の気泡を吐きつつ水面へと散っていったのだ。
そんな陽那の敗退を確認するとゆっくりと霧月は水面へと出る。
二人の後を追うように恵理佳も水面へと顔を出す。
「お、お前なぁッ!!卑怯だぞ!!!」
「・・・別に妨害工作は禁止されていなかったし・・・」
怒り心頭の陽那の訴えをしれっと返す霧月。
「ふざけるな!違反した霧月が買出し刑に決定だろ!」
「負けは負け。陽那が買出し刑」
(刑なんだ・・・)
二人のいつものやり取りを傍観していた恵理佳。
「・・・ここは一位だった恵理佳に決めてもらおうじゃないか」
「・・・異論なし」
「・・・え?」
蚊帳の外を決め込んでいた恵理佳はいきなり振られた話に驚きを隠せずには居られなかった。
が、二人の真剣な眼差しに否応無しに答えるしか無くなってしまった。
「・・・喧嘩両成敗」
「「・・・・・・」」
見事な決断で恵理佳の一人勝ちだった。
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